翌日の朝、教室に入っていくと、陽平はもう自分の席に座っていた。昨日の今日で、どんな顔をしたらいいのか悩む。何だかハグされちゃったし、芸能人の園路さんを褒めたら機嫌が悪くなるし。でも、考えても仕方ない。相手は陽平なんだから。
俺は陽平のすぐそばへ行くと、「おはよう!」と、普段にないような大きめの声で言った。俺の方に振り向いた陽平は、目を見開いていた。
「おはよう、って言ったんだけど」
「あ……おはよう。あんまり元気だから、慎也じゃないかと思った」
そう言ってから、いつものヘラヘラした顔になった。
「昨日は、ありがとう。助かった。今日も頼むぞ」
「ほんとに、今日も? でも……」
その必要はないだろ、なんて言ったら、また変なことを言い出すかもしれない。取り敢えず、黙ることにした。陽平は、「何?」と言って首を傾げた。俺は、「何でもない」と右手を左右に振った。
「ま、いいか。それでさ……」
陽平が何か言いかけた時、つっちーと山ちゃんが、並んで教室に入ってきた。俺たちは二人に手を軽く振った。二人は俺たちのそばへ来ると、顔を見合わせた。つっちーが、「せーの」と言ったかと思うと、二人は息を吸って、いきなり歌い出した。『花は咲く』のサビ部分で、二人の声がきれいにハモっていて、思わず、「わー」と言ってしまった。何これ。かっこよすぎる。
「二人とも、すごい。昨日楽譜渡されたばっかりなのに、もうそんなに……」
興奮して、言葉が上手く出てこなくなった。つっちーは、ガッツポーズをしてみせると、
「あれから山ちゃんと、動画サイトでこの曲何回も流して、練習したんだ。な、山ちゃん?」
「そうなんだよ。もう、すっかり歌詞は覚えたし、自分のパートは歌えるようになった」
「最初は全然わかってないから、投げそうになったけど、頑張ってよかった」
つっちー、嬉しそう。この曲を選んで本当によかったと、心から思った。俺もガッツポーズしたい気分だ。
山ちゃんは、陽平の方を向き、
「ピアノ、どう? 余裕?」
「山ちゃん。余裕なんて、あると思うのか? むしろ、必死だ」
「またそんな。陽平って……」
「何だよ、山ちゃん」
少しの間、二人はじっと見合っていた。先に目をそらしたのは、山ちゃんだった。
「わかったよ。俺が黙ればいいんだよな?」
「そういうことだな」
不敵に笑う陽平。何だ、今のやりとり。どうして陽平は、いつもわからないことばかり言うんだろう。
「俺も黙っとくね」
つっちーも言った。もしかして、俺だけが何かを知らない? まあ、仕方ないか。三人は、すでに三年間も友達なんだから。でも、疎外感。いや。悪い方に考えるな。
「つっちーも山ちゃんも、いい声だね。歌の勉強してたとか?」
その場の空気を変えようと、二人の歌に話を戻してみた。二人は笑い出し、「まさか」と口々に言った。
「慎也、褒め過ぎ。でも、嬉しいけどさ」
つっちーが、鼻の下を指で擦りながら言った。俺はつっちーに一歩近付き、
「だって、本当に上手いと思ったから、もしかしてって……」
俺がさらに言うと、山ちゃんが首を振り、
「ない。俺は化学部だった」
「オレ、バスケ部だった。いつも補欠だったけどね」
つっちーがバスケ部とは。意外なことを言われて、普通に驚いてしまった。つっちーは、俺の失礼な態度を全く気にしてないように笑い、
「バスケ部って感じじゃないよな。わかる。でも、やってたんだ。自分でも、よく続けられたなって感心するよ。けっこう厳しい先生だったから」
「つっちー、ごめん。俺、失礼だった。つっちーって、根性あるんだね。すごいな」
それに比べて俺は……。いつもの言葉が頭をぐるぐるし始めた。やめろ、慎也、と自分を諫めた。
「そう。俺、意外と頑張れるみたい」
「見倣いたい」
俺がそう言うと、つっちーは親指を立てて、
「大丈夫。慎也だって、なかなか根性あると思うよ。だって、指揮者をやってくれるんだから。嫌だって言ったのに、結局は引き受けてくれてさ。嫌なことをやるのって、すごく大変なのに。慎也、偉い」
褒められて、戸惑う。褒められ慣れてないから、どう反応していいのかわからない。何だか毎日、わからないばっかり言ってる気がしてきた。
陽平を何気なく見ると、口元に笑みを浮かべていた。その表情の意味するところは何だ? いや。考えたって仕方ないんだった。でも、つい考えちゃうんだよな。
「放課後の練習、楽しみだな」
つっちーが、楽しげに言うのを聞いて、俺は答えのない思考を中断した。俺が今考えるべきは、指揮のことだ。頑張れ、俺。
朝のホームルームの為に担任が来た。
「今日の放課後、十五分だけ音楽室を借りられることになったから、みんな頑張れ」
それは、どんな時間になるんだろう。つっちーと山ちゃんみたいに練習してきた人ばかりじゃないだろう。取り敢えず、各パートの音の確認とかでいいんだろうか。あと何回、音楽室での練習が出来るんだろうか。全てが謎だけど、とにかく今日のことだけ考えよう。
机の下で、両手をギュッと握り締めた。
俺は陽平のすぐそばへ行くと、「おはよう!」と、普段にないような大きめの声で言った。俺の方に振り向いた陽平は、目を見開いていた。
「おはよう、って言ったんだけど」
「あ……おはよう。あんまり元気だから、慎也じゃないかと思った」
そう言ってから、いつものヘラヘラした顔になった。
「昨日は、ありがとう。助かった。今日も頼むぞ」
「ほんとに、今日も? でも……」
その必要はないだろ、なんて言ったら、また変なことを言い出すかもしれない。取り敢えず、黙ることにした。陽平は、「何?」と言って首を傾げた。俺は、「何でもない」と右手を左右に振った。
「ま、いいか。それでさ……」
陽平が何か言いかけた時、つっちーと山ちゃんが、並んで教室に入ってきた。俺たちは二人に手を軽く振った。二人は俺たちのそばへ来ると、顔を見合わせた。つっちーが、「せーの」と言ったかと思うと、二人は息を吸って、いきなり歌い出した。『花は咲く』のサビ部分で、二人の声がきれいにハモっていて、思わず、「わー」と言ってしまった。何これ。かっこよすぎる。
「二人とも、すごい。昨日楽譜渡されたばっかりなのに、もうそんなに……」
興奮して、言葉が上手く出てこなくなった。つっちーは、ガッツポーズをしてみせると、
「あれから山ちゃんと、動画サイトでこの曲何回も流して、練習したんだ。な、山ちゃん?」
「そうなんだよ。もう、すっかり歌詞は覚えたし、自分のパートは歌えるようになった」
「最初は全然わかってないから、投げそうになったけど、頑張ってよかった」
つっちー、嬉しそう。この曲を選んで本当によかったと、心から思った。俺もガッツポーズしたい気分だ。
山ちゃんは、陽平の方を向き、
「ピアノ、どう? 余裕?」
「山ちゃん。余裕なんて、あると思うのか? むしろ、必死だ」
「またそんな。陽平って……」
「何だよ、山ちゃん」
少しの間、二人はじっと見合っていた。先に目をそらしたのは、山ちゃんだった。
「わかったよ。俺が黙ればいいんだよな?」
「そういうことだな」
不敵に笑う陽平。何だ、今のやりとり。どうして陽平は、いつもわからないことばかり言うんだろう。
「俺も黙っとくね」
つっちーも言った。もしかして、俺だけが何かを知らない? まあ、仕方ないか。三人は、すでに三年間も友達なんだから。でも、疎外感。いや。悪い方に考えるな。
「つっちーも山ちゃんも、いい声だね。歌の勉強してたとか?」
その場の空気を変えようと、二人の歌に話を戻してみた。二人は笑い出し、「まさか」と口々に言った。
「慎也、褒め過ぎ。でも、嬉しいけどさ」
つっちーが、鼻の下を指で擦りながら言った。俺はつっちーに一歩近付き、
「だって、本当に上手いと思ったから、もしかしてって……」
俺がさらに言うと、山ちゃんが首を振り、
「ない。俺は化学部だった」
「オレ、バスケ部だった。いつも補欠だったけどね」
つっちーがバスケ部とは。意外なことを言われて、普通に驚いてしまった。つっちーは、俺の失礼な態度を全く気にしてないように笑い、
「バスケ部って感じじゃないよな。わかる。でも、やってたんだ。自分でも、よく続けられたなって感心するよ。けっこう厳しい先生だったから」
「つっちー、ごめん。俺、失礼だった。つっちーって、根性あるんだね。すごいな」
それに比べて俺は……。いつもの言葉が頭をぐるぐるし始めた。やめろ、慎也、と自分を諫めた。
「そう。俺、意外と頑張れるみたい」
「見倣いたい」
俺がそう言うと、つっちーは親指を立てて、
「大丈夫。慎也だって、なかなか根性あると思うよ。だって、指揮者をやってくれるんだから。嫌だって言ったのに、結局は引き受けてくれてさ。嫌なことをやるのって、すごく大変なのに。慎也、偉い」
褒められて、戸惑う。褒められ慣れてないから、どう反応していいのかわからない。何だか毎日、わからないばっかり言ってる気がしてきた。
陽平を何気なく見ると、口元に笑みを浮かべていた。その表情の意味するところは何だ? いや。考えたって仕方ないんだった。でも、つい考えちゃうんだよな。
「放課後の練習、楽しみだな」
つっちーが、楽しげに言うのを聞いて、俺は答えのない思考を中断した。俺が今考えるべきは、指揮のことだ。頑張れ、俺。
朝のホームルームの為に担任が来た。
「今日の放課後、十五分だけ音楽室を借りられることになったから、みんな頑張れ」
それは、どんな時間になるんだろう。つっちーと山ちゃんみたいに練習してきた人ばかりじゃないだろう。取り敢えず、各パートの音の確認とかでいいんだろうか。あと何回、音楽室での練習が出来るんだろうか。全てが謎だけど、とにかく今日のことだけ考えよう。
机の下で、両手をギュッと握り締めた。


