胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 24.

凶悪な面構えの人間が数名、各々の鈍器を手にしたまま、連曦(ヨンヒ)の両手を廃工場の柱に縛り付けて嘲笑を浮かべていた。頭から流れ落ちる血。汚れた床の上に、連曦が倒した四、五人の人間が口に泡を吹いたまま失神した姿を晒している。連曦が鈍器で何度も殴られたらしく、頭から血を流していた。裂けた肌があちこちに見える様からして、激しい戦いというよりは、一方的な殴打を受けたように見えた。床に連曦の血が染みた教旨の卷子(トゥルマリ)が転がっていた。惟碩(ユイセキ)がゆっくりと動いて卷子を拾い上げ、中身を検めた。何もない空の教旨だった。連曦が柱に縛られた身体を前へ力いっぱい押し出し、どうにか教旨を取り戻そうとしたが、不思議なほど身体に力が入らなかった。惟碩がゆっくりと連曦へ歩み寄り、拳を浴びせた。自ら疲れ果てて荒い息を吐くようになって初めて、連曦への殴打がゆるやかに収まっていった。

連曦 : オッパ。お願い。やめて。お願いだから。

惟碩 : ここでお前が遺物(イブツ)を手放せば済む話だ。

連曦 : なんで! こんなことするの!! こんなつもりなんかないくせに!!

惟碩 : 家主が死ねば、家主の地位たる遺物は他の兄弟へ移る。延秀が受け取れば? まあ、わかりきったことだ。延秀もこうなる。

連曦 : 何?

惟碩が足で連曦の顔を蹴り上げた。口から血が飛び散った。遠のいてゆく意識を最後まで掴んだまま、連曦は最後まで惟碩を睨み据えていた。惟碩が周囲の人間を見回した。指を弾いて音を立てた惟碩が二人を呼び寄せた。惟碩の手振りに合わせて連曦の首を固く掴んだ一人。惟碩が身動きすら取れぬほどに壊された連曦へ歩み寄り、刃物を抜くと連曦の首へ当てがい始めた。鈍い音が続いた。惟碩の刃が連曦の首から逸れた。惟碩が怪訝な目で連曦を見たが、連曦は何もしておらず、悔しさの涙を滲ませたまま惟碩を睨み続けていた。惟碩の顎が大きく回った。連曦から一瞬で距離を引き剥がした気配を捉えようと、他の凶悪な人間たちが周囲を見回した。たった一人の気配が、彼らの只中に立っていた。動じなかった惟碩が連曦の刺すような視線にも構わず、身を起こして乱入した気配を注視した。

惟碩 : ようやく。

待ち望んでいた者に出会ったとでも言うような、短い所感を述べた惟碩が手を振り払い、黒砂(コムンモレ)を起こそうとした。だが砂が立ち上がりもしないうちに、玄絲(ヒョンサ)が一帯を薙ぎ払うように叩きつけ、惟碩の掌を貫いた。惟碩の貫かれた手を力任せに引き寄せると、均衡を失った惟碩がよろめきながら鉄線を握る者の方へ引きずられてきた。引きずり込まれた惟碩の顔面を足技で叩きのめすと、惟碩が床へ力なく転がった。遅れて我に返った周囲の人間たちが気配に向けて敵意を剥き出しにした。惟碩は止血する気もなく、自分の手をじっと見下ろした。自らの掌を貫いたまま、ぶら下がっている黒い鉄線を、信じられぬという表情で凝視していた。気配は帽子を深く被り、マスクで顔を覆ったまま、ほっそりとした身体で物騒な人間たちの間にぽつんと立っていた。連曦が自分を助けた者の正体を窺うよりも先に、激しい出血で意識を次第に失いつつあった。時間がなかった。身体にぴったりと沿う運動着を纏った気配が玄絲を四方へ散らし、人間たちの手と足の甲を残らず串刺しにした。惟碩が砂を起こし、辛うじて姿を消した後、自分を狙っていた玄絲の主へ音もなく飛びかかった。帽子を辛うじて掠めるように通過した惟碩の手打ちに、玄絲を振るっていた気配が足を退いて照明の中へ踏み入った。マスクの上に澄んだ目が据わっていた。床に帽子が落ちたが、拾う気などなかった。残された舞を踊るように翻る身体を止めずに、そのまま惟碩の片腕を巻き取り、廃工場の外へ丸ごと投げ飛ばした。急いで連曦の方へ駆け寄り、柱に縛られた連曦の両手首を解いた。連曦の胸に深く穿たれた傷の上に、懐から取り出した灰粉(ジェッカル)を振りかけた。焼け付く音と共に連曦の肉が瞬く間に塞がるのを確かめてからようやく、安堵の色を見せ、連曦を脇に抱えるように支えたまま工場を抜け出そうとした。気配の身体が大きく後方へ傾き、黒砂の茂みに引きずり込まれた。素早く地面に落ちた帽子を拾い被った気配が腕輪を再び思い切り解き放ち、四方へ散らした後、黒砂の茂みを打ち払った。

惟碩 : 引きずり出すのに随分と骨を折りました。誰なのか、明らかにしたかったものでね。おかげで、とばっちりを受けたのは連曦だけでしたが。

頭に血を付けた惟碩が、のっそりと歩いてきていた。遠くから惟碩の言葉を聞いていた気配は、一言も返さなかった。ほっそりとした身体を晒したまま、臆することのない佇まいで曲者たちを背にし、建物の中へ再び踏み入る惟碩と向き合いながら、二つの勢力のちょうど真ん中に立っていた。頭の中が入り組んでいた。このまま退くわけにはいかないことは明白だった。連曦をそっと降ろしてから、しばし小康状態に入った。惟碩が額から流れる血を拭いながら、意外だという表情で乱入した気配を注視した。気配は本腰を入れて相手をするとばかりに、前に被っていた帽子を後ろへ回し、首を解した。惟碩の黒砂が先に立ち上がった。瞬く間に気配の鼻先まで飛び込んだ惟碩だったが、気配が惟碩の黒砂の茂みを流すように躱そうと身を急いで翻し、惟碩と位置を入れ替えた。独楽のように掠め過ぎた二人の明暗が分かれた。惟碩が飛び込んだ身体を止めぬまま、黒砂で鋳た刃で気配の太腿を刺したまま離脱した。一瞬怯んだ気配が、間を置かず続く惟碩の次の攻撃をかわしきれぬ刹那だった。白砂(フィンモレ)が立ち上がり、飛びかかっていた惟碩を怯ませた。隙を逃さなかった気配がそのまま鉄線を力任せに振り上げ、惟碩の首を巻き取って、持ち上げた鉄線と共に惟碩を宙へ浮かせ、そのまま再び力任せに叩き落として惟碩を地面へ突き刺した。頭から落ちた惟碩がしばし意識を失った隙に、自分を辛くも助けてくれた連曦を見やった。ありもしない力まで振り絞った連曦だった。口元の血痕すら拭えぬままの連曦に向かって慌てて駆け寄った気配。辛うじて意識だけを繋ぎ止めていた連曦を再び抱え支え、急いで外へ抜け出た。外に出るや否や鉄線を振り回し、柱という柱に突き刺した上で力任せに引き、廃工場の全ての柱を根こそぎ引き抜いた。危うげに立っていた柱が砕け散っていった。揺らいでいた廃工場の建物が、少しずつ崩れ落ちようとするとき、連曦の支えきれぬ身体をほとんど抱え上げるようにして支え、急いでその場を離れた。


Scene 25.

血を吐く連曦の傷が怪しかった。血に混じった別の何かが気にかかった。残った灰粉(ジェッカル)を選り分けた後、連曦の口の中へ慎重に押し入れた。明るくないある路地に座り、小さな連曦を胸に受け止めるように抱いたまま、最後まで連曦を助けた。意識を最後まで手放さなかった連曦が、自分を助ける知暎(ジヨン)に辛い声を送った。

連曦 : ありがとうございます。助けていただいて。

しばし何かを考えた連曦が知暎に向けて疑念を抱いた。知暎が帽子もマスクも外さぬまま連曦の肩を叩いた。知暎の温かな手当てに、しばし疑念を預けておいた。礼を返したかったが、顔を見たことがなかった。顔を見ようとした。そうすれば後に感謝の機会でも巡ってくるだろうと考えた。しかし知暎は最後まで帽子もマスクも外さなかった。言葉もできる限り惜しんでいる様子だった。黒い衛生マスクの奥から、整えられた知暎の声が零れ出た。

知暎 : 私のせいで、すみません。

連曦の容態が持ち直したのを確かめた後、知暎が身を起こし、素早くその場を離れた。連曦が見逃すまいと素早く後を追った。連曦が辛い様子も厭わず、先に駆け出して知暎の前を素早く塞いだ。引かぬ痛みに胸の片側を手で掴みながらも、連曦はどうしても確かめようとした。連曦がゆっくりと膝を落とし、ようやく礼を整えてから、前に立つ知暎へ感謝の意をまず示した。だが、問わずにはいられなかった。

連曦 : ダンチョウのイブツをお持ちである以上、私はお尋ねせずにはおれません。

連曦がゆっくりと顔を上げた。

連曦 : あなたは、一体、どなたですか。なぜ、ダンチョウのイブツをお持ちなのですか。今、ダンチョウは、

知暎が自分の行く手を塞いで身を低くした連曦と同じ目の高さで向き合おうと、膝を折って身を低くした。血まみれになった連曦の顔を拭ってやろうと、知暎が懐にしまっていたハンカチを取り出し、そっと拭った。連曦が驚いた目を見開いた。見覚えのある、自分のハンカチだった。

知暎 : 私は、すでに連曦さんからいただいた助けに報いているだけです。

知暎が連曦の血を拭った後、ハンカチを再び自分の懐へ仕舞い入れた。渡すべき物がまだあったことに遅れて気づいた知暎が、短い嘆息を漏らしながら連曦の手へ卷子(トゥルマリ)まで手渡した。

知暎 : あ。これ。

連曦がまだ万全でない身体で、指先を震わせながら辛うじて教旨を受け取った。教旨を片手で胸に抱えたまま、残りの問いを続けた。

連曦 : 私は、あなたを助けた覚えがございません。なぜ私があなたを助けたとおっしゃるのですか。それに、私のハンカチ、私はあなたに差し上げた覚えがございません。どうして、

知暎 : 「お母さんがそう言ったの。無理やり殺しちゃいけないんだって。」

言葉を噛み締めた連曦が、呆けた表情を隠しきれなかった。失われていたパズルの一片が嵌まる心地だった。連曦が初めて鍵を守ったあの幼い日のことだった。知暎の顔をまともに見ることはできなかったが、初めて鍵を守った罪まで被らされかけたあの日が蘇ってきた。


Scene 26.
FLASHBACK

その母親は、冷たく冷たい土の上に倒れたまま、赤い血を四方に流していた。呆けた顔で、地面に死んでいる母親を見つめていた。幼い知暎の力ない眼差しは、今まさに起きた全てのことを受け止める余力すら残っていなかった。呆然と座り込んでいた幼い知暎を助けようと、見知らぬ手が手を固く握ったまま、へたり込んでいた知暎を力いっぱい抱えて走った。見知らぬ人の腕の中だったが、今は拒む正気さえ残っていなかった。泣かねばならなかったが、あまりにも見知らぬ光景に涙すら出てこなかった。古い佇まいを宿した韓屋の間を、幼い知暎を抱えたまま切迫して駆けていた。目を閉じても走れるほど馴染んだ道を探し回った。幼い知暎の身体が落ちぬよう最後まで胸に抱き続けていた。古い韓屋の建物の間で、辛うじて知暎を隠せる場所を見つけたが、すでに四方に満ちた敵意のために、馴染みだった全ての場所は見知らぬ脅威としてしか残っていなかった。小さな韓屋の部屋の前で足を止めた後、胸に抱いていた知暎をしばし下ろした。四方に満ちた敵意を退けなければならなかった。知暎の頭の中には、何一つ信じられぬ状況が居座っていた。見ても信じられず、信じてみようとする時間すら与えられなかった。幼い知暎の頭の中では、知暎を産んでくれた、最後まで自分を抱きしめてくれた母親の温かい手が、夏の草の香りのようにおぼろげに残っていた。目の前で意識を失ったまま遂に死んだ母親の姿は、死という言葉すら深い意味では知らなかった幼い知暎に、生々しく刻まれていた。呆けた姿で、四方から湧き立つ死を背にしていた。幼い知暎の世話をしながら相手をする余力もないほどに、大勢の人間の敵意が周囲に満ちていた。知暎を抱いてくれたもう一人の大人が、最後まで知暎を守ろうと立ち向かっていた。四方から湧き立つ黑水(コムンムル)の流れが、千切れる肉片と共に残酷な光の粒を撒き散らした。知暎の呆けた眼差しは、何も受け容れることのできない遥かな虚空を曝していた。知暎より小さな手が不意に近づき、知暎を掴んで無理やり引き寄せると、目の前にあった韓屋の部屋の中へ連れ込んだ。知暎と同い年ほどの連曦が、自分の暮らす部屋の中へ知暎を引き入れた後、古い窓戶紙(チャンホジ)の戸に閂をかけた。知暎を自分の寝床の傍に座らせた後、幼い連曦が自ら鍵をかけた戸を守ろうとした。幼い連曦の背が、知暎の呆けた視線に触れていた。幼い知暎の怯えた目の前で、小さな身体が知暎を背にしたまま、小さな命を守ると言わんばかりに、身体をまっすぐに立てて耐えていた。

連曦 : お母さんがそう言ったの。無理やり殺しちゃいけないんだって。


Scene 27.

連曦 : ならば、あの腕輪は。本当に。

知暎 : うちのお母さんを、よろしくお願いします。

短い知暎の頼みに、これまで連曦が抱え続けてきた全ての疑問が連曦の頭の中で一瞬のうちに整理され、数多の疑問と問いと疑いに対する多くの答えが代わりに収まった。呆けた表情で座り込んだ連曦を、そっと宥めた。

知暎 : ありがとうございます。私は、連曦さんの助けがなかったら、私もお母さんや所姬と一緒に暮らすこともできないまま死んでしまって、葬送谷(ジャンソンゴク)にいたでしょうから。