胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 06.

閑散とした夕暮れだった。人通りはそこそこある繁華街だったが、首都のように混み合ったり足の踏み場もないほどではない通り。연희(連曦:ヨンヒ)が楽な服装で연수(延秀:ヨンス)とともに都心を歩いていた。手にはたった今開けたばかりのアイスクリームが一つずつ握られていた。

延秀 : 高いの食べろっつってんのに。まるっきり言うこと聞かないな。

連曦 : しょっちゅうオンニにタメ口きくわけ。

素っ気ない延秀の小言に、連曦もさしたる感情のない素っ気ない叱りを返した。連曦の携帯が手の中でけたたましく鳴った。着信の表示を見てから気にも留めずに電話を取った連曦。妙に舌の曲がった慶瑞(ギョンソ)の声が流れてきた。

慶瑞 : まーじで似てたわ。

連曦 : あんた まさか。

単純だった慶瑞の一言に宿る酔いを察した連曦が、歩みをぴたりと止め、片手を腰に当てては見えもしない慶瑞に小言を浴びせる態勢を仕上げた。

連曦 : 飲んだの? あそこ行ってまで?

連曦の反応を見た延秀が、電話の相手が誰か察したとばかりに、薄い苦笑を浮かべた。

延秀 : 慶瑞オンニか。

連曦 : 早く。答えて。飲んだでしょ。

慶瑞 : いや、今日初めて会ったのに、飲まないでいられる? ちょっと飲んだよ。いやでも、そこが大事なんじゃなくて。マジで似てた。微妙に違うのに、マジでほぼ同じ。あの方、オンニと本当に関係ないの?

連曦が小言を浴びせようとしばし止めていた歩みを再び進めた。

連曦 : 心配しないで。私は鍵じゃないから。あの方もそうじゃないし。

慶瑞 : それは私もそうだろうとは思ってた。誕生日もだいぶずれてるし。双子じゃないだろうし、まあ、鏡っぽくはあるんだけど、なんだろ? 何か別のものがあるのかな?

連曦 : うん。そうだとはおっしゃってた。


Scene 07.

酒を飲んだ慶瑞(ギョンソ)が、自分の代わりにハンドルを握る代行運転手はさして気にならないとばかりに、慶瑞が自分の言葉を後部座席にもたれるように座り直しながら続けた。

慶瑞 : 鏡は言い逃れ用じゃん。隠すための言い逃れ。あたしたちが鍵を遅れて見つけて壊せないようにするための悪戯。じゃあ、オンニには何が、いや。あの方が源なのか。

連曦 : 自分が私の鏡だと言ってた。

慶瑞 : じゃあオンニに何かがあるってことなんだけど、何だろ。

連曦 : 律法に背くことでさえなければいいんだけど。

慶瑞 : あたしたちが未成年のときに入ってきた話の中には鍵の話ばっかりだったし、それ以外には別に目ぼしいものなかったけど。オンニの本家の書庫には何かないかな? あそこも相当な数の本あるじゃん。

連曦 : 今はちょっと行きづらい。

慶瑞 : あ。まあね。

連曦 : とにかく、あんた。明日会って話そ。團長のお頼みを酒飲んでやる人間がどこにいるのよ。指示でもないお頼みだったのに。

慶瑞 : 親睦も、全部その延長線上にあるんだよ。とにかく。あたしは本廳に下ってるところだから。ちょっと寝なきゃ。長い距離だし。

連曦 : まさか自分で運転してるんじゃないでしょうね??

慶瑞 : あたしが酒の席に図々しく割り込むことはあっても、絶対に飲んでハンドルは握らない。代行頼んで向かってる最中だから、心配しないでゆっくり休んでください。


Scene 08.

連曦(ヨンヒ)が軽く笑いながら残りの叱りをいったん飲み込んだ。

連曦 : うん。早く帰りな。

かなり溶けたアイスクリームを慌てて噛みついた連曦が、切れた携帯を薄いジャージの上着のポケットへ突っ込んだ。交わされていた通話を隣で聞いていた延秀(ヨンス)は疑問が湧いたらしく、しばし足を止めたまま連曦を見て怪訝な問いを投げた。

延秀 : 聞いてたら、何、鏡があるの? オンニに? 鍵でもないのに?

連曦 : ほんとにね。いいから、あんたも聞き流しといて。何が何だか私にもよく分かんない。まだ。

延秀 : 危ないことじゃないよね?

連曦 : そうじゃなければいいけどね。私も。

延秀 : あの野郎と二人きりとか無理だから。あたしあれクソすぎて我慢できないんだから、

連曦 : ちょっと。あんたは、私の心配はしないで、自分が我慢できないことだけ心配するわけ? ひどくない?

延秀 : 言い方がそうってだけでしょ。一番心配してるのは当然オンニだよ。そのついでに ね? だから。そういうことだって。何を、そんなことで。ね?

連曦の軽い拗ねに延秀が慌てた気配を見せたが、連曦も本気ではなかったらしく薄く唇を歪めて、そのままアイスクリームを食べ続けた。


Scene 09.

주교(主教:シュキョウ) : 以心の申す通り、そなたもまた美しき娘であるな。

しわがれた声の主教が晶善(ジョンソン)の喜色を受けながら所姬(ソヒ)に褒め言葉を含んだ挨拶を送った。始緣(シヨン)が起き上がろうとしていなかった。

所姬 : 何してんの、起きてご挨拶しなさい。

始緣 : さっきは横になってろって言ったくせに!!

主教 : 間もなく、「使節の器」となられるお方でございます。そのままお楽にしていてくださいませ。ご挨拶は私がせねばなりませぬ。私はただ、一従長の最後の息を見届けに参ったのです。このまま一人で歩ませるわけにはまいりませんゆえ。

所姬 : おかけください。大したものはありませんが、冷たいお水でも。

始緣 : 冷蔵庫に冷えた焼酎はあるけど。ジュースはない——

所姬がうるさいという顔を始緣に向けた。始緣が自ら言葉を断ち、再び大の字に寝転がった。所姬の案内を受けた主教が食卓の椅子に腰を下ろした。전이심(全以心:ジョン・イシム)と同年配の中年の女性に見える主教の気品は、想像以上に凄みがあった。지영(知暎:ジヨン)と始緣以外の誰かの閉じた道を初めて目の当たりにした所姬が、しばし様子を窺うかのように、すぐには言葉を継げずにいた。初めて道が閉じた姿を確認した所姬のぎこちなさを、主教が知らぬはずはなかった。以心の落ち着きとは肌合いの異なる、荒く武骨な気だった。鋭さを湛えた以心の落ち着きとは違い、鈍重な重みを帯びた鈍器に近かった。主教が薄く笑い、所姬の気遣いを退けた。

主教 : 私を見て狼狽えたのは、そなたが初めてではない。辛かったであろう。辛かったろうな。あまたの死の岐路を選び、また選び、迫り、慰め。だからこそ、あの器を選んだのだな。そなたの姉がそれほど澄んだ子だと聞いていたが、そなたもまた善き子であるな。辛かったであろうな。辛かったろう。晶善。

晶善 : はい、主教。

主教 : しかと送り届けよ。我、そなたが帰り来る道を整え、そなたを導いてやろうぞ。

晶善 : ありがとうございます。

主教 : そなたが冥土への地図を宿したは、あるいはそなたもまた、大いなる流れの一端であるという証左であろう。そなただけが導ける。そなただけがたどり着ける。心に刻め。そなたは使節のもとへ到らねばならぬ。戻りし時、そなたの息もまた覆われようぞ。

主教がしばし言葉を止めた。晶善も主教の沈黙をしばし見守るだけだった。

主教 : 器の傍に横たわれ。

軽い息を吐いた主教が、晶善に穏やかな声を送った。晶善が主教の指示に従って体を移した。始緣のすぐ隣に横たわった晶善に続き、主教が歩を進めて始緣と晶善の間に腰を下ろした。

主教 : 我をもう一度見よ。

晶善が横たわる前に、まるい瞳で主教を見つめた。

主教 : 我、かくも そなたを送り込むまいと心を砕いたものを。すまぬ。そして、誇らしいぞ。

晶善 : いいえ。私の息の最期を主教が見届けてくださること、むしろ感謝しております。

主教が晶善の体をそっと抱きしめてやった。始緣の頭の中に、ふと羨ましいという感情が居座った。詳しいことは分からなかった。けれど羨ましかった。晶善を横たえ終えた主教に、始緣がきまり悪い頼みを口にしようとした。

始緣 : あの。

晶善 : どうなさいましたか。

始緣 : あの子、ああやって立ってなきゃいけないの……? ですか?

始緣の視線が向いた先を主教が追った。始緣の視線の果てには、丁重に礼を守ったまま食卓のそばに立っていた所姬がいた。主教が所姬を静かに呼んだ。

主教 : こちらへ来なさい。

所姬が思いがけぬ始緣の言葉に戸惑いながら、おそるおそる歩み寄ってきた。

主教 : 目的が明らかなれば、道もまた明らかとなるもの。ここに座り、器となるお方の手を取っておれ。

所姬が主教の指示に従い、そっと腰を下ろしたのち、意外なほど柔らかい始緣の冷たい手を握ってやった。所姬もまた始緣の願いを拒みはしなかった。

主教 : では。皆、目を閉じなされ。

主教の武骨だが柔らかい手が、晶善と始緣の額に触れた。

晶善 : 主教。ありがとうございました。戻ってお目にかかります。

所姬の住まいの居間へ、ぬかるんだ검은 물(黑水:コムンムル)がたちまち満ち上がった。