Scene 22.
粹廷の車に乗り込んだ美延が、粹廷を後部座席に座らせては隣に座っていた。まだ格別の危害を加えぬまま、しばし萎縮して見える粹廷に軽い笑みからまず投げた。珠希と共にやってきた예주(藝珠:イェジュ)が、車の外で待っていた。万が一の事態に備えようとするかのように、周囲を見張りながら中から聞こえる声に耳を澄ませていた。美延が笑いながら言った。
美延 : オンニを尾けたらわかるって言ってたよ。
粹廷 : 誰が。
美延 : オンニも手を組んだじゃん。知らない振りしてさ。
美延の皮肉に、粹廷が少し安堵したように腕を組みながら楽に身を沈めた。
粹廷 : じゃあ座って聞いてればいいのに何で尾けてきたわけ。
美延 : あたしがオンニたちの政治ごっこ一年二年やってると思う? あたしだって確信は持ってから行かないと。詰みにならないように証拠も少しは押さえておかなきゃ。
粹廷 : じゃあここを尾けてくるべきじゃなかったね。別の死体の方がマシだったのに。ここ、何か怪しい。
美延 : 何が?
粹廷 : さあ。あたしも正確にはわからない。今日はじめて見たから。
美延 : 違うよ。ここだって名指しで言ったの。石ころが。
美延の言葉を聞いた粹廷が、さらに深い確信を抱いていった。何かが確かにあった。しかし早まって出るわけにもいかない状況だと思った。怪しいというのも心証に過ぎず、まともに視野に入った疑問点は存在しなかった。すべてが漠然としていた。
粹廷 : そう。で、見てみてどうだった。
美延 : 何がどうだって。どうも何も。ただ汚いよ。死体が二本足で現世を歩いてるのが、あたしたちの目に良く映るわけ?
粹廷 : あれを作ったのはあたし一人じゃない。
美延 : 知ってる。オッパもいるんだって。その後ろには、自分のことを死ぬほど嫌ってる宋熙珍がいるとも言ってたし。
粹廷 : けっこう仲いいんだ? 石ころと。
美延 : 團長よりオンニを選んだみたい。言うこと聞いてれば、あたしにもおこぼれが来そうだったし。あたしを名指ししてくれたらよかったんだけど、あたしだって自分がそこまでの人間じゃないのはわかってるから、文句なしにくっついて甘い汁でも吸おうかと。だから見に来たんだよ。
粹廷 : 手足にしてはずいぶんしょぼいね。
美延 : えー。そんなクソみたいに考えないでよ。人を使うのって、結局は頭数じゃん。多い方がいいに決まってるでしょ。
粹廷が何かを思案しては軽く笑みを含み、美延を横目で見やった。
粹廷 : 少し待って。まだあっち側から引き出さなきゃいけない話が多いから。取り付けなきゃいけない約束もまだあるし。
美延が納得するように頷いた。
美延 : じゃあ、行こ。捕まったって知らせなきゃ。そうしなきゃオンニの言う通りあっちにも足場を残せないじゃん。こんな企みは何も知らないだろうから。
粹廷 : 知られないようにしないと。わざわざ知らせて良いことなんかないでしょ。
美延 : ふと、気になることが一つできたんだけど。教えてくれる?
粹廷 : 何?
美延 : なんでこっちについたの? 何を得ようとして?
粹廷が腕を組み薄い溜め息を吐いた。溜め息を吐いた粹廷の顔色が冷ややかに硬直した。憎悪であった。深く据わった憎悪が、粹廷の顔にちらりと滲み始めた。
粹廷 : 수연(粹淵:スヨン)は死んだ。候補だとかいって、最初の患難の時に。全員一つの場に集められて。鍵になり得るという理由だけで。そうしておいて、今さら温情を施すと? 儚いことはしないと? 本物の鍵は? 今二十八くらいにはなった? 今までよく生きてきたんだろうね? あたしの妹は死んだのに? 殺さないって? 誰の勝手で。
粹廷は声を荒げなかった。静かに紡いだ憎悪の果てを見て、美延が嘲るように笑った。
粹廷 : 本当に殺さないというなら、あたしがどうにかして見つけ出して殺す。あたしが、自ら、供物を捧げる。石ころの言う通りに。
Scene 23.
FLASHBACK
본청(本廳:ホンチョウ)へ炎が噴き上がった。人々が慌ただしく動きながら火を消そうと懸命にもがいていた。이심(以心:イシム)の鉄線がはためいた。以心の腕には小さな子供が抱えられていた。小学生ほどに見える女の子であった。以心の腕の中で泣きもせず、呆然とした眼差しで何かを思い返していた子を宥める暇もなかった。子の目からは声もない涙だけが絶え間なく流れていた。韓服の裾をはためかせながら続く以心の舞は、團とは異なる衣を纏い襲いかかってくる殺意のすべてを容赦なく斬り捨てていった。路地にしゃがみ込んだまま、妹を深く抱いた幼い粹廷が、四方から噴き上がる炎を恐れながら、團長に哀願した。
粹廷 : 團長。お願いです。私の妹は、私の妹は鍵じゃないんです。
粹廷の哀願に、以心が急いで駆け寄り、粹廷を抱きしめては必死に宥めた。
以心 : 粹廷、大丈夫。私が守るから、私にくっついてればいいの。わかった?
粹廷が妹を最後まで離さぬまま頷いた。以心が粹廷の手を取り歩を進めようとした時、外壁が大きく崩れ、黒い目をした賊たちが以心の前に立ちはだかった。彼らの黒い水脈が以心に向かって奔った時、以心に残された手はなかった。以心が急いで身を屈め、噴き上がる黒い水脈の中から粹廷と粹廷の妹。自分が抱いた子のすべてを掻き抱いた。大きな傷を負った以心が口から血を噴いた。しかし息をつく間もなかった。よろめく身をかろうじて立て直した以心の首を斬ろうとした賊たちが、一斉に襲いかかった。以心が腕に抱いた子供たちを離さなかった。以心と子供たちに襲いかかっていた賊たちの身体が、同時に形を保てぬまま、粘つく水脈のように崩れ落ちた。
향림(李香林:イ・ヒャンリム) : 以心!!
주교(主教:シュキョウ)が急いで駆け入り、血を含んだ以心を抱き支えた。急いで粹廷と粹廷の妹を主教の手に渡した。
香林 : このままじゃお前が死ぬよ!!
以心 : もう、何も知らない子供たちを死なせるわけにはいかないんです。オンニ。お願いです。連れて逃げてください。一人でも。私は今、ここの全員を守ることができないんです。早く!
主教が以心の頼みを聞き、何かを決意したように、粹廷と粹廷の妹を抱え急いで身を移した。主教の衣は團の衣とは異なっていた。むしろ、團を襲撃した者たちのものと同じ姿であった。粹廷はそんな主教の姿を見て、主教の助けを退けようとした。主教の手に妹が渡ることを許すわけにはいかなかった。場を素早く離れた以心が、粹廷の妹と同じくらいの年頃の子を抱えたままどこかへ急いで身を飛ばした。主教の手に渡る妹を最後まで自分が抱こうとした。主教の身体から妹を引き離した途端、どこからか飛んできた刃に、妹の身体の半分があっけなく断ち切られた。主教が急いで黒い水を起こし、刃を投げた者たちの首を斬り落とした。主教が粹廷の妹に黒い水脈を起こし、傷を塞ごうとしたが、すでに三途川を渡った粹廷の妹は、恐怖に凍りつき泣いていた姿をついに収めることができなかった。粹廷が呆然とした表情で主教を見つめた。
粹廷 : なんで……こうなるの? 粹淵?
主教が痛ましい表情で粹淵(スヨン)を残したまま、粹廷だけを抱え急いで身を移した。遅れてすべてを悟った粹廷が、泣き叫びながら主教の身体を振りほどこうともがいた。半分が消えた妹の姿が遠ざかっていったが、粹廷は最後まで妹へ向かおうと足掻き続けていた。
Scene 24.
粹廷 : 遅ればせながら鍵を追うというから、いいと飛びついた。個人的な親交があったのも事実だけど。それに、オッパはまだ鍵を消したがるはず。
美延 : なんで確信してるの?
粹廷 : オッパも、存在価値がなくなることを心底嫌う人だから。まあ、だからって唆すつもりはない。あっちとくっついてなきゃ落ちてくるものも多いって思ってるだろうし。それはあたしも認める。
美延 : ふーん。じゃあ、ここには大して見るものないと思ってるんだ?
粹廷 : ないよ。当たり前でしょ。あたしは石ころ如きを信用はしてない。意が合ったからそっちに傾いただけで、おこぼれ如きに関心を持ったわけじゃないから。あっちで果たしてもらう約束は受け取らなきゃ。それはまた別の話。それまで待つつもり。だから、あんたたちも出しゃばるな。余計なことして。
長い話を聞いた美延が、頷いた。粹廷の意を汲むように軽い溜め息を吐きながら、凝り固まっていた腰を伸ばそうとした。美延が先に車から身を降ろした。粹廷は車から降りなかった。珠希が短い髪をかき上げながら美延に目配せを送った。降り立った美延が、車のドアを開けたまま腰を低くし、粹廷に顎で合図した。
美延 : まあ、とにかく、行こ。捕まったって知らせなきゃいけないんだって。行ってあいつらに電話しな。あたしたちの見てる前で。
粹廷の車に乗り込んだ美延が、粹廷を後部座席に座らせては隣に座っていた。まだ格別の危害を加えぬまま、しばし萎縮して見える粹廷に軽い笑みからまず投げた。珠希と共にやってきた예주(藝珠:イェジュ)が、車の外で待っていた。万が一の事態に備えようとするかのように、周囲を見張りながら中から聞こえる声に耳を澄ませていた。美延が笑いながら言った。
美延 : オンニを尾けたらわかるって言ってたよ。
粹廷 : 誰が。
美延 : オンニも手を組んだじゃん。知らない振りしてさ。
美延の皮肉に、粹廷が少し安堵したように腕を組みながら楽に身を沈めた。
粹廷 : じゃあ座って聞いてればいいのに何で尾けてきたわけ。
美延 : あたしがオンニたちの政治ごっこ一年二年やってると思う? あたしだって確信は持ってから行かないと。詰みにならないように証拠も少しは押さえておかなきゃ。
粹廷 : じゃあここを尾けてくるべきじゃなかったね。別の死体の方がマシだったのに。ここ、何か怪しい。
美延 : 何が?
粹廷 : さあ。あたしも正確にはわからない。今日はじめて見たから。
美延 : 違うよ。ここだって名指しで言ったの。石ころが。
美延の言葉を聞いた粹廷が、さらに深い確信を抱いていった。何かが確かにあった。しかし早まって出るわけにもいかない状況だと思った。怪しいというのも心証に過ぎず、まともに視野に入った疑問点は存在しなかった。すべてが漠然としていた。
粹廷 : そう。で、見てみてどうだった。
美延 : 何がどうだって。どうも何も。ただ汚いよ。死体が二本足で現世を歩いてるのが、あたしたちの目に良く映るわけ?
粹廷 : あれを作ったのはあたし一人じゃない。
美延 : 知ってる。オッパもいるんだって。その後ろには、自分のことを死ぬほど嫌ってる宋熙珍がいるとも言ってたし。
粹廷 : けっこう仲いいんだ? 石ころと。
美延 : 團長よりオンニを選んだみたい。言うこと聞いてれば、あたしにもおこぼれが来そうだったし。あたしを名指ししてくれたらよかったんだけど、あたしだって自分がそこまでの人間じゃないのはわかってるから、文句なしにくっついて甘い汁でも吸おうかと。だから見に来たんだよ。
粹廷 : 手足にしてはずいぶんしょぼいね。
美延 : えー。そんなクソみたいに考えないでよ。人を使うのって、結局は頭数じゃん。多い方がいいに決まってるでしょ。
粹廷が何かを思案しては軽く笑みを含み、美延を横目で見やった。
粹廷 : 少し待って。まだあっち側から引き出さなきゃいけない話が多いから。取り付けなきゃいけない約束もまだあるし。
美延が納得するように頷いた。
美延 : じゃあ、行こ。捕まったって知らせなきゃ。そうしなきゃオンニの言う通りあっちにも足場を残せないじゃん。こんな企みは何も知らないだろうから。
粹廷 : 知られないようにしないと。わざわざ知らせて良いことなんかないでしょ。
美延 : ふと、気になることが一つできたんだけど。教えてくれる?
粹廷 : 何?
美延 : なんでこっちについたの? 何を得ようとして?
粹廷が腕を組み薄い溜め息を吐いた。溜め息を吐いた粹廷の顔色が冷ややかに硬直した。憎悪であった。深く据わった憎悪が、粹廷の顔にちらりと滲み始めた。
粹廷 : 수연(粹淵:スヨン)は死んだ。候補だとかいって、最初の患難の時に。全員一つの場に集められて。鍵になり得るという理由だけで。そうしておいて、今さら温情を施すと? 儚いことはしないと? 本物の鍵は? 今二十八くらいにはなった? 今までよく生きてきたんだろうね? あたしの妹は死んだのに? 殺さないって? 誰の勝手で。
粹廷は声を荒げなかった。静かに紡いだ憎悪の果てを見て、美延が嘲るように笑った。
粹廷 : 本当に殺さないというなら、あたしがどうにかして見つけ出して殺す。あたしが、自ら、供物を捧げる。石ころの言う通りに。
Scene 23.
FLASHBACK
본청(本廳:ホンチョウ)へ炎が噴き上がった。人々が慌ただしく動きながら火を消そうと懸命にもがいていた。이심(以心:イシム)の鉄線がはためいた。以心の腕には小さな子供が抱えられていた。小学生ほどに見える女の子であった。以心の腕の中で泣きもせず、呆然とした眼差しで何かを思い返していた子を宥める暇もなかった。子の目からは声もない涙だけが絶え間なく流れていた。韓服の裾をはためかせながら続く以心の舞は、團とは異なる衣を纏い襲いかかってくる殺意のすべてを容赦なく斬り捨てていった。路地にしゃがみ込んだまま、妹を深く抱いた幼い粹廷が、四方から噴き上がる炎を恐れながら、團長に哀願した。
粹廷 : 團長。お願いです。私の妹は、私の妹は鍵じゃないんです。
粹廷の哀願に、以心が急いで駆け寄り、粹廷を抱きしめては必死に宥めた。
以心 : 粹廷、大丈夫。私が守るから、私にくっついてればいいの。わかった?
粹廷が妹を最後まで離さぬまま頷いた。以心が粹廷の手を取り歩を進めようとした時、外壁が大きく崩れ、黒い目をした賊たちが以心の前に立ちはだかった。彼らの黒い水脈が以心に向かって奔った時、以心に残された手はなかった。以心が急いで身を屈め、噴き上がる黒い水脈の中から粹廷と粹廷の妹。自分が抱いた子のすべてを掻き抱いた。大きな傷を負った以心が口から血を噴いた。しかし息をつく間もなかった。よろめく身をかろうじて立て直した以心の首を斬ろうとした賊たちが、一斉に襲いかかった。以心が腕に抱いた子供たちを離さなかった。以心と子供たちに襲いかかっていた賊たちの身体が、同時に形を保てぬまま、粘つく水脈のように崩れ落ちた。
향림(李香林:イ・ヒャンリム) : 以心!!
주교(主教:シュキョウ)が急いで駆け入り、血を含んだ以心を抱き支えた。急いで粹廷と粹廷の妹を主教の手に渡した。
香林 : このままじゃお前が死ぬよ!!
以心 : もう、何も知らない子供たちを死なせるわけにはいかないんです。オンニ。お願いです。連れて逃げてください。一人でも。私は今、ここの全員を守ることができないんです。早く!
主教が以心の頼みを聞き、何かを決意したように、粹廷と粹廷の妹を抱え急いで身を移した。主教の衣は團の衣とは異なっていた。むしろ、團を襲撃した者たちのものと同じ姿であった。粹廷はそんな主教の姿を見て、主教の助けを退けようとした。主教の手に妹が渡ることを許すわけにはいかなかった。場を素早く離れた以心が、粹廷の妹と同じくらいの年頃の子を抱えたままどこかへ急いで身を飛ばした。主教の手に渡る妹を最後まで自分が抱こうとした。主教の身体から妹を引き離した途端、どこからか飛んできた刃に、妹の身体の半分があっけなく断ち切られた。主教が急いで黒い水を起こし、刃を投げた者たちの首を斬り落とした。主教が粹廷の妹に黒い水脈を起こし、傷を塞ごうとしたが、すでに三途川を渡った粹廷の妹は、恐怖に凍りつき泣いていた姿をついに収めることができなかった。粹廷が呆然とした表情で主教を見つめた。
粹廷 : なんで……こうなるの? 粹淵?
主教が痛ましい表情で粹淵(スヨン)を残したまま、粹廷だけを抱え急いで身を移した。遅れてすべてを悟った粹廷が、泣き叫びながら主教の身体を振りほどこうともがいた。半分が消えた妹の姿が遠ざかっていったが、粹廷は最後まで妹へ向かおうと足掻き続けていた。
Scene 24.
粹廷 : 遅ればせながら鍵を追うというから、いいと飛びついた。個人的な親交があったのも事実だけど。それに、オッパはまだ鍵を消したがるはず。
美延 : なんで確信してるの?
粹廷 : オッパも、存在価値がなくなることを心底嫌う人だから。まあ、だからって唆すつもりはない。あっちとくっついてなきゃ落ちてくるものも多いって思ってるだろうし。それはあたしも認める。
美延 : ふーん。じゃあ、ここには大して見るものないと思ってるんだ?
粹廷 : ないよ。当たり前でしょ。あたしは石ころ如きを信用はしてない。意が合ったからそっちに傾いただけで、おこぼれ如きに関心を持ったわけじゃないから。あっちで果たしてもらう約束は受け取らなきゃ。それはまた別の話。それまで待つつもり。だから、あんたたちも出しゃばるな。余計なことして。
長い話を聞いた美延が、頷いた。粹廷の意を汲むように軽い溜め息を吐きながら、凝り固まっていた腰を伸ばそうとした。美延が先に車から身を降ろした。粹廷は車から降りなかった。珠希が短い髪をかき上げながら美延に目配せを送った。降り立った美延が、車のドアを開けたまま腰を低くし、粹廷に顎で合図した。
美延 : まあ、とにかく、行こ。捕まったって知らせなきゃいけないんだって。行ってあいつらに電話しな。あたしたちの見てる前で。
