自分の家の前に来て緊張するなんて、おかしいと思う。でも、門扉を開けるのを一瞬ためらってしまったのだ。
陽平が俺を、不思議そうに見た。そうされて、ようやく決心して門扉を開けた。キーッと小さい音がした。ちょっと恥ずかしい。
玄関のドアを開け、「どうぞ」と陽平に声を掛けた。陽平は、ためらう様子もなく、「お邪魔しま~す」と、明るい声で言い中に入ってきた。
音を聞きつけたのか、母さんが走ってきて、
「お帰り。あ、あなたがお友達の……」
「はい。俺、慎也くんの親友の、安達陽平です」
親友って名乗るか、と思ったが、言わなかった。
「慎也の母です。どうぞ、中へ」
「お邪魔します」
お辞儀をしてから、母さんに笑顔を見せた。今、陽平が普通の人に見えるのは何でだろう?
「あのね、安達くんが来るからと思って、クッキーを焼いてみたんだけど、いかが?」
母さんが、控えめにではあるけど、勧めてきた。陽平は、「マジですか?」と嬉々とした声で言うと、
「ちょうど小腹が空いてたんです。ごちそうになります!」
食いついた。クッキーを食べることが決定した。本当は、ピアノを弾くのが目的でここに来てもらったのに。でも、母さんが嬉しそうに、「こっちに来て」と言っているのを聞いたら、何も言えなかった。母さんがお菓子を焼くなんて、何年ぶりだろう。食べるのが、俺のすべきことだよな?
自問自答して、俺はクッキーを食べることにした。陽平の足取りは軽く、スキップでもしそうだった。
テーブルについた俺たちに母さんが、
「どうぞ。好きなだけ食べてちょうだい」
笑顔で言った。陽平は、「いただきま〜す!」と元気に言うと、皿のクッキーに手を伸ばした。その、陽平の子供みたいな様子を見て、俺は思わず微笑んだ。陽平、可愛すぎるぞ、と言ってやりたい。
と、そこまで思って気が付く。俺も陽平を可愛いと思ってるじゃないか。今朝、陽平が俺を可愛いと言ったのも、今の俺と同じような気持ちだったのかもしれない。からかってるとかではなく、俺の何かに本当にそう感じてくれていたのかもしれない。それを、真っ向から否定して、空気を悪くしてしまった。俺の過剰反応が、あの結果を生み出していたとは、ショックだ。
母さんが、首を傾げて俺を見た。俺は左右に首を振り、
「何でもない。いただきます」
食べようとする俺に、
「ほら。慎也の好きなモザイククッキー、食べなさい」
「え? あ、うん。食べるよ」
陽平の前で、そんな子供の頃の話をされるのは、何だか気恥ずかしい。それは、ちっちゃい時の俺の好みで、今すっごく好きなわけじゃない。と言っても、嫌いになったわけでもないけど。
陽平は、本当に嬉しそうに、次から次へと口に運んでいった。それが、図々しいとかそういう風に感じられない。何だろう、不思議だ。
「陽平。悪いけど、そろそろピアノ……」
「あ、そうか。その為に来たんだっけ。お母さん。ごちそうさまでした。めっちゃくちゃおいしかったです!」
母さんが、吹き出した後、笑った。こういう顔、去年からほとんど見なかった。胸が痛む。陽平のおかげで、この家も明るくなったように感じられた。
「陽平、こっち」
ピアノを置いている部屋に案内した。去年の出来事があってすぐに、習っていたピアノをやめたから、一年近く弾いていない。それなのに、なぜ俺は人に教えることになったんだろう。
「慎也?」
俺を覗き込むようにして、陽平が見てきた。至近距離。しかも、二人きりだ。変に体に力が入ってしまっていた。そんな反応しなくても、と思うが、どうしてもそうなってしまう。しかも、顔が熱くなっている気がするし、自分が理解不能だ。
「覗かないでよ」
「覗く?」
陽平が笑い出した。だって、覗いただろと言いそうになったけど、何とか思いとどまった。また空気を悪くするところだった。危なかった。
「まあいいや。それじゃ、先生。お願いします」
先生? 背中に冷たいものが流れるのを感じた。俺は陽平の袖を掴み、
「その呼び方、やめて? お願いだから」
「だって、教えてくれるんだから、先生だろ?」
「だから、やめてって……」
陽平は、ニカッとすると、ピアノの前に座った。楽譜を譜面台にのせると、ガン見し始めた。そんなに難しい楽譜ではないと思うけど、なれない人には難しく感じるのかもしれない。
「陽平。楽譜、読める?」
恐ろしいことを訊いている自覚はあった。でも、確認しておかなければ進められない。陽平は頷き、
「読めるよ。そこまでじゃないから」
相変わらず、楽譜を睨みつけるようにして見ている。
「陽平。ちょっと弾いてみてくれるかい?」
「やってみる」
つっかえながらだけど、最後までたどり着けた。俺はハーッと大きく息を吐き出し、
「すごいね、陽平。弾けてたじゃないか」
大絶賛すれば、やる気が倍増するんじゃないかと思って、やってみた。陽平も、満更でもなさそうな顔をしている。ヘラヘラじゃない、大人っぽい笑顔を浮かべた陽平に、俺は何だかドキドキしてしまった。
陽平が俺を、不思議そうに見た。そうされて、ようやく決心して門扉を開けた。キーッと小さい音がした。ちょっと恥ずかしい。
玄関のドアを開け、「どうぞ」と陽平に声を掛けた。陽平は、ためらう様子もなく、「お邪魔しま~す」と、明るい声で言い中に入ってきた。
音を聞きつけたのか、母さんが走ってきて、
「お帰り。あ、あなたがお友達の……」
「はい。俺、慎也くんの親友の、安達陽平です」
親友って名乗るか、と思ったが、言わなかった。
「慎也の母です。どうぞ、中へ」
「お邪魔します」
お辞儀をしてから、母さんに笑顔を見せた。今、陽平が普通の人に見えるのは何でだろう?
「あのね、安達くんが来るからと思って、クッキーを焼いてみたんだけど、いかが?」
母さんが、控えめにではあるけど、勧めてきた。陽平は、「マジですか?」と嬉々とした声で言うと、
「ちょうど小腹が空いてたんです。ごちそうになります!」
食いついた。クッキーを食べることが決定した。本当は、ピアノを弾くのが目的でここに来てもらったのに。でも、母さんが嬉しそうに、「こっちに来て」と言っているのを聞いたら、何も言えなかった。母さんがお菓子を焼くなんて、何年ぶりだろう。食べるのが、俺のすべきことだよな?
自問自答して、俺はクッキーを食べることにした。陽平の足取りは軽く、スキップでもしそうだった。
テーブルについた俺たちに母さんが、
「どうぞ。好きなだけ食べてちょうだい」
笑顔で言った。陽平は、「いただきま〜す!」と元気に言うと、皿のクッキーに手を伸ばした。その、陽平の子供みたいな様子を見て、俺は思わず微笑んだ。陽平、可愛すぎるぞ、と言ってやりたい。
と、そこまで思って気が付く。俺も陽平を可愛いと思ってるじゃないか。今朝、陽平が俺を可愛いと言ったのも、今の俺と同じような気持ちだったのかもしれない。からかってるとかではなく、俺の何かに本当にそう感じてくれていたのかもしれない。それを、真っ向から否定して、空気を悪くしてしまった。俺の過剰反応が、あの結果を生み出していたとは、ショックだ。
母さんが、首を傾げて俺を見た。俺は左右に首を振り、
「何でもない。いただきます」
食べようとする俺に、
「ほら。慎也の好きなモザイククッキー、食べなさい」
「え? あ、うん。食べるよ」
陽平の前で、そんな子供の頃の話をされるのは、何だか気恥ずかしい。それは、ちっちゃい時の俺の好みで、今すっごく好きなわけじゃない。と言っても、嫌いになったわけでもないけど。
陽平は、本当に嬉しそうに、次から次へと口に運んでいった。それが、図々しいとかそういう風に感じられない。何だろう、不思議だ。
「陽平。悪いけど、そろそろピアノ……」
「あ、そうか。その為に来たんだっけ。お母さん。ごちそうさまでした。めっちゃくちゃおいしかったです!」
母さんが、吹き出した後、笑った。こういう顔、去年からほとんど見なかった。胸が痛む。陽平のおかげで、この家も明るくなったように感じられた。
「陽平、こっち」
ピアノを置いている部屋に案内した。去年の出来事があってすぐに、習っていたピアノをやめたから、一年近く弾いていない。それなのに、なぜ俺は人に教えることになったんだろう。
「慎也?」
俺を覗き込むようにして、陽平が見てきた。至近距離。しかも、二人きりだ。変に体に力が入ってしまっていた。そんな反応しなくても、と思うが、どうしてもそうなってしまう。しかも、顔が熱くなっている気がするし、自分が理解不能だ。
「覗かないでよ」
「覗く?」
陽平が笑い出した。だって、覗いただろと言いそうになったけど、何とか思いとどまった。また空気を悪くするところだった。危なかった。
「まあいいや。それじゃ、先生。お願いします」
先生? 背中に冷たいものが流れるのを感じた。俺は陽平の袖を掴み、
「その呼び方、やめて? お願いだから」
「だって、教えてくれるんだから、先生だろ?」
「だから、やめてって……」
陽平は、ニカッとすると、ピアノの前に座った。楽譜を譜面台にのせると、ガン見し始めた。そんなに難しい楽譜ではないと思うけど、なれない人には難しく感じるのかもしれない。
「陽平。楽譜、読める?」
恐ろしいことを訊いている自覚はあった。でも、確認しておかなければ進められない。陽平は頷き、
「読めるよ。そこまでじゃないから」
相変わらず、楽譜を睨みつけるようにして見ている。
「陽平。ちょっと弾いてみてくれるかい?」
「やってみる」
つっかえながらだけど、最後までたどり着けた。俺はハーッと大きく息を吐き出し、
「すごいね、陽平。弾けてたじゃないか」
大絶賛すれば、やる気が倍増するんじゃないかと思って、やってみた。陽平も、満更でもなさそうな顔をしている。ヘラヘラじゃない、大人っぽい笑顔を浮かべた陽平に、俺は何だかドキドキしてしまった。


