Scene 15.
知暎(ジヨン)が料理を並べていた。以心(イシム)が知暎を最後まで止めようとしたが、知暎はそんな以心の腕を掴まえて食卓に座らせたのち、自分が最後まで料理を仕上げるという意志を示した。以心が知暎との押し問答を諦め、食卓に座って頬杖をつくように腕を載せた。
知暎 : お母さん。でも、まだ太刀魚の煮付け火が通ってないみたい。大根が柔らかくないよ。
以心 : あと5分くらい煮ればいいと思うよ。
知暎がおかずとご飯を食卓の上に運んだ。まだ乾ききっていない髪をタオルで巻いた知暎が、以心のご飯と自分のご飯を用意している間に、以心の電話機が鳴った。以心が折りたたみの電話機を開いて番号を確かめ、電話を受けた。
以心 : 週末なのに、休まないで。
熙珍(ヒジン) : あ。もし。お出になりにくければ。
以心がしばし知暎の様子を窺ったが、大したことでもなさそうに受け止め、答えを続けた。
以心 : 大丈夫。
熙珍 : 本日、二人の館長に掛けてあったササヤキが、完全に剥がされたかと存じます。今後、候補者の保護にはもう少し注意を払わねばなりません。
以心がわざとらしく頷きながら、軽い溜め息をついた。
以心 : うん。あの者たちが本当に動き出すのね。
熙珍 : はい。團長も、なお一層ご注意いただきたく存じます。
以心 : 大丈夫よ。私は。
熙珍 : このまま進めてまいります。
以心 : そうするしかないわね。あなたと子どもたちが心配だわ。
熙珍 : 大丈夫です。
以心 : 週末なんだから、もう少し休みなさい。明日は月曜で忙しいでしょうに。
熙珍 : あの、團長。
以心 : なに。熙珍。
知暎がおかずをすべて並べたのち、太刀魚の煮付けを最後に食卓の真ん中に置いた。湯気がもくもくと立ち上る蓋を開けた。
熙珍 : 知暎は、元気にしていますか。
以心は無言で微笑みながら、自分の正面に向かい合って座った知暎を見つめた。以心の言葉はもう少し長い沈黙ののちに続いた。
以心 : まあ、そんなところかしら。今のところは。
熙珍 : 承知しました。では、團長もよい週末をお過ごしください。
熙珍の挨拶を最後に、以心が電話を切った。以心と共に知暎が目の前に置かれた匙を取り、煮付けをそっとひっくり返した。火が通ったか確かめていた知暎が、満足げな表情を浮かべて以心を見やった。
知暎 : 火通ったよ。誰? 集賢館長?
以心 : うん。
知暎 : それでも、ああいう人がいるから安心できるんだよ。毎日お母さんが平日の明け方に本廳行くたびにあたしが行かせたくないの我慢してるんだから。
以心が知暎と共に食事を分かち合いながら、軽い溜め息をついた。
以心 : 全部私が作った道なのに何を。
知暎 : だから、なんでわざわざ。
週末の昼に合わせた食事を前にした二人が、互いの複雑な胸の内を深く埋めたまま、いつもと変わらぬ口ぶりで互いに向き合っていた。
以心 : そうしてこそ、片を付けられるって言ったでしょう?
知暎 : 心配しないで。あたしが残らず叩き潰すから。
以心 : 知暎。
知暎が大きな匙でご飯をすくったとき、以心が低い声で知暎を呼んだ。本当は、いつもどおりではいられないのは以心のほうであった。口いっぱいにご飯を頬張った知暎が、もぐもぐしながら以心の呼びかけに答えた。
知暎 : ん?
以心 : ごめんね。
知暎 : なに言ってんのまた。早く召し上がってよ。
知暎は以心の弱った心を、大したことないというぶっきらぼうな声でなんとか慰めようとしていた。少し前、最も辛い時間を独りで過ごしていた知暎の姿が、以心の頭の中で消えないまま、知暎の気丈さまでもが目に焼きついていた。
以心 : 私は、あんたが人殺しまではしなくてよかったのにと思ってた。本当に。ただ、あんたの一つの命、失わずに、これから二度とあんたみたいな子たちが北の葬送谷に置かれないことを願ってたの。
知暎 : 分かってるって。だから早く食べてよ。お母さんよりは生きてないけど、生きてたら見えてきたよ。悪いやつらはくたばるべきなんだって。
以心 : 口にはしないけど、その重荷。あんたが全部感じてるはずだから。
知暎 : 感じてない。本当に。もう。
なんでもないかのように、知暎は目の前に置かれたご飯を気丈に食べていた。以心もそんな知暎の何でもない声と様子を見て、知暎のようにご飯をたっぷりよそい、心ゆくまま気楽にご飯を食べ始めた。
知暎 : 所姬のあの小娘、電話出ないんだけど。
以心 : 今日、始緣と買い物行くって言ってなかった?
知暎 : それだよ。オンニの電話もシカトして。めちゃくちゃ楽し、
知暎の手の甲を以心が軽くぴしゃりと叩いた。
以心 : また、また汚い言葉。
いつもと変わらぬ声で知暎をたしなめた母の声に、知暎が唇を尖らせながら言葉を続けた。
知暎 : とにかく。すっごい楽しいんだろうね。
以心がほうれん草のナムルを一口頬張りながら頷いた。
以心 : 始緣、可愛かったわ。姜知暎とそっくりに。
知暎 : やれやれ。全女史の若い頃に遡ろうとして。
以心 : ちょっと。今は老けたっていうの?
知暎 : まあ、毎日踊ってるから年の割にはぴちぴちしてるけど、娘たちより若く見えてどうするの。
以心 : そんなの分かんないわよ。もしかしたら? 私まだ50代前半だよ。外の年ばかり多いって言うけど、
知暎 : あ。はい。存じております。お食事をお続けください。お若い母上。
知暎のとんちんかんな叱責に以心が唇をひくつかせた。
Scene 16.
なかなかの数の買い物袋を手に歩いていた所姬(ソヒ)が、だいぶ日の傾いた外を見やった。両手いっぱいの買い物袋を近くの事務ラウンジへ持って行った。始緣(シヨン)が両手にこれでもかと荷物を抱えたまま、高級感のあるラウンジへ歩いていく所姬をおずおずと追いかけた。所姬が入ると、入口で待っていた者が所姬を迎えた。
キュレーター : いらっしゃいませ。お越しとは存じませんで。お車が入ってくるのが見えませんでしたので。
所姬が大したことではないとばかりに首を横に振り、手に持っていた荷物をデスクの上に置いた。続いて入ってきた始緣の荷物を受け取り、所姬が自分の荷物と一緒に載せた。
キュレーター : ご住所は、以前の。
所姬 : いいえ。別の場所に送ってください。時間も書きますので、そのときに届けていただければ。
キュレーターが胸に留めたペンを取り出し、ポケットから手帳を取り出した。所姬が読み上げる住所を書き留めたのち、時間まで記録した。始緣は今起きていることをしばし無言で見守っていた。
所姬 : あ。それと。
所姬がふと首を回して始緣を見た。
所姬 : ナンバー何番だっけ?
始緣 : え、え??
初めての経験に、始緣が狼狽えた様子で答えを返せずにいた。所姬が改めて落ち着いた声で始緣に訊いた。
所姬 : あんたの、バイク。ナンバープレート。今回買った車の番号と。
所姬の言葉に始緣がナンバーの二つをしばし思い出してから四桁の数字を読み上げた。始緣のナンバーまで書き留めたキュレーターが、手帳とペンを再び懐に収めた。
キュレーター : 楽しいお買い物でございましたら幸いです。事前に存じ上げていれば私どもが。
所姬が首を横に振った。
所姬 : 今日はちょっと事情があって立ち寄っただけなんです。うちのお母さんにだけよくしてあげてください。私やオンニは気にしないでくださって。
所姬が短く挨拶を交わしてから、始緣の腕を掴んで外に出た。外に出るなり始緣が所姬に囁いた。
始緣 : ねえ、これシバル、超すげえやつじゃないの? なんだっけ? VIPサービスってやつ? あんた何者なの? 慶瑞もあんたにお辞儀してたし。なんか、超すげえ。なんか、
所姬 : うるさい。黙って早く行くの。そういうのじゃないから。
始緣 : じゃあ、あたし一人でここ来たら、バレーパーキングとかしてもらえんの?
所姬がうんざりした様子で、その場を動かずに所姬に知りたいことを浴びせかける始緣を無理やり引っ張り出した。
始緣 : あんた、0.1パーセントの人間とか、なんかそういうのじゃないの?? 王族の娘とか。そういうの。
所姬 : もう!! ほんとに!!
始緣がびくりとした。
所姬 : 違うって言ってるでしょそんなの。
始緣 : じゃあ何なの?
所姬 : ただ。お母さんがたくさん助けてきた方たちが、お母さんに好意でお返ししてくれてるだけだよ。
始緣がしばし何かを考え、頷いた。
始緣 : そうなんだ。
所姬 : 陰に隠れるのはあんまり望んでないの。私もオンニも。
始緣 : でもさ。
始緣が先に歩き出しながら所姬に言った。
始緣 : ないよりはましじゃん。望まないから使わないでいられるのは、欲しくても持てないよりずっといいだろうし。
所姬がしばし立ち止まった。所姬に伝えていた言葉であったがゆえに、始緣もそれ以上離れずにその場に止まり、首を回して所姬に向けて言葉を続けた。
始緣 : まあ、事情はあるんだろうけど。そんな贅沢なこと言ってるあんたらにも。
所姬 : ごめん。
謝罪を引き出そうとしての言葉ではなかった。始緣がそっけなく笑い、先に歩き出した。
始緣 : あたしが羨ましがってるだけで、あんたが謝ることじゃないでしょ? 行こう。腹減った。晩飯は金持ちのあんたが奢れ。
所姬も始緣に続いて再び歩き出しながら、少し申し訳なさそうに始緣に訊いた。
所姬 : 何、食べたいの。
始緣 : うーん。めちゃくちゃうまいやつ。ジャンクな飯。なんか、口が刺激されるようなやつ?
所姬 : それなんなのよ。
所姬の苛立ち混じりの問いに始緣がしばし立ち止まってじっくり考えた。
始緣 : うーん。辛い大腸炒め?
知暎(ジヨン)が料理を並べていた。以心(イシム)が知暎を最後まで止めようとしたが、知暎はそんな以心の腕を掴まえて食卓に座らせたのち、自分が最後まで料理を仕上げるという意志を示した。以心が知暎との押し問答を諦め、食卓に座って頬杖をつくように腕を載せた。
知暎 : お母さん。でも、まだ太刀魚の煮付け火が通ってないみたい。大根が柔らかくないよ。
以心 : あと5分くらい煮ればいいと思うよ。
知暎がおかずとご飯を食卓の上に運んだ。まだ乾ききっていない髪をタオルで巻いた知暎が、以心のご飯と自分のご飯を用意している間に、以心の電話機が鳴った。以心が折りたたみの電話機を開いて番号を確かめ、電話を受けた。
以心 : 週末なのに、休まないで。
熙珍(ヒジン) : あ。もし。お出になりにくければ。
以心がしばし知暎の様子を窺ったが、大したことでもなさそうに受け止め、答えを続けた。
以心 : 大丈夫。
熙珍 : 本日、二人の館長に掛けてあったササヤキが、完全に剥がされたかと存じます。今後、候補者の保護にはもう少し注意を払わねばなりません。
以心がわざとらしく頷きながら、軽い溜め息をついた。
以心 : うん。あの者たちが本当に動き出すのね。
熙珍 : はい。團長も、なお一層ご注意いただきたく存じます。
以心 : 大丈夫よ。私は。
熙珍 : このまま進めてまいります。
以心 : そうするしかないわね。あなたと子どもたちが心配だわ。
熙珍 : 大丈夫です。
以心 : 週末なんだから、もう少し休みなさい。明日は月曜で忙しいでしょうに。
熙珍 : あの、團長。
以心 : なに。熙珍。
知暎がおかずをすべて並べたのち、太刀魚の煮付けを最後に食卓の真ん中に置いた。湯気がもくもくと立ち上る蓋を開けた。
熙珍 : 知暎は、元気にしていますか。
以心は無言で微笑みながら、自分の正面に向かい合って座った知暎を見つめた。以心の言葉はもう少し長い沈黙ののちに続いた。
以心 : まあ、そんなところかしら。今のところは。
熙珍 : 承知しました。では、團長もよい週末をお過ごしください。
熙珍の挨拶を最後に、以心が電話を切った。以心と共に知暎が目の前に置かれた匙を取り、煮付けをそっとひっくり返した。火が通ったか確かめていた知暎が、満足げな表情を浮かべて以心を見やった。
知暎 : 火通ったよ。誰? 集賢館長?
以心 : うん。
知暎 : それでも、ああいう人がいるから安心できるんだよ。毎日お母さんが平日の明け方に本廳行くたびにあたしが行かせたくないの我慢してるんだから。
以心が知暎と共に食事を分かち合いながら、軽い溜め息をついた。
以心 : 全部私が作った道なのに何を。
知暎 : だから、なんでわざわざ。
週末の昼に合わせた食事を前にした二人が、互いの複雑な胸の内を深く埋めたまま、いつもと変わらぬ口ぶりで互いに向き合っていた。
以心 : そうしてこそ、片を付けられるって言ったでしょう?
知暎 : 心配しないで。あたしが残らず叩き潰すから。
以心 : 知暎。
知暎が大きな匙でご飯をすくったとき、以心が低い声で知暎を呼んだ。本当は、いつもどおりではいられないのは以心のほうであった。口いっぱいにご飯を頬張った知暎が、もぐもぐしながら以心の呼びかけに答えた。
知暎 : ん?
以心 : ごめんね。
知暎 : なに言ってんのまた。早く召し上がってよ。
知暎は以心の弱った心を、大したことないというぶっきらぼうな声でなんとか慰めようとしていた。少し前、最も辛い時間を独りで過ごしていた知暎の姿が、以心の頭の中で消えないまま、知暎の気丈さまでもが目に焼きついていた。
以心 : 私は、あんたが人殺しまではしなくてよかったのにと思ってた。本当に。ただ、あんたの一つの命、失わずに、これから二度とあんたみたいな子たちが北の葬送谷に置かれないことを願ってたの。
知暎 : 分かってるって。だから早く食べてよ。お母さんよりは生きてないけど、生きてたら見えてきたよ。悪いやつらはくたばるべきなんだって。
以心 : 口にはしないけど、その重荷。あんたが全部感じてるはずだから。
知暎 : 感じてない。本当に。もう。
なんでもないかのように、知暎は目の前に置かれたご飯を気丈に食べていた。以心もそんな知暎の何でもない声と様子を見て、知暎のようにご飯をたっぷりよそい、心ゆくまま気楽にご飯を食べ始めた。
知暎 : 所姬のあの小娘、電話出ないんだけど。
以心 : 今日、始緣と買い物行くって言ってなかった?
知暎 : それだよ。オンニの電話もシカトして。めちゃくちゃ楽し、
知暎の手の甲を以心が軽くぴしゃりと叩いた。
以心 : また、また汚い言葉。
いつもと変わらぬ声で知暎をたしなめた母の声に、知暎が唇を尖らせながら言葉を続けた。
知暎 : とにかく。すっごい楽しいんだろうね。
以心がほうれん草のナムルを一口頬張りながら頷いた。
以心 : 始緣、可愛かったわ。姜知暎とそっくりに。
知暎 : やれやれ。全女史の若い頃に遡ろうとして。
以心 : ちょっと。今は老けたっていうの?
知暎 : まあ、毎日踊ってるから年の割にはぴちぴちしてるけど、娘たちより若く見えてどうするの。
以心 : そんなの分かんないわよ。もしかしたら? 私まだ50代前半だよ。外の年ばかり多いって言うけど、
知暎 : あ。はい。存じております。お食事をお続けください。お若い母上。
知暎のとんちんかんな叱責に以心が唇をひくつかせた。
Scene 16.
なかなかの数の買い物袋を手に歩いていた所姬(ソヒ)が、だいぶ日の傾いた外を見やった。両手いっぱいの買い物袋を近くの事務ラウンジへ持って行った。始緣(シヨン)が両手にこれでもかと荷物を抱えたまま、高級感のあるラウンジへ歩いていく所姬をおずおずと追いかけた。所姬が入ると、入口で待っていた者が所姬を迎えた。
キュレーター : いらっしゃいませ。お越しとは存じませんで。お車が入ってくるのが見えませんでしたので。
所姬が大したことではないとばかりに首を横に振り、手に持っていた荷物をデスクの上に置いた。続いて入ってきた始緣の荷物を受け取り、所姬が自分の荷物と一緒に載せた。
キュレーター : ご住所は、以前の。
所姬 : いいえ。別の場所に送ってください。時間も書きますので、そのときに届けていただければ。
キュレーターが胸に留めたペンを取り出し、ポケットから手帳を取り出した。所姬が読み上げる住所を書き留めたのち、時間まで記録した。始緣は今起きていることをしばし無言で見守っていた。
所姬 : あ。それと。
所姬がふと首を回して始緣を見た。
所姬 : ナンバー何番だっけ?
始緣 : え、え??
初めての経験に、始緣が狼狽えた様子で答えを返せずにいた。所姬が改めて落ち着いた声で始緣に訊いた。
所姬 : あんたの、バイク。ナンバープレート。今回買った車の番号と。
所姬の言葉に始緣がナンバーの二つをしばし思い出してから四桁の数字を読み上げた。始緣のナンバーまで書き留めたキュレーターが、手帳とペンを再び懐に収めた。
キュレーター : 楽しいお買い物でございましたら幸いです。事前に存じ上げていれば私どもが。
所姬が首を横に振った。
所姬 : 今日はちょっと事情があって立ち寄っただけなんです。うちのお母さんにだけよくしてあげてください。私やオンニは気にしないでくださって。
所姬が短く挨拶を交わしてから、始緣の腕を掴んで外に出た。外に出るなり始緣が所姬に囁いた。
始緣 : ねえ、これシバル、超すげえやつじゃないの? なんだっけ? VIPサービスってやつ? あんた何者なの? 慶瑞もあんたにお辞儀してたし。なんか、超すげえ。なんか、
所姬 : うるさい。黙って早く行くの。そういうのじゃないから。
始緣 : じゃあ、あたし一人でここ来たら、バレーパーキングとかしてもらえんの?
所姬がうんざりした様子で、その場を動かずに所姬に知りたいことを浴びせかける始緣を無理やり引っ張り出した。
始緣 : あんた、0.1パーセントの人間とか、なんかそういうのじゃないの?? 王族の娘とか。そういうの。
所姬 : もう!! ほんとに!!
始緣がびくりとした。
所姬 : 違うって言ってるでしょそんなの。
始緣 : じゃあ何なの?
所姬 : ただ。お母さんがたくさん助けてきた方たちが、お母さんに好意でお返ししてくれてるだけだよ。
始緣がしばし何かを考え、頷いた。
始緣 : そうなんだ。
所姬 : 陰に隠れるのはあんまり望んでないの。私もオンニも。
始緣 : でもさ。
始緣が先に歩き出しながら所姬に言った。
始緣 : ないよりはましじゃん。望まないから使わないでいられるのは、欲しくても持てないよりずっといいだろうし。
所姬がしばし立ち止まった。所姬に伝えていた言葉であったがゆえに、始緣もそれ以上離れずにその場に止まり、首を回して所姬に向けて言葉を続けた。
始緣 : まあ、事情はあるんだろうけど。そんな贅沢なこと言ってるあんたらにも。
所姬 : ごめん。
謝罪を引き出そうとしての言葉ではなかった。始緣がそっけなく笑い、先に歩き出した。
始緣 : あたしが羨ましがってるだけで、あんたが謝ることじゃないでしょ? 行こう。腹減った。晩飯は金持ちのあんたが奢れ。
所姬も始緣に続いて再び歩き出しながら、少し申し訳なさそうに始緣に訊いた。
所姬 : 何、食べたいの。
始緣 : うーん。めちゃくちゃうまいやつ。ジャンクな飯。なんか、口が刺激されるようなやつ?
所姬 : それなんなのよ。
所姬の苛立ち混じりの問いに始緣がしばし立ち止まってじっくり考えた。
始緣 : うーん。辛い大腸炒め?
