胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 26_01.

古い基地だった。がらんとした建物と歩道を隔てる鉄柵の近辺に人影は少なかった。繁華な場所ではなかったが、繁華街からそう遠い場所でもなかった。長い服を着ていられないほど暑くなった気候だったが、智胤(ジユン)は短い服装の上に薄い上着を羽織るほかなかった。鉄柵の向こうには最低限の警備だけが置かれた軍施設があった。固く閉ざされた鉄柵の前に立った智胤が、中をよく見ようと鉄柵の隙間に顔を近づけた。空の基地とはいえ部外者が入れる場所ではなかったため、最低限の警備を担う軍服姿の外国人二名が歩み寄り、智胤に後ろへ下がれと手振りを送った。街灯の光にしては目が痛くなるほどの照明だったため、智胤は目を細めて鉄柵から離れると、適当に頷いた。体を翻して上着のポケットに入っていた電話を取り出そうとした時、智胤の太腿に装着されたガンホルスターから一丁の銃が抜き出され、音のない銃声を放った。閃光すら出ない銃だった。撃たれた二人からは血も出なかった。二人の軍人を気絶させる程度の薬物が込められた麻酔銃だった。空気の抜けるような音だけを残した後、智胤は手にしていた麻酔銃を戻し、もう片方の脚に装着されていたガンホルスターから別の銃を抜いた。固く閉ざされた鉄柵と錠前を吹き飛ばすほどの銃声が二発ほど響いたが、通行人も、基地内部の人間も残っていないのか、誰も近づいてこなかった。固く閉ざされた鉄柵の入口から中へ入った智胤が、倒れた二人の軍人を詰所の中へずるずると引きずり込んでから、基地の奥深くへ早足を進めた。さほど歩かぬうちに、潜入する智胤を見越していたかのように、基地の深部へ入った智胤に光の束が降り注いだ。さらに目が痛くなるほどの強烈な光に、智胤が手で日陰を作って照明器具の方を見上げた。照明器具の向こうの人影は見えなかった。ただ、がちゃりという金属音が聞こえるばかりだった。智胤が軽く溜息をつきながら両手をゆっくりと上げた時、照明器具の向こうから声が聞こえた。

兵士_01 : 殺したか?

聞き覚えのある声だと踏んだ智胤が、冷笑を含んだまま手を下ろし、再びポケットへ手を突っ込んだ。

智胤 : いいや。面倒で。

智胤の声を聞いた後、智胤に向けられていた光の束がほぼ同時に消えた。智胤がしかめていた顔をほぐそうと首を軽く振った。平屋の上から二人が降りてくる音が聞こえた。まだ視界が戻らない智胤に一人が銃を向ける間に、もう一人が智胤の両手を後ろに回して手錠をかけた。智胤はあえて抵抗も抗議もしなかった。そんな智胤を引いていった二人の軍人が、古びた廃墟の中へ智胤を連れ込んだ。


Scene 26_02.

廃墟の中は薄暗くじめじめしていた。電気も光も届かないほど暗い場所だったため、軍人の一人がポケットにあった懐中電灯を点けた。連れてこられた智胤を問い詰めはしなかった。そのつもりもなさそうだった。廃墟の中へ来た後、智胤の手首にかけられていた手錠を外した。

智胤 : 元気してた?

知り合いだったらしく、智胤の気軽な挨拶に、懐中電灯を持っていない方の軍人が軽く笑って頷いた。

兵士_01 : まあまあ。お前は? 脱営したんだって? 全員撃ち殺して。

智胤 : まあ、犯した罪の報いは受けないとな。

兵士_01 : で、残りの復讐のために武器を調達してくれってことだったのか?

智胤ががらんとした廃墟の中を注意深く歩き回りながら、隅々まで確かめていた。懐中電灯を天井に向けて置くと、漆黒だった内部がうっすらとではあるが見え始めた。軍人の太い声に、智胤が鼻で笑った。

兵士_02 : その前に、一体あいつ誰なんだ?

兵士_01 : 派兵先で知り合った。

智胤 : まあ、もちろん私は脱営したけど。

兵士_02 : じゃあ、俺たちも関わったら後で—

兵士_01 : 金を受け取って武器だけ渡して終わりにする。

智胤 : 賢いね。相変わらず。

兵士_01 : で、残りの復讐を—

智胤 : あんたが自分の口で言ったじゃない?

兵士_01 : 何を。

智胤 : 全員死んだって言ってるでしょ? 一人も残さず全員撃ち殺した。あんたたちが覚えてないだけで。

兵士_01 : まあ、いいよ。俺も自分の目で見たことがあるから、お前の言う通りだとして、で、どれだけ要るんだ?

智胤 : まあ、一個小隊くらい潰せる分だけちょうだい。金は— 智胤が自分の上着の内ポケットをまさぐり、封筒を一つぶっきらぼうに差し出した。

智胤 : 先に渡すよ。

軍人の一人が智胤の手にあった封筒を受け取り、中の額を確かめた。

智胤 : どこにあるの? 私が頼んだ銃は。

智胤の素っ気ない問いがふと途切れた。智胤の後頭部に、冷え切った銃口の感触が伝わった。智胤がぶらぶら歩いていた足を止め、強張った表情を回して、自分に向けられた銃口を確かめた。先ほど麻酔銃で気絶させた二人の軍人が、音もなく入ってきて、智胤を見て嘲笑っていた。智胤がやるせない表情で溜息をついた。

智胤 : 面倒くさいなあ。

今度は両手を上げなかった智胤が、溜息を天井へ吐き出した。天井を見ながら智胤が呟いた。

智胤 : 四人なら、四丁はあるわけね。弾倉二つずつなら八個。最低でも十五発基準で、だいたい……。

兵士_01 : 手錠でもかけとけ。

智胤の計算が終わる前に、外した手錠を再びかけようと軍人の一人がのそのそと近づいてきた。天井を見ていた智胤が、顔を下ろして自分と話していた軍人をにやにやと見やった。多くの言葉を孕んだ笑みだった。残酷な笑みを浮かべた智胤が駆け出そうと足を動かした時、智胤の頭を狙っていた銃口から火が噴いた。智胤が頭にまともに衝撃を受けて膝から崩れた。智胤を制圧したと思い込んだ軍人が近寄ってきた。倒れずに膝をついた智胤が、黑水をひと掬い含んだ額を上げ、歩み寄る軍人を真っ直ぐに睨みつけた。何かが決定的に間違っていたと思い至った時には、すでに目が赤く染まる感覚を覚えた後だった。智胤の手に握られた銃口から火が噴いた。一人に一発ずつ、頭を砕くように撃ち放った銃声の間隔はかなり短かった。薄暗い廃墟の中を満たす、閃く銃声だった。わずか四発の銃声の後、屈強な軍人四人が藁のように床に崩れ落ちた。智胤の頭で鳴る耳鳴りを振り払おうと、智胤が自分の頭を何度か揺さぶった。床からのそのそと立ち上がった智胤が、服に付いた埃を取るに足らないとばかりに払い落としていた。他人の血を吸い込んだ上着がだいぶ重くなったと感じた。首の骨をあちこち鳴らした智胤が、小さな溜息を残しながら倒れた軍人たちのポケットを漁り始めた。