Scene 13.
結局、熙珍(ヒジン)は伊仙(イソン)の部屋に留まっていた。伊仙の寝具の上にだらりと寄りかかるように横たわっていた。ゲームの真っ最中だった伊仙。熙珍が伊仙を呆れた目で見ながら、横になっていた体を大きく伸ばすように背伸びしてみた。退屈そうに目一杯背伸びした熙珍が気になったのか、伊仙がゲームの手を止め、パッドを置いた後、布団の端に横たわっていた熙珍の方へ振り返った。
伊仙 : 退屈か?
熙珍 : そりゃ、退屈じゃないわけないでしょ。
伊仙 : 拗ねてんな。一人で遊んでるから。
熙珍 : いいよ。パッドで書類見てるから。私の面倒見てくれるだけでもありがたいと思わないと。
伊仙 : お前の部屋行ったらマジで俺やることないんだって。お前はパッドで書類見れるけど、俺は別のパッドじゃないとゲームできないっつの。あーもう、マジで。だからゲーム一緒にやろうっつってんのにほんっっとに言うこと聞かねえ。
熙珍 : 毎回負けるから面白くない。あんたが守娥とか延秀にボコられるの見てる時はちょっと楽しいけど。
伊仙 : だから練習してんだろ。これフィジカルゲームだから。歳取ると自然にできなくなるし。
熙珍が伊仙の言い訳に馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻で笑った。自分でも気づかぬうちに唇の隙間から漏れ出た失笑に、伊仙が顔をしかめた。熙珍が片腕を頭に添えたまま斜めに横たわった姿勢のまま、依然として薄笑いを浮かべていると、伊仙が悔しそうに激しく反論しようとした。
伊仙 : あー、マジだっつの!!
熙珍 : おい。その世界一位になった人、あんたより十歳は上だって言ってたじゃん。誰だっけ。肩だか膝だかって人。あんたの理屈ならその人はとっくにゲーム引退してなきゃおかしいでしょ。
伊仙 : あの人は!飯食ってこれだけやってる人だし~ 俺は生業がガチの殴り合いなんだけど。仕事にしてる人と趣味でやってる人が同じわけないだろ?
伊仙の言い訳に熙珍は相変わらず笑みを浮かべたままパッドへ視線を移した。何気なく続けた問いを投げた後、再びパッドへ目を向けて書類を見ようとしたが、なかなか頭に入ってこなかった。パッドに向けた視線のまま、伊仙に問うた。
熙珍 : 生業でも殴り合ってるのに、ゲームでもそうしたいの?
伊仙 : それはそれ、これはこれだから?
退屈な書類がもう目に入らなくなったのか、画面を消した後、背伸びをして勢いよく立ち上がった。パッドをもそもそと手繰り寄せながら立ち上がった熙珍。そんな熙珍を伊仙が怪訝そうに見やった。
伊仙 : どこ行くんだよ?
熙珍 : もう寝なきゃ。けっこう遅いし。明日の朝は團長の月例会議もあるし、それが終わったら北の庭の장송곡(葬送谷:ジャンソンゴク)にも行かれるだろうし。
伊仙 : あ。もう月初か?
熙珍がしばらく立ったまま気に食わないとばかりに、唇をぴくりと動かした。伊仙がゲーム機を操っていたパッドを置き、立ち上がって、ドアに寄りかかるように立っていた熙珍の前まで歩み寄った。
熙珍 : 儚い假先知者なんかさっさと消してしまいたい。
伊仙 : まあ、今の團長のそばには案內者がいないから、道を見ようとすればあの石ころしかないわけだし。
熙珍 : 石ころに何の芸があるっていうの。腐って崩れた屍から取り出した舎利の分際で。
伊仙 : 本当に何もできないのか?
熙珍 : 候補者を殺してその遺骨からジェッカルを受け取る条件で、光がちらつく程度の舎利に何の効き目があるの。見える道も見せる道も取るに足らず使い物にならない。自分が道詵でもあるまいし。とにかく、團長もじれったいでしょうよ。律法に明記された通りになさっているだけであって、たかだか屍から出た石に何の芸があるって。先人たちの舎利でもなく。たかが欲にまみれた亡霊の分際で。責任も取らずうやむやに終わったくせに。ちっぽけな芸一つで威張り散らして生きて終わったような、そんな偽りの先知者の舎利が何ほどのものだって。
伊仙 : それ、なんで廃さなかったんだろうな。侍従制度も全部廃されたのに。
熙珍 : 律法を変えるのが、並大抵のことなわけないでしょ。誰かが進み出て手で打ち砕かない限り簡単にはいかない。侍従制度を廃した時だって、つまらない連中の反発がどれだけ凄まじかったか。いくら團長が優れた方で大きな志を抱かれていても、すべての非難を抱え込むことはできない。その必要もないし。はあ。とにかく、私は行く。
熙珍が首を横に振りながら、手にしたパッドをそのまま持ってドアへ向かおうとした。
伊仙 : 送ってくよ!
熙珍の歩みに伊仙が付いて出ようとしたが、熙珍はそんな伊仙の見送りを退けて一人で歩き出そうとした。
熙珍 : 私は夜目が利かないほど歳を取ってはいないので。ゲームの続きをどうぞ。
外へ出た熙珍が、すっかり暗くなった周囲をほのかに照らしていた인불(人火:インブル)を見回した。そして周囲を巡る影を一つ確かめた後、薄い冷笑を一瞬浮かべた。それ以上何も表に出さず、自らの居処へ向かって歩みを進めた。
Scene 14.
惟碩(ユイセキ)が就寝の支度を終え、軽いローブ地の寝間着を羽織り、寝床へ歩いていった。ちらちらと覗く鍛えられた体に、おびただしい数の傷痕が刻まれていた。床に就く前、ベッドの脇に置かれた机へ向きを変え、粹廷(スジョン)に渡していた名簿をもう一度確かめた惟碩が、最後に空欄のまま残された名簿を凝視した。机の上に載せてあった煙草を手に取り、口に咥えて火を点けた。鏡が一枚、惟碩の居処の部屋の入口へ音もなく現れた。気配に反応しなかった惟碩だったが、反応しないことが知らないという意味ではなかった。大したことでもないように、鏡を生み出した気配に向かって素っ気ない声を投げるように放った。
惟碩 : 夜中にうろつくってのは、随分と行儀が悪いな。
鏡からすっかり姿を現した粹廷が、静かな足取りで惟碩のベッドに腰を下ろした。
惟碩 : しかもベッドまで占領して。
粹廷 : で、最後の名前、なんで空いてるの?
惟碩 : 本物の鍵だろうな。まだ俺たちは正確には知らない。
粹廷 : オッパと熙珍オンニだけが知ってるってことでしょ。オッパは知らないことにはまず手を出さないし。
惟碩 : 仕事はうまく振ってきたみたいだな。
粹廷が惟碩の言葉にしばらく惟碩を見つめた。惟碩の反応を窺った粹廷が、口元を妙に歪めるように笑みを含んだ。
粹廷 : 電話してたんだ。
惟碩が適当に頷いた。粹廷が両腕を後ろに伸ばすように体を支えて座った。
粹廷 : くだらない生半可な推論をしてたよ。
惟碩 : 何であれ中途半端に知ってるのが一番危ない。ちゃんと知ってれば口を慎むもんだ。口の利き方を間違えれば身の破滅だってことがわからないはずがないんだから。
粹廷 : でも、そこそこ的外れでもない推論だったから。だから聞きたくてちょっと寄ったの。
惟碩 : 何を?
粹廷 : 鍵。もう自覚してるんでしょ?
惟碩 : 当然だろ。
粹廷 : だから屍を作ってるの? 私たちが潰しづらくなるように?
惟碩が卷子(トゥルマリ)を畳み、机に置かれた椅子に体を下ろした。灰皿の上に灰を落とした後、再び長い煙を吸い込んだ。
惟碩 : たかが屍が、鍵の根源たる傳令に傷の一つでもつけられると思うか?
粹廷 : じゃあ屍は何のために作ったの?
惟碩 : 道筋だよ。イスンで死んだ者が死を抱えたまま安定した暮らしを送れるなら、それが確かでさえあるなら、次は。
惟碩がちらりと粹廷を見やった。
粹廷 : ああ。
惟碩 : わかるか。鍵が自覚するように、使節團もイスンで自覚しながら過ごせるかもしれない。
粹廷がやや驚いた表情を浮かべた。
惟碩 : 傳令という存在はどのみち欠片に過ぎない。鍵は欠片だ。鍵があるからといって、すべてが叶うわけでもない。
粹廷 : じゃあ。他に何があるの?
惟碩 : 俺たちに残された記録はない。鍵さえ潰せば簡単に片がついた話だからな。だが。
惟碩が机に挟まれていた一冊の古びた書を取り出し、粹廷に軽く放り投げた。粹廷が古びた書を丁寧に受け取り、惟碩が読んでいた箇所のページを開いた。
惟碩 : 簡単な理屈を軽んじすぎていたようだ。
しばらく書の内容を確かめていた粹廷の顔色が、少し暗く変わっていった。
粹廷 : これは。
惟碩 : 鍵があるなら、扉もあるだろう。ジョスンを閉ざした扉、イスンを遮る扉。その役割を担う何かが存在するはずだ。そこまで自覚されれば、俺たちは俺たちの水準を超える敵と対峙することになる。摂理よりは循環を追う者どもを引き入れてでも止めなければならないだろうな。
粹廷 : ウヌンジャ(泣者)。
惟碩 : 絶え間なく目からサムドチョンを流し続ける者たちだ。
粹廷 : じゃあ、これまで作ってきた屍は。
惟碩 : 一種の実験だ。集賢館長が頼んだ屍は別の理由だろうがな。だからこそ、もう少し執拗に突いてみようと思ってる。
粹廷 : なんで、鍵を今になって探そうとなさるんだろう。これが全部つながった話みたいなのに。
惟碩 : おそらく、わからないが、石ころがこれ以上暴れられないように動くだろうよ。團長も、集賢館長も。
粹廷 : じゃあ。
惟碩 : 俺たちが使っているジェッカル。石ころが候補者の存在を喰らい尽くして残った遺骨だからな。候補者の存在をこれ以上供出しようとはなさらないだろう。ジェッカルもまだ十分にはあるが、もう新たには生まれないだろうし。
粹廷 : 鍵の候補を殺さないってこと?
惟碩は粹廷の問いに答えなかった。冷たく嘲笑っていた粹廷の姿は跡形もなく消え、理性を失った眼差しと絶叫が噴き出した。惟碩が伝えた沈黙の重みが、粹廷の理性を瞬く間に打ち崩した。
粹廷 : じゃあ!!粹淵は!!!私の妹はなんで死んだの!!!
突如として噴き出した粹廷の絶叫が、惟碩の深い胸の内に届いた。粹廷の反応は、惟碩と熙珍が予想した範疇を外れてはいなかった。
結局、熙珍(ヒジン)は伊仙(イソン)の部屋に留まっていた。伊仙の寝具の上にだらりと寄りかかるように横たわっていた。ゲームの真っ最中だった伊仙。熙珍が伊仙を呆れた目で見ながら、横になっていた体を大きく伸ばすように背伸びしてみた。退屈そうに目一杯背伸びした熙珍が気になったのか、伊仙がゲームの手を止め、パッドを置いた後、布団の端に横たわっていた熙珍の方へ振り返った。
伊仙 : 退屈か?
熙珍 : そりゃ、退屈じゃないわけないでしょ。
伊仙 : 拗ねてんな。一人で遊んでるから。
熙珍 : いいよ。パッドで書類見てるから。私の面倒見てくれるだけでもありがたいと思わないと。
伊仙 : お前の部屋行ったらマジで俺やることないんだって。お前はパッドで書類見れるけど、俺は別のパッドじゃないとゲームできないっつの。あーもう、マジで。だからゲーム一緒にやろうっつってんのにほんっっとに言うこと聞かねえ。
熙珍 : 毎回負けるから面白くない。あんたが守娥とか延秀にボコられるの見てる時はちょっと楽しいけど。
伊仙 : だから練習してんだろ。これフィジカルゲームだから。歳取ると自然にできなくなるし。
熙珍が伊仙の言い訳に馬鹿馬鹿しいとばかりに鼻で笑った。自分でも気づかぬうちに唇の隙間から漏れ出た失笑に、伊仙が顔をしかめた。熙珍が片腕を頭に添えたまま斜めに横たわった姿勢のまま、依然として薄笑いを浮かべていると、伊仙が悔しそうに激しく反論しようとした。
伊仙 : あー、マジだっつの!!
熙珍 : おい。その世界一位になった人、あんたより十歳は上だって言ってたじゃん。誰だっけ。肩だか膝だかって人。あんたの理屈ならその人はとっくにゲーム引退してなきゃおかしいでしょ。
伊仙 : あの人は!飯食ってこれだけやってる人だし~ 俺は生業がガチの殴り合いなんだけど。仕事にしてる人と趣味でやってる人が同じわけないだろ?
伊仙の言い訳に熙珍は相変わらず笑みを浮かべたままパッドへ視線を移した。何気なく続けた問いを投げた後、再びパッドへ目を向けて書類を見ようとしたが、なかなか頭に入ってこなかった。パッドに向けた視線のまま、伊仙に問うた。
熙珍 : 生業でも殴り合ってるのに、ゲームでもそうしたいの?
伊仙 : それはそれ、これはこれだから?
退屈な書類がもう目に入らなくなったのか、画面を消した後、背伸びをして勢いよく立ち上がった。パッドをもそもそと手繰り寄せながら立ち上がった熙珍。そんな熙珍を伊仙が怪訝そうに見やった。
伊仙 : どこ行くんだよ?
熙珍 : もう寝なきゃ。けっこう遅いし。明日の朝は團長の月例会議もあるし、それが終わったら北の庭の장송곡(葬送谷:ジャンソンゴク)にも行かれるだろうし。
伊仙 : あ。もう月初か?
熙珍がしばらく立ったまま気に食わないとばかりに、唇をぴくりと動かした。伊仙がゲーム機を操っていたパッドを置き、立ち上がって、ドアに寄りかかるように立っていた熙珍の前まで歩み寄った。
熙珍 : 儚い假先知者なんかさっさと消してしまいたい。
伊仙 : まあ、今の團長のそばには案內者がいないから、道を見ようとすればあの石ころしかないわけだし。
熙珍 : 石ころに何の芸があるっていうの。腐って崩れた屍から取り出した舎利の分際で。
伊仙 : 本当に何もできないのか?
熙珍 : 候補者を殺してその遺骨からジェッカルを受け取る条件で、光がちらつく程度の舎利に何の効き目があるの。見える道も見せる道も取るに足らず使い物にならない。自分が道詵でもあるまいし。とにかく、團長もじれったいでしょうよ。律法に明記された通りになさっているだけであって、たかだか屍から出た石に何の芸があるって。先人たちの舎利でもなく。たかが欲にまみれた亡霊の分際で。責任も取らずうやむやに終わったくせに。ちっぽけな芸一つで威張り散らして生きて終わったような、そんな偽りの先知者の舎利が何ほどのものだって。
伊仙 : それ、なんで廃さなかったんだろうな。侍従制度も全部廃されたのに。
熙珍 : 律法を変えるのが、並大抵のことなわけないでしょ。誰かが進み出て手で打ち砕かない限り簡単にはいかない。侍従制度を廃した時だって、つまらない連中の反発がどれだけ凄まじかったか。いくら團長が優れた方で大きな志を抱かれていても、すべての非難を抱え込むことはできない。その必要もないし。はあ。とにかく、私は行く。
熙珍が首を横に振りながら、手にしたパッドをそのまま持ってドアへ向かおうとした。
伊仙 : 送ってくよ!
熙珍の歩みに伊仙が付いて出ようとしたが、熙珍はそんな伊仙の見送りを退けて一人で歩き出そうとした。
熙珍 : 私は夜目が利かないほど歳を取ってはいないので。ゲームの続きをどうぞ。
外へ出た熙珍が、すっかり暗くなった周囲をほのかに照らしていた인불(人火:インブル)を見回した。そして周囲を巡る影を一つ確かめた後、薄い冷笑を一瞬浮かべた。それ以上何も表に出さず、自らの居処へ向かって歩みを進めた。
Scene 14.
惟碩(ユイセキ)が就寝の支度を終え、軽いローブ地の寝間着を羽織り、寝床へ歩いていった。ちらちらと覗く鍛えられた体に、おびただしい数の傷痕が刻まれていた。床に就く前、ベッドの脇に置かれた机へ向きを変え、粹廷(スジョン)に渡していた名簿をもう一度確かめた惟碩が、最後に空欄のまま残された名簿を凝視した。机の上に載せてあった煙草を手に取り、口に咥えて火を点けた。鏡が一枚、惟碩の居処の部屋の入口へ音もなく現れた。気配に反応しなかった惟碩だったが、反応しないことが知らないという意味ではなかった。大したことでもないように、鏡を生み出した気配に向かって素っ気ない声を投げるように放った。
惟碩 : 夜中にうろつくってのは、随分と行儀が悪いな。
鏡からすっかり姿を現した粹廷が、静かな足取りで惟碩のベッドに腰を下ろした。
惟碩 : しかもベッドまで占領して。
粹廷 : で、最後の名前、なんで空いてるの?
惟碩 : 本物の鍵だろうな。まだ俺たちは正確には知らない。
粹廷 : オッパと熙珍オンニだけが知ってるってことでしょ。オッパは知らないことにはまず手を出さないし。
惟碩 : 仕事はうまく振ってきたみたいだな。
粹廷が惟碩の言葉にしばらく惟碩を見つめた。惟碩の反応を窺った粹廷が、口元を妙に歪めるように笑みを含んだ。
粹廷 : 電話してたんだ。
惟碩が適当に頷いた。粹廷が両腕を後ろに伸ばすように体を支えて座った。
粹廷 : くだらない生半可な推論をしてたよ。
惟碩 : 何であれ中途半端に知ってるのが一番危ない。ちゃんと知ってれば口を慎むもんだ。口の利き方を間違えれば身の破滅だってことがわからないはずがないんだから。
粹廷 : でも、そこそこ的外れでもない推論だったから。だから聞きたくてちょっと寄ったの。
惟碩 : 何を?
粹廷 : 鍵。もう自覚してるんでしょ?
惟碩 : 当然だろ。
粹廷 : だから屍を作ってるの? 私たちが潰しづらくなるように?
惟碩が卷子(トゥルマリ)を畳み、机に置かれた椅子に体を下ろした。灰皿の上に灰を落とした後、再び長い煙を吸い込んだ。
惟碩 : たかが屍が、鍵の根源たる傳令に傷の一つでもつけられると思うか?
粹廷 : じゃあ屍は何のために作ったの?
惟碩 : 道筋だよ。イスンで死んだ者が死を抱えたまま安定した暮らしを送れるなら、それが確かでさえあるなら、次は。
惟碩がちらりと粹廷を見やった。
粹廷 : ああ。
惟碩 : わかるか。鍵が自覚するように、使節團もイスンで自覚しながら過ごせるかもしれない。
粹廷がやや驚いた表情を浮かべた。
惟碩 : 傳令という存在はどのみち欠片に過ぎない。鍵は欠片だ。鍵があるからといって、すべてが叶うわけでもない。
粹廷 : じゃあ。他に何があるの?
惟碩 : 俺たちに残された記録はない。鍵さえ潰せば簡単に片がついた話だからな。だが。
惟碩が机に挟まれていた一冊の古びた書を取り出し、粹廷に軽く放り投げた。粹廷が古びた書を丁寧に受け取り、惟碩が読んでいた箇所のページを開いた。
惟碩 : 簡単な理屈を軽んじすぎていたようだ。
しばらく書の内容を確かめていた粹廷の顔色が、少し暗く変わっていった。
粹廷 : これは。
惟碩 : 鍵があるなら、扉もあるだろう。ジョスンを閉ざした扉、イスンを遮る扉。その役割を担う何かが存在するはずだ。そこまで自覚されれば、俺たちは俺たちの水準を超える敵と対峙することになる。摂理よりは循環を追う者どもを引き入れてでも止めなければならないだろうな。
粹廷 : ウヌンジャ(泣者)。
惟碩 : 絶え間なく目からサムドチョンを流し続ける者たちだ。
粹廷 : じゃあ、これまで作ってきた屍は。
惟碩 : 一種の実験だ。集賢館長が頼んだ屍は別の理由だろうがな。だからこそ、もう少し執拗に突いてみようと思ってる。
粹廷 : なんで、鍵を今になって探そうとなさるんだろう。これが全部つながった話みたいなのに。
惟碩 : おそらく、わからないが、石ころがこれ以上暴れられないように動くだろうよ。團長も、集賢館長も。
粹廷 : じゃあ。
惟碩 : 俺たちが使っているジェッカル。石ころが候補者の存在を喰らい尽くして残った遺骨だからな。候補者の存在をこれ以上供出しようとはなさらないだろう。ジェッカルもまだ十分にはあるが、もう新たには生まれないだろうし。
粹廷 : 鍵の候補を殺さないってこと?
惟碩は粹廷の問いに答えなかった。冷たく嘲笑っていた粹廷の姿は跡形もなく消え、理性を失った眼差しと絶叫が噴き出した。惟碩が伝えた沈黙の重みが、粹廷の理性を瞬く間に打ち崩した。
粹廷 : じゃあ!!粹淵は!!!私の妹はなんで死んだの!!!
突如として噴き出した粹廷の絶叫が、惟碩の深い胸の内に届いた。粹廷の反応は、惟碩と熙珍が予想した範疇を外れてはいなかった。
