胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 13.

身長が173cmほどある始緣(シヨン)が跨がっても、バイクはなかなかの大きさであった。流麗な曲線を持つ大きなバイクにエンジンを掛けた。くたびれたアパートの駐車場のただ中に、堂々と据えられた新しいバイクへ近づいてきた所姬(ソヒ)が、先に座ってエンジンを掛けていた始緣の後部座席へ歩み寄った。体にぴったりとしたズボン姿の所姬が、位置を定めて座った始緣の後ろに体を下ろした。始緣がバイクに掛けてあったヘルメットを所姬に渡した。始緣自身もヘルメットを手に取り、バックルを留めようとしたとき、所姬がそれとなく始緣をからかうように訊いた。

所姬 : ねえ、なんでメットが二つあるの?

始緣 : は?

所姬 : バイクのヘルメット。自分だけ乗り回すのに、二つも用意しておいて。

始緣 : 何言ってんの。

始緣が所姬のいたずらを大して気にも留めず、ヘルメットを最後まで装着した。大きなバイクのエンジンが体を震わせるほどけたたましい音を立てていた。頭にヘルメットをすべて被ったのち、所姬がしばしヘルメットの前面シールドを上げながら始緣に声を張り上げて訊いた。

所姬 : ねえ! ていうかあたしどこ掴めばいいの??

始緣が所姬の両手を掴み、自分の腰に回すように引き寄せた。

始緣 : 離したら死ぬから、しっかり掴んでろ。

所姬が始緣の背にもたれるようにうつ伏せになり、両手で始緣をしっかり掴んだ。始緣がバイクのスタンドを足で蹴り上げたのち、ペダルを力いっぱい踏み込んで走り出した。エンジン音など物の数ではないほどの激しい轟音が、素早くその場を離れたバイクの背後の駐車場へ残像のように伝わった。速く駆けてゆく始緣の大きなバイクの後ろに座った所姬が、思ったよりもはるかに速い速度に驚いたように、おのずと始緣の腹をぎゅっと握りしめた。昼をちょうど過ぎた週末の都心部はなかなかの賑わいであったが、始緣のバイクは車の隙間を巧みにすり抜けながら他よりも速く先へ進んでいた。信号が入ったときようやくバイクを停車列の後ろに止め、けたたましく震える排気音をしばし和らげた。

始緣 : 怖くないの?

始緣のぶっきらぼうな問いがやや高い声で伝わった。ヘルメットを被った所姬がエンジンの排気音と震える共振の中、辛うじて始緣の言葉を聞き取ることができた。答えの代わりに頷いた。信号が再び変わり、始緣がしばし止めていたバイクのギアを上げてペダルを踏んだ。雑踏の都心のただ中をしばらく巡っていたバイクが、百貨店の地上駐車場の入口の中へ入っていった。陽のよく当たる壁面に沿ってゆるりとバイクを走らせ、駐車場の奥深くに止めた始緣。始緣がヘルメットを外しながら散々に乱れた髪を整えた。所姬も始緣の腹を握りしめていた両手の力を抜いたのち、頭を重く押さえつけていたヘルメットを外した。太いパーマがつぶれていたが、なかなかの上機嫌に、髪のことなどあえて気にはしなかった。

所姬 : これどこに置くの?

重いヘルメットを始緣に渡した。始緣がバイクから降り立ったまま、自分が被っていたヘルメットと所姬が被っていたヘルメットの両方を、ただバイクのシートの上に雑に載せた。

所姬 : なくならない?

始緣 : 死にたきゃ持ってくんじゃない。

そっけない答えを吐いたのち、ぴったりと張りついた長い革のズボンを直した始緣。所姬もジーンズを直してから百貨店の中へ向かった。その姿を、駐車場に入ってきたばかりのある車の中の誰かがじっと見つめていた。エンジンを切ってから腰のあたりで何かを点検したのち、緊張した表情で車から体を降ろして立った。


Scene 14.

連曦(ヨンヒ)の部屋の戸を開けるなり、遅れて起きたらしく目がぱんぱんに腫れた延秀(ヨンス)がまず大きな欠伸を開いた。連曦が見ていた書類をそっと伏せてから、延秀の欠伸を見て小さな溜め息をついた。

連曦 : 背丈だけひょろっと伸びて、いつ大人になるの。

延秀 : そんなの聞かされたら死んじゃうよ。大人になったらオンニみたいに週末も働くことになるんだし。あたしは嫌。外して。

延秀の言葉には欠伸が混じっていた。しきりに吐き出した溜め息と言いたいことをすべて伝えたのち、延秀は伸びまでしながら両腕をぐっと持ち上げた。連曦の部屋の敷居にぶつけたのち、手を振りながら寝ぼけたまま感じた痛みに嘆くその姿をじっと見守った連曦。書類を伏せて引き出しに入れ、鍵を掛けてから席を立った。

連曦 : 一緒にゴミ片付けよう。明日、生ゴミとリサイクルの日でしょう。

連曦が長い髪をぎゅっと結びながら伝えると、延秀はたちまち泣きそうな顔になり、連曦をたしなめるように食ってかかった。

延秀 : 週末くらい休みなって。ねえ? アニ、あたしの顔見ると仕事させたくて全身がうずくの? あたし家でもバイトしなきゃいけないわけ??

連曦 : じゃあもっと休んでて。一人でやるから。あんたを起こしちゃいけないと思ってやってなかったんだし。

延秀 : ぎゃあ!! あたしだけ嫌な奴になるじゃん!!

延秀の細い二の腕をたしなめるように叩いた連曦。パチンと音が鳴るほどの大きな音がしたため、連曦と延秀の双方が驚いた目で互いを見つめた。

連曦 : あ、ああ。ご、ごめん。こんなに音が大きいとは。

延秀 : あたしもびっくりした。

痣ができたか確かめようと、よれた半袖Tシャツの袖をまくって肌を見たが、赤く手形がついただけで、痣も血も出てはいなかった。連曦が延秀の無事を一緒に確かめたのち、先に玄関へ向かった。玄関口に置かれたスリッパを履き、脇に置いてあったゴミの束を手でわしっと掴んだ。その姿を見た延秀が深い溜め息をつきながら、連曦に従ってゴミ袋を外へ運び始めた。

延秀 : 寒くない? 日が暮れると風すごいね。

大きな門が小さな庭に構えていた。門の向こうのゴミ分別場に立ち、連曦と延秀がゴミを分別していた。きれいに拭かれた空き容器と種類ごとに分けられたゴミをそれぞれ該当する分別場に入れながら、延秀が半袖Tシャツの中の二の腕を撫でた。

連曦 : まだ私は寒いのよく分からない。

延秀 : 珍しいね? 寒がりなくせに。

連曦 : 一生懸命やってるからかな、ちょっと暑いの。私の部屋。

延秀 : あそこ日差しがけっこうきつく入るもんね。背中が焼け焦げそうだったもん。

連曦 : たしかにね。部屋替える?

延秀 : やだ。昼寝できない。

連曦 : オンニはできなくてもいいと?

延秀 : はぁ。もう。

連曦が延秀の反応を楽しむように口角を上げながら残りのゴミをすべて片付けた。連曦が生ゴミまですべて分別したのち、手を払って片付けながら籠を持った。小柄な連曦が自分の体ほどもある大きなざるを持って歩き出そうとすると、延秀が連曦の手にあった大きなざるを奪い取り、頭に載せるようにして担いだ。

連曦 : それゴミ入れてたやつじゃない。下ろして、普通に持っていくから。

延秀 : どうせ洗うんだし。箕を被ったわけでもないんだからいいでしょ。

連曦 : まさか。あんた。寝てるときにベッドで粗相を……。まさか……。違うよね?? あんた、白状しようとしてるの今。

延秀 : 違うって!!