胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 12.

日はいまだ長くなるばかりだったが、朝夕に吹く風はまだかなり涼しかった。とはいえ上着を着るほどではなかった。ましてや真昼の陽が照りつけている間はなおさらだった。ゆるりと歩む足取りは以前と変わらなかった。所姬の重々しい歩みが辿り着いたのは、ある高級な邸宅の庭先だった。昔の姿をそのまま留めた建物ではあったが、建てられてからそう長い場所ではなかった。開いた門をくぐった所姬が目にしたのは、庭に座り晴れない表情で緊張をいっぱいに湛えた連曦だった。所姬の気配が聞こえたとき、短い袖の改良韓服を纏った連曦が席を立ち、所姬に深い礼を送った。所姬もまた連曦の挨拶に、深く腰を折って礼を返した。すべての挨拶を終えた二人。所姬を確かめた連曦がわずかに驚いた色を短く浮かべた。化粧は濃かったものの、どことなく自分とさほど変わらぬ姿の所姬だった。所姬もまたそんな連曦の目鼻立ちを素早く確かめた後、予想通りの姿になおさら緊張の色を見せた。連曦が先に挨拶を送り、言葉をかけた。

連曦 : 都家の当主、都連曦と申します。遠路はるばるお疲れ様でした。

所姬 : はじめまして。趙所姬と申します。

所姬が連曦の挨拶に答えを返した。連曦の勧めに従い、所姬が連曦の向かいの空いた椅子に座った。気品と温和さ。鋭さの内に宿った落ち着きは、同年代にはまず見られない雰囲気でもあった。ただし、まれに見る深い憂慮が連曦の表情の上にいっそう暗く居座っていた。ついに解けなかった懸念が連曦を覆い尽くしていた。そしてそれが何であるか、所姬には分かっていた。

連曦 : まずは、お座りください。お疲れでしょうから。

連曦の勧めに所姬が庭の椅子へ腰を下ろした。所姬が座った後、立ち上がって挨拶を送っていた連曦も席にそっと腰を下ろした。

連曦 : お話の前に、もし。所姬さんを私はどのようなお役職でお呼びすればよいでしょうか。

連曦の問いに、所姬が固い決意を秘めたかのように、唇をたどたどしく動かした。

所姬 : 次期團長となられる方の、案內者(アンナイシャ)です。

所姬の言葉を聞いた後も連曦は驚かなかった。予想していた通りだった。そしてそんな連曦の姿をすでに幾度となく道に映し出していた所姬もまた、言葉を容易く続けることができた。

所姬 : 似ているけれど違いますね。敎務所長(キョウムショチョウ)は。

連曦 : え?

所姬 : 私と。ある部分は真逆ですが、またある部分は似ていて。

連曦がいっそう強張った面持ちで所姬に尋ねた。

連曦 : もしかして、私が。あるいは、所姬さんが鍵——。

所姬が軽く笑いながら首を横に振った。

所姬 : 所長も私も生年月日が合いません。鍵ではないですよ。

安堵と共に、不安が再び押し寄せてきた。連曦が言葉を惜しみしばし留まる間に、所姬が軽い溜息をつき、胸に溜めていた近い将来の話を解き始めた。

所姬 : ですが、私は所長の鏡で間違いありません。私たちは鏡の裏面。鏡の表面はすでにそれぞれの役割に据えられています。

連曦 : では、すでに鍵の候補ではなく、鍵が。

所姬 : はい。私の姉。姜知暎です。

連曦が知らず知らずのうちに呆けた視線をそのままにしたまま、大きな衝撃を受けたようにまともな呼吸すらできず、しばらく所姬をただ見つめていた。

所姬 : 消そうとなさいましたか。

所姬の問いに、連曦が遅ればせながら慌てて表情を繕い首を横に振った。しかし繕えるような表情ではなかった。鍵であれば、死ぬのは明らかだった。殺さなければならなかった。敵だった。しかし、目の前に座る案內者は自らの実の姉が鍵であると公言までしていた。何を信じればよいのか分からない有様だった。

連曦 : いいえ。決してそのようなつもりでは。思わず。申し訳ありません。

連曦の頭の中が複雑であろうことは、所姬がわざわざ道を見ずとも関係さえ理解すればいくらでも推察できることだった。

連曦 : ですが、候補だとばかり思っていたのに……。

所姬がしばし呆けた視線で独り言を呟いていた連曦に時間を与えた後、本来やろうとしていた通りに話を導き始めた。

所姬 : まず、姉は、報いている最中です。一生かけても返しきれない報い。

所姬の別の言葉に、連曦が呆然と見つめていた視線を収め、所姬をそっと見据えた。連曦の気品とは正反対の所姬が、袖なしの衿をわずかにずらしながら腕を組み、体をテーブルへそっと傾けた。重い意志を抱いた連曦の強さが、所姬の視線に感じ取られていた。所姬が笑いながら少し軽い言葉を伝えた。

所姬 : 羨ましいですね。ふと。ずっと願っていたことなので。團長がいつもおっしゃっていました。私は表向きは強がるけれど、中身はふにゃふにゃだから、いつも気をつけなければならないと。

連曦 : 私も、そこまで強くはありません。強くなりたいだけです。

所姬が腕組みを解き、少し慎重な姿勢に体を座り直した。所姬が掌をひらひらと扇いでみせると、連曦が遅れて慌て、申し訳なさそうな面持ちを所姬に向けた。

連曦 : その前に、私も客として来たものですから、飲み物すらお出しできませんね。申し訳ありません。

所姬 : ああ。それなら。少々お待ちを。

所姬が席を立ち、別棟の中へ体を移した。唐突な所姬の行動に連曦がしばし戸惑った頃、所姬が玄関の暗証番号を手慣れた様子で打ち込み別棟の中へ入っていった。中から盆と冷やした茶、茶碗二つを持ち出してきた。

所姬 : 私、ここに住んでいたことがあるので、よく知っているんです。

連曦 : すでに團長の道も多くご覧になっていたのですね。

所姬が庭のテーブルへ茶碗を下ろした。

所姬 : 育てていただきましたから。

連曦 : ああ。では、團長のもう一人のお子さん。

所姬が一瞬ためらい、自責する声を軽い笑いに乗せて伝えた。

所姬 : まだ、お母さんとお呼びできていないんです。どこか……申し訳なくて。私が至らないのもあって。

連曦は所姬の言葉に応じることができなかった。何と言ってやればよいか、うまく思い浮かばなかった。所姬が言った通り、目鼻立ちが似ている感じは確かにあったが、所姬は連曦自身よりも少し繊い印象だった。傷つきやすい柔らかさだった。それを懸命に隠そうと荒い姿を纏っていたが、連曦には見抜けないはずがなかった。所姬が客をもてなすように茶碗に冷たい茶を注いだ後、連曦と自分の前へ茶碗を一つずつ寄せた。

連曦 : 私の知る團長は、急かされません。いつも、私たちが辛くないよう配慮してくださいますから。私は、だからこそお従いし、望まれることを先にして差し上げようとしてきましたが、私も至らないのでしょう。それでも、やろうと思います。もっと。いただいた以上に。足りないでしょうが、そうしなければ後悔するでしょうから。

所姬が椅子に座り、連曦の言葉を静かに聞いていた。いつも耳にしてきた志だった。むしろ黙り込んだのは、多くを語りそうに見えていた所姬の方だった。そんな所姬に連曦が先に尋ねた。

連曦 : 案內者。

所姬 : はい。

連曦 : お伺いしたいことが多いのですが、どこまでお答えいただけるでしょうか。その前に、お尋ねしても失礼ではないでしょうか。律法上も、團長の案內者は私が謁見できる方ではないのですが。

所姬 : だから、次期團長の案內者だと申し上げたんです。内部律法上は何の問題もないはずですから。現在の團長の案內者、私の前任の案內者でいらした尼僧は亡くなられてからもう長いですし。私は形式上まだ存在していません。そのせいで、むしろ今の團長も知暎オンニも、私にまともに何かを尋ねてくださったことすらないんです。私が堪りかねて出向いたことはあっても。

連曦 : それではなおさら私がお尋ねできないように思うのですが。

所姬 : いいえ。そうであれば、私から所長にお会いしましょうと申し出るはずがないでしょう。

所姬が渇いた口を潤そうと、茶碗に満ちていた茶を一息に飲み干した。空いた碗を満たし直した後、脚を組んで座り体を前へ傾けた所姬。かすかな溜息と共に口を開いた。

所姬 : 所長。團長は近いうちにお亡くなりになります。

連曦 : ……え?

所姬 : 團長もご存じです。知暎オンニも。この件に関わる方々には前もってお知らせしなければならないので、これ以上遅くなる前にお会いしたいとお願いしたのです。

連曦 : 誰が……そんな……。

所姬が連曦をちらりと見やった。連曦の目がもう潤んでいるように感じた。

所姬 : 良い方であること。皆知っています。しかし、選ばれたのです。私たちを守り護り、鍵の中に加護まですべて注ぎ込んだ状況にまで至って。

連曦 : すでに……では、姜知暎という方は今。

所姬 : 生きている人を、誰も殺すことはできません。あの最後の死の道で、知暎オンニと絡み合うことになったのは、ほかならぬ所長でした。

連曦 : 私はそのようなことは。

所姬 : あります。確かに。

連曦が救ってきたいくつかの事件と人が頭の中を掠めるように過ぎていった。その中で、とりわけぼんやりとした記憶としてのみ残るある人がいた。連曦がおぼろげな記憶を辛うじて掴みながら、所姬に尋ねた。

連曦 : あのとき、では。あの方が。

所姬 : あのとき、團長がどれほど苦しんでいらしたか。私が見た中で最も辛い道を、ついに選ばれたのですから。

所姬が体を椅子にもたれさせた。腕組みを直しながら首を巡らせ、青い庭を見回した。

所姬 : 所長は間違いなく良い方です。だからこそ、ついに。三つの欠片のうち、最後に残った欠片を宿されることになります。

連曦がいぶかしげな表情を浮かべた。

連曦 : 深き死は二つの存在しかないはずです。一つは死を司る八使節團(シセツダン)の関与者、使節(シセツ)。そして、鍵となる傳令(デンレイ)。それなのに、三つの欠片とは。

所姬 : 鍵だけを探し出して消してきたのですから、冥土(ジョスン)の門であり、八使節團の長たる使節、そして鍵として覚醒する傳令のみを知っていたのでしょうが、違います。もう一つの欠片があるんです。

連曦 : では。私が。

所姬 : 残された一つの欠片です。所長は。だから私が所長の鏡となっているのでしょう。

連曦は深く考えもしなかった。報いる方法であるならば、何であろうとするつもりだった。端正な確信を抱いた連曦が、所姬に固い声を伝えた。

連曦 : 私は何をどのようにすればよいのでしょうか。

所姬は言葉を惜しんだ。連曦は心からの決意を所姬に差し出したが、その決意が受け入れるべき現実は、連曦の予想よりもさらに冷酷なものかもしれなかった。

所姬 : その前に、政治ごっこに明け暮れる女どもには気をつけてください。

連曦がしばし視線を遠くへ置いた。いつの間にか自分を見ながら警告と助言を寄越す所姬の姿が、連曦の奥深くを突いたようだった。

連曦 : その中に、私の兄もいますか。

所姬がかすかに笑みを浮かべた。

所姬 : いいえ。むしろあの人は所長——いえ。私たちにとっても非常に大切な人ですから。

意外な答えだった。すでに四度も死にかけた状況を作り出したのは、ほかならぬ惟碩だった。連曦が怪訝な表情で所姬を見つめた。

所姬 : もちろん。そこに至るまでの道は険しいかもしれませんがね。

連曦が妙な微笑を浮かべた。幸いだという思いもあった。

所姬 : 目の前にして言うのも何ですが、良い人ではないということは、所長もよくご存じでしょう。けれど、ただ指をさして非難するだけでは済まないということも。誰よりも所長がいちばんよくお分かりのはずです。

連曦 : 苦しかったです。板挟みで。聞いていた兄の本心と行動がずっと裏腹に現れるから。自分が間違っていたのかとも思いました。本当に諦めたいことも多くて。

所姬 : でも、なさらなかった。所長は誰よりも強い人ですから。

連曦を高く評する所姬の判断に、連曦は容易く言葉を継げなかった。しばし訪れた静寂の中、二人が茶碗を傾けて互いに渇いた口を潤した。

連曦 : 姜知暎という方。私がお仕えする日は来るのでしょうか。そのときまで、私は生きていられるでしょうか。お仕えすることはできるでしょうか。

所姬が軽く笑い、腰をかがめて連曦にそっと耳打ちした。連曦が驚いた表情を浮かべ、火照る顔を手で押さえた。

所姬 : 私も、そこまでしか分かりません。次の一歩の詳しいことは、まだ私の力では見ることができませんし。見ようともしていません。ですが、道はずっと続いていました。だから分かったんです。ああ、循環には問題があるのだと。途切れ得るのだと。途切れるのだと。

連曦 : ……。

所姬 : ですが、ここからお伝えすることは本当に辛い末に悩んでお伝えする言葉ですから。よく聞いていただきたいのです。

連曦は所姬が勿体ぶらないことを望んだ。所姬は自信がなかった。重い話だった。気まずい話だった。しかしやらなければならなかった。所姬がようやく切り出した。

所姬 : 二番目の蝶の時間は、しばし止まります。

短い一文だった。連曦はようやく自分が覚悟した通りのことを直に告げられた心地だった。苦い笑いだった。連曦の笑みに込められた意味を所姬が知らないはずがなかった。次の言葉が出てこなかった。連曦の手がかすかに震えていた。無理もないことだった。所姬と連曦がいくら大きなことを経験してきたとはいえ、たかだか二十代後半の人間に過ぎなかった。経験が不足していたし、知識もまたごく深いとは言えなかった。同年代と比べてこそ限られた話であり、歩むべき道を案内される連曦もまた、目隠しされたまま道を歩く心境だった。連曦の心中はただ錯綜するばかりだった。

連曦 : 幸いです。それでも。

連曦が軽く笑い、錯綜をしばし退けたように安堵の言葉を伝えると、所姬が問い返した。

所姬 : え?

連曦 : しばしですから。

改めて自分とは異なる空気と判断を下した連曦を、黙って見つめた。軽い沈黙が流れる間に、所姬が再び口火を切り始めた。

所姬 : まだ少し時間はあります。

連曦 : お辛いでしょうね。

連曦が投げかけた一文は、連曦自身に向けた言葉ではなかった。所姬の言葉にすぐ続けて言った連曦は、青い庭へ向けていた視線を戻し、所姬の目をまっすぐに見つめた。

連曦 : 無力感もおありでしょうし。辛いですよね。

所姬は連曦の気遣いがありがたかった。なぜ彼女たちが政治的に連曦を押さえ込もうとするのか、なぜ團長が連曦を慈しむのか、容易く分かった。所姬が目を静かに閉じた。のろのろとした動きを見せていた所姬ではなかった。なりに急ぐ方であったし、鋭く見せようと努めてきたし、誰にも負けまいと歯を食いしばって生きてきた時も多かった。だから分かった。連曦の慰めは本物だった。その真心は、自らの苦しみから立ち上る鏡に近かった。連曦の深い瞳と心からの慰めに、所姬がしばし言葉を忘れた。今の所姬は少なくとも連曦よりは事情がましだと思っていた。だから答えることができた。

所姬 : ええ。大丈夫な程度には。

連曦が万感を込めた微笑を浮かべた後、さらに尋ねたいことを選んでいる間に、所姬が少し軽やかに連曦の思案を止めた。

所姬 : あ、私。それと。お願いしたいことがもう一つあるんです。