Scene 22.
FLASHBACK
自擊漏(チャギョンヌ)の庭の傍に置かれた亭で、연희(連曦:ヨンヒ)がおとなしく座り、何かを思案していた。早い夏の日差しが降り注ぐように入り込んでいた。小さな亭の大きな日陰にも暑さが感じられるほどだった。人気のない小さな亭に座った連曦が、淡い青の雲鞋(ウンヘ)をぼんやりと見下ろしながら思案を続けていた。なぜあのような白砂(フィンモレ)が必要なのか問う暇もなかったため、腑に落ちない気分がずっと続いていた。思い悩むときにはいつも訪れる場所だった。水車と自擊漏が黑水に揺られて動いていた。静かに満ちてくる黑水が一定の音を立て、複雑な心境を鎮めてくれた。ぼんやりとした視線でしばし佇んでいるうちに、気配が感じられた。聞き覚えのある二つの声が近くから流れてきた。連曦は席を外すには遅いと思った。自分が向かおうとしていた道から入ってくる二つの気配に、急いで白砂を纏い、自擊漏の方へ歩を移して身を隠した。
희진(熙珍:ヒジン) : いかなるご用向きにてお呼び立てなさいましたか。
유석(惟碩:ユイセキ) : まだ、なぜあの賤しい女でなければならないのか、お話を伺っておりません。
上品に整えた改良韓服の襟元を撫でた熙珍が、惟碩の落ち着いた問いにしばし周囲を窺った。熙珍が語れる話は思いのほか多くないとでもいうように、惟碩の問いに答えを返さないまま、遠回しに言葉を巡らせた。
熙珍 : 思いのほか、夏の訪れが早いようにございます。この冬至と次の冬至を最後に、その後の世が続くかどうかは疑わしゅうございますね。
熙珍の婉曲な言葉の真意を惟碩が汲み取ったか、急かさぬ声で薄い周衣(トゥルマギ)のポケットに手を入れ、腰をまっすぐに正しては、溜息混じりの言葉を零した。
惟碩 : 皆、泰平なことでございます。いまだ見つけてもおらぬ鍵、門が開けば生ける者と死せる者がすべて入り交じりましょうに。
熙珍 : 十分なお答えとお受け取りになられたようですね。
惟碩 : いささかなりとも解が得られました。
熙珍 : 事務長。
惟碩 : おっしゃってください。
熙珍 : 事務長は何を望んでおいでですか。何を成さんとして、屍を引きずり出し連曦を苛まれたのですか。遺物(イブツ)ですか。
惟碩 : 私は実のところ。遺物など何でもよいのです。
熙珍 : ええ。かねがね伺ってはおりました。
惟碩 : そう誤解させておく方が、隠すにも都合がよいものですから。
熙珍が口元にかすかな笑みを湛えた。
熙珍 : 他の御心をまだ伺えておりませんでしたので、お尋ね申し上げた次第です。
惟碩 : 門は開かれてはならぬという確信でございます。我々の存在の意義を徒にするつもりはございません。まして、妹を助ける者が最も有力な存在であるなら、なおのこと厳しく当たるつもりです。
熙珍 : それはそうですね。
惟碩 : ですから。選択の理由が無関係ではないだろうと考えました。その答えを、間接的にではありますが伺うことができました。
熙珍が胸をそっと開くように、吐息を漏らすように嘆く声を継いだ。
熙珍 : 私は紡ぐ者となりましょう。追う者ではなく。
惟碩 : ふむ。
熙珍 : ひたすら追うばかりで何も収拾できぬまま壊れゆく道を、もう歩まぬと決めました。
惟碩 : では、どこまで紡がれたのですか。
熙珍 : いずれ、事務長にも選択の岐路が訪れましょう。
熙珍が惟碩に向けていた視線をふと逸らし、自擊漏の方をちらりと見やった。だが取るに足らぬこととした熙珍が、軽い溜息とともに袖口を撫で、長い髪を掻き上げた。
熙珍 : 長き時の中、我が團の皆は、越えてこようとする死を阻んで参りました。この度とて、どれほど異なり、どれほど特別でございましょう。されど、私は團長を信じております。異なるであろうと信じられた、團長に従うと決めました。それだけのことでございます。迷い子となる覚悟を定めたまでのこと。
惟碩 : 集賢館長におかれては、なぜ密かに動かれたのですか。今のお動きは、團長のお考えとは—
熙珍 : 異なります。はい。異なるからといって、向かう先が異なるわけではございませんから。手立てが違うだけで、團長のお力になりたいと存じます。團長がご安心くだされば幸いです。私はあの遠い昔から今日まで、いつまでも團長にお借りのある身でございます。私の命は團長が慈しんでくださり、そのために、あのおぞましい辱めまでお受けになられました。私は、最後まで團長を裏切ることはございません。事務長も実のところ、團長のすべてを敬っておられることは存じ上げております。ですから。私が歩むと定めた道を、同じ方角から静かに動き始めた道を、もう少しだけ、お力添えくださいませ。
惟碩が熙珍の柔らかな勧めに、しばし深い思案を湛えた。熙珍が再び自擊漏の方をちらりと見やり、ゆっくりと歩を進めた。
熙珍 : 十分なお答えとなっておりましたら幸いです。
惟碩 : 答えは十分でございました。私の選択が残っているだけのこと。
熙珍 : その選択も、どうか私が紡ぐものと大きくは異なりませんように。私、書庫の整理がまだだいぶ残っておりまして。先にお暇してもよろしゅうございますか。
熙珍の恭しい問いに、惟碩がポケットに入れていた手を抜き、静かに重ねて軽く腰を折った。
惟碩 : お忙しいところ、失礼いたしました。
惟碩の挨拶に、熙珍も手を重ねて軽く腰を折った。
熙珍 : いいえ。そのような。それでは。
静かに歩を運んでその場を離れた熙珍。口に煙草を取り出して咥えた惟碩が、熙珍の視線が留まっていた場所を怪訝そうに見やった。歩を運んで自擊漏の近くに辿り着いた惟碩が、膝を落とし、床に落ちた白砂を指先でなぞり検めた。
Scene 23_01.
連曦(ヨンヒ)が居間に座り、過ぎた日のことを考えていた。熙珍(ヒジン)と惟碩(ユイセキ)の会話を反芻しながら、真意を突き止めようと足掻いていた。だが、解けぬ糸の端がどこにあるのか、到底見当もつかなかった。複雑な心境をめいっぱい湛えた連曦が、足をソファに上げ、体を慎重に丸めた。傷はだいぶ治まっていた。連曦が目をそっと閉じ、腑に落ちぬ二人の会話を再びなぞろうとしたとき、電話のベルが鳴った。
Scene 23_02.
知暎(ジヨン)の体を洗う音が、鼻歌とともに外へ漏れていた。居間で電話機を取った以心(イシム)が、知暎の呟くような歌に顔をしかめながら部屋へ入ってきた。
Scene 23_03.
團長 : ヨンヒや。体は少しは良くなったかい。
端正な團長の声が流れてきた。連曦が声を整え、團長の気遣いの問いに答えた。
連曦 : 大丈夫でございます。お電話くださりありがとうございます。團長。
團長 : 悩みが多いようだね。
連曦 : 集賢館長がお話しになりましたか。
團長 : ヒジンは私に隠し事なく全部話してくれるからね。心配もあったし、あなたたち同士で誤解し合ってほしくなくて電話したのよ。
連曦 : ありがとうございます。
團長 : 今は話しにくいけれど、近いうちに、ヨンヒ、あなたにも分かるようになるわ。もう少しだけ辛抱してくれたら嬉しいのだけれど。
連曦が團長の声を聞いてようやく、複雑だった感情を退かせ始めた。
連曦 : はい。かしこまりました。
團長 : 夕飯は、食べた?
連曦 : はい。妹と簡単に。團長は……。
團長 : 私はご飯なしでは生きていけないのよ。知っているでしょう。一食抜いただけで私がどんな暴れっぷりを見せるか、全部見てきたでしょうに。
連曦が團長のとりとめのない冗談に、心からの笑みが口元からこぼれ出た。声にできなかった笑みをしばし堪えた後、連曦が不安げに、目一杯丸めていた体を立て直した。
團長 : 心配しないでいいのよ。あなたと、あなたたちのこと。私が最後までちゃんと守ってあげるから。
連曦 : いいえ。もう私たちが。
團長 : それが、私の役目であり、私の道だから。私の意志でもあるし。だからね、ヨンヒや。
連曦 : はい。團長。
團長 : もう少しだけ頑張ってちょうだい。もう少しだけ待っていてちょうだい。もうすぐ、分かるようになるから。
FLASHBACK
自擊漏(チャギョンヌ)の庭の傍に置かれた亭で、연희(連曦:ヨンヒ)がおとなしく座り、何かを思案していた。早い夏の日差しが降り注ぐように入り込んでいた。小さな亭の大きな日陰にも暑さが感じられるほどだった。人気のない小さな亭に座った連曦が、淡い青の雲鞋(ウンヘ)をぼんやりと見下ろしながら思案を続けていた。なぜあのような白砂(フィンモレ)が必要なのか問う暇もなかったため、腑に落ちない気分がずっと続いていた。思い悩むときにはいつも訪れる場所だった。水車と自擊漏が黑水に揺られて動いていた。静かに満ちてくる黑水が一定の音を立て、複雑な心境を鎮めてくれた。ぼんやりとした視線でしばし佇んでいるうちに、気配が感じられた。聞き覚えのある二つの声が近くから流れてきた。連曦は席を外すには遅いと思った。自分が向かおうとしていた道から入ってくる二つの気配に、急いで白砂を纏い、自擊漏の方へ歩を移して身を隠した。
희진(熙珍:ヒジン) : いかなるご用向きにてお呼び立てなさいましたか。
유석(惟碩:ユイセキ) : まだ、なぜあの賤しい女でなければならないのか、お話を伺っておりません。
上品に整えた改良韓服の襟元を撫でた熙珍が、惟碩の落ち着いた問いにしばし周囲を窺った。熙珍が語れる話は思いのほか多くないとでもいうように、惟碩の問いに答えを返さないまま、遠回しに言葉を巡らせた。
熙珍 : 思いのほか、夏の訪れが早いようにございます。この冬至と次の冬至を最後に、その後の世が続くかどうかは疑わしゅうございますね。
熙珍の婉曲な言葉の真意を惟碩が汲み取ったか、急かさぬ声で薄い周衣(トゥルマギ)のポケットに手を入れ、腰をまっすぐに正しては、溜息混じりの言葉を零した。
惟碩 : 皆、泰平なことでございます。いまだ見つけてもおらぬ鍵、門が開けば生ける者と死せる者がすべて入り交じりましょうに。
熙珍 : 十分なお答えとお受け取りになられたようですね。
惟碩 : いささかなりとも解が得られました。
熙珍 : 事務長。
惟碩 : おっしゃってください。
熙珍 : 事務長は何を望んでおいでですか。何を成さんとして、屍を引きずり出し連曦を苛まれたのですか。遺物(イブツ)ですか。
惟碩 : 私は実のところ。遺物など何でもよいのです。
熙珍 : ええ。かねがね伺ってはおりました。
惟碩 : そう誤解させておく方が、隠すにも都合がよいものですから。
熙珍が口元にかすかな笑みを湛えた。
熙珍 : 他の御心をまだ伺えておりませんでしたので、お尋ね申し上げた次第です。
惟碩 : 門は開かれてはならぬという確信でございます。我々の存在の意義を徒にするつもりはございません。まして、妹を助ける者が最も有力な存在であるなら、なおのこと厳しく当たるつもりです。
熙珍 : それはそうですね。
惟碩 : ですから。選択の理由が無関係ではないだろうと考えました。その答えを、間接的にではありますが伺うことができました。
熙珍が胸をそっと開くように、吐息を漏らすように嘆く声を継いだ。
熙珍 : 私は紡ぐ者となりましょう。追う者ではなく。
惟碩 : ふむ。
熙珍 : ひたすら追うばかりで何も収拾できぬまま壊れゆく道を、もう歩まぬと決めました。
惟碩 : では、どこまで紡がれたのですか。
熙珍 : いずれ、事務長にも選択の岐路が訪れましょう。
熙珍が惟碩に向けていた視線をふと逸らし、自擊漏の方をちらりと見やった。だが取るに足らぬこととした熙珍が、軽い溜息とともに袖口を撫で、長い髪を掻き上げた。
熙珍 : 長き時の中、我が團の皆は、越えてこようとする死を阻んで参りました。この度とて、どれほど異なり、どれほど特別でございましょう。されど、私は團長を信じております。異なるであろうと信じられた、團長に従うと決めました。それだけのことでございます。迷い子となる覚悟を定めたまでのこと。
惟碩 : 集賢館長におかれては、なぜ密かに動かれたのですか。今のお動きは、團長のお考えとは—
熙珍 : 異なります。はい。異なるからといって、向かう先が異なるわけではございませんから。手立てが違うだけで、團長のお力になりたいと存じます。團長がご安心くだされば幸いです。私はあの遠い昔から今日まで、いつまでも團長にお借りのある身でございます。私の命は團長が慈しんでくださり、そのために、あのおぞましい辱めまでお受けになられました。私は、最後まで團長を裏切ることはございません。事務長も実のところ、團長のすべてを敬っておられることは存じ上げております。ですから。私が歩むと定めた道を、同じ方角から静かに動き始めた道を、もう少しだけ、お力添えくださいませ。
惟碩が熙珍の柔らかな勧めに、しばし深い思案を湛えた。熙珍が再び自擊漏の方をちらりと見やり、ゆっくりと歩を進めた。
熙珍 : 十分なお答えとなっておりましたら幸いです。
惟碩 : 答えは十分でございました。私の選択が残っているだけのこと。
熙珍 : その選択も、どうか私が紡ぐものと大きくは異なりませんように。私、書庫の整理がまだだいぶ残っておりまして。先にお暇してもよろしゅうございますか。
熙珍の恭しい問いに、惟碩がポケットに入れていた手を抜き、静かに重ねて軽く腰を折った。
惟碩 : お忙しいところ、失礼いたしました。
惟碩の挨拶に、熙珍も手を重ねて軽く腰を折った。
熙珍 : いいえ。そのような。それでは。
静かに歩を運んでその場を離れた熙珍。口に煙草を取り出して咥えた惟碩が、熙珍の視線が留まっていた場所を怪訝そうに見やった。歩を運んで自擊漏の近くに辿り着いた惟碩が、膝を落とし、床に落ちた白砂を指先でなぞり検めた。
Scene 23_01.
連曦(ヨンヒ)が居間に座り、過ぎた日のことを考えていた。熙珍(ヒジン)と惟碩(ユイセキ)の会話を反芻しながら、真意を突き止めようと足掻いていた。だが、解けぬ糸の端がどこにあるのか、到底見当もつかなかった。複雑な心境をめいっぱい湛えた連曦が、足をソファに上げ、体を慎重に丸めた。傷はだいぶ治まっていた。連曦が目をそっと閉じ、腑に落ちぬ二人の会話を再びなぞろうとしたとき、電話のベルが鳴った。
Scene 23_02.
知暎(ジヨン)の体を洗う音が、鼻歌とともに外へ漏れていた。居間で電話機を取った以心(イシム)が、知暎の呟くような歌に顔をしかめながら部屋へ入ってきた。
Scene 23_03.
團長 : ヨンヒや。体は少しは良くなったかい。
端正な團長の声が流れてきた。連曦が声を整え、團長の気遣いの問いに答えた。
連曦 : 大丈夫でございます。お電話くださりありがとうございます。團長。
團長 : 悩みが多いようだね。
連曦 : 集賢館長がお話しになりましたか。
團長 : ヒジンは私に隠し事なく全部話してくれるからね。心配もあったし、あなたたち同士で誤解し合ってほしくなくて電話したのよ。
連曦 : ありがとうございます。
團長 : 今は話しにくいけれど、近いうちに、ヨンヒ、あなたにも分かるようになるわ。もう少しだけ辛抱してくれたら嬉しいのだけれど。
連曦が團長の声を聞いてようやく、複雑だった感情を退かせ始めた。
連曦 : はい。かしこまりました。
團長 : 夕飯は、食べた?
連曦 : はい。妹と簡単に。團長は……。
團長 : 私はご飯なしでは生きていけないのよ。知っているでしょう。一食抜いただけで私がどんな暴れっぷりを見せるか、全部見てきたでしょうに。
連曦が團長のとりとめのない冗談に、心からの笑みが口元からこぼれ出た。声にできなかった笑みをしばし堪えた後、連曦が不安げに、目一杯丸めていた体を立て直した。
團長 : 心配しないでいいのよ。あなたと、あなたたちのこと。私が最後までちゃんと守ってあげるから。
連曦 : いいえ。もう私たちが。
團長 : それが、私の役目であり、私の道だから。私の意志でもあるし。だからね、ヨンヒや。
連曦 : はい。團長。
團長 : もう少しだけ頑張ってちょうだい。もう少しだけ待っていてちょうだい。もうすぐ、分かるようになるから。
