放課後、俺たちのクラスは音楽室にいた。話し合いの結果、取り敢えず各パートの音を確認して歌ってみることになった。合唱コンクールが近くなったら、もう一度音楽室での練習が出来るらしい。と言うか、あと一回しかない? 大丈夫なのか?
「それじゃあ、左の席の人たち。これから陽平……いや。安達が弾いてくれるので、歌ってみてください」
指揮者だから、仕切りを入れるのはやむを得ない。やるしかない。そんな思いで頑張っていた。
「行くよ〜」
また出た。ヘラヘラしながらの、「行くよ〜」。写真を撮った日のことを思い出した。でも、今日は普通に弾いてくれている。それに合わせて、歌える人たちは口ずさんでいた。みんな、すごいな。
その後、右側の席の人たちが音を確認。左側のパートより少し難しい。でも、こっちのチームもすごくいい感じだ。やる気を感じられる。心が弾む、そんな感じがしていた。
陽平を見ると、俺の視線に気が付いたのか、ニヤッとした。俺は、何となく落ち着かなくなって、すぐに目をそらした。これからもずっと、こうしてからかい混じりの顔をされて、その度に俺はこんな反応をするんだろうか。
「慎也。次はどうするの?」
つっちーが訊いてきた。俺は頷き、
「音の確認が出来たし、みんなすごくいいから、合わせて歌ってみたらどうかなと思うんだけど」
「よし。合わせよう」
合わせるということは、陽平が伴奏を弾くということだ。弾けるのか? それとも、弾けないフリをしてる?
今朝の山ちゃんと陽平の、あれは何だったんだろう。つっちーも、何かを知っているようだった。
陽平が俺を見た。「ほら」と促してくる。そうだ。指揮者がタクトを振らなければ、曲は始まらない。
「みんな。時間が迫っているので、一番だけでやめます。それじゃ、安達」
名字で呼ぶほうが、今となっては違和感がある。すっかり「陽平」と呼ぶことに慣れてしまったのだな、と不思議に思う。
俺はタクトを少し持ち上げ、陽平に向かって振り始めた。前奏が終わるタイミングで、みんなの方を向き、大きく腕を動かした。
初回とは思えないまとまり感。このクラス、上手すぎないか?
俺が動きを変えると、それに合わせて歌い方を変えられる。すごすぎる。しかも、陽平のピアノ。やっぱり、俺が教える必要なんか、ないじゃないか。あれから練習をものすごくしたんだろうか。それとも……。
元々このくらいの曲なら余裕で弾ける人、だとか。そっちの方があり得そうだ。今朝の三人の様子を思い出せ。何か、含みがあっただろう? 何かはわからなかったけど、実はピアノが上手いっていうのを隠そうとしてたとか?
曲は、一番の最後の小節まできた。静かに終わっていく。俺も動きを小さくした。ちょっとこの人たちは、出来過ぎな気がするけど、本当にいいハーモニーを奏でてくれた。胸が震えている。
陽平が鍵盤から手を上げた。俺は、みんなに向かって拍手した。一回目の練習で、この完成度。俺たち、もしかして優勝?
「みんな、すごいぞ。昨日曲決めたばっかりなのに、真面目に取り組んだんだな。普通、そんなに努力出来ないぞ。これは、優勝狙えるかもな」
教室の後ろの方で聴いていた担任が、俺が思っていたのと同じようなことを口にして、大きな拍手をくれた。俺は担任の方に向き、頭を下げた。
時間がきて、俺たちは音楽室を出た。みんな、何だかはしゃいでいた。俺は、自分の心が冷めていくのを感じていた。
「慎也、お疲れ。慎也さ、本当の指揮者って雰囲気だった。かっこよかったよ」
つっちーが、オレの肩をポンと叩いて言った。俺は、「ありがとう」と笑顔で言ったが、きっと無理矢理そんな顔をしたとバレているはずだ。
「慎也……」
「つっちー、ごめん。褒めてくれたのに。俺ね、褒められるのに慣れてなくってさ」
笑ってごまかそうとしたが、上手くいったとは思えない。つっちーは、心配そうな顔で俺を見るばかりだ。
俺たちが微妙な空気の中にいると、少し先を歩いていた山ちゃんが振り返った。
「慎也。大丈夫か?」
つっちーも山ちゃんも優しい。そうやって気にしてくれる人がいるって、嬉しいものだ。俺は、山ちゃんに頷いてみせ、
「大丈夫。ありがとう」
「そうか。わかった」
たぶん、本当にわかってくれたんだろう。俺が無理矢理笑ってることと、その理由。何かを知っている二人だから、それはあり得ることだ。
教室に戻ると、俺はカバンを持って、またすぐに出ていった。みんな楽しそうなのに、俺は空気を乱している。指揮者なのに。まとめ役なのに。こんな俺、格好悪いなと思う。でも今は仕方ない。
階段を下りていると、上の方から俺を呼ぶ声がした。今は聞きたくない声だ。俺は、ゆっくり階段上の方に目をやった。
「何で俺をだましたんだよ」
「だますなんて……」
ヘラヘラした顔が見たいのに、何で真剣な顔なんだよ。だましたって認めるんだな?
「絶交する」
この前言わなかった言葉が、スルッと出てきてしまった。
「それじゃあ、左の席の人たち。これから陽平……いや。安達が弾いてくれるので、歌ってみてください」
指揮者だから、仕切りを入れるのはやむを得ない。やるしかない。そんな思いで頑張っていた。
「行くよ〜」
また出た。ヘラヘラしながらの、「行くよ〜」。写真を撮った日のことを思い出した。でも、今日は普通に弾いてくれている。それに合わせて、歌える人たちは口ずさんでいた。みんな、すごいな。
その後、右側の席の人たちが音を確認。左側のパートより少し難しい。でも、こっちのチームもすごくいい感じだ。やる気を感じられる。心が弾む、そんな感じがしていた。
陽平を見ると、俺の視線に気が付いたのか、ニヤッとした。俺は、何となく落ち着かなくなって、すぐに目をそらした。これからもずっと、こうしてからかい混じりの顔をされて、その度に俺はこんな反応をするんだろうか。
「慎也。次はどうするの?」
つっちーが訊いてきた。俺は頷き、
「音の確認が出来たし、みんなすごくいいから、合わせて歌ってみたらどうかなと思うんだけど」
「よし。合わせよう」
合わせるということは、陽平が伴奏を弾くということだ。弾けるのか? それとも、弾けないフリをしてる?
今朝の山ちゃんと陽平の、あれは何だったんだろう。つっちーも、何かを知っているようだった。
陽平が俺を見た。「ほら」と促してくる。そうだ。指揮者がタクトを振らなければ、曲は始まらない。
「みんな。時間が迫っているので、一番だけでやめます。それじゃ、安達」
名字で呼ぶほうが、今となっては違和感がある。すっかり「陽平」と呼ぶことに慣れてしまったのだな、と不思議に思う。
俺はタクトを少し持ち上げ、陽平に向かって振り始めた。前奏が終わるタイミングで、みんなの方を向き、大きく腕を動かした。
初回とは思えないまとまり感。このクラス、上手すぎないか?
俺が動きを変えると、それに合わせて歌い方を変えられる。すごすぎる。しかも、陽平のピアノ。やっぱり、俺が教える必要なんか、ないじゃないか。あれから練習をものすごくしたんだろうか。それとも……。
元々このくらいの曲なら余裕で弾ける人、だとか。そっちの方があり得そうだ。今朝の三人の様子を思い出せ。何か、含みがあっただろう? 何かはわからなかったけど、実はピアノが上手いっていうのを隠そうとしてたとか?
曲は、一番の最後の小節まできた。静かに終わっていく。俺も動きを小さくした。ちょっとこの人たちは、出来過ぎな気がするけど、本当にいいハーモニーを奏でてくれた。胸が震えている。
陽平が鍵盤から手を上げた。俺は、みんなに向かって拍手した。一回目の練習で、この完成度。俺たち、もしかして優勝?
「みんな、すごいぞ。昨日曲決めたばっかりなのに、真面目に取り組んだんだな。普通、そんなに努力出来ないぞ。これは、優勝狙えるかもな」
教室の後ろの方で聴いていた担任が、俺が思っていたのと同じようなことを口にして、大きな拍手をくれた。俺は担任の方に向き、頭を下げた。
時間がきて、俺たちは音楽室を出た。みんな、何だかはしゃいでいた。俺は、自分の心が冷めていくのを感じていた。
「慎也、お疲れ。慎也さ、本当の指揮者って雰囲気だった。かっこよかったよ」
つっちーが、オレの肩をポンと叩いて言った。俺は、「ありがとう」と笑顔で言ったが、きっと無理矢理そんな顔をしたとバレているはずだ。
「慎也……」
「つっちー、ごめん。褒めてくれたのに。俺ね、褒められるのに慣れてなくってさ」
笑ってごまかそうとしたが、上手くいったとは思えない。つっちーは、心配そうな顔で俺を見るばかりだ。
俺たちが微妙な空気の中にいると、少し先を歩いていた山ちゃんが振り返った。
「慎也。大丈夫か?」
つっちーも山ちゃんも優しい。そうやって気にしてくれる人がいるって、嬉しいものだ。俺は、山ちゃんに頷いてみせ、
「大丈夫。ありがとう」
「そうか。わかった」
たぶん、本当にわかってくれたんだろう。俺が無理矢理笑ってることと、その理由。何かを知っている二人だから、それはあり得ることだ。
教室に戻ると、俺はカバンを持って、またすぐに出ていった。みんな楽しそうなのに、俺は空気を乱している。指揮者なのに。まとめ役なのに。こんな俺、格好悪いなと思う。でも今は仕方ない。
階段を下りていると、上の方から俺を呼ぶ声がした。今は聞きたくない声だ。俺は、ゆっくり階段上の方に目をやった。
「何で俺をだましたんだよ」
「だますなんて……」
ヘラヘラした顔が見たいのに、何で真剣な顔なんだよ。だましたって認めるんだな?
「絶交する」
この前言わなかった言葉が、スルッと出てきてしまった。


