部屋のドアがノックされた。
「慎也。お夕飯、出来たわよ」
「今行く」
階段を下りていく音が遠ざかってから、俺は部屋を出た。揚げ物だろうか。いい匂いが漂っている。
「テーブルに持っていってくれる?」
「いいよ」
母さんが、俺をじっと見てきた。何か言いたそうな顔に見えるのは、勘違いだろうか。
「慎也。何かあった?」
「何で?」
「困ったような顔してるから。最近、調子がよさそうだなと思ってたんだけど……」
確かに、さっき爆弾発言を聞くまでは、俺の心は平穏だった。いや。平穏は言い過ぎかもしれない。それでも、聞いた後よりは、ずっと穏やかだった。そう思う。それなのに……。
「あ」
陽平に言われたことを思い出した。俺は、「母さん」と呼び掛けると、
「明日から俺、ピアノを教えなきゃいけないんだ。友達が、教えてって言ってきて……」
「教える?」
声がひっくり返り気味になっている。そんなに驚かなくても、と思ってしまう程の驚きようだ。わかるけど、その反応はちょっと酷くないか?
「頼まれたんだから、仕方ないだろ。好きで教えるわけじゃない」
「お友達、ここに来るの? それとも、お友達の家で?」
「うち。何だかそうなった。明日から来るけど、別にもてなさなくていいから」
母さんは首を傾げ、「それでいいのかしら」
と、呟くように言った。
「それよりさ、唐揚げ食べようよ。熱々を食べたい」
「あ、そうね。どうぞ。食べて」
それからしばらく、黙り合って食事した。熱々の唐揚げは、おいしいけど火傷しそうだった。先に食べ終えた母さんが、また俺を見てきた。
「何?」
「お友達、どんな人?」
「どんな?」
気にしない性格で、いつもヘラヘラしてる……とは言わない方がいいだろう。何と言ったものか考えていると、
「いい人?」
「ま、いい人かな」
俺が泣いてしまった時、頭を撫でてくれた。悪い人なら、そんな行動には出ないだろう。俺は首を振り、
「いや。絶対いい人だよ」
母さんは息を吐き出し、
「よかった」
久し振りに、母さんの笑顔を見た気がした。笑顔をなくさせたのは、俺に決まっている。そう思うと、胸の奥がギュッとなった。でも、素直に「ごめん」とか言えない。困った性格だと思う。
「明日、お夕飯一緒にどうかしら?」
「夕飯?」
きっと、ものすごく喜んでくれちゃいそうだ。
「明日、学校で訊いてみる」
「そうして。わかったら、連絡してね」
「わかったよ」
陽平と夕飯をここで食べる。まるで、友達みたいじゃないか。そうか。友達なんだ。しかも、親友だ。何故俺は、陽平の親友にされたんだろう。いまだに、よくわからない。でも、この状況は嫌ではない。むしろ、胸が弾むような感じだ。自分のこの感情の動きが何なのかは説明出来ない。
翌日、学校の最寄り駅を出て歩いていると、陽平に声を掛けられた。こういう場面一つとっても、本当に友達みたいだな、と変な感想を持ってしまう。
「おはよう、慎也。今日から、頼んだぞ?」
「俺、全然自信がないんだけど……頑張るよ。だから、陽平も頑張ってくれよ?」
「任せとけ」
胸を張って言う陽平。どこからその自信は生まれてくるんだろう、と不思議に思いつつも羨ましさも感じずにはいられない。こんなに堂々としてられたら、もっと別の展開があったかもしれない。でも、実際はそうではなかった。だから俺は、今ここにいる。これも運命か、と何となく受け入れている自分がいる。
「陽平。今日、うちに来るだろ? その後、一緒に夕飯どう? 母さんが、はりきってて」
「もちろん! 慎也の家で夕飯って、嬉し過ぎるんだけど。いいのか?」
「いいらしいよ」
「って何だよ。慎也は、嫌なのか?」
また急に真面目な顔になってしまった。どう返事するのがよかったのか、俺にはわからない。
「えっと……嫌じゃない。むしろ、楽しみ」
「慎也〜!」
何故、抱きつく必要があるのか、全く理解不能だ。が、現に今、俺は陽平の腕の中にいる。しかも、鼓動が速くなっている。何だ、これは。
「慎也が可愛いこと言うから、ついこんなことしちゃったじゃないか」
そんな言葉を囁く? それは、どんな気持ちの表れなんだろう。本当にわからない。
「あの……とにかく離れてよ。恥ずかしいから」
横を通っていく俺たちと同じ制服の人たちが、物珍しそうな顔をして俺たちを見ていく。どう思われてるんだろう。笑われている気しかしない。
「陽平。俺は目立ちたくない。だから、離れろ」
命令口調で言ってみると、渋々といった感じで離れたが、今度は手を握られてしまった。だから、何? やめてくれ。
「陽平!」
「どうした、慎也。随分嬉しそうだな」
「どこが」
「全部」
意味がわからない。この人に意味を求めてはダメなんだと、いい加減学ばなければいけない。
「とにかく、この手を離してよ」
「照れ屋だな、慎也は」
からかい口調で言う陽平に、俺は、
「そうだよ。オレは照れ屋なんだ。人前でこんなことするのは好きじゃないんだ。だから、離せ」
突き放すように言ってやると、ようやく俺の手は自由になった。
「慎也。お夕飯、出来たわよ」
「今行く」
階段を下りていく音が遠ざかってから、俺は部屋を出た。揚げ物だろうか。いい匂いが漂っている。
「テーブルに持っていってくれる?」
「いいよ」
母さんが、俺をじっと見てきた。何か言いたそうな顔に見えるのは、勘違いだろうか。
「慎也。何かあった?」
「何で?」
「困ったような顔してるから。最近、調子がよさそうだなと思ってたんだけど……」
確かに、さっき爆弾発言を聞くまでは、俺の心は平穏だった。いや。平穏は言い過ぎかもしれない。それでも、聞いた後よりは、ずっと穏やかだった。そう思う。それなのに……。
「あ」
陽平に言われたことを思い出した。俺は、「母さん」と呼び掛けると、
「明日から俺、ピアノを教えなきゃいけないんだ。友達が、教えてって言ってきて……」
「教える?」
声がひっくり返り気味になっている。そんなに驚かなくても、と思ってしまう程の驚きようだ。わかるけど、その反応はちょっと酷くないか?
「頼まれたんだから、仕方ないだろ。好きで教えるわけじゃない」
「お友達、ここに来るの? それとも、お友達の家で?」
「うち。何だかそうなった。明日から来るけど、別にもてなさなくていいから」
母さんは首を傾げ、「それでいいのかしら」
と、呟くように言った。
「それよりさ、唐揚げ食べようよ。熱々を食べたい」
「あ、そうね。どうぞ。食べて」
それからしばらく、黙り合って食事した。熱々の唐揚げは、おいしいけど火傷しそうだった。先に食べ終えた母さんが、また俺を見てきた。
「何?」
「お友達、どんな人?」
「どんな?」
気にしない性格で、いつもヘラヘラしてる……とは言わない方がいいだろう。何と言ったものか考えていると、
「いい人?」
「ま、いい人かな」
俺が泣いてしまった時、頭を撫でてくれた。悪い人なら、そんな行動には出ないだろう。俺は首を振り、
「いや。絶対いい人だよ」
母さんは息を吐き出し、
「よかった」
久し振りに、母さんの笑顔を見た気がした。笑顔をなくさせたのは、俺に決まっている。そう思うと、胸の奥がギュッとなった。でも、素直に「ごめん」とか言えない。困った性格だと思う。
「明日、お夕飯一緒にどうかしら?」
「夕飯?」
きっと、ものすごく喜んでくれちゃいそうだ。
「明日、学校で訊いてみる」
「そうして。わかったら、連絡してね」
「わかったよ」
陽平と夕飯をここで食べる。まるで、友達みたいじゃないか。そうか。友達なんだ。しかも、親友だ。何故俺は、陽平の親友にされたんだろう。いまだに、よくわからない。でも、この状況は嫌ではない。むしろ、胸が弾むような感じだ。自分のこの感情の動きが何なのかは説明出来ない。
翌日、学校の最寄り駅を出て歩いていると、陽平に声を掛けられた。こういう場面一つとっても、本当に友達みたいだな、と変な感想を持ってしまう。
「おはよう、慎也。今日から、頼んだぞ?」
「俺、全然自信がないんだけど……頑張るよ。だから、陽平も頑張ってくれよ?」
「任せとけ」
胸を張って言う陽平。どこからその自信は生まれてくるんだろう、と不思議に思いつつも羨ましさも感じずにはいられない。こんなに堂々としてられたら、もっと別の展開があったかもしれない。でも、実際はそうではなかった。だから俺は、今ここにいる。これも運命か、と何となく受け入れている自分がいる。
「陽平。今日、うちに来るだろ? その後、一緒に夕飯どう? 母さんが、はりきってて」
「もちろん! 慎也の家で夕飯って、嬉し過ぎるんだけど。いいのか?」
「いいらしいよ」
「って何だよ。慎也は、嫌なのか?」
また急に真面目な顔になってしまった。どう返事するのがよかったのか、俺にはわからない。
「えっと……嫌じゃない。むしろ、楽しみ」
「慎也〜!」
何故、抱きつく必要があるのか、全く理解不能だ。が、現に今、俺は陽平の腕の中にいる。しかも、鼓動が速くなっている。何だ、これは。
「慎也が可愛いこと言うから、ついこんなことしちゃったじゃないか」
そんな言葉を囁く? それは、どんな気持ちの表れなんだろう。本当にわからない。
「あの……とにかく離れてよ。恥ずかしいから」
横を通っていく俺たちと同じ制服の人たちが、物珍しそうな顔をして俺たちを見ていく。どう思われてるんだろう。笑われている気しかしない。
「陽平。俺は目立ちたくない。だから、離れろ」
命令口調で言ってみると、渋々といった感じで離れたが、今度は手を握られてしまった。だから、何? やめてくれ。
「陽平!」
「どうした、慎也。随分嬉しそうだな」
「どこが」
「全部」
意味がわからない。この人に意味を求めてはダメなんだと、いい加減学ばなければいけない。
「とにかく、この手を離してよ」
「照れ屋だな、慎也は」
からかい口調で言う陽平に、俺は、
「そうだよ。オレは照れ屋なんだ。人前でこんなことするのは好きじゃないんだ。だから、離せ」
突き放すように言ってやると、ようやく俺の手は自由になった。


