教室で席に着いてからも、陽平は、
「照れ屋の慎也くん、可愛い」
俺の頭を撫でるこの人は、何を考えているんだろう。いや、もう考えるのはよそう。さっきそう決めたじゃないか。俺は上目遣いで陽平を睨むと、
「やめて?」
普段より少し低い声で言ってみた。が、ますます髪をグシャグシャにされただけだった。
「可愛いもんは可愛いんだから、仕方ないだろ?」
「オレは可愛くない」
「は? 何言ってるんだ? 意味がわかんないぞ」
その言葉を言いたいのは、俺の方だ。
「慎也は照れ屋で自己評価も低めだけど、控え目で可愛いじゃないか。自分のこと、わかってなさすぎだぞ?」
「やめろ。それ以上何か言ったら、ぜ……」
絶交、と言ってやろうとしたのに、無理だった。友人一号で親友の陽平。変なところがいっぱいだけど、何か嫌いになれない。今日の夕飯、一緒に食べられるのも、本当に嬉しい。やっぱり言えない。俺は深呼吸して、
「ごめん。何でもない。でも、可愛いとか言わないでほしい。可愛くないんだから。頼むからやめてくれ」
陽平は、口を半開きにして俺を見ている。俺は視線を外して、授業の準備を始めた。陽平は、まだ俺のそばにいて、身動きしない。俺も動きが不自然な感じになる。沈黙してそばに立たれてるなんて、緊張するじゃないか。
体に力が入った状態で机をじっと見ていると、頭に手がのせられた。優しく撫でながら、ついでに髪を整えてくれているようだ。
「ごめん。はしゃぎ過ぎた」
小さな声で言うと、陽平はようやく俺のそばから離れていった。その姿を、つい目で追う。肩が落ちていて、さっきまでのハイテンションな陽平とは別人になったように思えた。俺は言い過ぎたんだろうか。そんなに落ち込ませることを言っちゃったのか?
重苦しい気分になりながら、正面に向き直った。この暗雲が立ち込めている感じ。去年の今頃と変わらないじゃないか。友達がいてもいなくても、こんななのか。どっちも辛いもんだな。溜息を吐きそうになるのを、必死で堪えていた。
昼休みは、いつも通り四人で弁当を食べた。陽平は、ガツガツとかっ込みながら食べる。でも、いつもみたいに話し掛けてはこない。それが、俺の心を余計にざわつかせた。
つっちーは、俺と陽平の顔を交互に見た後、
「ケンカした?」
その言葉にも、陽平は何も返事をしなかった。俺も何と言ったらいいのかわからず、黙っていた。山ちゃんは、つっちーに目をやると、
「今は詮索しない方がよさそうだな」
「そうみたいだね。俺、心配になっちゃってさ。でも、黙る」
二人も、それきり沈黙してしまった。一緒に昼ご飯を食べるようになってから初めての、空気の重さだ。もう、全然味がわからない。とにかく食え、慎也。自分を鼓舞して手と口を動かし続けた。こんな昼休み、早く終わってしまえ。
食べ終わった順に、机を元の向きに直して去っていく。一人、いつまでも食べている俺は、どうしていいのか本当にわからない。
帰りのホームルームで、担任が『宿題』の話を始めた。
「宿題、やってきた人」
クラスメイトの大半が、担任から目をそらした。俺は手を挙げるべきか考えながら、つい陽平の方を見てしまった。俺の視線に気が付いたらしい陽平は、右手の親指を立てた。ゴーサインだと判断した。俺は陽平に頷くと、手を挙げた。
「お? 中野。宿題やってきたのか?」
まさか俺が宿題をやってくるとは思っていなかったのだろう。担任の顔を見ればわかる。
「やってきました。あの……」
弱気な自分が出てきて、言葉に詰まってしまった。
「何でもいいんだぞ? 思いついた曲名を言ってくれ」
担任の言葉に、俺は呼吸を整えてから、
「は……『花は咲く』はどうかと思って……いい曲だし、知ってる人が多いかなと……」
はっきりと言い切れない自分に苛ついてくる。この曲がいいです、とか言い切ってみろよ。でも、言えないのが俺だってわかってるんだ。
担任が首を傾げた。曲がわからないのかもしれない。俺はスマホを取り出して、曲を検索して、再生した。
「この曲です」
しばらく黙って聴いていた担任が、「ああ!」と言った。わかったらしい。
「あの大震災の時に作られた曲か。そうか。いいと思うぞ。みんなは、どうだ?」
訊かれてクラスメイトは拍手する。それが好意的に聞こえたのは、俺の気持ちの問題だろうか。この人たちは、敵じゃない。そんな風に思えた。
「で、安達。伴奏は大丈夫か?」
担任の言葉に、俺がドキッとしてしまう。昨日のとんでもない発言からの、俺が何故か陽平に教えることになって、さらに夕飯を一緒に食べるとか、どういう展開なんだろう。俺が教えて、陽平はどうにかなるんだろうか。
陽平の方に振り向くと、俺に頷いた。陽平は立ち上がると、担任に向かって、
「心配いりません。まかせてください」
今日は敬語で話している。そんなことを思ってしまった。というか、本当に大丈夫なんだろうか。どうしてあんなに堂々としてられるのか、不思議でしょうがない。
担任は、陽平の発言を鵜呑みにして、「頼んだぞ」と、笑顔で言った。
「照れ屋の慎也くん、可愛い」
俺の頭を撫でるこの人は、何を考えているんだろう。いや、もう考えるのはよそう。さっきそう決めたじゃないか。俺は上目遣いで陽平を睨むと、
「やめて?」
普段より少し低い声で言ってみた。が、ますます髪をグシャグシャにされただけだった。
「可愛いもんは可愛いんだから、仕方ないだろ?」
「オレは可愛くない」
「は? 何言ってるんだ? 意味がわかんないぞ」
その言葉を言いたいのは、俺の方だ。
「慎也は照れ屋で自己評価も低めだけど、控え目で可愛いじゃないか。自分のこと、わかってなさすぎだぞ?」
「やめろ。それ以上何か言ったら、ぜ……」
絶交、と言ってやろうとしたのに、無理だった。友人一号で親友の陽平。変なところがいっぱいだけど、何か嫌いになれない。今日の夕飯、一緒に食べられるのも、本当に嬉しい。やっぱり言えない。俺は深呼吸して、
「ごめん。何でもない。でも、可愛いとか言わないでほしい。可愛くないんだから。頼むからやめてくれ」
陽平は、口を半開きにして俺を見ている。俺は視線を外して、授業の準備を始めた。陽平は、まだ俺のそばにいて、身動きしない。俺も動きが不自然な感じになる。沈黙してそばに立たれてるなんて、緊張するじゃないか。
体に力が入った状態で机をじっと見ていると、頭に手がのせられた。優しく撫でながら、ついでに髪を整えてくれているようだ。
「ごめん。はしゃぎ過ぎた」
小さな声で言うと、陽平はようやく俺のそばから離れていった。その姿を、つい目で追う。肩が落ちていて、さっきまでのハイテンションな陽平とは別人になったように思えた。俺は言い過ぎたんだろうか。そんなに落ち込ませることを言っちゃったのか?
重苦しい気分になりながら、正面に向き直った。この暗雲が立ち込めている感じ。去年の今頃と変わらないじゃないか。友達がいてもいなくても、こんななのか。どっちも辛いもんだな。溜息を吐きそうになるのを、必死で堪えていた。
昼休みは、いつも通り四人で弁当を食べた。陽平は、ガツガツとかっ込みながら食べる。でも、いつもみたいに話し掛けてはこない。それが、俺の心を余計にざわつかせた。
つっちーは、俺と陽平の顔を交互に見た後、
「ケンカした?」
その言葉にも、陽平は何も返事をしなかった。俺も何と言ったらいいのかわからず、黙っていた。山ちゃんは、つっちーに目をやると、
「今は詮索しない方がよさそうだな」
「そうみたいだね。俺、心配になっちゃってさ。でも、黙る」
二人も、それきり沈黙してしまった。一緒に昼ご飯を食べるようになってから初めての、空気の重さだ。もう、全然味がわからない。とにかく食え、慎也。自分を鼓舞して手と口を動かし続けた。こんな昼休み、早く終わってしまえ。
食べ終わった順に、机を元の向きに直して去っていく。一人、いつまでも食べている俺は、どうしていいのか本当にわからない。
帰りのホームルームで、担任が『宿題』の話を始めた。
「宿題、やってきた人」
クラスメイトの大半が、担任から目をそらした。俺は手を挙げるべきか考えながら、つい陽平の方を見てしまった。俺の視線に気が付いたらしい陽平は、右手の親指を立てた。ゴーサインだと判断した。俺は陽平に頷くと、手を挙げた。
「お? 中野。宿題やってきたのか?」
まさか俺が宿題をやってくるとは思っていなかったのだろう。担任の顔を見ればわかる。
「やってきました。あの……」
弱気な自分が出てきて、言葉に詰まってしまった。
「何でもいいんだぞ? 思いついた曲名を言ってくれ」
担任の言葉に、俺は呼吸を整えてから、
「は……『花は咲く』はどうかと思って……いい曲だし、知ってる人が多いかなと……」
はっきりと言い切れない自分に苛ついてくる。この曲がいいです、とか言い切ってみろよ。でも、言えないのが俺だってわかってるんだ。
担任が首を傾げた。曲がわからないのかもしれない。俺はスマホを取り出して、曲を検索して、再生した。
「この曲です」
しばらく黙って聴いていた担任が、「ああ!」と言った。わかったらしい。
「あの大震災の時に作られた曲か。そうか。いいと思うぞ。みんなは、どうだ?」
訊かれてクラスメイトは拍手する。それが好意的に聞こえたのは、俺の気持ちの問題だろうか。この人たちは、敵じゃない。そんな風に思えた。
「で、安達。伴奏は大丈夫か?」
担任の言葉に、俺がドキッとしてしまう。昨日のとんでもない発言からの、俺が何故か陽平に教えることになって、さらに夕飯を一緒に食べるとか、どういう展開なんだろう。俺が教えて、陽平はどうにかなるんだろうか。
陽平の方に振り向くと、俺に頷いた。陽平は立ち上がると、担任に向かって、
「心配いりません。まかせてください」
今日は敬語で話している。そんなことを思ってしまった。というか、本当に大丈夫なんだろうか。どうしてあんなに堂々としてられるのか、不思議でしょうがない。
担任は、陽平の発言を鵜呑みにして、「頼んだぞ」と、笑顔で言った。


