胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

本作は現在、MUNPIA、Royal Road、エブリスタ、ノベマ!、Purrfiction、アルファポリスにて、著者本人が直接連載を行っている公式原稿です。


Scene 01.

遅い夜。最後のゴミ袋が廊下の外へ片付けるように置かれた。手を払い、ドアの内へ戻った시연(始緣:シヨン)。食卓に座った三人の空気がぎこちなく沈んでいた。晴れやかだった表情をいったん引っ込めたのち、소희(所姬:ソヒ)の顔色を窺いながら食卓へそろそろと近づいた。

始緣 : ねえ、終わったよ。

所姬が軽くため息をついたあと、始緣の言葉が終わりきる前に、始緣が座る場所を自分の隣へ作ってやった。思ったより怒っているように見える所姬の顔色を窺いながら、所姬が作ってくれた席へおそるおそる半分だけ腰を下ろした始緣。向かいには경서(慶瑞:ギョンソ)と정선(晶善:ジョンソン)が、まだ抜けきらない酒気ながらもどうにか正気に戻ったらしく、始緣よりもいっそう縮こまった様子で黙って所姬の顔色を窺っていた。

所姬 : 初対面で、声を荒げたこと。申し訳ありません。

所姬が先に頭を下げた。そんな所姬に、晶善と慶瑞が同時に所姬を止めるように一緒に頭を下げた。

晶善 : いえ、いえ。私は大丈夫です。ただ、あの、これ。うちの主教にだけは少し……。

慶瑞 : 私も、それが あ。もう團長の電話ガン無視してたし……あ……終わった……。

所姬が途方に暮れる二人を見やり、気の抜けた笑みを浮かべた。

所姬 : 洗い物はそのまま置いてください。何にせよ、私たちのお客様ですから。

始緣 : 私たち? 私たち?? ここ、お前ん家じゃん。

所姬の落ち着いた勧めに始緣がむきになって反論すると、所姬の代わりにむしろ向かいに座っていた慶瑞が始緣の脛を蹴り上げた。

始緣 : あおっ!!

慶瑞 : ありがとうございます。

所姬 : お二人に、私から難しいお願いをいたしました。まずは、ありがとうございます。快く引き受けてくださって。

慶瑞 : 私は、まあ。うちの團長の指示通りに動いてるだけなので。

晶善 : 私も、うちの主教が命じた本分を守るだけです。

すっかり落ち着いた空気のなかで、所姬が背筋をいったん正し、正式に紹介した。

所姬 : 趙所姬と申します。隣のこの友人は李始緣といいます。ご存じかと思いますが、始緣は今。死んだ身です。

晶善 : 死を纏ったのではないですか?

所姬 : ええ。生を纏いました。死んだまま。

晶善 : 私たちの人間と完全に逆ですね。

慶瑞 : あーっ! ああ! そちら。玄敎だったんですか??

晶善 : 今になって気づいたんですか?!

慶瑞 : だからさっきあの話で。あ、すみません。私はそうとは知らなくて。特に関心のない方面なので。

晶善 : 何ですって?!

晶善の過敏な反応に、慶瑞がなだめすかすように声をたっぷりと食わせ者じみたうねりで曲げながら言葉を伝えた。

慶瑞 : いや、だから。まあ。嫌う人たちいるじゃないですか。私にはそういう偏見がないんで。

晶善 : 私にはあるから! 気をつけて。

所姬が咳払いとともに小さなため息を吐き、二人の高まる声を仲裁した。晶善が所姬の顔色を窺いながら言葉をいったん止めた。

所姬 : とにかく。お二人。始緣のこと、よろしくお願いします。

始緣 : 私が何、ガキでもあるまいし。

所姬 : ガキだから黙ってなさい。大人がお話ししてるのに口を挟まないで。

始緣 : は??

所姬 : 一従長が準備してくださったあと、毎週末、慶瑞さんがいらして始緣にご指導いただければ、ありがたく存じます。

慶瑞 : うん。玄敎側の準備ということは。すでに死んだ始緣を何か別のものに変えるおつもりですか。

所姬がしばし言葉を継がなかった。慶瑞はそんな所姬の事情をあえて掘り返さなかった。

慶瑞 : 私は何も見ていませんので、ご心配なく。知らないことですから、話せることもありません。その前に。

慶瑞が凝った体をほぐしながら席を立ち、居間の真ん中へ歩いていった。落ち着いた手つきを持ち上げ、手から삼베(麻布:サンベ)をほどくように黒い布を立ち上げた。晶善が慶瑞を見て、意外だという目を向けた。

慶瑞 : 少し楽になると思います。あの方が何かをなさるので。

晶善 : あ、ありがとうございます。

慶瑞 : 死者を導かれることになるでしょうが、麻布で編んだ綱があれば、道は見失わないはずです。

窓の向こうに差す街灯の光が漆黒のように暗く褪せながら、薄い帳が下りた。広々とした所姬の家の居間で、身に馴染んだ簡素な舞を繰り広げていた慶瑞が、怪訝そうにいったん舞を止めて所姬を見やった。

慶瑞 : ここ、團長いらしてました?

所姬 : うん。

慶瑞 : なんで、ヒョンサがここにあるんだろ。まあ。ともかく。

慶瑞が止めていた舞をふたたび続けながら、揺らめく麻布を家じゅうの四方へ掲げていった。家全体の空気がくつろいだ光で満たされた。慶瑞が舞を仕上げたのち、再び食卓へ戻ってきた。

慶瑞 : さっき暴言吐いたこと、申し訳なくて。

慶瑞がばつの悪い笑みを浮かべて晶善を見やった。晶善もそんな慶瑞の好意を含んだ謝罪を受けないわけにはいかなかった。頭を下げ、慶瑞の好意に応えた。

晶善 : ありがとうございます。私も、悪態をついたことはすみません。

慶瑞 : 一従長って相当高い地位じゃないですか? 若く見えるけど。あ、いや違うか。見た目と実際は違うかもしれないし。なるほど。

晶善 : 私は、まだ死を纏っていません。そのかわり、今日纏うことになるでしょうね。

晶善の言葉に、慶瑞が軽かった表情をいったん収め、頷いた。

慶瑞 : 酒を飲むだけのことはあったんですね。

始緣 : ねえ、私はひとっつも分かんないんだけど。

慶瑞 : 分からなくていい。私も知りたくない内容だから。

慶瑞の遠回しな注意に、始緣が空気を読まず反応した。

始緣 : じゃあ適当にぶん投げてんの? てきとうに?

所姬 : 大人が話してるところに口を挟むなって言ってるでしょ??

始緣 : アニ、これマジで!

所姬が始緣の苛立ちを無視したまま、慶瑞と晶善に言葉を続けた。

所姬 : とにかく、慶瑞さんは。

所姬が携帯を確認した。その中の時刻を確かめたのち、慶瑞をふたたび見やった。

所姬 : 今出発されれば大丈夫だと思います。あ。それと私の番号。

所姬が電話をかけた。慶瑞の携帯に所姬の番号が表示された。慶瑞が気にも留めない様子で電話番号を保存した。ふと、

慶瑞 : ちょっと待って。私の番号どうやって知ったんですか? あ。團長がおっしゃったのかな。それとも もしかして、連曦オンニ知ってます? そうでなくても、連曦オンニと本当にそっく——

所姬 : 次期團長の案內者です。現・五十五代團長の娘でもあります。

慶瑞がそっけなかった表情を収めた。淡々とした声で自らの身分を正しく明かした所姬をまじまじと見つめた。狼狽したのは慶瑞だけではなかった。晶善も所姬をまじまじと見つめ、何と言葉を継いでいいか分からずにいた。慶瑞が軽かったすべての空気を退け、急いで身を起こして礼を捧げようとしたが、所姬が慶瑞を止めた。

所姬 : こうなるのが嫌で次期團長の案內者になることにしたんです。今は何者でもないんですから、やめてください。

慶瑞 : 私は、案內者にお目にかかることはできません。私の身分と職位で案內者に単独で拝謁した場合、私は廃位を——

所姬 : アニ、まだ何者でもないって言ってるのに。もう、ほんとに!! 立ち上がってください。お願い。疲れて死にそうなんだから。

どうにかして礼を捧げようとする慶瑞を止めるのは難しいという気配だった。慶瑞が所姬の顔色を窺いながらゆっくりと身を起こした。所姬が慶瑞を立ち上がらせたあと、ばつの悪い笑みを向けた。

慶瑞 : あ、だから酒瓶の本数を。あ。

所姬 : 私が出すなと言った瓶の手前までで止めていたら、前後不覚にはならなかったはずですよ。

慶瑞 : は。すみません。

所姬 : 私から直接お電話しますね。堅苦しく受け止めないでください。私、まだそういうの慣れてないんです。

慶瑞 : それが、できるかどうかは。うん。

所姬 : お願いします。

所姬の言葉に、慶瑞はたやすく答えられぬまま、しばらくもじもじと逡巡した。案內者という座が帯びる本来の威圧感に、慶瑞は今自分が何をしでかしているのかも分からないほどだった。とはいえ自分の答えをいつまでも待たせるわけにもいかなかった。

慶瑞 : 分かりました。そして当然のことながら。私はこの場のすべてを見たことがございませんので、ご心配には及びません。なにぶん末端ですから、私に尋ねてくる者もおりませんし。

所姬 : ただ面倒で上がらないだけでしょう。

慶瑞 : いずれにせよ、末端は末端ですので。

所姬 : さあ、お早く。遅れますよ。

慶瑞が深く腰を折ったのち、足早にその場を離れた。ドアに差しかかった慶瑞が、ふと何かを思い出したように足を止めて所姬を振り返った。

慶瑞 : ところで、本当に、連曦オンニとは何の関わりも——

所姬がそっと目を閉じ、小さくため息をついた。慶瑞が所姬の嘆きに慌てて腰を折り、その場を離れた。始緣が不思議そうに、所姬を別の目で見ていた。

始緣 : お前がヤバい人間なのは分かったけど、めちゃくちゃ偉い人間でもあったんだな?

所姬 : ヤバくもないし偉くもないから、立って。

所姬が始緣の椅子をめくるように動かした。始緣がぶつぶつ言いながら席を立った。所姬が始緣の手を取り、居間へ歩を進めた。晶善も所姬の意を汲んでいるかのように、席を立った。始緣が自分の手を握ってくれた所姬をしばし見つめた。

所姬 : このあたりでよろしいでしょうか。

晶善 : はい。私もちょっと、準備するものを取ってきますね。楽に横になっていてください。

晶善が呪術のための道具を取りに玄関を出た。