胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 21.

粹廷(スジョン)が契約しておいた始緣(シヨン)の居処。始緣は不快な感情が湧いたのか、部屋にも居間にも入らぬまま、玄関の前で行ったり来たりしていた。昔ながらの廊下式アパートの玄関で足を止めていた始緣が、廊下の手摺に肘をつきながら暗くなりゆく陽をしばし眺めた。

始緣 : 今頃お客さんの真っ最中だろうな。

さほど遠くない過去の出来事が思い浮かんだ。思いのほか多くのことを経験したために長い時間が過ぎたと思っていた始緣。しかし自分が死んでから、たった一つの季節が過ぎようとしているだけであった。腰に帯びていた銃を取り出し、弾倉とスライドを分離した。薄い上着のポケットの中へ弾を入れては、後ろに引かれていたスライドを再び前へ嵌め直した。手垢のついた銃が吐き気がした。誰の手垢であるか百も承知の状況で、この銃が快いはずもなかった。慶瑞(ギョンソ)の言葉が思い浮かんだ。この銃は使いたくなかった。しかしこの銃が嫌なだけで、銃という道具はなかなかに便利だと思った。ポケットに入っていた電話を取り出しインターネットを開いた。アクション映画の主人公たちが短く動く映像を眺めながら退屈な時間を過ごし始めた。騒がしいBGMと共にいくつもの銃撃が行き交う短い映像がしばし始緣の目を引いた時、つまらないものを見ているとでも言いたげな、蔑みの意をたっぷり込めた溜め息が間近から聞こえてきた。粹廷がしらけた嘲笑を含んだまま、手に持っていた分厚い封筒を始緣の足元へ放った。かなりの金が入った封筒を放っては始緣の隣に陣取った粹廷。粹廷が最後まで自分を知らぬ振りで通そうとする始緣を見ながら、皮肉混じりの声で始緣を詰めた。

粹廷 : 久しぶりに来たんだから、挨拶くらいしたら?

始緣 : 元気だったか?

粹廷 : 別に。

粹廷が始緣のすぐ隣に立ち、始緣の側に置かれた掌を開き、受け取るべき何かを受け取ろうとした。始緣が粹廷の手をちらりと見下ろした。

始緣 : ふざけてんの?

冗談すら交わしたくなかった始緣の詰問に、粹廷が開いていた手をゆっくりと握り戻しては皮肉めいた笑みを再び浮かべた。

粹廷 : 騙されないね。

始緣 : そっちの女どもが全部持ってったんだから、あたしにジラルすんな。渡すもん渡したなら失せろ。

粹廷 : 仕事するのに、問題は特にない? 誰かが邪魔してきたり、横取りしようとしたり。鉢合わせもできなかったり——

粹廷の言葉を断ち切ろうと、始緣が手摺に凭れていた身を起こしては床に落ちた金の封筒を拾い上げた。中に入っていた額を確かめた後、適当にポケットへ突っ込み居処の中へ歩を進めた。中へ踏み入ろうとする始緣の不遜さに、粹廷が始緣の肩を掴んだ。

粹廷 : まだ話は終わって——

始緣が歩みを止めたまま首を巡らせ、粹廷に向けた凄絶な憎悪を浮かべた。

始緣 : 失せろっつってんだろ。

始緣が発し得る水準の恐怖を遥かに超えた何かであった。粹廷がむしろ竦み上がったまま、しばし始緣の目を呆然と見つめた。くだらない虫でも見たかのように、肩の上に乗っていた粹廷の手の跡を、襟を翻しながら軽く払い落とした始緣が、立ち竦んでいた粹廷を放置したまま家の中へ入った。本能的な恐怖であった。粹廷の頭がしばし停止するほどに深く遥かな恐怖が感じられた。たった一言の叱責に込められた恐怖感が怪しいと感じた。正体のつかめない、これまで経験したこともない威圧に、何かがひどく狂い始めていると感じ始めた。始緣は明らかに、自分が作り出したものとは異なるものになっていた。始緣を追おうとした時、ろくに閉まっていない内部から、始緣が見知らぬ問いを発する声が外まで聞こえてきた。

始緣 : なんだよ、お前らはまた。

入ろうとしていた粹廷が歩みを止め、扉の陰に身を隠した。むやみに出ることはせず、手に鏡を作り出しては開いた扉の隙間から中を窺おうとした。背の低い気配が影のようにちらりと見えた。しかし陽を背にして立っていた気配の影だけでも誰であるか容易く見分けがついた。靴を脱ぎもしないまま、居間を隅々まで物色していた気配が、始緣に近づいてはそっけない声を伝えた。

美延(ミヨン) : 見れば見るほど、ろくでもないもんまで作ってたんだね。何してんの? 外で。

美延の皮肉が、外で観察していた粹廷に届いた。

美延 : 入んなよ。そうしてないで。どうせオンニがこの家の持ち主でしょ。

粹廷が溜め息をつきながら、手に浮かべていた鏡を消した。閉まっていなかった玄関の扉を開けながら中へそっと踏み入った。始緣が言っていた通り、美延と共にもう一人の同行者がいた。

珠希(ジュヒ) : これでも감사원(監査院:カンサイン)の長だから。内部の律法を破る者たちを放ってはおけないじゃない? ずっと後をつけてきたのに何も気づかないなんて。勘が死んだのかしら? 策士殿は。

おかしなことが一つ二つではないと察するのに、明晰な頭脳すら要らないほどであった。粹廷の判断よりもはるかに多くのことが滅茶苦茶に転がり始めている気分であった。

美延 : おい、死体。

始緣を呼ぶ美延の声に、始緣が腕を組みながら片足に重心を置き、顎を突き上げて無言で応じた。

美延 : あんた、誰が作ったの。

始緣はこんな女どもとわざわざ口をきく気はないとでもいうように、不敵に笑いながら粹廷を見やった。続く顎の動きで粹廷を指し示した。

美延 : 口で言ったら?

始緣 : あたしがお前ら如きと口きく理由がどこにあんだよ。

玄関から鏡では映らない死角。内壁に身を凭せて立っていた珠希が、気怠げに身を動かし始緣を通り過ぎては、始緣の後ろにいた粹廷に向かって歩を進めた。

珠希 : まあ、答えは聞いたから。行こうか。策士殿。少し話でもしましょう。

美延が始緣の大きな背丈の脇を通り過ぎながら始緣をちらりと睨んだ。粹廷の肘を掴んでは先に扉を出ようとしていた珠希に美延が尋ねた。

美延 : これ、どうするの?

珠希 : 放っときな。もしかしたらね。面倒な仕事でも代わりに引き受けてくれるかもしれないし。このまま置いとかなきゃ脅しも効かないでしょ。

珠希と粹廷が玄関の外へ出た。美延が始緣を上から下まで舐めるように見た後、扉を追って出た。始緣は腕組みを解かぬまま不敵な笑みを依然として口元に湛えていた。