胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 09.

주교(主教:シュキョウ)が嘲るような笑みを浮かべたまま、前に座った何者かと向き合っていた。정선(晶善:ジョンソン)が注ぐ茶が、二つの杯をともに満たしたとき、主教が無言のまま笑みをたっぷりと含み、もてなすかのような手つきでぶっきらぼうに茶碗を寄せ置いた。

主教 : これほど怖いもの知らずならば、どれ、一口飲んでみるがよい。

惟碩(ユイセキ)が嘲りの表情をついに捨てきれぬまま席に座っていた。脚を組んで落ち着いた様子で、接見を望んだ主教を前にしていた。主教の顔も体も、かつて見た姿とはまるで変わり果てていた。見分けがつかぬという素振りであちこち見やったが、やはり好意的に見ようとしても好ましくは映らなかった。

惟碩 : 今度はどのような抜け殻ですか。見分けるのが以前より一層難しくなっています。

主教 : 死そのものが直々に拵えてくださったものゆえ、貴様ごときに分かるはずもなかろう。洟を垂らしておった小童が、こうして座って余と向き合えることを、光栄と思わぬにしても。

惟碩 : 死を恐れるがゆえに死を被る屍ごとき、向き合ったところで光栄であるはずがありましょうか。

惟碩が茶碗を手に取り、香りを嗅いだのち、嘲るように脇へ流し捨てた。

主教 : 三つの童であった頃は、顔を見ただけで泣きじゃくっておった小僧が。少しは頭が大きくなったか。

惟碩 : 数百年も息をして生きてこられて、時間の感覚がそれほど狂っておいでですか。

惟碩が話を切るように主教の言葉を遮り、最も知りたかった問いを投げた。

惟碩 : 我々の團長。ペクサを見つけられましたか。

主教が惟碩に向かって鼻で笑った。

主教 : それをなぜ余に問う? そして、我らが有していた遺物ぞ。それをことごとく奪い去った分際で、よくもここに来て我らに、なんだと? ペクサ? 片腹痛いわ。それが我らの手にあったならば、貴様らを先に斬り刻んでおったであろう。貴様は四肢を断たれて路傍の乞食と成り果てていたであろうよ。

惟碩 : ふむ。

主教 : 生きて帰りたくないのであれば、いつなりと申せ。そのようなつまらぬ戯言よりは、聞き届けやすかろうからな。

惟碩 : ご存じのはずではありませんか。

主教 : 何を申しておるのだ。

惟碩 : 知暎。

主教が眉をひそめた。

主教 : 誰だ?

惟碩 : 姜知暎。鍵。團長の子。

主教 : ほう、そのような子がおったのか? 貴様らの頭目の女も、なんとも陰湿な真似をしでかすものよ。子がおるとは?! ふん。

惟碩 : ご存じないはずがないと踏んで参りましたが。

主教 : なにゆえだ? 余が貴様らごときと接点を持つと思うておるのか? 余が貴様らの團長が幼き頃、攫って辱めたうえ殺そうとしたこと、忘れたか?? ああ! そうであったな! あのとき、貴様は己の母を殺すのに一役買って忙しかったであろうな。

惟碩 : では、團長がなにゆえ先日、こちらをお訪ねになったのですか。ご説明いただきましょう。

主教 : うん? この小僧、何か悪いものでも食ったか。誰がどこへ来たと??

惟碩がしばし口を閉ざし、主教の目を窺った。一寸の揺らぎもない深い眼であった。惟碩が溜め息をつきながら席を立った。

惟碩 : はあ。やはり……。

立ち上がった惟碩の首筋に、堪えきれなかった晶善が刃を突きつけた。短い小刀が惟碩の喉仏の近くにまで達したまま、怒りを抑えきれぬ晶善の感情を惟碩に伝えていた。

惟碩 : これは、私の予想とは少々異なる過程です。

主教がたしなめるように晶善を退かせた。

主教 : およしなさい。怪我をするぞ。

惟碩が首に突きつけられた刃をちらりと見やり、晶善をあやすように笑って見つめた。

惟碩 : お聞きになりましたか、お怪我をなさるそうですよ。

晶善 : テメェごときに怪我させるのがなんだってんだよ。殺したって足りないっていうのに。

惟碩 : おや、お聞き違いです。私ではなく、あなたのことですよ。下ろしてください。汗をかきたくありませんので。

主教 : もうよい、用が済んだなら、とっとと失せるがよかろう。

惟碩 : ふむ。少し考えてみて、思い当たることがあれば改めてお伝えいたします。

惟碩が簡単な挨拶を寄越したのち、身を翻して席を離れた。主教は惟碩が去ったのちも座した姿勢を崩さなかった。手振りで晶善を静かに呼んだ。晶善に耳打ちを残した主教が、ようやく姿勢を解いて席から立ち上がり、歩を進めた。


Scene 10.

晶善(ジョンソン)から掛かってきた電話を受けていた。予想の範疇どおり、視た道のとおりを歩む惟碩の姿に、いくらか安堵を覚えたが、日ごと薄氷を踏むような心地は拭えなかった。所姬(ソヒ)が手に持っていた化粧品を鏡台の上に置きながら、晶善に返事を伝えた。

所姬 : 主教は、しかるべくお取り計らいくださると信じております。ありがとうございます。

晶善 : あの野郎、殺せますか??

所姬 : え? 急に。それは。なぜ。

晶善 : あー、くだらねえ野郎が来てジラル振りまいて帰りやがったのがいまだにクソ腹立つから!! あー!! シバルが!! あああ!!

晶善の耳たぶを引っ張る主教の声が受話器の向こうから聞こえてきた。

主教 : 悪態、悪態! その口汚い悪態!! 穢れると申したであろうが!! その口汚い悪態!!

通話が切れた。所姬がばつの悪そうに電話機をしばし見つめたのち、続けて自らの化粧を仕上げた。


Scene 11.

惟碩(ユイセキ)がいくらか昂った表情を懸命に鎮めたまま、板の間に腰掛けていた。外はまだ秋とは信じ難いほどに暑かった。惟碩が己の本家の板の間に座したまま、中へ入ってくる熙珍(ヒジン)と向き合った。寝そべるように座っていた体を起こしたのち、入ってくる熙珍に礼を尽くした。熙珍も惟碩の礼に、歩を止めて深く腰を折った。

熙珍 : お呼びでしたか。

惟碩 : 出向いたところ、いわれのない小言ばかり食らいました。

熙珍 : ああ、それはお気の毒に。そうなるほかないでしょう。

熙珍が再び歩を進め、惟碩が座っていた板の間へ近づいた。惟碩が先に板の間に体を下ろすと、熙珍も傍へ寄り、ゆるりと腰を下ろした。

熙珍 : それはそうと。策士は、

惟碩 : 予想どおりでした。候補者を本当に殺さないかどうかは分かりませんが、実のところ、殺す理由もないでしょう。本物を知っている以上。その言葉にかなり動揺した様子を見せていました。今朝も、普段と変わりなく電話を交わしはしましたが、平静でいられるはずがないでしょう。

熙珍 : おそらく、あの者たちには私の속삭임(囁き:ササヤキ)が届いていない分、石塊が近づきやすいでしょう。すでに終わっているでしょうね。私も先にササヤキを吹き込んだ二人の女には、もうこれ以上ササヤキを吹き込んでいません。屑は一箇所に集めて焼かねば、手間でしょうから。

惟碩 : 今回の件を鑑みるに、私は正直なところ、館長のお考えすべてに同意しているわけではないようです。

熙珍 : そもそも、すべての同意を求めてもおりません。

惟碩 : お考えのすべてを存じませんゆえ、すべてに同意しかねるようだ、という的外れな物言いをしてしまいましたが、鍵。私が殺すことになった場合、お止めになりますか。

熙珍が惟碩の単刀直入な問いに、軽い笑みを見せながら言葉を続けた。

熙珍 : 姜知暎は、私が代わります。代われるほど強くなるということも、強さを求める理由も。姜知暎の代わりとなるためです。用を成さぬものとなった後であれば、ご随意に。立ち向かえるのであれば、立ち向かいなさい。

惟碩 : 策士の側は、今どこまで把握しているのですか。

熙珍 : 石塊が、それも候補者の生を喰らえなかった石塊が、何を知り得ましょうか。何も知りません。確信しています。知ったふりをして、もっともらしく塗り固めた口先を弄ぶだけ。巧みなふりをすれば、自ずと巧みだと錯覚しやすいものです。なんとも愚かなことに、巧みなことは巧みなのであり、優れていることは優れているに過ぎないのです。それほど簡単な真理を独り懸命に無視しながら。存在を繋ぎたいことを知らぬわけではありませんが、ふりをしたところでどうなるものでもないということを、当の石塊は分かっていないようですね。まあ、だから石なのでしょう。

惟碩 : 私は、どこまで知っているのですか。

熙珍 : 私が知る限りはご存じありませんが、あの者たちよりは確実に多くをご存じです。不意打ちを食らわぬ程度にはお分かりですから、ご心配なさいますな。そして。すでにお分かりであろうと確信しております。姜知暎の存在。名と、住む場所。生業まで。先日、伝えられた者に間違いないか、確かめようと一般市民にまで影を差し向けられたのでしょう。

惟碩 : 隠すつもりではありませんでした。

熙珍 : 止めるであろうとお確かめになったのには、それだけの理由がおありでしょうから。お分かりのはずです、すでに團長直属の別動隊が動いていることも。

しばし言葉を止めた二人。惟碩がいくらか複雑さを帯びた声で熙珍に問うた。

惟碩 : 團長は。いかがされていますか。私には仰ってくださらないので、

熙珍 : 覚悟を決めて準備なさっています。私はただ。黙々と従うのみです。

惟碩 : では、策士はお心を乱されていますか。

熙珍 : ええ。悲しいのです。痛ましくて。だからこそ、なおのこと赦さないのです。

しばし続いた沈黙のなか、熙珍が惟碩に問い返した。

熙珍 : 事務長はいかがですか。

惟碩 : ええ。複雑ではあります。それでも、私が敬う方であることは確かですから。最も年長であり、最も善良であり、最も優れた方です。

熙珍 : それでも、結局は叛旗を掲げるおつもりではないですか。

惟碩 : それは、團長に向けた叛旗ではありません。存立を損なおうとする道に対する叛旗に過ぎません。

熙珍 : 言葉遊びです。

熙珍の軽い叱責に、惟碩は頷いた。熙珍が軽い溜め息と共に再び言葉を継ぎ始めた。

熙珍 : 何が正しいか、すでに事務長も、私も。よく分かっています。分かっていることを行おうとしているだけです。衝突はあるでしょうが、不意打ちを受けることはありませんから、ご心配なさいますな。結局は、事務長も正しいことを行うでしょう。

惟碩 : どうしてお確かめになれるのですか。

熙珍が惟碩を見つめ、晴れやかに笑った。

熙珍 : 私が、そう拵えるのです。

惟碩 : もうひとつ。

話を締めくくろうとしていた熙珍の意をしばし遮り、惟碩自身が最も気にかかっていたことを問うた。

惟碩 : 姜知暎の存在。いつまで隠すおつもりですか。

惟碩の薄い笑みに、熙珍も薄い笑みを浮かべながら惟碩の言葉に反駁した。

熙珍 : 隠してはおりません。隠すつもりであったなら、李始緣を名指ししたばかりか、あの策士崩れに連れてこいと命じもしなかったでしょうし、警察を最初の犠牲として、李始緣の後を追い、鏡であった李始緣を見つけ出そうとした事務長の意図と、その手足となった事務長のスパイも、わざわざ露見させはしなかったでしょうから。

惟碩 : すべてご存じでしたか。成賢まで。

熙珍 : 無論です。正賢の一家を崩したのも、実を申せば私の計略でした。あの弟が何の音沙汰もなく消えたとお思いですか。始緣が成賢と共に過ごすことになったのが、ただの偶然に置かれた道に過ぎないとお考えでしたか。二度目の患難とは何の関わりもなかった白氏の家門と白正賢、白成賢が、なにゆえそれほど酷い目に遭ったとお思いですか。

畳みかけた熙珍の言葉に、惟碩は背筋が凍りついた。顔には出さぬまま、熙珍の意をさらに見極めようとした。

惟碩 : どこからどこまでですか。どこに目を向けておいでですか。

熙珍 : 果てまで。私が成し遂げたい果てまで。拵えたい果てまで。

惟碩 : それならば、何をお望みですか。

熙珍が席からそっと立ち上がり、己のポケットに手を入れて煙草を一本取り出し口に咥えた。

熙珍 : 申し上げました。強くなります。代われるほどに。十分に。

熙珍が己のポケットに入っていたライターを取り出し、遅れて火を点けた。長い煙を横に噴いたのち、惟碩の顔色をしばし窺った。

熙珍 : 意に沿ってくださいませ。お損はさせません。

惟碩 : 私が得るものは何ですか。

熙珍が長い煙を絶え間なく噴きながら、深い思案を続けているように見えた。しばし途切れたままの答えの代わりに、無言のまま燃え尽きてゆく煙だけが続いた。長い沈黙の果てに、熙珍が答えた。

熙珍 : いまのところは職務停止と自由。といったところでしょうか。それだけ先にお持ちいただいても、事を起こすには十分でいらっしゃるでしょう。

惟碩が口元に笑みを浮かべた。惟碩の笑みまで見届けた熙珍が、長い煙を仕舞うように消し、板の間の脇に置かれていた灰皿へ吸い殻を納めた。惟碩も遅れて煙草を取り出し、口に咥えて長い煙を噴いた。