胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 17.

수정(粹廷:スジョン)が居間のソファに横たわり浅い眠りをまさぐっていた지윤(智胤:ジユン)をじっと見下ろしていた。薄暗い居間。粹廷が壁掛けのテレビの光に凄みのある姿で浮かび上がっていた。粹廷の気配に智胤がたった今入った眠りを覚まし、ゆるりと体を起こした。粹廷の気配にも意に介さず振る舞う智胤を、粹廷が腕を組んだまま呆れたように見下ろしていた。温かなとあるマンションの大部屋。粹廷が楽な服装でソファの前に立ち、薄い上着のポケットに手を入れたまま、眠りに入ったばかりの智胤に尋ねた。

粹廷 : 夜に眠るなと言ったのに。それも我慢できずに寝ようとして?

智胤が鼻で笑い、粹廷の見当違いな心配を退けた。

智胤 : 何回か夜寝てみたことあるけど? 別に大したことなかったし。あの子はこういうの初めてだし、まるっきり知らなかった屍だから怖がったんだろうけど、あたしは違うよ。眠りがちょっと浅いかなとは思うけど、くだらない奴らが食ってやるとか言ってあたしに絡んできたところで、あっちが損するだけだし。寝入ったばっかだったのに何で起こしたの?

粹廷が두루마리(卷子:トゥルマリ)を一つ智胤に渡した。智胤が座ったまま手だけ伸ばし、粹廷の手にあった卷子を受け取った。手のひらほどの小さな卷子を掴んだ智胤が自嘲気味な嘲笑を漏らした。卷子を開き、中に記されている名前と生年月日を確認した。一行は自分の分、もう一行は始緣の分と思われた。

智胤 : 仕事全部終わったら、あの屍はどうするつもり?

粹廷 : 好きにしなさい。興味ないから。出しゃばりさえしなければ。

智胤 : あんな綺麗どころ、もったいないじゃん。

粹廷 : だから、好きにしなさいって。うちの目に留まらない限り。

智胤が唇を尖らせ、だいたい分かったというように頷いた。卷子を眺めながらふと浮かんだ疑念を伝えた。

智胤 : ところでさ、鍵をなんでこんなに遅く探すわけ? たかだか再来年には連環祭(ヨンファンジェ)じゃないの? その前にとっくに鍵を消して祭祀の支度をする時期じゃない? 連環祭がどれだけ残ってるっていうの、今更鍵を探すなんてこの大騒ぎなんだけど?

粹廷 : ほんとにね。

粹廷がソファの残りの場所に体をそっと沈めながら嘆くように答えた。

智胤 : オンニもう策士なんでしょ。そういうの分かんないの?

粹廷 : 別に、あたしが策士やりたくてやったわけじゃないし。言われたからやったんでしょ。

智胤 : まあね。似合わないのは確か。オンニの分際で。それよりとっくにみんな気づいてるでしょ?

粹廷がポケットから手を出し腕を組みながら、ソファに体を深く預けるように座った。

智胤 : 鍵、伝令(デンレイ)がもう宿してる時期だってことくらいは?

粹廷 : あんたは、鍵が自覚したと思う?

智胤 : 自覚しただけで済むと思う?? オンニも惟碩オンニも、もしもに備えてあたしみたいな屍を拵えてるんじゃないの? 生きてる人間じゃ鍵を消せないかもしれないから。

粹廷 : まだ、一度もまともな自覚は経験したことがないからね。でも、あんたを拵えたのは、そんな大層なことを防げっていう意味じゃないよ。

腕組みを解いた粹廷が、伸びをするように背筋をまっすぐ伸ばしながらゆるりと立ち上がり、再び玄関へ向かった。慈しむような微笑みを浮かべ、ドアの前に立って意図の読めない声で智胤を宥めた。

粹廷 : 自分を買い被りすぎないで。屍の分際で。あんたみたいなのを送り返すのが、あたしたちの仕事だってこと忘れないで。ほどほどに出しゃばりなさい。

粹廷の冷ややかな嘲りに、智胤は唇を尖らせるばかりで答えを返さなかった。粹廷がふと思い浮かんだ何かを尋ねようと、踏み出しかけた足をしばし止めた。

粹廷 : あんたの一族、全員死んだのは間違いないわよね? あんたまで。

粹廷の問いに、智胤が腕を組み、玄関近くの壁にそっと体を預けた。

智胤 : 生きてた人間は、あたしが最後だったよ。うちの母方の狂った女が暴れ回ったせいで根こそぎ死んだから。

粹廷 : 世凜オンニ。

智胤 : そう。半分とはいえ囁きではあったから。でもまあ、残りの半分は見つけられもしなかったし、たいしたことない呪術だったしね。そのおかげであたしの呪いまで半端ものだったし。

粹廷 : 死んだわよね? 世凜オンニは。

智胤 : 死んでなかったらあたしが囁けるようになったと思う? いくら母方だからって、血筋にまず行くのに。

粹廷 : 遠い親戚や一般の人間には行けなかったでしょうし……。

智胤 : 直系優先だから当然のことだよ。そんな遠くへ飛ばすにはコンに入れてもらわなきゃいけない。

粹廷 : じゃあ誰かが奪ったということね。でなければ死んでいないか。

智胤 : 直接聞きなよ。オンニが。コンに。

粹廷が智胤をちらりと横目で見た。もう話す理由がないとでもいうように溜め息を吐きながら、玄関のドアを再び開けた。

智胤 : 気になってる人間が、

智胤の声に粹廷が耳を傾けた。

智胤 : 持ってるんじゃないかと思うけど。あたしは。

粹廷 : なぜそう思うの?

智胤 : じゃなかったら、もう片方の半分を持ってるか。だから、一つに合わせようとしてるんじゃないの?

もっともらしい智胤の推理に、粹廷は応じなかった。

智胤 : オンニがもう持ってるんだ。

智胤の当て外れに、粹廷が鼻で笑った。

粹廷 : そうだったら、あたしが直接あの売女に呪いを掛けてたんじゃない? あんたなんかにやらせないで。

智胤 : 分かんないよ。まだバレちゃいけない理由があるのかもね。

これ以上言葉を交わしたくなかった粹廷が、開いたドアへ歩みを進めながら声を散らした。

粹廷 : 手先でもちゃんと拵えておきなさい。あんたの手足はあんたが自分で作らなきゃいけないんだから。