胡蝶別曲 (나비별곡) : 乱れ蝶の詩 (みだれちょうのうた)

Scene 04.

市場よりもひどい騒音が聞こえ始めた。薄暮の陽射しが、夕闇を作るほどの遅い午後。初夏の夕闇は、道沿いに並ぶ店々に、さほど早い時間ではないという事実を告げていた。一つ、二つ、灯り始める赤い電灯。そして扉の前に出てくる、夏よりも短い衣装の女たち。そんな女たちの手に引かれ、仕方なく歩を進める表情の人々が三々五々集まり始めた。市井の賑わいよりは清潔に見える様子だった。夕闇が濃くなり、通りを照らす光が街灯の光に変わるにつれ、そうした人々の数は次第に増えていく。派手な電灯が、赤色で統一されたその通りに入る。早い午後に始まった週末の営業だった。周囲にはいつもそうであった平凡なパトカーの派手な光が差していた。その光に関係なく彼らは気にも留めぬ様子で、自分たちの営業を続けていた。大通りに入った道の突き当たりの一軒の高級ホテルから、ひときわ騒々しい音が聞こえた。交差点の信号で停止したパトカー。騒々しかった音が一瞬静まった。悲鳴が束の間の静寂を打ち破った。静寂とともに砕けるガラス窓が破片を撒き散らした。ガラスの破片が弾けるように四方に飛び散りながら、一人の女が外に弾き出された。肩と腹部に突き刺さった二振りの刃物。地面に転がり落ちながら背中の下に突き刺さった鋭いガラスの残骸が、胸の片方を貫いてせり上がっていた。割れたガラス窓の破片が降り注ぎ、全身のあちこちに突き刺さっていった。血まみれ。身体の、どこにも、血の流れていない場所はなかった。交差点の向こうから入った青信号。警光灯を灯していたパトカーはそのまま信号に合わせて車輪を転がす。そもそも、降りるつもりなど最初からなかったかのように。通りすがりの人々もまた何事もないかのように、歩いていた足を止めなかった。ちらりと目をやる程度に過ぎず、何が起きたのか、どんな事情でこうなったのか関心すら向けないまま、笑顔のまま。荒い息。口から溢れ出す、どうにもならず溢れ出す血をなすすべもなく、地面に力なく流す女の視線に、別の女の高い雲鞋(ウンヘ)が入った。何も言わず、傍らに置かれた雲鞋を見つめた。荒い息のほかには何もできなかった。ゆっくりと目が閉じていく心地だった。言葉を発することができなかった。喉の奥から酸っぱい感覚とともに、血の水が滲み出た。そんな彼女の意を汲むように、雲鞋を履いた気配は彼女に返答を強いることなく、自分が言いたいことだけを告げていく。落ちていく視線。洗練された雲鞋のつま先に留まっていた女の視線がゆっくりと閉じた。

粹廷(スジョン) : 悔しいだろうね。


Scene 05.
FLASHBACK

乱雑な酒場だった。友人たちの手に引かれて来たものの、表には出せなかった。深夜、互いに絡み合い杯を交わす人々の姿を眺めていた。所姬もその場に馴染まないほどではなかった。初めて来た様子ではなかった。今日でなければ、楽しく遊んでいたかもしれないことだった。場に馴染まない人間には見えなかったが、所姬の隣にはまだ相手がいなかった。所姬が窮屈な身体を整え、短いスカートを直した。腕を組んだまま、友人たちの様子を観察していた。
友人 01 : みんな追い払っといて一人で何してんの!?
大きな音楽に埋もれて意味が伝わらないかもしれなかったから、所姬の友人は声を目一杯張り上げて言った。濃いアイメイクを施した所姬がそっと目を閉じた。全部聞こえているとでも言うように、面倒くさそうな表情を浮かべた。言い返すつもりは特になかったが、うるさくせがむ友人たちを無視するわけにもいかなかった。せっかく作った席だった。間もなく卒業を控えた大学生のありふれた逸脱だった。しかし所姬は満足もせず、馴染む理由も特にないと思っていた。刻一刻と迫る予定表に、不安と居心地の悪さだけがいっぱいに居座っていた。所姬は腕を解かなかった。所姬を置いて席を立つ友人たちについていかなかった。どれほど経ったかわからない瞬間、所姬が閉じていた目を開け、遅れて腕を解いた。何か妙な気配だった。いつか見た光景と似た雰囲気だった。席を離れようとした所姬の横に見知らぬ誰かが座ったが、所姬の関心を引くこともできないほど取るに足らない気配だった。所姬が高いヒールの足を運び、友人たちが外に出た痕跡を追って出て行った。酒場の外に出るほどに、怒りをいっぱいに含んだように感じられる騒々しい怒声が次第に近く聞こえてきた。所姬の友人の一人が地面に倒れたまま、血を流していた。もう一人の友人が抵抗し、さらに激しく騒ぎ立てようとしていた。通りがかりの人がいれば注目を集めようとする行為だったが、繁華な通りの汚い裏側には通行人などいるはずもなかった。所姬が急いで駆け寄り、抵抗する友人を助けた。

所姬 : 離してください!

体格の大きな男の手の力は、今の所姬にはどうにもできるものではなかった。所姬の髪を掴んで地面に叩きつけた後、抵抗していた友人の身体までそのまま地面に転がした。

闇金 01 : おとなしくしてろ!!

所姬と所姬の友人に向けた恫喝を発した一人。険悪な人間のうちの一人が重い足取りを運び、血を地面に流しながら力なく倒れていた所姬の友人に近づいた。

闇金 02 : お前の母親と父親が金持って逃げたなら、お前が返すしかねえだろ。どこほっつき歩いてやがる。

所姬がふたたび立ち上がって友人を助けようとしたとき、別の険悪な人間が、出ようとした所姬の前を塞ぎ、所姬を睨みつけた。

闇金 03 : おとなしくしてろっつっただろ。

人気のない道の真ん中を、見知らぬ誰かが横切って歩いていった。所姬がいきなりその人の手首を掴み、友人と自分を助けてほしいと頼んだ。

所姬 : 助けてください! あの人が! 私の!!

所姬が女の手首を掴んだ途端、ぎょっとした様子を見せたまま、助けてほしいという言葉を最後まで伝えられなかった。コートの襟を合わせながら所姬をちらりと睨んだ始緣が溜息をついた。夜更けにも顔を隠そうと濃いサングラスをかけていた始緣。マスクまで被った始緣が、所姬の頼みに足を止め、じっと立って状況を見回した。背の高い始緣が、気だるい足取りで体格のいい二人のそばに近づき、小さな顔を半分ほど隠していたサングラスをそっと下げ、二人を上から下まで値踏みするように見た。

始緣 : オッパたち、どこの子?

闇金 02 : は?

始緣 : うちのオッパたちじゃなさそうだけど。踏み倒された金の回収にこの界隈で粋がったらどうなるか知らないの? この界隈、面倒ごとになるの超嫌がるんだけど。

始緣は怯むことなくかなり大胆に立ち向かっていた。マスクまで下ろした始緣が、しらけた表情を男たちに突きつけた。肝心の、助けを求めた所姬は、始緣の姿を見てそのまま凍りついたまま何も言えずにいた。

闇金 03 : お前、この界隈で働いてんのか?

始緣 : 私?

始緣が余裕のある手つきで合わせていたコートをわずかに開き、たじろぐ二人に向かってゆっくりと歩を進めた。始緣が自分の細い指先で男の上着をかすめるように触れ、明るい笑みの中に見下す気持ちを含ませた。

始緣 : 気になる? でも私、けっこう高いよ。この世界でめちゃくちゃ売れてる女だから。ここのオッパたち、ひと月の取り立て分、全部使わなきゃだよ。じゃなきゃ、今のこと、うちのオッパたちには言わないであげるから、おとなしく帰る? そしたら目つぶってサービス一回してあげる。ただし、夜ね。昼は倍だから。

闇金 01 : 黙って行くとこ行け。このアマ売り飛ばしに行くからよ。そん時に精算しろ。

始緣 : あら、この界隈、人身売買みたいなのやらないよ。そんなの手出したら面倒になってここだけ損するから。まったくシバル(씨발)、金に狂った野郎どもは夢だけはでかいのよね。

始緣の嘲りが届いた時、ポケットの携帯電話が鳴った。手を振り上げて激しく言い返そうとした業者を、面倒だとばかりに適当に払った手つきで退けた始緣が、しらけた手つきと声で電話に出た。

始緣 : うん。室長。今出勤中だったんだけど、ちょっと遅れそう。変なやつらがちょっかい出してきて。じゃなきゃ、みんな連れて出てきて私迎えに来てくれない。ここ変なやつらが私殴ろうとしてて行けないんだけど。ここ? あの、飲み屋の裏路地。あの、ほら。室長たちと朝酒飲んだとこ。そう。あそこの裏路地。

始緣の公然たる脅しに、所姬一行を追い詰めていた業者たちが自分たちの勢いを空気を読みながらゆっくりと抑え始めた。互いに顔色をうかがっては、所姬の友人を地面に投げ捨てた。互いに無言で見つめ合っては、その場を去った。残ったのは始緣と所姬。そして血を流して気絶した友人と、恐怖に震える友人だけだった。所姬が急いで近寄り、倒れた友人を支えながら震えている友人の世話もした。始緣がサングラスを掛け直し、ちらりと振り返った。遠くの路地の入口近くまで出ていた闇金業者たちの泣き声が、もっと険悪な人間たちの手で静かに処理されていく様まで横目で見届けた。始緣が大したことではないとばかりに、高いヒールの足を運んでその場を去ろうとした。

所姬 : あの。ありがとうございます。

所姬が急いで始緣を呼んだが、始緣は所姬の言葉に返事もしなかった。そのまま高い踵を動かしてその場を去った。始緣の背を見る所姬の視線が、なかなか複雑な心情を下ろすことができずに揺れていた。自分と繋がっていた。長い道のりを見ることはできなかったが、確かだった。声までもが過去二十余年間聞いてきた優しい声とあまりにも同じだった。始緣の歩む道の先が届く場所さえも、見知らぬものではなかった。だからこそ、なおさら引き留めることができなかった。いずれ、自分の選択が向き合う人だった。所姬が呆然とした表情で、女の後ろ姿が見えなくなるまでじっと座って見守った。


Scene 06.

나비별곡 [胡蝶別曲 Verse of the Butterflies]
Season 1 - CONFLICT
Sub Title – 定義(MEANING)


Scene 07.
FLASHBACK

知暎がまだ帰っていない家だった。洗い物を終えた知暎の母、以心(イシム)。動きやすいゆったりとしたジャージの袖をまくりながら、居間の食卓に座ってお茶菓子の支度をしていた。まだ戻らない知暎の空席と、じき戻るという所姬の席に置く果物だった。そして所姬は自分の言った時間をたがえることなく守り、玄関の扉を開けて中に入ってきた。力のない所姬の声にも、所姬と知暎を胸で育てた母、以心は暗くない声で所姬を迎えた。

所姬 : ただいま戻りました。

以心 : 遅かったね~。

所姬 : こんな遅くに来てくださったんですね。ジヨンオンニは?

以心 : また残業だって。会社で寝るみたい。早くこっち来て座りな。果物でも食べなさい。

所姬が以心の勧めに黙って従い、食卓に身を落ち着けた。濃い化粧は言うに及ばず、薄汚く崩れた化粧と汗の匂いを纏った所姬の姿を見ても、以心は何も言わないまま、所姬をじっと見つめていた。時が来れば、機が熟せばすべて打ち明けてくれた、優しく大切な子供だった。以心が小さなフォークを一本取ってリンゴを刺した後、手まで薄汚れた所姬に差し出した。所姬がフォークを両手で丁寧に受け取った。

以心 : ソヒ、お酒たくさん飲んだのね。お酒の匂いがすごいよ。

以心の言葉を最後まで聞かなかった。ぶつぶつ言うまいとしたが、複雑な胸の内を隠すことのできない所姬は、思わず以心の言葉を遮って自分の思いを吐き出した。所姬のやるせない第一声の後、どの言葉を使えばいいのかわからない様子だった。

所姬 : あの、今日。

楽になりたくて口にした言葉だったが、所姬は楽にはならなかった。長いこと迷い、長いこと悩んだ。

所姬 : 私が見た道の通りに、ジヨンオンニの鏡。会いました。

所姬のやるせない声が以心の穏やかな声をしばし止めた。しばらく何も言わなかった以心は、慈しむ微笑みと手つきで所姬の薄汚れた頬をそっと撫でた。所姬がリンゴを、すっかり失せた食欲でもそもそと黙って噛んでいた。目は今にも涙が溢れそうなほど赤く染まっていた。何を言っても、何を思っても、これから押し寄せるすべての道をまともに説明することなどできなかった。途方に暮れ、やるせなく、不快で、幸せだった。そのすべての出来事と時間が始まったことを感じていた。以心は淡々と所姬をあやした。所姬の縮こまった肩を抱いてやった。黙って以心の胸に飛び込み、所姬が堪えていた涙を溢れさせた。

所姬 : もう、始まるみたいです。私、準備なんか何一つできてないのに。誰も送り出す覚悟なんかできてないのに。何もできないのに。

以心 : 行くも来るも、私たちの思い通りにはならないものよ。ソヒ。あなたは私にとってジヨンと同じくらい大切な、もう一人の子供だよ。あなたが何でもしたいこと、なりたいものを選べるのよ。ジヨンも、ソヒも。あなたたちがやりたいことをやりなさい。そのために今まで一緒にやってきたんだから。応援するし、助けてあげる。いつだってそうだったように。

所姬 : 私、無理です。どうしてそんな道を行けますか。私が。

以心 : 辛くて難しかったら、別の道を行ってもいいの。私たちは案内を受けるだけだから。あらまあ、どれだけ辛かったの。うちのソヒ。だからお酒しこたま飲んだのね。

所姬 : いっそ、知らなければ。何も知らずにあの時死んでればよかったです。

以心 : そんなこと言っちゃだめでしょ。そうでしょう? オンニや私が、うちのソヒをどれだけ大事に思ってるか。

所姬 : 道のせいで大事にしてるんじゃないのかってジヨンオンニを傷つけたのも申し訳なくて。こうなるってわかってたら黙ってればよかった。

以心 : 大丈夫。ジヨンもソヒの本心をわかってるから。私もそう。深く考えないで、あなたたちの選んだ道を黙々と歩いていきな。急かしたりも、追い立てたりもしないから。だから。泣かない。

以心が所姬を離すと、以心の肩から所姬の鼻水が糸を引くように流れ出していた。所姬が慌てて食卓にあったティッシュで以心の肩を拭った。以心はそんな所姬の手を押し留め、薄汚れた所姬の手を温かい自分の手で包んでやったまま、ぱんぱんに腫れた所姬の小さな顔を慈しんだ。

以心 : ほら見て、あなたがいてほしいって言ったから、明け方にも飛んできたじゃない。だから、何も心配しないで。怖がらないで。これからも。私はいつだって、最後まで。あなたたちの味方だから。

以心が所姬のしゃくり上げをそっと宥めた。

以心 : 酔い覚ましに果物でももう少し食べなさい。明日頭痛くなるよ。私の鞄に医院でもらった二日酔いの薬残ってたかしら。