胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 19.

電話を終えた惟碩が、名残惜しげに軽い溜息をついたときだった。壊れた電話を適当に置きながら、広い本家の韓屋の板の間に腰を据えた惟碩が、午後の熱くなった日差しを避けて体を起こした。まだまばらに付いた埃を払おうとしたとき、半ば壊れた電話が古い木の板の間の上でけたたましく鳴り始めた。液晶が半分潰れて誰かは確認できなかったが、構わず払っていた手を移して電話を耳にあてがった。

惟碩 : はい。

충현(忠賢:チュンヒョン) : 兄貴。お元気でしたか?

久しぶりに聞く声に、惟碩が意外だという笑みを浮かべながら明るい顔を見せた。

惟碩 : おいおい誰だよ。何年ぶりだ?

忠賢 : 何年って。五ヶ月前にも会ったじゃないですか。

惟碩 : そうだったか、そうか。何の用だ?

忠賢 : 俺、国家公務員試験受かったんです。辞令も全部出て。それで電話したんですよ。全部兄貴のおかげですから。兄貴が貸してくれた金がなかったら何もできなかったです。

惟碩 : 俺が何をしたってんだ。

惟碩には滅多に見られない気楽な笑みだった。立ち上がっていた体を板の間に再び下ろした後、かかってきた忠賢との電話を長く続けた。

忠賢 : 食事でもご馳走したいんですけど、兄貴忙しいですか?

惟碩 : 忙しくはあるが、お前まだ首都にいるのか?

忠賢 : はい。辞令もこっちで出たんで、幸い。家の近くです。学校の近くだし。

惟碩 : よかったな。うーん。じゃあいつ会うか。五級様が奢ってくれる飯ってのを食ってみようじゃねえか。

忠賢 : 兄貴の都合に合わせますよ。軍隊で毎日しごかれるの庇ってくれたのも兄貴なんだから、俺が合わせないと。

惟碩 : シバル、除隊して何年経つんだまだ軍隊の話か。

忠賢 : 元々、受験生の時間は止まっているものですから。

惟碩 : まあいい、そうだな。俺の空いてる時間決めてメール送——。

惟碩がふと自分の電話の状態を思い出し、軽い溜息をついた。ちょうど確かめたい事実があると考えていたため、惟碩がいったん言葉を止めてから日取りを先に提案した。

惟碩 : よければ、今日会うか? こっちに来れるか? 中央道の方に。


Scene 20.

楽な私服姿の미연(美延:ミヨン)と정현(正賢:ジョンヒョン)、영민(永敏:ヨンミン)が共にある料理店に座り、気まずい顔で何かを思案していた。遅い午後。一度食事を終えた後、コースのように飲み物まで出てくる高級な店で、永敏が脚を組みながらテーブルの上に肘を載せた。溜息がかなり深く根を下ろしていたが、妙案がないとでも言うように、なかなか表情が晴れなかった。その姿を見る正賢と美延も大して変わらなかった。

正賢 : それで、言った通り動くってこと?

永敏 : それ以外に手がないのは確かだし。

美延 : 集賢館長を下手に突けば團長まで勘づくでしょ。黙ってないわよ。策士(サクシ)はどうせ大して信用してないみたいだけど。それに、私たちの席を作ったのも突き詰めれば集賢館長の功が大きいし。

永敏 : 何、私たちが感謝でもしなきゃいけないわけ? まったくあのコン、それでいて策士の座に熙珍オンニを就かせないのを見なさいよ。大事にしまっとくにもほどがあるわ。

正賢 : 大事な人間を高い地位に就けて首でも飛んだらもったいないからでしょ。

永敏 : 一番汚いのが何かって言えば、どうせ信じる人間は決まってるってこと。見え見えじゃない。それなのに必死で私たち全員を抱いてやったみたいな顔するのも馬鹿馬鹿しいし。対外的に聖人君子に見せるためでしょ。私たちだけシバル女にされるってこと。

正賢 : 藝珠や珠希も実は私たちと同じ立場なんだけど。

永敏 : あいつらを引き込むのは造作もないわ。ただ、引き込んで余計に騒がしくなれば私たちが困るから、私たちの手が足りなくなったらそのとき声をかけるのが筋でしょ。

美延 : やるかしら? あの子たちが?

永敏 : 方法をまず決めた方がいいわ。どうやって見つけ出すか、それが一番の問題だから。明らかに鍵に関わる件なのに、公にせず静かに身内だけで動いてるのが問題なんだから。

正賢 : だから集賢館長からやっちまおうってことでしょ? いい方法あるの? 鄭伊仙はどうやって退かすの?

美延 : 筋肉馬鹿? なんで? 仲良くてもまあ。毎日くっついて過ごしてるわけでもないし。

永敏 : 精武館長が伊達にあの座にいるわけじゃないのは確かね。うーん。

喉が渇いたように、永敏と美延が喉を潤そうと目の前の冷たいコーヒーを手に取った。一瞬、コーヒーの香りとは異なる芳しい香りが漂ってきた。美延と正賢がしばし周囲を見回す間に、静かに食事ができていた小さな食事ホールの扉が開き、見覚えのある気配が入ってきていた。


Scene 21.

四方を山に囲まれた広い盆地が小さく見えた。小都市ほどの韓屋集落が遠くに見えるある高台のカフェだった。楽なジーンズ姿で出てきた惟碩の前には、なかなかの長身の同年代の男が座っていた。日差しが容易に沈まぬ暑い午後だった。遅い時間だったがなかなか衰えぬ日差しを眺めていた惟碩が、腹いっぱい食べた自分の腹を素朴に叩きながら、向かいに座る忠賢にくだけた調子で語りかけた。

惟碩 : おい、でもおかげでよく食ったわ。徹夜で来たからろくに飯も食ってなかったし。

忠賢 : あの頃も今も兄貴はいっつも何がそんなに忙しいんですか?

惟碩 : 俺がクソ忙しいからお前の塾代も貸してやれたんだろうが。

忠賢がばつの悪そうにくすくす笑いながら目の前のアイスドリンクをがぶ飲みした。惟碩も楽な姿勢で脚を組んで座り、テーブルの上の飲み物を手に取って喉を潤した。忠賢がズボンの後ろポケットから財布を取り出し、その中に丁寧にしまっておいた封筒を一つ取り出した。黙ってテーブルの上に置いた忠賢が、惟碩にそっと封筒を滑らせた。

忠賢 : 利子、あまり入れられなかったんですけど。兄貴のおかげで本当に無事に学業も終えられたので。もっと入れたかったんですが、

惟碩は特に何も言わず忠賢が差し出した封筒を手に取った。惟碩が額も確認せずに自分の後ろポケットへ封筒を収めると、忠賢が怪訝そうに尋ねた。

忠賢 : 額確認しないんですか?

惟碩 : 自分で計算して入れたんだろ。国家公務員試験に受かった奴がまさか計算もできずに入れたわけじゃあるまい。

忠賢 : いや、その、まあ、兄貴。それでも、

まだ開いたままだった忠賢の財布をじっと見つめた惟碩だった。表には出さなかったが、財布への視線は外していなかった。腕を組んだままじっと留めた惟碩の視線に、忠賢が先に自分の財布をちらりと見下ろした。一人の証明写真が、忠賢の財布の中の公務員証の前に挟まれていた。惟碩が以前見た誰かの姿とまったく同じ証明写真だった。ようやく遅れて財布を閉じた忠賢が、きまり悪そうに空咳をした。

惟碩 : その人が、お前が学生の頃に会計の勉強教えてくれて、あと金も貸してくれてた、

忠賢 : はい。元カノです。でも、電話番号が変わったのか、連絡がつかなくて。

忠賢のぎこちない声に、惟碩が空っ風のように鼻で笑い、組んでいた腕を解いてテーブルにさりげなく載せた。喉がからからに乾く心地だった。惟碩が目の前に置かれた冷たい飲み物をがぶ飲みした後、再び下ろし、いつもの声で忠賢におっさんじみた忠告を送った。

惟碩 : はあ、このガキ。往生際が悪いな。終わったもんは終わったんだよ。おまけに、お前が浮気したんだろうが。

忠賢 : あ、やり直したくてとか、そういうのじゃないんです。ただ、まあ、元気にしてるかなって、

惟碩 : ジラルは。おい。お前がいなくてもクソ元気にやってるに決まってるから、馬鹿なことはほどほどにしろ、今のご時世は通報されるぞ。

忠賢 : あ、ほんと、兄貴は飯はしっかり食っといて、

惟碩 : だから勉強ばっかしてきたお坊ちゃん野郎はこれが問題なんだよ。自分がやれば全部ロマンスだと思ってやがる。それ通報されるっつってんだろ?

忠賢が軽く空咳をした。

惟碩 : 国で一番いい大学出てどうする、国家公務員試験に受かってどうする。陰キャみてえにみっともなく別れてとっくの昔の人間の写真握りしめてめそめそしてるようじゃな。

忠賢が目の前の飲み物を飲み、力いっぱい首を横に振った。

忠賢 : いやいや、兄貴そういうのじゃないですって。

惟碩 : はいはい。違うってんならいい。わざわざそれ以上詮索しねえよ。

惟碩が再びカップを手に取り、空になった飲み物の代わりに氷を二つほど口に含んでがりがりと噛んだ。砕ける氷の音と共に、惟碩がもごもごと尋ねた。

惟碩 : その人、名前何つったっけ?

忠賢 : あ、写真のですか?

惟碩が頷いた。

忠賢 : 姜知暎ですよ。