Scene 04.
遅い夜。지윤(智胤:ジユン)は粹廷(スジョン)のおかげで目を覚ましたものの、もう訪れない眠りを後回しにして、自室の机に向かいノートパソコンでダークウェブを漁っていた。各種の不穏な資料がひとまとめに整理され絡み合ったあるインターネットを調べながら、リストをずらりと並べていた。素っ気ない表情で頬杖をついたまま、マウスホイールをかちかちと弾いていた。机の上に置かれた携帯が光を放った。ノートパソコンの画面をじっと見つめていた智胤が、見知らぬ番号を映した携帯に怪訝な顔をした。
智胤 : 誰だよ? これまた。
面倒くささをたっぷり含んだまま、突いていた顎を上げて携帯を手に取った。椅子に深くもたれたまま電話に出た智胤の耳元へ、かなり聞き覚えのある声が流れてきた。
유석(惟碩:ユイセキ) : 身代潰してみて、どんな気分だ。
意外な声だと思った。惟碩が直接電話を寄越すとは思っていなかった智胤が、驚きの感情を沈黙で晒した。
惟碩 : 相変わらず、強いものに弱くて、弱いものに強い振りして生きてるのか?
智胤 : な、何の用だよ。
普段の虚勢はどこへやら消え去った智胤が、かろうじて答えた。惟碩のひっそりとした佇まいの奥に潜む薄ら寒さが、今も感じられるようだった。
惟碩 : 抱き込みは、終わったか?
智胤 : どの。
惟碩 : お前が使い回すやつら? 屍にしても構わないやつら。
智胤がモニターを見つめた。びっしりと並んだ連絡先と各種の請負業などが詳細に記されたページが映し出されていた。
惟碩 : あまり遅くならないでほしいんだが。念のために電話したんだ。
智胤 : 番号はどうやって。
惟碩 : 久しぶりに訊くことがたかだかそれなら、ちょっとどうなんだ。
智胤が普段見せていた姿とはまるで違う空気を纏ったまま、惟碩の悠然とした言葉を相手にしていた。周囲をきょろきょろと見回し、惟碩の痕跡がもしやないかと探りさえした。
惟碩 : 先の二度目の患難、律法通りにしていたらお前の首も飛んでいたはずだろう。あれをうまく防いでやったんだから、それに見合う答礼はしてほしいんだが。お前の家族全員があれを隠そうとして皆死んだわけだし。
智胤 : 何をすればいいんだよ。
惟碩 : 名札に書かれた一番目の候補者。すでに処理されたのは見えるだろう?
しばし気を取り直すように浅いため息を吐いた智胤が、机の上に置かれていた小さな卷子(トゥルマリ)を広げた。削除された名前一つを確かめ、身元をしばし見渡した。さすがに驚きはしたが、大したことではなかった。職種はどうでもいいと思ったからだった。どうせ死んでも、死んだ人間そのものを周囲の誰もが覚えていられないのだから、問題になることも特にはなかった。しかし惟碩が先に電話を寄越した理由をおぼろげに推し量れる身元ではあった。
惟碩 : 追うところまでは書類を漁ってやったが、逮捕まではちょっと難しくてな。知り合い、まだいるだろう? 警察署に。
智胤 : 何を確かめたくてこんなことしてんの?
惟碩 : 死んだ者の痕跡をこの世から消せるのは、俺たち側の人間以外にはできない。
智胤 : そんなの当たり前じゃん。
惟碩 : だから処理しなかった。その一番目の名前。周辺の後始末は何一つやっていない。お前を殺した屍が手がけた最初の仕事だったからな。
智胤 : なら俗世と絡むことになるけど。
惟碩 : そうだ。だから足取りを少し嗅ぎ出せたわけだ。ここからは乗り出して逮捕する番だ。逮捕なのか、復讐なのかは分からんが。勾留を誰が阻むか、そこまでは見届けなければ正確には分からなかった。誰もその屍の勾留を阻まなければ、その屍は俗世と絡んで獄に繋がれることにもなるだろうから。お前の仕事がもう少し増えるだろう?
智胤 : その屍って誰なのにここまでするわけ?
惟碩 : お前の分際で深く訊くな。逮捕できるように焚きつけろ。
智胤 : 粹廷オンニは知ってるの?
惟碩 : なんだ? まだ一人じゃまともにできないのか? そのせいで二度目の患難の主犯に名指しされたお前の一門、根こそぎ死んだだろう。お前を除いて。お前たちの囁きもどこへ行ったか行方も知れないだろう? そうやって卑しく振る舞ってようやく息をする機会を得たなら、自分から動いて判断しようとしてみろ。
智胤が自分でも気づかぬうちに拳を握り込んだ。しかし怒りに先立つのは漠然とした恐怖だった。
惟碩 : 聞くところによると、処世に倣って動こうとしてるそうだな? 今こっち側が得だと踏んで、役に立つように見せようと足掻いてるらしいが。せいぜいやってみろ。ほどほどに。捨てられない程度にな。
何一つ言葉を返せなかった。一方的な通告を最後に、惟碩の通話が切れた。智胤がしばし息を整えたのち、携帯を苛立たしげに置き、頭を掻きながら机へもたれるように体を傾けた。
Scene 05.
開いた玄関のドアを足で難儀しながら開けて入ってきた晶善(ジョンソン)が、萩の実や棗の木片などをだらしなく零していた。小豆までてんこ盛りに抱えて入ってきた晶善の手を所姬(ソヒ)が助けた。床に落ちたこまごまとした道具を拾った所姬が、晶善に申し訳なさをにじませた。
所姬 : 言ってくだされば。一緒にお持ちしたのに。
晶善 : 大丈夫です。
所姬 : あの、一従長。
晶善 : はい?
所姬 : 申し訳ありません。主教が最後までなさるまいとしていたこと。私のお願いのせいで……。
一番幼く見えていた晶善が一番大人びた微笑みを浮かべ、所姬の罪悪感を宥めた。晶善が持ってきた荷物を床に下ろしながら片づける最中にも微笑みを湛えたまま言葉を続けた。
晶善 : 主教がおっしゃってました。團を皆憎んでも構わないけれど、その中に一番かわいそうな二人がいると。その二つの座のおかげで團が残れるのだとおっしゃいました。今度はそれが二つの座では終わりそうにないとおっしゃって、難しい決断にまで至ったんです。
晶善がせわしなくすべての荷物を片づけたのち、懐に入っていた紙を見ながら順番通りに器具を並べた。
晶善 : 道を見る人は、すべての道の選択を無理に迫られて、その重圧を振り払えずに早くに死ぬことが多いそうです。他人の道に言及して、摂理をなんでもないように破ってしまう座でもありますし。私の死よりも、私の死を作ったと思うその罪悪感。たぶん私には背負えないと思います。
所姬が黙って晶善を見つめていた。
晶善 : 道を見る力が弱いなら、その道を拒みたいその人の執着が目を塞いでいるのだと、道を見る力が強いなら何よりも成し遂げたい、手に入れたい執着が力を育ててくれるのだと。主教がいつもおっしゃっていました。いずれにせよ、利己的な執着があってこそ弱かろうが強かろうが一つの形になるんじゃないですか。私にはそんなつらい道、歩けません。だから。
晶善が所姬の赤くなった目をじっと見つめた。必死に感情を堪える所姬の手を、晶善がそっと覆ってやった。
晶善 : さっきの酒の後片づけができなかったことだけちょっと。主教には内緒で。
所姬と晶善がとんでもないという微笑みを交わし合った。インターホンが鳴った。所姬が驚いた気配で玄関のほうを見やった。来る人はいないはずだと思っていた。目を短く閉じてから開けた所姬が、張りつめていた気配を隠して玄関口へ歩を進めた。晶善の目の先に一人の人物が見えた。玄関のドアを開け、外で待っていた人物に深く挨拶を送った。
所姬 : 初めまして。次期團長の案內者、趙所姬と申します。
所姬が深く頭を下げる姿に怪訝さを見せた晶善。始緣(シヨン)が横になったまま辛うじて頭だけを持ち上げ、下を覗き込んだ。晶善が身を起こして怪訝さの正体を確かめた瞬間、いっそう明るい微笑みを口元に浮かべた。
晶善 : 主教!
遅い夜。지윤(智胤:ジユン)は粹廷(スジョン)のおかげで目を覚ましたものの、もう訪れない眠りを後回しにして、自室の机に向かいノートパソコンでダークウェブを漁っていた。各種の不穏な資料がひとまとめに整理され絡み合ったあるインターネットを調べながら、リストをずらりと並べていた。素っ気ない表情で頬杖をついたまま、マウスホイールをかちかちと弾いていた。机の上に置かれた携帯が光を放った。ノートパソコンの画面をじっと見つめていた智胤が、見知らぬ番号を映した携帯に怪訝な顔をした。
智胤 : 誰だよ? これまた。
面倒くささをたっぷり含んだまま、突いていた顎を上げて携帯を手に取った。椅子に深くもたれたまま電話に出た智胤の耳元へ、かなり聞き覚えのある声が流れてきた。
유석(惟碩:ユイセキ) : 身代潰してみて、どんな気分だ。
意外な声だと思った。惟碩が直接電話を寄越すとは思っていなかった智胤が、驚きの感情を沈黙で晒した。
惟碩 : 相変わらず、強いものに弱くて、弱いものに強い振りして生きてるのか?
智胤 : な、何の用だよ。
普段の虚勢はどこへやら消え去った智胤が、かろうじて答えた。惟碩のひっそりとした佇まいの奥に潜む薄ら寒さが、今も感じられるようだった。
惟碩 : 抱き込みは、終わったか?
智胤 : どの。
惟碩 : お前が使い回すやつら? 屍にしても構わないやつら。
智胤がモニターを見つめた。びっしりと並んだ連絡先と各種の請負業などが詳細に記されたページが映し出されていた。
惟碩 : あまり遅くならないでほしいんだが。念のために電話したんだ。
智胤 : 番号はどうやって。
惟碩 : 久しぶりに訊くことがたかだかそれなら、ちょっとどうなんだ。
智胤が普段見せていた姿とはまるで違う空気を纏ったまま、惟碩の悠然とした言葉を相手にしていた。周囲をきょろきょろと見回し、惟碩の痕跡がもしやないかと探りさえした。
惟碩 : 先の二度目の患難、律法通りにしていたらお前の首も飛んでいたはずだろう。あれをうまく防いでやったんだから、それに見合う答礼はしてほしいんだが。お前の家族全員があれを隠そうとして皆死んだわけだし。
智胤 : 何をすればいいんだよ。
惟碩 : 名札に書かれた一番目の候補者。すでに処理されたのは見えるだろう?
しばし気を取り直すように浅いため息を吐いた智胤が、机の上に置かれていた小さな卷子(トゥルマリ)を広げた。削除された名前一つを確かめ、身元をしばし見渡した。さすがに驚きはしたが、大したことではなかった。職種はどうでもいいと思ったからだった。どうせ死んでも、死んだ人間そのものを周囲の誰もが覚えていられないのだから、問題になることも特にはなかった。しかし惟碩が先に電話を寄越した理由をおぼろげに推し量れる身元ではあった。
惟碩 : 追うところまでは書類を漁ってやったが、逮捕まではちょっと難しくてな。知り合い、まだいるだろう? 警察署に。
智胤 : 何を確かめたくてこんなことしてんの?
惟碩 : 死んだ者の痕跡をこの世から消せるのは、俺たち側の人間以外にはできない。
智胤 : そんなの当たり前じゃん。
惟碩 : だから処理しなかった。その一番目の名前。周辺の後始末は何一つやっていない。お前を殺した屍が手がけた最初の仕事だったからな。
智胤 : なら俗世と絡むことになるけど。
惟碩 : そうだ。だから足取りを少し嗅ぎ出せたわけだ。ここからは乗り出して逮捕する番だ。逮捕なのか、復讐なのかは分からんが。勾留を誰が阻むか、そこまでは見届けなければ正確には分からなかった。誰もその屍の勾留を阻まなければ、その屍は俗世と絡んで獄に繋がれることにもなるだろうから。お前の仕事がもう少し増えるだろう?
智胤 : その屍って誰なのにここまでするわけ?
惟碩 : お前の分際で深く訊くな。逮捕できるように焚きつけろ。
智胤 : 粹廷オンニは知ってるの?
惟碩 : なんだ? まだ一人じゃまともにできないのか? そのせいで二度目の患難の主犯に名指しされたお前の一門、根こそぎ死んだだろう。お前を除いて。お前たちの囁きもどこへ行ったか行方も知れないだろう? そうやって卑しく振る舞ってようやく息をする機会を得たなら、自分から動いて判断しようとしてみろ。
智胤が自分でも気づかぬうちに拳を握り込んだ。しかし怒りに先立つのは漠然とした恐怖だった。
惟碩 : 聞くところによると、処世に倣って動こうとしてるそうだな? 今こっち側が得だと踏んで、役に立つように見せようと足掻いてるらしいが。せいぜいやってみろ。ほどほどに。捨てられない程度にな。
何一つ言葉を返せなかった。一方的な通告を最後に、惟碩の通話が切れた。智胤がしばし息を整えたのち、携帯を苛立たしげに置き、頭を掻きながら机へもたれるように体を傾けた。
Scene 05.
開いた玄関のドアを足で難儀しながら開けて入ってきた晶善(ジョンソン)が、萩の実や棗の木片などをだらしなく零していた。小豆までてんこ盛りに抱えて入ってきた晶善の手を所姬(ソヒ)が助けた。床に落ちたこまごまとした道具を拾った所姬が、晶善に申し訳なさをにじませた。
所姬 : 言ってくだされば。一緒にお持ちしたのに。
晶善 : 大丈夫です。
所姬 : あの、一従長。
晶善 : はい?
所姬 : 申し訳ありません。主教が最後までなさるまいとしていたこと。私のお願いのせいで……。
一番幼く見えていた晶善が一番大人びた微笑みを浮かべ、所姬の罪悪感を宥めた。晶善が持ってきた荷物を床に下ろしながら片づける最中にも微笑みを湛えたまま言葉を続けた。
晶善 : 主教がおっしゃってました。團を皆憎んでも構わないけれど、その中に一番かわいそうな二人がいると。その二つの座のおかげで團が残れるのだとおっしゃいました。今度はそれが二つの座では終わりそうにないとおっしゃって、難しい決断にまで至ったんです。
晶善がせわしなくすべての荷物を片づけたのち、懐に入っていた紙を見ながら順番通りに器具を並べた。
晶善 : 道を見る人は、すべての道の選択を無理に迫られて、その重圧を振り払えずに早くに死ぬことが多いそうです。他人の道に言及して、摂理をなんでもないように破ってしまう座でもありますし。私の死よりも、私の死を作ったと思うその罪悪感。たぶん私には背負えないと思います。
所姬が黙って晶善を見つめていた。
晶善 : 道を見る力が弱いなら、その道を拒みたいその人の執着が目を塞いでいるのだと、道を見る力が強いなら何よりも成し遂げたい、手に入れたい執着が力を育ててくれるのだと。主教がいつもおっしゃっていました。いずれにせよ、利己的な執着があってこそ弱かろうが強かろうが一つの形になるんじゃないですか。私にはそんなつらい道、歩けません。だから。
晶善が所姬の赤くなった目をじっと見つめた。必死に感情を堪える所姬の手を、晶善がそっと覆ってやった。
晶善 : さっきの酒の後片づけができなかったことだけちょっと。主教には内緒で。
所姬と晶善がとんでもないという微笑みを交わし合った。インターホンが鳴った。所姬が驚いた気配で玄関のほうを見やった。来る人はいないはずだと思っていた。目を短く閉じてから開けた所姬が、張りつめていた気配を隠して玄関口へ歩を進めた。晶善の目の先に一人の人物が見えた。玄関のドアを開け、外で待っていた人物に深く挨拶を送った。
所姬 : 初めまして。次期團長の案內者、趙所姬と申します。
所姬が深く頭を下げる姿に怪訝さを見せた晶善。始緣(シヨン)が横になったまま辛うじて頭だけを持ち上げ、下を覗き込んだ。晶善が身を起こして怪訝さの正体を確かめた瞬間、いっそう明るい微笑みを口元に浮かべた。
晶善 : 主教!
