あの日を忘れない

中野(なかの)。あいつらのとこに行こうぜ」

 俺の手をギュッと掴むと安達(あだち)は、クラスメイト二人のいる方に歩き出した。引っ張られるようにして、俺もそちらへ向かった。

「ここ、いいよな?」

 安達が確認すると、二人は頷いて空いている席を指差し、

「そこ、座りなよ」

 メガネを掛けた、頭のよさそうな方が言った。確か、山本(やまもと)って名前だ。

「じゃ、俺がこっち。中野はそっち。ちょっとドーナツ選んでくるから。中野。行くぞ」

 繋がれたままの手を引かれ、俺はそれに従うより他なかった。トレーを手にして、商品を見て選ぶ。今日の気分は、シンプルなオールドファッションだ。安達が俺のトレーを覗き込むようにして見てきた。

「何?」

 俺が訊くと、安達は首を傾げ、

「中野はそれだけか? 少食だな。俺は、それじゃ全然足りないぞ」

 トレーには、すでに四個のドーナツが乗っているけど、まだ物色している風に見えるのは、気のせいだよな?

「よし。これで足りるだろ」

 さらに一つ追加され、計五個。これらを一人で、今食べる気なんだろうか。俺は驚き過ぎて、何も言えなかった。

 俺が黙っているのをどう思ったのか、安達は俺を真面目な顔でじっと見ながら、

「どうかしたのか? 具合が悪くなったとか?」

 確かに、そのトレーに乗っている物を食べるところを想像したら、具合が悪くなりそうだ。そんなに食べられる安達はすごい。でも、俺には無理だ。

「中野?」
「いや。違うんだ。何でもない」
「そうか。それならいいんだけどさ」

 二人並んでレジへ向かった。笑顔の女性が会計してくれる。一緒に、コーヒーも頼んだ。砂糖とミルクを入れないと飲めないけど、何となくそれにしてしまった。二人の待つテーブルへ戻ると、

「安達、中野と友達になったんだ?」

 メガネを掛け直しながら、山本が言った。安達は、さっきと同じようにニカッと笑うと、「そう。親友」と言って俺を見た。

「は? 何言ってんだよ。違うだろ、それ」

 俺がすぐに全否定すると安達は、

「えー? そんなに嫌なのか?」

 眉が下がって悲しげな顔になった。何かちょっと可愛いんだけど。

「中野。俺たち、親友だよな?」
「ち……違うと思うけど……」

 つい、言い方が弱くなってしまう。こんな風に言われると、何だか俺の方が悪いこと言ってるような気にさせられる。

 俺は間違ってない。安達とオレは、断じて親友ではない。さっき昇降口で初めて話した、そんな関係だ。それが事実のはずだ。それなのに、安達は何を言ってるんだ?

「安達、何か中野に嫌がられてない?」

 笑いそうになりながら、もう一人のクラスメイトである土屋(つちや)が言った。俺の隣に座る山本も同意見なのか、深く頷いている。別に嫌がってる訳じゃないんだけど、と説明しようかと思ったら、安達が俺の右手を両手で握り、

「やっぱり嫌なんだな? 何でだよ」
「何でって……」
「靴を間違えたから、そんなに俺を嫌うのか?」
「違……」

 左手を横に振って、必死に否定しようとすると、今度は左手も掴まれた。

「安達。落ち着いてくれよ。な? 落ち着いて……」
「落ち着けるか!」

 あまりにも真剣な表情でそう言われて、俺は逃げ出したい衝動にかられた。一体、この人はどうしちゃったんだろう。何で俺に固執するんだか、ちっともわからない。

 山本と土屋も驚いているのか、目を見開いて俺たちを見ていた。

「親友になってくれ!」

 だから、何でそんなにこだわるんだよ? 意味がわからない。でも、この人に逆らうのは無理そうな気がしてきた。俺は大きな溜息を吐くと、

「わかったよ。安達の親友になる」

 友達……いや。親友になるのって、こんな変な過程があるものなのか? 全くわからない。でも、この人には負けた。仕方ない。今日から安達陽平(ようへい)は、俺の親友だ。諦めた。いや、違う。それを受け容れる。

「すげー」

 呟くように土屋が言った。両手を組み合わせて、俺たちを見ている。目が輝いて見えるのは、きっと気のせいだ。対して山本は、フーッと息を吐き出し、俺たちから視線を外した。

「よかったな」

 そう言って、カップを口元に運んだ。一口飲むと、

「安達って、前からそうだよな。何かムキになるっていうか……」
「ムキになる? 何それ?」

 ドーナツに噛みついた安達は、俺のドーナツを指し、

「ほら」

 噛みついたままで指示されて、つい笑ってしまった。

「あのさ。口に物を入れたままで話したらいけませんって、小さい頃に言われなかった?」

 安達はドーナツを飲み込んでから、

「言われたかもしれないな」

 たいして気にしてないような言い方だった。それが俺を余計に笑わせた。こんなに笑ったのは、どれくらいぶりだろう。

「安達。ありがとう。何だかスッキリした」
「は? 俺、何かした?」
「ああ。したよ」

 俺はドーナツに噛みついた。久し振りに、こういう物を食べた。しかも、()()たちと一緒なんて、これは夢だろうか。

 俺は、つい微笑みながら、

「夢が叶った」

 俺の言葉は三人には意味不明だったみたいで、それぞれが首を傾げていた。