Scene 10.
連曦が自宅の庭に座っていた。静かに交わすべき会話だったのか、連曦を看ていた慶瑞も延秀も連曦について出ず、居間で眠い目をこすりながら互いに小競り合いをしていた。落ち着いた声で聞こえてきた受話器の向こうの所姬の声に、連曦が答えを返した。
連曦 : その方のお名前は、知暎さんでしょうか。
所姬 : はい。姜知暎です。
連曦 : 失礼ですが、今お電話口にいらっしゃる方は……。
所姬がしばし答えを控えていた。かすかな溜息と共に連曦へ先んじて提案を投げかけた。
所姬 : まず、よろしければお会いできますか。今日は土曜ですから本廳(ホンチョウ)には出られないと思いますが。
連曦 : よい場所は、ありますでしょうか。お時間は日中であればいつでも構いません。
所姬 : 團長がお空けになった別棟があるはずです。そちらで今日の午後一時頃にお会いしましょう。私がそちらへ下るのに少し時間がかかりますので。
連曦 : 分かりました。中央道の團長の別棟のことですよね。
所姬 : はい。
連曦 : はい。
所姬 : はい。
連曦 : ……。
所姬 : の、のちほどお伺いします。
慌てて電話を切った所姬の声。本廳の人間の言動とはだいぶかけ離れていた。格式は似ているかもしれなかったが、どことなく本廳の人間の口調ではなかった。連曦が切れた電話をしばし見つめた。
Scene 11.
집현관(集賢館:シュウケンカン)の図書室入口。희진(熙珍:ヒジン)が楽な服装で分厚い黒縁眼鏡をかけたまま、本を確かめながら順番通りに書棚へ本を差し込んでいた。古い木の匂いが四方から漂っていた。かなり高い梯子を登った熙珍に近づいた粹廷が空咳を送り、自分の気配を知らせた。しかし熙珍はあえて振り向きもせずに粹廷へ言葉をかけた。
粹廷 : お聞きしたいことがあるんですけど。
熙珍 : 策士(サクシ)が週末の真昼間に私のところへいらっしゃるほど重要な件なんですね。
粹廷 : ええ。
熙珍 : 策士がお知りになりたいのですか、事務長(ジムチョウ)がお知りになりたいのですか。
粹廷 : 始まりは事務長だったけど、私も気になってきて。
熙珍 : お教えすべきか少し悩みますが。わざわざお越しくださったことですし、
熙珍がすべての整理を終えた後、書棚から降りて粹廷を丁寧に迎えた。熙珍が移動式の簡易テーブルを押しながら粹廷の脇を通り過ぎた。整理すべき図書目録を改めて確かめながら空いた書棚へ向かった熙珍を追い、粹廷が歩を進めた。熙珍が眼鏡を直しながら粹廷の言葉をしばし待った。
熙珍 : それで、何がお知りになりたいのですか。
粹廷 : 遺物が、同時に二箇所に存在することはあり得ますか。
熙珍が見せた逡巡の原因を粹廷が知らないはずがなかった。しかし容易に答えを出さない理由がふと気になった。
熙珍 : 唯一、團長の遺物(イブツ)だけが可能です。ただし、条件がございます。
粹廷 : 何ですか。
熙珍 : 原流(ゲンリュウ)として存在していなければなりません。我々に残された遺物のうち、原流を宿しているものは今やそう多くはありません。長い歳月を経る中で、團長の현사(玄絲:ヒョンサ)もまた原流を失って久しいのです。長い時を越えるうちにやむなく消失したか、その力を失ったか。死との対峙において死に汚染されたか。いずれにせよ、多くの経緯の果てに、現在團(ダン)の内部に残る遺物のうち、原流を宿した遺物は多くはありません。
粹廷 : では、團長の遺物は二箇所に存在し得ないということですね。
熙珍 : 團長がもう半分の遺物である백사(白絲:ペクサ)まで手にされたのでない限り、不可能でしょう。すでに行方を晦ましてから久しいうえ、もしそうであれば團長がお着けになっている腕輪の色も変わっていたはずです。玄絲ではなく、記録された文献にのみ残る은사(銀絲:ウンサ)になっていたでしょうから。
粹廷が熙珍の言葉に深い思案を続けた。熙珍が整理していた本をいったん下ろし、懐から筆を取り出した。何も浸されていない筆を振るって壁へ撒くと、黒い墨が文字を浮かべながら壁面へ分厚い帳を編み上げた。
熙珍 : 私が言った人。少しは探してみた?
粹廷 : これといった知らせはないわね。まあ、急がないみたいに言っておいて。急ぎなの?
熙珍 : 早ければありがたいけどね。
粹廷 : セリムオンニが二度目の禍乱で死んだ上に、その後一族の人間も全員死んだじゃない。最後の一人の逃亡者も死んでから戻ってきたんだし、残った人間がいるはずもないし。あの禍乱も、もう八年は経ったでしょ? それも実はもっと昔に遡れば元はオンニの家門のものじゃない。オンニのもとに戻らなかったなら、まあ消失したと見るべきね。
熙珍 : ひとまず、もう少し探してみて。重要なことではないけど。
粹廷が頷きながら体を起こした。一瞬ためらった粹廷が、後ろをちらりと振り返りながら熙珍に尋ねた。
粹廷 : もしかして、オンニがやったの?
熙珍が怪訝そうに粹廷を見つめた。
粹廷 : あの死体。誰か助けてるみたいだったけど。
熙珍 : それを何で私に聞くの?
粹廷 : オンニかオッパ以外に心当たりがないから。
熙珍 : ひとまず、私じゃないよ。
粹廷 : じゃあ、なおさら問題ね。
熙珍が軽い溜息と共にゆるりと立ち上がりながら小さく呟いた。
熙珍 : 気をつけて。バレないように。面倒なことになりたくないから。
熙珍が小さな警告を伝えた後、軽く手を振ると、周囲に張り巡らされていた黒い墨が一斉に霧のように消え去った。粹廷がより大きな溜息を抱え、淡々としていながらも重くなった足取りで外へ向かった。
連曦が自宅の庭に座っていた。静かに交わすべき会話だったのか、連曦を看ていた慶瑞も延秀も連曦について出ず、居間で眠い目をこすりながら互いに小競り合いをしていた。落ち着いた声で聞こえてきた受話器の向こうの所姬の声に、連曦が答えを返した。
連曦 : その方のお名前は、知暎さんでしょうか。
所姬 : はい。姜知暎です。
連曦 : 失礼ですが、今お電話口にいらっしゃる方は……。
所姬がしばし答えを控えていた。かすかな溜息と共に連曦へ先んじて提案を投げかけた。
所姬 : まず、よろしければお会いできますか。今日は土曜ですから本廳(ホンチョウ)には出られないと思いますが。
連曦 : よい場所は、ありますでしょうか。お時間は日中であればいつでも構いません。
所姬 : 團長がお空けになった別棟があるはずです。そちらで今日の午後一時頃にお会いしましょう。私がそちらへ下るのに少し時間がかかりますので。
連曦 : 分かりました。中央道の團長の別棟のことですよね。
所姬 : はい。
連曦 : はい。
所姬 : はい。
連曦 : ……。
所姬 : の、のちほどお伺いします。
慌てて電話を切った所姬の声。本廳の人間の言動とはだいぶかけ離れていた。格式は似ているかもしれなかったが、どことなく本廳の人間の口調ではなかった。連曦が切れた電話をしばし見つめた。
Scene 11.
집현관(集賢館:シュウケンカン)の図書室入口。희진(熙珍:ヒジン)が楽な服装で分厚い黒縁眼鏡をかけたまま、本を確かめながら順番通りに書棚へ本を差し込んでいた。古い木の匂いが四方から漂っていた。かなり高い梯子を登った熙珍に近づいた粹廷が空咳を送り、自分の気配を知らせた。しかし熙珍はあえて振り向きもせずに粹廷へ言葉をかけた。
粹廷 : お聞きしたいことがあるんですけど。
熙珍 : 策士(サクシ)が週末の真昼間に私のところへいらっしゃるほど重要な件なんですね。
粹廷 : ええ。
熙珍 : 策士がお知りになりたいのですか、事務長(ジムチョウ)がお知りになりたいのですか。
粹廷 : 始まりは事務長だったけど、私も気になってきて。
熙珍 : お教えすべきか少し悩みますが。わざわざお越しくださったことですし、
熙珍がすべての整理を終えた後、書棚から降りて粹廷を丁寧に迎えた。熙珍が移動式の簡易テーブルを押しながら粹廷の脇を通り過ぎた。整理すべき図書目録を改めて確かめながら空いた書棚へ向かった熙珍を追い、粹廷が歩を進めた。熙珍が眼鏡を直しながら粹廷の言葉をしばし待った。
熙珍 : それで、何がお知りになりたいのですか。
粹廷 : 遺物が、同時に二箇所に存在することはあり得ますか。
熙珍が見せた逡巡の原因を粹廷が知らないはずがなかった。しかし容易に答えを出さない理由がふと気になった。
熙珍 : 唯一、團長の遺物(イブツ)だけが可能です。ただし、条件がございます。
粹廷 : 何ですか。
熙珍 : 原流(ゲンリュウ)として存在していなければなりません。我々に残された遺物のうち、原流を宿しているものは今やそう多くはありません。長い歳月を経る中で、團長の현사(玄絲:ヒョンサ)もまた原流を失って久しいのです。長い時を越えるうちにやむなく消失したか、その力を失ったか。死との対峙において死に汚染されたか。いずれにせよ、多くの経緯の果てに、現在團(ダン)の内部に残る遺物のうち、原流を宿した遺物は多くはありません。
粹廷 : では、團長の遺物は二箇所に存在し得ないということですね。
熙珍 : 團長がもう半分の遺物である백사(白絲:ペクサ)まで手にされたのでない限り、不可能でしょう。すでに行方を晦ましてから久しいうえ、もしそうであれば團長がお着けになっている腕輪の色も変わっていたはずです。玄絲ではなく、記録された文献にのみ残る은사(銀絲:ウンサ)になっていたでしょうから。
粹廷が熙珍の言葉に深い思案を続けた。熙珍が整理していた本をいったん下ろし、懐から筆を取り出した。何も浸されていない筆を振るって壁へ撒くと、黒い墨が文字を浮かべながら壁面へ分厚い帳を編み上げた。
熙珍 : 私が言った人。少しは探してみた?
粹廷 : これといった知らせはないわね。まあ、急がないみたいに言っておいて。急ぎなの?
熙珍 : 早ければありがたいけどね。
粹廷 : セリムオンニが二度目の禍乱で死んだ上に、その後一族の人間も全員死んだじゃない。最後の一人の逃亡者も死んでから戻ってきたんだし、残った人間がいるはずもないし。あの禍乱も、もう八年は経ったでしょ? それも実はもっと昔に遡れば元はオンニの家門のものじゃない。オンニのもとに戻らなかったなら、まあ消失したと見るべきね。
熙珍 : ひとまず、もう少し探してみて。重要なことではないけど。
粹廷が頷きながら体を起こした。一瞬ためらった粹廷が、後ろをちらりと振り返りながら熙珍に尋ねた。
粹廷 : もしかして、オンニがやったの?
熙珍が怪訝そうに粹廷を見つめた。
粹廷 : あの死体。誰か助けてるみたいだったけど。
熙珍 : それを何で私に聞くの?
粹廷 : オンニかオッパ以外に心当たりがないから。
熙珍 : ひとまず、私じゃないよ。
粹廷 : じゃあ、なおさら問題ね。
熙珍が軽い溜息と共にゆるりと立ち上がりながら小さく呟いた。
熙珍 : 気をつけて。バレないように。面倒なことになりたくないから。
熙珍が小さな警告を伝えた後、軽く手を振ると、周囲に張り巡らされていた黒い墨が一斉に霧のように消え去った。粹廷がより大きな溜息を抱え、淡々としていながらも重くなった足取りで外へ向かった。
