四人で写真を撮ってから、一週間くらい過ぎた。入学式以来、クラスメイトに上手く話し掛けられなくて一人でいたのが、遠い昔のことのようだ。今では、四人でいることが当たり前みたいに思えるようになった。たいした進歩だ、と心の中で自分を誉め讃えた。
楽しい高校生活。それを実現する為に、わざわざ家から離れた学校を選んだ。この学校にしてよかったと、本当に思っている。
帰りのホームルームの時、担任の先生が、
「来月の十五日に、合唱コンクールがあります。頑張ろうな」
笑顔で言った。教室は賑やかになったが、俺は背中に冷たいものが流れていくような感じがしていた。逃げ切れないんだな、と溜息が出た。
「それじゃあ、これから指揮者と伴奏者と曲を決める。立候補でも推薦でもいいけど」
担任が教室をぐるりと見回す。他のクラスメイトと同じように、俺も担任から目をそらした。担任は大きく息を吐き出し、
「みんな、控えめだな。楽しめばいいんだから。何も、一位になれとは言わないから」
それでも誰も口を開かない。
「まず、伴奏者を決めようか。ピアノ弾ける人、挙手して」
去年のことを思い出しそうになったが、それを振り切るように首を振った。ふと誰かの視線を感じてそちらに目を向けると、陽平が俺を見ていた。普段と違う、何だか硬い表情をしていて胸がざわついた。
去年何があったのか、知っているはずはない。それなのに、どうしてこんなに落ち着かなくなるんだろう。
深刻そうに見えた陽平だったが、急にいつもの顔に戻ると、「は~い!」と手を挙げながら楽しげに言った。
「伴奏やる。いいよね?」
担任にタメ口? 俺には出来そうもないことを、普通にやってのける陽平。かっこよすぎだ。というか、陽平はピアノが弾けるのか、と驚いてしまった。好きなバンドの話はしても、ピアノを弾くとかそういうことは、話題に上がってなかった。きっと俺と違って、すごく上手いんだろうな、と勝手に想像して落ち込んだ。
担任は、パッと明るい表情になり、
「やってくれるか? じゃあ、安達にお願いしよう。みんな、拍手!」
大きな拍手と声援が陽平に贈られた。陽平は立ち上がり、両手を挙げてそれに応えていた。さっきまで逃げ腰だったクラスメイトたちは、取り敢えず難を逃れられたと思うのか、はしゃいで見えた。いや。まだ難題が残っているんじゃないのか? 誰が指揮者をやるのか。それと、曲決め。
そんなことを考えていると、陽平が担任に向かって、正に今俺が思っていたことを口にした。
「先生。指揮者、どうする? 俺が決めてもいい?」
「いいぞ。誰がいいんだ?」
何だか胸が騒ぎ出した。これは嬉しくないやつだ。顔が強張るのを感じたが、そのまま担任の方を見続けていた。担任のそばに立った陽平は、ニカッと笑うと、
「慎也。やって?」
やっぱり。悪だくみしているみたいな顔をしてたから、もしかして、とは思っていたけど。俺は陽平に首を振り、
「嫌だ。何でそんな……」
「何でって。そりゃ、一緒に楽しみたいからだろ? 俺たちは親友だ。一緒に楽しもうぜ」
もう一度、嫌だと怒鳴ってやろうかと思ったのに、ただ溜息が出ただけだった。
「陽平。おまえ、もう少し人の気持ちを考えろって、この前言っただろ? 全然わかってないな」
山ちゃんが陽平を責めるように意見してくれたが、当の陽平はヘラヘラして反省しているようには見えなかった。
「陽平」
「山ちゃん。俺も山ちゃんが正しいと思う。思うけどさ」
「思うなら……」
「でもさ、一緒にやりたいんだから仕方ないだろ。慎也。頼んだぞ」
また大きな拍手が教室に響き渡った。もう逃げられない。こうなったら、仕方ない。ピアノを弾くわけじゃないんだから、頑張れ、俺。
担任が去っていくと、陽平は俺のそばに走ってきた。その笑顔、今はやめてくれと言いたい。俺の気持ちは、深く沈んでいるんだ。深海か、って言うくらいに。
「慎也。指揮者やってくれるなんて、すっごく嬉しいんだけど。いい奴だな、慎也は」
俺は陽平を睨むように見ながら、椅子から立ち上がった。
「今日は一人で帰る」
俺が言い放つと、そばにいた山ちゃんとつっちーが、同時に肩をすくめ、
「だから言ったのにな」
「そうだよね。山ちゃんが正しいよ。陽平は、やっちゃったって感じだよね?」
「全く勝手な奴だよな」
二人で深く頷き合っている。俺は二人に、「ありがとう」と小さな声で言ってから、背中を向けて歩き出した。ドアの近くまで来た時、「待て」と陽平が叫ぶように声を掛けてきた。いや、待たないから、と心の中で返事をしてそのまま教室を出た。後ろで走ってくる音が聞こえたと思ったら、腕を掴まれた。俺は、とっさにその手を振り払うと、
「やるよ。やってやるさ。だけど、勝手過ぎるだろ? 俺の都合も考えてくれよ」
陽平は、俺が大きな声を出したことに驚いたのか、目を見開いていた。が、すぐに笑顔に変わり、
「ごめんね?」
誠意が全く感じられない、甘えたような言い方だった。こんな風に出られたら、もう強くは言えない。計算ずくのこの行動に余計イラッときたが、
「わかったよ。もう、いい」
いいなんて、少しも思えない。でも、それしか言葉が出てこなかった。
楽しい高校生活。それを実現する為に、わざわざ家から離れた学校を選んだ。この学校にしてよかったと、本当に思っている。
帰りのホームルームの時、担任の先生が、
「来月の十五日に、合唱コンクールがあります。頑張ろうな」
笑顔で言った。教室は賑やかになったが、俺は背中に冷たいものが流れていくような感じがしていた。逃げ切れないんだな、と溜息が出た。
「それじゃあ、これから指揮者と伴奏者と曲を決める。立候補でも推薦でもいいけど」
担任が教室をぐるりと見回す。他のクラスメイトと同じように、俺も担任から目をそらした。担任は大きく息を吐き出し、
「みんな、控えめだな。楽しめばいいんだから。何も、一位になれとは言わないから」
それでも誰も口を開かない。
「まず、伴奏者を決めようか。ピアノ弾ける人、挙手して」
去年のことを思い出しそうになったが、それを振り切るように首を振った。ふと誰かの視線を感じてそちらに目を向けると、陽平が俺を見ていた。普段と違う、何だか硬い表情をしていて胸がざわついた。
去年何があったのか、知っているはずはない。それなのに、どうしてこんなに落ち着かなくなるんだろう。
深刻そうに見えた陽平だったが、急にいつもの顔に戻ると、「は~い!」と手を挙げながら楽しげに言った。
「伴奏やる。いいよね?」
担任にタメ口? 俺には出来そうもないことを、普通にやってのける陽平。かっこよすぎだ。というか、陽平はピアノが弾けるのか、と驚いてしまった。好きなバンドの話はしても、ピアノを弾くとかそういうことは、話題に上がってなかった。きっと俺と違って、すごく上手いんだろうな、と勝手に想像して落ち込んだ。
担任は、パッと明るい表情になり、
「やってくれるか? じゃあ、安達にお願いしよう。みんな、拍手!」
大きな拍手と声援が陽平に贈られた。陽平は立ち上がり、両手を挙げてそれに応えていた。さっきまで逃げ腰だったクラスメイトたちは、取り敢えず難を逃れられたと思うのか、はしゃいで見えた。いや。まだ難題が残っているんじゃないのか? 誰が指揮者をやるのか。それと、曲決め。
そんなことを考えていると、陽平が担任に向かって、正に今俺が思っていたことを口にした。
「先生。指揮者、どうする? 俺が決めてもいい?」
「いいぞ。誰がいいんだ?」
何だか胸が騒ぎ出した。これは嬉しくないやつだ。顔が強張るのを感じたが、そのまま担任の方を見続けていた。担任のそばに立った陽平は、ニカッと笑うと、
「慎也。やって?」
やっぱり。悪だくみしているみたいな顔をしてたから、もしかして、とは思っていたけど。俺は陽平に首を振り、
「嫌だ。何でそんな……」
「何でって。そりゃ、一緒に楽しみたいからだろ? 俺たちは親友だ。一緒に楽しもうぜ」
もう一度、嫌だと怒鳴ってやろうかと思ったのに、ただ溜息が出ただけだった。
「陽平。おまえ、もう少し人の気持ちを考えろって、この前言っただろ? 全然わかってないな」
山ちゃんが陽平を責めるように意見してくれたが、当の陽平はヘラヘラして反省しているようには見えなかった。
「陽平」
「山ちゃん。俺も山ちゃんが正しいと思う。思うけどさ」
「思うなら……」
「でもさ、一緒にやりたいんだから仕方ないだろ。慎也。頼んだぞ」
また大きな拍手が教室に響き渡った。もう逃げられない。こうなったら、仕方ない。ピアノを弾くわけじゃないんだから、頑張れ、俺。
担任が去っていくと、陽平は俺のそばに走ってきた。その笑顔、今はやめてくれと言いたい。俺の気持ちは、深く沈んでいるんだ。深海か、って言うくらいに。
「慎也。指揮者やってくれるなんて、すっごく嬉しいんだけど。いい奴だな、慎也は」
俺は陽平を睨むように見ながら、椅子から立ち上がった。
「今日は一人で帰る」
俺が言い放つと、そばにいた山ちゃんとつっちーが、同時に肩をすくめ、
「だから言ったのにな」
「そうだよね。山ちゃんが正しいよ。陽平は、やっちゃったって感じだよね?」
「全く勝手な奴だよな」
二人で深く頷き合っている。俺は二人に、「ありがとう」と小さな声で言ってから、背中を向けて歩き出した。ドアの近くまで来た時、「待て」と陽平が叫ぶように声を掛けてきた。いや、待たないから、と心の中で返事をしてそのまま教室を出た。後ろで走ってくる音が聞こえたと思ったら、腕を掴まれた。俺は、とっさにその手を振り払うと、
「やるよ。やってやるさ。だけど、勝手過ぎるだろ? 俺の都合も考えてくれよ」
陽平は、俺が大きな声を出したことに驚いたのか、目を見開いていた。が、すぐに笑顔に変わり、
「ごめんね?」
誠意が全く感じられない、甘えたような言い方だった。こんな風に出られたら、もう強くは言えない。計算ずくのこの行動に余計イラッときたが、
「わかったよ。もう、いい」
いいなんて、少しも思えない。でも、それしか言葉が出てこなかった。


