胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 12.

知暎(ジヨン)が週末に合わせてだらりと眠りについていた。めちゃくちゃな格好でソファにうつ伏せて眠っていた知暎が、暗証番号を押す音にもなかなか起き上がれずにいた。買い物をたっぷり済ませて帰ってきたのち、重い荷物を玄関に下ろした이심(以心:イシム)が、鼾をかきながらうつ伏せて眠っていた知暎を呼んだ。

以心 : 長女。お母さんの荷物ちょっと運んで。

知暎が反射的に体を起こした。長い髪が蛇のとぐろのように乱れていたが、おかまいなしに素足をのろのろと運んだ知暎が、目を半分ほど閉じたまま玄関へ近づき、以心の荷物を中に運び入れていた。

以心 : ちょっと、この子は、髪がなんでそんなことになってるの。

知暎 : あー。眠い。お母さんが手伝ってって言うから起きたんであって、また寝るから。

以心 : 日曜のお昼とっくに過ぎてるよ。早く目ぇ覚まして。そうやってまた月曜に遅刻しないの。

知暎 : 遅刻するならクビにしてくれって言ってよ。なんでずっと置いとくの。あたしを。

以心 : 最近あんたくらいの子たち、就職だって大変だっていうのに、ありがたいと思いなさいよ。早く目開けて。お母さんとおかず片付けるの手伝って。

知暎がぶつぶつ言いながらも以心の荷物をすべて運び入れ、長く乱れた髪を手首についていたゴムで強く束ねた。だぼだぼの運動着がひらひらとはためいていた。首回りがびろびろに伸びきった半袖Tシャツを羽織った知暎が、目やにも取らぬまま、以心が流し台に積み上げていた野菜を水で洗い始めた。冷水で野菜の埃を洗い流しながら、知暎がぐずぐずしていた鼻水を腕でざっと拭った。

知暎 : あたしとお母さんが話してるの見たら、たぶん誰も信じないよ。

以心 : 何を?

知暎 : とんでもないことしてる人たちだってこと。

以心 : とんでもないって何よ、とんでもないって。ただ、ちょっと人とは違うことを星回りとして背負って生きてるだけよ。

知暎 : ちょっとじゃないでしょ。全女史。これのどこがちょっとなのよ。

以心 : レタスの皮、あんまり剥きすぎないで。ちゃんと洗えばいいんだから。どうせ外側は茹でて食べるんだし。

知暎と以心が流し台に並んで立ち、野菜と果物を手入れしていた。勢いよく流れる水道水が知暎の顔に跳ねたが、おかまいなしに黙々と言われたとおりきれいに片付けていた。

知暎 : お母さんも見たと思うけど、始緣っていう子。ほんとにそっくりだった。所姬や連曦って人みたいに。あたし前に初めて連曦を見たとき、所姬がなんで珍しくあんな薄化粧してるんだろって思ったんだから。

知暎の何気ない言葉に、以心が笑みを浮かべた。

以心 : だから、あなたたちみんな私の娘よ。

知暎 : なんていうか。申し訳なくもあったよ。最初に所姬から電話もらって海鮮鍋の材料買いに行ったとき、寝てる姿をちらっと見たんだよね。なのに、あの子はあたしのすべてをそっくりそのまま抱えて過ごしてたのに、あたしよりずっと辛い時間を過ごしてたんだって。所姬や連曦もそうだったのかな。

以心 : 人の時間は、いくら同じ星回りで拵えておいても、結局はその人の選択で分かれていくものだったよ。いくら鏡だからって互いに同じ姿をしていたって、それぞれがした選択が今の道を作ったんでしょう。気の毒な選択肢しか並んでいなかったとしても、その中でせめてましな選択をしようとしたはずだし。

知暎 : じゃあ、お母さんは道っていうの、信じてないの?

以心 : 道というものがあるのは信じてる。だから娘たちと幸せにやってこられたんだし。でも、選択はあくまで自分のものだったよ。それは変わらなかったし、変わりもしない。所姬が選んだからといって、みんながその道に従うわけじゃない。その数えきれない分かれ道がそれぞれの選択を生んで、その分かれ道を所姬が読み取って、あなたたちに伝えるの。

知暎 : しょっちゅう変わるんだ。

以心 : 一本道だけが敷かれているわけじゃないから。分かれ道は必ず現れるし、分かれ道の選択も必ずなされる。所姬はその分かれ道の選択の先まで視ることができるけれど、それだって長くはない。それでもたしかに見えていたの。その無数の分かれ道の果てにも、いかなる場合にも、世界がひっくり返ることはないということ。

知暎 : 所姬の前にいらっしゃったっていう、あの案內者の方も視ていたんだ?

知暎の問いに以心が手についた水気を払い、きれいに洗い終えた野菜を手に取って冷蔵庫へ向かった。知暎の問いに以心は答えぬまま、冷蔵庫の中を整理しながら知暎をたしなめた。

以心 : あんた、お母さんがコンビニの食べ物やめなさいって言ったでしょ、言わなかった? このハンバーガー。コンビニのでしょ?

知暎 : あー! もう。そういうの見なかったことにしてよ。

知暎が歩み出て、以心が漁り始めた冷蔵庫を収めようと向かった。各種の缶飲料と酒瓶、つまみとインスタント食品がずらりと並んだ冷蔵庫を以心が片側に寄せて整理していた。冷蔵庫の前を死守するかのように立ちはだかって整理する以心を知暎が止めることはできなかった。以心の頑固さも知暎に負けてはいなかった。

以心 : 片側にきちんと置いておくから、早く食べて片付けなさい。お母さんが作っておくおかずから先に全部食べて。

知暎 : お母さん、所姬の分まで全部作るじゃん。あたしが一人で全部食べるから太るのあたしだけだし。所姬のあの小娘、ちょっとは来て手伝えっていうのに始緣と過ごすのに忙しいし。いっそもう。都連曦でも呼んで一緒に食べるしかないじゃん。

以心がすべての整理をたちまち終え、冷蔵庫の扉を閉めて体を起こした。

知暎 : でも、お母さんが作ってくれたご飯、ただの一度も残したことないよ。

以心 : 当たり前でしょう。誰が作ったと思ってるの。

知暎 : そのせいであたし一人で4kgは太ったと思うんだけど。

以心 : ぜんぜん太ってないよ。嘘つかないの。

以心が流し台に残った野菜と塩辛を移し、冷蔵庫をふたたび整理した。背の高い知暎が子供のようにちょこちょこついて回りながら母の傍を守っていた。

知暎 : 趙所姬ほんと覚えてなさいよ。自分だけ痩せて。

以心 : むしろあんたも最近ほかの仕事手伝ってて、ろくに寝てもいないからげっそりしてるのに、何が太っただなんて。所姬も始緣と何食べてるのか、どんどん痩せていくし。

知暎 : 今、所姬がいるところにご飯持って行こうか?

以心 : 所姬が来てって言ったときに持って行きなさい。もうすぐ呼ぶって。俗世と絡んだことがあるから。

知暎 : そうだったね。あれいつだっけ。

知暎がべたついた髪を掻きながらズボンのポケットにあった電話機を取り出して予定を確認した。

知暎 : いや、だからこれいつなのよ。

知暎が困った表情を浮かべて独り言を漏らしたのち、再び頭をがしがしと掻いた。その姿を呆れたように見つめた以心が、再び知暎をたしなめた。

以心 : あんたいつ洗ったの。頭の脂見てごらん。出かけるなら早く洗って出てきなさい。

知暎 : 帰ってきて洗って寝たよ。乾かさなかっただけで。

以心 : だめだこりゃ。ご飯、お母さんが先に作ってるから、もう一回洗って出てきなさい。早く。

知暎がぶつぶつと唇を尖らせながら自分の部屋に入り、タオルを携えて出てきた。