胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

本作は現在、MUNPIA、Royal Road、エブリスタ、ノベマ!、Purrfiction、アルファポリスにて、著者本人が直接連載を行っている公式原稿です。


Scene 01.

閑かなる、とある週末の午後であった。最初の始まりが気味悪いほど円満に終わったという事実も気に入らなかったが、気になる事実は別にあった。유석(惟碩:ユイセキ)が楽な運動着をだらりと羽織ったまま、傷痕だらけの引き締まった上半身を晒していた。自らの書庫に据えられた机の椅子にもたれるように座ったまま、口に煙草を一本咥えた。机に置かれた電話機には、文字がひとつ映し出されていた。

희진(熙珍:ヒジン) : そこまでお知りになりたいなら、直接訪ねてみてはいかがですか。門前払いされやすいでしょうけれど、もしかしたらということもありますので。

惟碩 : 遺物が、二つということはないはずだが。すでに譲ったか。それとも、ペクサでも見つけたか。まあな。最も敵対的な連中に隠してこそ、誤解を買うこともないだろうし。

椅子の背もたれに頭を預けたまま、長い煙を吐き上げた惟碩が、煙管を掴んで机に置かれた灰皿に擦りつけるように消した。口に残った煙を外へ吐き出すように噴いたとき、静かに画面だけを灯していた電話機の液晶が光を瞬かせた。表示された番号を見て、大したことでもなさそうに電話機を取り上げた。

惟碩 : なんだ。

ぶっきらぼうではなかったが、誠意を込めた声でもなかった惟碩の問いに、수정(粹廷:スジョン)が唐突な賛辞を寄越した。

粹廷 : ちょっと、大したもんだね。改めて。

粹廷の言葉に、惟碩が嘲笑を含んだまま起こしかけた体を再び座らせ、粹廷に答えた。

惟碩 : あのクズどもか?

粹廷 : 案內者でも隠してるんじゃないでしょうね? ちょっとゾッとしたよ。今回の件は。

惟碩 : 見え透いてるだろ。悔しくて狂いそうなのに、同じ船に乗ったと思っていた女どもは仕事まで任されたんだからな。たっぷりの報酬も保証されて、内部での名も上がるだろうに。自分だけが空振りした格好だ。当然だ。俺には怖いだろうし、手頃な相手といったところで、お前か集賢館長くらいだろう。かといって、あいつらの度胸ごときで團長にすぐ何かできたはずもないだろうからな。

粹廷 : だから来ると思ってた? あたしの後をつけると?

惟碩 : 隙を与えてやればいいんだよ。今しかないという圧迫感を与えれば尚いい。折よく、お前が西北の方へ外出にでも出かけることになれば、それ以上の好機があるか。出端を挫くつもりだったろうし。あいつらはその程度にしか考えが及ばないからな。

惟碩が大きく伸びをしながら再び席から立ち上がり、粹廷との通話を切り上げようとした。

粹廷 : 怪我がないかくらい、訊いてみてもいいんじゃないの?

惟碩 : 怪我もせずピンピンした声してんのに、何を。

粹廷 : 風邪でもひいて電話してこなきゃ訊いちゃダメなわけ。

惟碩 : それはそうと、監視がつくだろうな。お前に。

粹廷 : そうだろうね。

惟碩 : ちょうどいい。そっちのクズどもでもうまくなだめておけ。

粹廷 : 空気読んで勝手にやるだろうけど、急にちょっと気になるね。

惟碩 : 何が。

粹廷 : 最後に隠された名前と向き合ったとき、どうなっているのか。それが本当の名前なんだろうし。

惟碩 : そいつは行ってみなきゃ分からん。

粹廷 : 誰かは分かってるんでしょう?

惟碩は答えなかった。起こした体のまま歩を進め、木造の床の居間に出た惟碩が、別の창호지(窓戶紙:チャンホジ)の戸を開けて中に入っていた衣類と手拭いを取り出した。答えのない惟碩の沈黙は、粹廷にとって十分な答えとなっていた。


Scene 02_01.

粹廷が軽い溜め息をつき、惟碩に残りの言葉を伝えた。

粹廷 : 週末なんだから、風にでも当たってきなよ。まだ暑いし。ちょうど出かけるにはいい天気だったけど。

惟碩 : そのつもりだ。

粹廷 : うん。あたしもあいつらがあれこれ訊きに来るらしいから、まあ、月曜に。

粹廷の短い挨拶を最後に、互いに電話を切った。惟碩がそっけない様子で手に持っていた電話機を置き、衣類を持って浴室へ向かった。


Scene 02_02.

粹廷が電話を切るや否や、隣に座った미연(美延:ミヨン)を見やった。美延がそうなると分かっていたかのように、粹廷の巧みな口振りを見て頷いてから、体を起こした。粹廷の本家で日を過ごした美延が、凝り固まった体を目一杯起こして立ち上がった。粹廷が電話機を机の上に置き、生臭い笑みを浮かべながら席を立った。歩を進めて部屋の戸を開けた。美延と共に板の間を歩き、向かいに据えられた整備室の入口に立った粹廷が、固く閉ざされた扉を開けた。中をしばし見渡した粹廷が、引き出しをしばし開けて何かを覗き込むように調べた。きちんと進んでいるかしばし確かめていた粹廷が、小さな溜め息と共に独り言を呟いた。

粹廷 : 事がここまで流れることを、分かっていたのかしら? 熙珍は?


Scene 03.

真昼であるにもかかわらず鼾を高々とかきながら深い昼寝にふける연수(延秀:ヨンス)の音が、延秀の部屋の向こうから聞こえていた。楽な身なりで台所の流し台に立ち、食後に残った洗い物を片付けていた연희(連曦:ヨンヒ)が、水気の残った器をすべて乾いた布巾で拭いたのち、整列させるように揃えて棚に上げた。ゴム手袋を外してから、だいぶ暑い天気に流していた汗を拭った。鼾の音が遅れて連曦の耳元に届いた。

連曦 : あの子は、今何時だと思ってるの。もうあんなに深く寝て。

連曦が小さな声で独り言を漏らしたのち、歩を進めて延秀の部屋の戸を開けてみた。鼻炎がぶり返したのか鼾のひどい延秀。薄い布団さえ力いっぱい蹴り飛ばして眠りに没頭していた延秀の眠りを覚まさぬほどに、そっと布団を整えてやった。延秀が寝返りを打ち、まるで憑き物が落ちたかのように鼾を鎮めた。連曦は延秀の眠りを妨げるつもりはなかったようで、居間に再び出たのち、静かに部屋の戸を閉めてやった。連曦が自分の部屋に入り、静かに戸を閉めてから取っ手の鍵を掛けた。陽射しの差し込んだ連曦の部屋に置かれた机がひとつ。寝台の傍に据えられた机に座った連曦が、ポケットから取り出した鍵で引き出しを開け、中に入っていた두루마리(卷子:トゥルマリ)を広げた。十五人の候補者が記されていた。そのうち、三人はすでに処理を終えた後であった。直前にあった二人は問題になることはなかったが、最初に시연(始緣:シヨン)が犯した殺人はかなり大きな問題であった。人的事項に記録された内容を調べていた連曦が、机に置かれていた電話機を取り上げ、소희(所姬:ソヒ)に電話を掛けた。長い間鳴り続けた呼び出し音であったが、所姬はついに応答がなかった。週末だから延秀のように深い眠りにでもついたのだろうと思い、連曦が電話を切って再び卷子を調べた。


Scene 04.

始緣(シヨン)が所姬(ソヒ)の黒い蝋燭をじっと見つめていた。浴槽に横たわった所姬の周りには、黒い蝋燭がびっしりと灯されていた。目を閉じていた所姬が胸に両手を置いたまま、身じろぎすらなく、水に沈むかのようにただ横たわっていた。しかし間もなく軽い溜め息と共にゆるりと目を開き、込み上げるような嘔気と共に、浴槽の脇に置いておいたバケツへ、검은 물(黑水:コムンムル)を吐き出した。長いこと吐き出した黒い水が口元に付いていた。所姬が手で口元を拭いながら、よろめくように浴槽の外へ懸命に出ようとした。始緣が所姬を支えながら、黒い蝋燭を口で吹き消した。所姬が始緣に支えられて浴槽の外に出たのち、濡れた体に急激に下がった体温を感じ始めた。容赦なく体を震わせていた所姬に、用意していたシャワーのホースを渡しながら湯を開けた。

所姬 : ちょっと!! 熱い!!

長い間冷水に浸かっていた所姬が、唐突に触れた熱い湯に思わず叫んだ。始緣が慌てて蛇口を中央に調節したが、湯の温度は容易には合わなかった。しばしの騒動が居間にまで聞こえていた。やがて外に追い出された始緣が、水の跳ねた服を払いながら居間に出て、唇をひくつかせた。

始緣 : アニ シバル。手伝ってくれって言ったときはいつで。