Scene 22.
美延を除く正賢と永敏はすでに正気を失った者のように瞳孔を開ききったまま、椅子にもたれかかるように崩れ落ち、天井だけを見つめていた。手にした小さな香炉がひっきりなしに白い煙を立ち上らせる間に、彼女たちの会話の間へ割り込んでいた熙珍が、残りの香炉の煙を確かめた。
熙珍 : 気になるでしょ。自分だけなぜ無事なのか。今これがどういう状況かも分からないまま。
美延が信じられないという表情を浮かべたまま、じっと座って熙珍の話を聞いていた。熙珍が自分の手にした香炉を確かめた後、熙珍自身を怯えた目で見つめる美延の両目と向き合った。
熙珍 : あなたの遺物(イブツ)は原流(ゲンリュウ)のままよ。創られたそのまま代々受け継がれてきた高貴な遺物。あなた程度にはちょっともったいないけどね。でも、この二人は違うの。原流でさえなければ、まだ半分しか宿していないとはいえ、私が囁けないものはない。まして、あの大したことない敎正館(キョウセイカン)の館長の紙切れは、私の遺物「墨」から派生したものに過ぎないわ。
美延 : ど、どうやって。ここは。
熙珍の落ち着いた声はなかなかに薄気味悪く感じられた。物腰の柔らかな熙珍が何の敵意もなく平凡な微笑を浮かべたまま、美延に質問を促した。
熙珍 : 今さらそれを聞くの。そんなどうでもいいこと以外に、面白いこと聞きなさいよ。
美延 : わ、私をどうする気——。
熙珍 : 喧嘩はあなたの方が上手でしょ? 原流を宿しているから私の囁きも聞こえないだろうし。私がそんなあなたをどうにかできるわけないじゃない。
美延 : ど、どうしたんですか。この人たちは。
熙珍が自分の長い髪を耳の後ろへさらりと流しながら脚を組み直すように座り直し、手に持っていた香炉をテーブルの上にいったん置いた。
熙珍 : あなたは、私が操る遺物がどんなものだと思ってる?
美延がたどたどしい声を辛うじて繋いだ。
美延 : す、墨。墨です。
熙珍 : そう。宋家は代々墨を遺物として受け継いできた。でもね、実はそれも原流じゃないの。みんな原流だと思っていて、文献にもそう残っているけど、宋家の本当の原流は「囁き」というものなの。意を伝える最も密かな方法。墨はその方法から派生したもの。意を伝える媒体として「墨」が、その墨を支える「紙」が生まれた。墨も、実は起源を辿れば原流ではなかったということ。
美延 : そ、それで。私をどう——。
美延の怯えを見て熙珍がにっこりと笑った。
熙珍 : どうもしないわ。私が何をしたっていうの。言ったでしょ。私はあなたをどうすることもできないって。この二人は簡単でも。
美延 : じゃあ。
熙珍の晴れやかな嘲笑が一瞬消え失せた。嘲笑は依然としてあったが、表情の奥深くに潜んでいた凄みのある刃が外へ現れた心地だった。
熙珍 : 大勢の愚か者の中に、まともな人間がたった一人いたら、どうなると思う?
美延 : そ、それは。
熙珍 : まともな人間が狂人扱いされるでしょ。あなたたちが企んだこと、二人の頭の中には何も残っていないんだから、あなた一人でいくら騒いだところでどうにもならないんじゃない?
美延はもう言葉を発することができなかった。敵意がどんどん大きく膨れ上がり始めていた。
熙珍 : ただ、おとなしくしていてほしいの。暴れる時間はあとで別に与えるから。
呆然としていた美延が、怒りに満ちた表情を浮かべ、手に小さな銀粧刀を創り出した。その姿を見た熙珍が、いっそう晴れやかに笑いながら美延をじっと見つめた。美延が覚悟を決めたように、小さく創り出した銀粧刀を振るい刃を長く抜いた。激しく振るって熙珍の首を一刀のもとに斬り払おうとした瞬間、熙珍の首に届かなかった銀粧刀が弾き飛ばされた。熙珍の背後にあった扉が砕け、長棒が一本飛び込んできた。美延の銀粧刀があっけなく弾き飛ばされた。砕けた扉の向こうに伊仙の怒りの表情が美延の視界に映し出された。
伊仙 : このシバル女どもが何だって? 筋肉馬鹿?
熙珍がかすかな溜息と共に首を横に振った。ゆるりと動きながら席からゆっくりと体を起こした熙珍が、蒼白になった美延の顔をじっと見下ろした。
熙珍 : あなたは、質問もろくにできないのね。こういうことを聞くかと思ったのに。「なぜ私たちをこんな高い地位に就かせたの?」みたいな。
美延が恐怖に身動き取れずにいる間に、熙珍が言葉を結ばぬまま嘲笑だけを残して席を去った。香炉の煙が満ちていた外では、かなりの数の客が眠りに落ちたかのようにうつ伏せていた。
Scene 23_01.
日差しはすでに消えたかに見えた。遅くから差し込む街灯の光の下で、惟碩が一人歩きながら腕まくりしたシャツの袖のまま、煙草を一本咥えて長い歩幅で歩みを進めていた。すべての欠片が一つずつ嵌まっていく心地に、自ずと鳥肌が立っていた。
惟碩 : はあ、まったく。宋熙珍。
鳥肌と言うには畏怖の念すら覚えるほどだった。すべての事件には理由があったということだった。その理由はただ宋熙珍だけが知っているのだった。自分を含む他者の全員を盤上に置いて駒のように使い回している姿に、惟碩は不快という感情の代わりに恐怖と畏怖が押し寄せていた。夏であっても寒いほどだった。深い思案と虚脱感、恐怖と畏怖のすべてが同居し始めた頃、遠からぬ場所からケンガリの音がけたたましく弾け始めた。花駕籠に載せた夏菊が四方に散りながら巫儀の始まりを告げた。肩に삼베(麻布:サンベ)を掛けた担ぎ手姿の기대(伎隊)たちが、白い소복(素服:ソボク)をひらめかせながら四方に菊の花びらを撒いていた。駕籠が揺れながら祭儀の開始を告げる様だった。惟碩がのろのろとした歩みを一旦止め、先に道を行けるよう道を空けた。오구굿(オグクッ)の一幕が繰り広げられている様だった。本廳(ホンチョウ)から遠くない村で催された巫祭を見ながら、惟碩が歩いていた足を止め、花駕籠に載せられた亡者の道をまず開けてやった。咥えていた煙草も地面に押し消した後、しばし巫祭を見守っていた。首都の진오귀굿(チノグィクッ)、西南方の씻김굿(シッキムクッ)と同じ死霊祭(サリョンジェ)の系統として、亡者の恨を解き穢れを祓い、生者の安寧を図る巫祭である。부정굿(プジョンクッ)、넋건지기굿(ノッコンジギクッ)、당산굿(タンサンクッ)、문넘기(ムンノムギ)、제석굿(チェソククッ)、안오귀(アノグィ)(칠공주풀이(チルコンジュプリ))、말미(マルミ)、손풀이(ソンプリ)、영둑굿(ヨンドゥククッ)、길닦기(キルタッキ)、염불굿(ヨンブルクッ)、시석굿(シソククッ)の十二席で進行される巫舞のうち、染仏巫祭(ヨンブルクッ)へと続いていた。승방(僧房:スンバン)が祭壇にて불림장단(プルリムジャンダン)で千手を打ち、極楽往生する亡霊に念仏を聞かせながら帝釈神の加護を祈願する。
기자(祈者) : 身を清めたれば、よう受け取りて、極楽世界へ参られい。
染仏巫祭の一場を引き出す祈者の慟哭に、周囲で打楽を鳴らしていた伎隊たちが踊りを弾ませ、祈者の言葉に呼応するように答えた。
기대(伎隊) : 我も死なば巫祭をしてくれい! いつの日か、我が死が訪れなば、悔しさのすべてを忘れさせてくれい!
遠くから聞こえてくる祈者と伎隊の慟哭と恨解き、拍子に合わせて揺れる哀しみをしばし眺めていた惟碩が、小さく溜息をつきながらジーンズのポケットに入れていた小さな상평통보(常平通寶:サンピョントンボ)を一枚取り出した。無骨に歩を進めた惟碩が、他人であろうとも撒き散らされる慟哭を見て見ぬふりはできなかったのか、黙って向き合いに行った。僧房が平服姿で雑神たちを慰撫する声を発してから六十甲子解きを行う。遺族たちが巫祭に用いた般若龍船、紙花、十王寝帳などを火に焼こうとしたとき、炎が大きく噴き出すように弾け、巫祭を主導していた祈者の体に燃え移った。惟碩は動じなかった。巫祭を催していた人々が慌てて水を探そうとしたとき、取り出していた常平通寶をいったんしまった惟碩が、片手で黒砂(コムンモレ)を起こし、重厚な舞を放った。連曦が放つ舞や巫女たちの流麗な姿とは異なっていた。気品と力の宿った手振りだった。長衫袍(ジャンサンポ)のように黒砂を手に纏った惟碩の舞に、黒く変わりゆく赤い炎がたちまち抑え込まれ始めた。巫祭の場に黙って目を閉じ、穢れを払いきれなかった시석굿(シソククッ)の一幕を継いで、惟碩が代わりに穢れを祓い亡者を慰めた。炎が消え去り祈者が力なくへたり込んだとき、惟碩が長衫袍のように纏った砂を軽く払い落とし、閉じていた目を静かに開けた。
Scene 23_02.
遠くから聞こえてくる祈者と伎隊の慟哭と恨解き、拍子に合わせて揺れる哀しみをしばし眺めていた惟碩が、小さく溜息をつきながらジーンズのポケットに入れていた小さな常平通寶を一枚取り出した。無骨に歩を進めた惟碩が、他人であろうとも撒き散らされる慟哭を見て見ぬふりはできなかったのか、黙って向き合った。花駕籠の上にポケットに入れていた常平通寶を一枚載せた後、花駕籠が入っていく姿をしばし見届けてから、歩いていた道へ歩みを戻した。
美延を除く正賢と永敏はすでに正気を失った者のように瞳孔を開ききったまま、椅子にもたれかかるように崩れ落ち、天井だけを見つめていた。手にした小さな香炉がひっきりなしに白い煙を立ち上らせる間に、彼女たちの会話の間へ割り込んでいた熙珍が、残りの香炉の煙を確かめた。
熙珍 : 気になるでしょ。自分だけなぜ無事なのか。今これがどういう状況かも分からないまま。
美延が信じられないという表情を浮かべたまま、じっと座って熙珍の話を聞いていた。熙珍が自分の手にした香炉を確かめた後、熙珍自身を怯えた目で見つめる美延の両目と向き合った。
熙珍 : あなたの遺物(イブツ)は原流(ゲンリュウ)のままよ。創られたそのまま代々受け継がれてきた高貴な遺物。あなた程度にはちょっともったいないけどね。でも、この二人は違うの。原流でさえなければ、まだ半分しか宿していないとはいえ、私が囁けないものはない。まして、あの大したことない敎正館(キョウセイカン)の館長の紙切れは、私の遺物「墨」から派生したものに過ぎないわ。
美延 : ど、どうやって。ここは。
熙珍の落ち着いた声はなかなかに薄気味悪く感じられた。物腰の柔らかな熙珍が何の敵意もなく平凡な微笑を浮かべたまま、美延に質問を促した。
熙珍 : 今さらそれを聞くの。そんなどうでもいいこと以外に、面白いこと聞きなさいよ。
美延 : わ、私をどうする気——。
熙珍 : 喧嘩はあなたの方が上手でしょ? 原流を宿しているから私の囁きも聞こえないだろうし。私がそんなあなたをどうにかできるわけないじゃない。
美延 : ど、どうしたんですか。この人たちは。
熙珍が自分の長い髪を耳の後ろへさらりと流しながら脚を組み直すように座り直し、手に持っていた香炉をテーブルの上にいったん置いた。
熙珍 : あなたは、私が操る遺物がどんなものだと思ってる?
美延がたどたどしい声を辛うじて繋いだ。
美延 : す、墨。墨です。
熙珍 : そう。宋家は代々墨を遺物として受け継いできた。でもね、実はそれも原流じゃないの。みんな原流だと思っていて、文献にもそう残っているけど、宋家の本当の原流は「囁き」というものなの。意を伝える最も密かな方法。墨はその方法から派生したもの。意を伝える媒体として「墨」が、その墨を支える「紙」が生まれた。墨も、実は起源を辿れば原流ではなかったということ。
美延 : そ、それで。私をどう——。
美延の怯えを見て熙珍がにっこりと笑った。
熙珍 : どうもしないわ。私が何をしたっていうの。言ったでしょ。私はあなたをどうすることもできないって。この二人は簡単でも。
美延 : じゃあ。
熙珍の晴れやかな嘲笑が一瞬消え失せた。嘲笑は依然としてあったが、表情の奥深くに潜んでいた凄みのある刃が外へ現れた心地だった。
熙珍 : 大勢の愚か者の中に、まともな人間がたった一人いたら、どうなると思う?
美延 : そ、それは。
熙珍 : まともな人間が狂人扱いされるでしょ。あなたたちが企んだこと、二人の頭の中には何も残っていないんだから、あなた一人でいくら騒いだところでどうにもならないんじゃない?
美延はもう言葉を発することができなかった。敵意がどんどん大きく膨れ上がり始めていた。
熙珍 : ただ、おとなしくしていてほしいの。暴れる時間はあとで別に与えるから。
呆然としていた美延が、怒りに満ちた表情を浮かべ、手に小さな銀粧刀を創り出した。その姿を見た熙珍が、いっそう晴れやかに笑いながら美延をじっと見つめた。美延が覚悟を決めたように、小さく創り出した銀粧刀を振るい刃を長く抜いた。激しく振るって熙珍の首を一刀のもとに斬り払おうとした瞬間、熙珍の首に届かなかった銀粧刀が弾き飛ばされた。熙珍の背後にあった扉が砕け、長棒が一本飛び込んできた。美延の銀粧刀があっけなく弾き飛ばされた。砕けた扉の向こうに伊仙の怒りの表情が美延の視界に映し出された。
伊仙 : このシバル女どもが何だって? 筋肉馬鹿?
熙珍がかすかな溜息と共に首を横に振った。ゆるりと動きながら席からゆっくりと体を起こした熙珍が、蒼白になった美延の顔をじっと見下ろした。
熙珍 : あなたは、質問もろくにできないのね。こういうことを聞くかと思ったのに。「なぜ私たちをこんな高い地位に就かせたの?」みたいな。
美延が恐怖に身動き取れずにいる間に、熙珍が言葉を結ばぬまま嘲笑だけを残して席を去った。香炉の煙が満ちていた外では、かなりの数の客が眠りに落ちたかのようにうつ伏せていた。
Scene 23_01.
日差しはすでに消えたかに見えた。遅くから差し込む街灯の光の下で、惟碩が一人歩きながら腕まくりしたシャツの袖のまま、煙草を一本咥えて長い歩幅で歩みを進めていた。すべての欠片が一つずつ嵌まっていく心地に、自ずと鳥肌が立っていた。
惟碩 : はあ、まったく。宋熙珍。
鳥肌と言うには畏怖の念すら覚えるほどだった。すべての事件には理由があったということだった。その理由はただ宋熙珍だけが知っているのだった。自分を含む他者の全員を盤上に置いて駒のように使い回している姿に、惟碩は不快という感情の代わりに恐怖と畏怖が押し寄せていた。夏であっても寒いほどだった。深い思案と虚脱感、恐怖と畏怖のすべてが同居し始めた頃、遠からぬ場所からケンガリの音がけたたましく弾け始めた。花駕籠に載せた夏菊が四方に散りながら巫儀の始まりを告げた。肩に삼베(麻布:サンベ)を掛けた担ぎ手姿の기대(伎隊)たちが、白い소복(素服:ソボク)をひらめかせながら四方に菊の花びらを撒いていた。駕籠が揺れながら祭儀の開始を告げる様だった。惟碩がのろのろとした歩みを一旦止め、先に道を行けるよう道を空けた。오구굿(オグクッ)の一幕が繰り広げられている様だった。本廳(ホンチョウ)から遠くない村で催された巫祭を見ながら、惟碩が歩いていた足を止め、花駕籠に載せられた亡者の道をまず開けてやった。咥えていた煙草も地面に押し消した後、しばし巫祭を見守っていた。首都の진오귀굿(チノグィクッ)、西南方の씻김굿(シッキムクッ)と同じ死霊祭(サリョンジェ)の系統として、亡者の恨を解き穢れを祓い、生者の安寧を図る巫祭である。부정굿(プジョンクッ)、넋건지기굿(ノッコンジギクッ)、당산굿(タンサンクッ)、문넘기(ムンノムギ)、제석굿(チェソククッ)、안오귀(アノグィ)(칠공주풀이(チルコンジュプリ))、말미(マルミ)、손풀이(ソンプリ)、영둑굿(ヨンドゥククッ)、길닦기(キルタッキ)、염불굿(ヨンブルクッ)、시석굿(シソククッ)の十二席で進行される巫舞のうち、染仏巫祭(ヨンブルクッ)へと続いていた。승방(僧房:スンバン)が祭壇にて불림장단(プルリムジャンダン)で千手を打ち、極楽往生する亡霊に念仏を聞かせながら帝釈神の加護を祈願する。
기자(祈者) : 身を清めたれば、よう受け取りて、極楽世界へ参られい。
染仏巫祭の一場を引き出す祈者の慟哭に、周囲で打楽を鳴らしていた伎隊たちが踊りを弾ませ、祈者の言葉に呼応するように答えた。
기대(伎隊) : 我も死なば巫祭をしてくれい! いつの日か、我が死が訪れなば、悔しさのすべてを忘れさせてくれい!
遠くから聞こえてくる祈者と伎隊の慟哭と恨解き、拍子に合わせて揺れる哀しみをしばし眺めていた惟碩が、小さく溜息をつきながらジーンズのポケットに入れていた小さな상평통보(常平通寶:サンピョントンボ)を一枚取り出した。無骨に歩を進めた惟碩が、他人であろうとも撒き散らされる慟哭を見て見ぬふりはできなかったのか、黙って向き合いに行った。僧房が平服姿で雑神たちを慰撫する声を発してから六十甲子解きを行う。遺族たちが巫祭に用いた般若龍船、紙花、十王寝帳などを火に焼こうとしたとき、炎が大きく噴き出すように弾け、巫祭を主導していた祈者の体に燃え移った。惟碩は動じなかった。巫祭を催していた人々が慌てて水を探そうとしたとき、取り出していた常平通寶をいったんしまった惟碩が、片手で黒砂(コムンモレ)を起こし、重厚な舞を放った。連曦が放つ舞や巫女たちの流麗な姿とは異なっていた。気品と力の宿った手振りだった。長衫袍(ジャンサンポ)のように黒砂を手に纏った惟碩の舞に、黒く変わりゆく赤い炎がたちまち抑え込まれ始めた。巫祭の場に黙って目を閉じ、穢れを払いきれなかった시석굿(シソククッ)の一幕を継いで、惟碩が代わりに穢れを祓い亡者を慰めた。炎が消え去り祈者が力なくへたり込んだとき、惟碩が長衫袍のように纏った砂を軽く払い落とし、閉じていた目を静かに開けた。
Scene 23_02.
遠くから聞こえてくる祈者と伎隊の慟哭と恨解き、拍子に合わせて揺れる哀しみをしばし眺めていた惟碩が、小さく溜息をつきながらジーンズのポケットに入れていた小さな常平通寶を一枚取り出した。無骨に歩を進めた惟碩が、他人であろうとも撒き散らされる慟哭を見て見ぬふりはできなかったのか、黙って向き合った。花駕籠の上にポケットに入れていた常平通寶を一枚載せた後、花駕籠が入っていく姿をしばし見届けてから、歩いていた道へ歩みを戻した。
