「慎也、どうした? 顔が赤いぞ?」
「え? そんなことないと思うけど……」
陽平の言ってることが正しいと思う。でも、認めたくない。陽平の笑顔に惹きつけられている。そんなこと、絶対に認めない。
陽平は、しばらく何か言いたそうな顔で俺を見ていたが、
「そうか。じゃ、いいや」
そう言って、ピアノの方に体を向けた。陽平の横顔をそっと見る。楽譜をガン見しているその表情にすら、何故かドキドキしている。
「じゃ……じゃあ、歌が入る前まで、ゆっくり弾いてみて。片手ずつ」
「片手ずつ? はい。弾きます」
少しもふざけた感じがなくて、戸惑う。それだけ伴奏に責任を感じているのかもしれない。それにしてもチャレンジャーだなと感心してしまう。俺なら絶対やらない。
陽平を見ていると、すごく弾きにくそうに指を動かしている。何でだろう、とさらに観察していると、わかった。
「陽平。そこを弾く時は、その指じゃなくて、こっちの指で弾いたらどうかな?」
「え?」
目を見開いて、びっくりしたような顔をしている。俺は、「ちょっと変わって」と声を掛けて、自分がピアノの前に座った。一年ぶりだと思うと、感慨深い。俺は息を大きく吐き出し陽平を見ると、
「弾いてみるから、俺の指使いを見てて」
「はい」
真剣な表情になって返事をする陽平。動揺を悟られたくなくて、すぐに目をピアノに向けた。
鍵盤に指を置くと、楽譜を見ながら弾き始めた。思ったよりも指が動いてくれて、ホッとした。もっとダメなんじゃないかと思っていたのに。
「あ、なるほど」
陽平が、感心したような声で言った。
「そこで、指を変えるんだな。わかった。やってみる」
場所を変わろうとして、腕と腕が触れ合った。また顔が熱くなってしまった。そうと察したのか、陽平がニヤッとした。俺は目をそらして、
「俺がやったみたいに弾いてみて。指の番号、書いておくのもいいかも」
「わかりました。書きます。えっと……」
俺の指示をさらさら書き込み始めた。本当にずっとピアノを弾いてこなかったんだろうか。慣れた風に見えるのは、俺の気のせい?
「よし。じゃあ、もう一回弾いてみます」
宣言すると、陽平はゆっくりとしたテンポで弾き始めた。さっきよりずっと、スムーズに弾けている。
「どうですか?」
「あのさ、敬語はやめてよ。何だか落ち着かないから。俺、たいして上手くないし、本当は教える立場じゃない。わかってるんだ。だから、せめて話し方はいつもと同じにしてくれよ」
「でも……」
その先は言わないでくれた。きっと、先生なんだからとか言おうとしたんだと思う。でも、また俺が怒り出すと察して、やめたんだろう。
「普通にしてくれないなら、もう教えない」
「それは困る。わかった。普通にするよ」
やっと普段の陽平になってくれた。本当に畏まったあの態度は、無理だから。
「あのさ、一回目よりもずっとよくなったよ。陽平、才能あるんじゃない?」
褒めて伸ばそうと言うより、これは真実そう思ったから口にした。小さい頃に少し習ってたからって、こんなに弾けてしまうものだろうか。俺は、それに比べて……。ついマイナス思考が顔を出してしまう。今はそんなことを考えている場合じゃない。
それから左手だけでも弾いてもらってから両手で弾いてもらった。やはりこれは、この人の持っている才能としか思えない。俺は俯き、
「上達するのが早すぎる。俺、もう教えることなんてない。後は自分で頑張ってよ」
持って生まれたものが、絶対にある。俺が持っていないものを、陽平は持っている。認めるしかない。俺は無理矢理顔を上げて、陽平を見た。
陽平はハッとしたような顔をしていた。それは、どういう気持ちなんだろう。そんなことを考えていると、いきなり腕を掴まれた。
「な……何だよ」
「嫌だ」
「嫌だ?」
意味がわからなくて、オウム返しをしてしまった。陽平は深く頷き、
「クビにしないでくれ。見捨てないでくれよ」
「見捨てる? いや。違うから。陽平は一人でも十分にやれると思ったから。俺が教えることは何もないって、それだけだから」
「一人でやるなんて嫌だ。そう言ってるのがわからないか? 慎也。俺に教えるのがそんなに嫌なのか」
何だか噛み合わない。陽平の本領発揮だ。そう。わけのわからないことを言うのが陽平なんだった。
俺は、どうしたら納得してもらえるのか、いくら考えてもわからなかった。ここに山ちゃんかつっちーがいてくれれば、と願ってしまう。俺一人では対応出来ない。誰か助けに来てくれ。
「慎也。教えないなんて言うなよ。明日からも毎日、指導してくれ。頼む。ちゃんと練習してくるから」
眉を寄せて、訴えてくる陽平に、俺はもう逆らえなかった。
「わかったよ。でも……陽平は、一人でも全然やれると……」
陽平の顔が明るくなったと思ったら、ギュッと抱き締められてしまった。
「よかった……」
陽平のせつない感じの声が、耳に残った。
「え? そんなことないと思うけど……」
陽平の言ってることが正しいと思う。でも、認めたくない。陽平の笑顔に惹きつけられている。そんなこと、絶対に認めない。
陽平は、しばらく何か言いたそうな顔で俺を見ていたが、
「そうか。じゃ、いいや」
そう言って、ピアノの方に体を向けた。陽平の横顔をそっと見る。楽譜をガン見しているその表情にすら、何故かドキドキしている。
「じゃ……じゃあ、歌が入る前まで、ゆっくり弾いてみて。片手ずつ」
「片手ずつ? はい。弾きます」
少しもふざけた感じがなくて、戸惑う。それだけ伴奏に責任を感じているのかもしれない。それにしてもチャレンジャーだなと感心してしまう。俺なら絶対やらない。
陽平を見ていると、すごく弾きにくそうに指を動かしている。何でだろう、とさらに観察していると、わかった。
「陽平。そこを弾く時は、その指じゃなくて、こっちの指で弾いたらどうかな?」
「え?」
目を見開いて、びっくりしたような顔をしている。俺は、「ちょっと変わって」と声を掛けて、自分がピアノの前に座った。一年ぶりだと思うと、感慨深い。俺は息を大きく吐き出し陽平を見ると、
「弾いてみるから、俺の指使いを見てて」
「はい」
真剣な表情になって返事をする陽平。動揺を悟られたくなくて、すぐに目をピアノに向けた。
鍵盤に指を置くと、楽譜を見ながら弾き始めた。思ったよりも指が動いてくれて、ホッとした。もっとダメなんじゃないかと思っていたのに。
「あ、なるほど」
陽平が、感心したような声で言った。
「そこで、指を変えるんだな。わかった。やってみる」
場所を変わろうとして、腕と腕が触れ合った。また顔が熱くなってしまった。そうと察したのか、陽平がニヤッとした。俺は目をそらして、
「俺がやったみたいに弾いてみて。指の番号、書いておくのもいいかも」
「わかりました。書きます。えっと……」
俺の指示をさらさら書き込み始めた。本当にずっとピアノを弾いてこなかったんだろうか。慣れた風に見えるのは、俺の気のせい?
「よし。じゃあ、もう一回弾いてみます」
宣言すると、陽平はゆっくりとしたテンポで弾き始めた。さっきよりずっと、スムーズに弾けている。
「どうですか?」
「あのさ、敬語はやめてよ。何だか落ち着かないから。俺、たいして上手くないし、本当は教える立場じゃない。わかってるんだ。だから、せめて話し方はいつもと同じにしてくれよ」
「でも……」
その先は言わないでくれた。きっと、先生なんだからとか言おうとしたんだと思う。でも、また俺が怒り出すと察して、やめたんだろう。
「普通にしてくれないなら、もう教えない」
「それは困る。わかった。普通にするよ」
やっと普段の陽平になってくれた。本当に畏まったあの態度は、無理だから。
「あのさ、一回目よりもずっとよくなったよ。陽平、才能あるんじゃない?」
褒めて伸ばそうと言うより、これは真実そう思ったから口にした。小さい頃に少し習ってたからって、こんなに弾けてしまうものだろうか。俺は、それに比べて……。ついマイナス思考が顔を出してしまう。今はそんなことを考えている場合じゃない。
それから左手だけでも弾いてもらってから両手で弾いてもらった。やはりこれは、この人の持っている才能としか思えない。俺は俯き、
「上達するのが早すぎる。俺、もう教えることなんてない。後は自分で頑張ってよ」
持って生まれたものが、絶対にある。俺が持っていないものを、陽平は持っている。認めるしかない。俺は無理矢理顔を上げて、陽平を見た。
陽平はハッとしたような顔をしていた。それは、どういう気持ちなんだろう。そんなことを考えていると、いきなり腕を掴まれた。
「な……何だよ」
「嫌だ」
「嫌だ?」
意味がわからなくて、オウム返しをしてしまった。陽平は深く頷き、
「クビにしないでくれ。見捨てないでくれよ」
「見捨てる? いや。違うから。陽平は一人でも十分にやれると思ったから。俺が教えることは何もないって、それだけだから」
「一人でやるなんて嫌だ。そう言ってるのがわからないか? 慎也。俺に教えるのがそんなに嫌なのか」
何だか噛み合わない。陽平の本領発揮だ。そう。わけのわからないことを言うのが陽平なんだった。
俺は、どうしたら納得してもらえるのか、いくら考えてもわからなかった。ここに山ちゃんかつっちーがいてくれれば、と願ってしまう。俺一人では対応出来ない。誰か助けに来てくれ。
「慎也。教えないなんて言うなよ。明日からも毎日、指導してくれ。頼む。ちゃんと練習してくるから」
眉を寄せて、訴えてくる陽平に、俺はもう逆らえなかった。
「わかったよ。でも……陽平は、一人でも全然やれると……」
陽平の顔が明るくなったと思ったら、ギュッと抱き締められてしまった。
「よかった……」
陽平のせつない感じの声が、耳に残った。


