Scene 18.
유석(惟碩:ユイセキ)が電話を取った。本廳(ホンチョウ)から車で三十分ほどの本家に立ち寄った惟碩が、古い佇まいをそのまま残すある奥座敷で書を開き、その中身を検めていた。かかってきた電話を素っ気なく取った惟碩の耳元に、粹廷(スジョン)の声が流れ込んだ。
惟碩 : 何だ。
粹廷 : 今日、あの雑輩どもが襲撃したの、間違いない?
惟碩 : 端金に目がくらんだ連中だ、押しかけたろうよ。なぜ。
粹廷 : 何の痕跡もなかったんだけど。血も、死体も。
惟碩がしばし言葉を止めた。
惟碩 : 近辺にも?
粹廷 : どこにも。まるで。最初から来なかったみたいに。
惟碩 : トッケビか。
粹廷 : ここまで綺麗に片付ける方法はそれしかないけど、もしかして本当に来たのか怪しくて訊いたんだよ。
惟碩が開いていた書をしばし閉じた。机に座っていた体を、ふんぞり返るようにゆったりと起こした。
惟碩 : 面白いな。
粹廷 : あたしは面白くないよ。バレたら案内された道より先にヤバくなるのはあたしだから。それもあたしだけ。あたしだけ手ぶらで逝くことになるじゃない。ありがたくないよ。それは。
惟碩 : 遠くない場所にいるだろうな。少なくとも西北の辺りのどこかに。
粹廷 : 探してみようか。
惟碩が窓を開けた。窓戶紙(チャンホジ)の向こうに月が高く昇った姿を眺めながら、ポケットから煙草を取り出して咥え、背を窓辺に向けてもたれた。
惟碩 : とりあえず、今日やるべきことだけやって様子を見ていろ。ここでもう少し調べてから動いた方がよさそうだ。
粹廷 : 分かった。あんまり遅くならないでよ。
粹廷の皮肉めいた返事を最後に、惟碩が電話を切った。しばらくじっと立っていた惟碩が、指を後ろに弾き、長く燃え進んだ煙草を庭に置かれた灰皿へ、器用に寸分違わず放り込んだ。
Scene 19.
ぼろぼろに崩れていなければならない始緣(シヨン)の肉は、無傷のまま、白い肌のままだった。外に飛び散った黑水の跡が服にこびりついていたが、疲れ果てた体は、そんなものなど眼中にないほど消耗していた。捨てられた気分だった。垢じみた路地のゴミ箱の上に、死んだまま張り付いた虫の屍になった気分だった。そんな自分がふと可笑しかった。どうしてこのざまになったのか、知る術はなかった。ただそれが可笑しかった。痕跡を追って怒りでもぶつけるべきだったが、たった一日で死んでしまった自分は、どこにも訴えることすらできなかった。ふと浮かんだ場所があったが、今はなかった。ないものに怒ることもできなかった。理解していた。だからこそ一層、自分が情けなかった。唐突に笑い始めた始緣。智胤(ジユン)は意に介さなかった。始緣の状態をあまりにもよく理解していた。だから始緣は智胤の意に従うまいとした。拒もうとする始緣の意志もまた、智胤が認知している範疇の中のことだった。智胤が始緣に見せつけるように、手にしていた銃を居間の床に降ろした。始緣の荒い息と、自分が上げた悲鳴に疲れた気配を、力のない憎悪に託してかろうじて智胤に向けていたとき、智胤がゆっくりと歩を運んできた。憎悪をたっぷり湛えた始緣の目だったが、智胤の高圧的な嘲りには耐えたくなかった。体を後ろへ引こうとした。智胤が始緣の髪を掴み上げた。
智胤 : 頭に浮かんだのが、これで全部? 意外だね。
智胤の頬に赤い血が滲んでいた。始緣の足掻きが智胤に負わせた傷だったが、智胤の頬に残った傷より始緣にまとわりついた黑水の方がずっと多かった。裂けた傷は黑水で痕だけが残っていた。切れた唇も、青く染まっていたはずの痣も、始緣には残らなかった。だからといって、始緣が負った傷がなかったことになったわけではなかった。痛みはそのまま始緣の中に居座っていた。
Scene 20.
何もないがらんどうの家だった。家具も衣類を置く場所もない空き家で、소희(所姬:ソヒ)が黙々と電話を受けていた。
所姬 : ううん、あたしは大丈夫。もともと灯台下暗しだし。見分けもつきにくいし。住人のふりもしやすいし。ちょっと物騒ではあるけど。オンニは?
지영(知暎:ジヨン) : あたしはまあ、毎日部長の野郎がジラルしてくるし隣のチームはしつこいし。変わんないよ。妹の顔見たの久しぶりすぎて忘れそう。毎日母さんにだけ顔出して帰るし。
所姬 : 知ってるくせに。
知暎 : 何かあったらすぐ電話して。分かった?
所姬 : あの方のことちゃんと見ててよ。あたしのことは心配しないで。オンニほどじゃなくても、自分一人くらいは守れるから。
街灯の光が下から昇ってきていた。所姬は始緣と話をしたあの薄汚れたアパートの、少し高い階に身を置いていた。最も見つかりにくい場所だった。遠くから聞こえる幾つもの悲鳴と銃声に堪えるのは辛かった。だが、だからといって顔には出せなかった。最も辛いのは、最も辛い人間は、自分ではなく始緣だという事実を、所姬は誰よりもよく知っていた。淡々と知暎を気遣いながらも、耳では遠くから届いていた始緣の悲鳴を受け止めていた。知暎が何と言ったか、深くは留めておけなかった。しばし交わし合った互いの励ましを締めくくろうと、所姬が短い言葉を送った。
所姬 : オンニも体気をつけて。
知暎 : うん、何かあったら必ず電話して。あんたも気をつけなよ。
知暎との電話を終えた途端、始緣の悲鳴が再び遠くから連なった。所姬が電話機を下ろした後、灯の消えた居間に立ったまま、しばらく無言で窓の外を見つめていた。
Scene 21.
指を一本切り落とし、床に叩きつけた。黑水に変わった始緣(シヨン)の切られた指は、たちまち床から痕跡を消した。지윤(智胤:ジユン)が自ら切り落とした始緣の指を検めた。悲鳴を整える息と冷や汗にまみれた始緣が、憎悪と恐怖を抱えたまま、自分の元通りになった指を眺める智胤を睨みつけた。
智胤 : クソ不思議だな。
智胤が始緣の顎を掴み、目を見据えた。汗と黑水でぐちゃぐちゃになった始緣をじっと検めた。
智胤 : あたしさ、口が軽いんだよね? 言っていいことも悪いことも全部言っちゃうからさ。口は災いの元ってすっげえ言われてきたんだよ。
震える声でも、積もった憤りを伝えなければならなかった。始緣の目に宿った気概に、智胤が満足げな笑みを浮かべた。
智胤 : あんた、がっつり巻き込まれたんだよ。クソみたいな世界に。
始緣 : だから何だよ、このシバル女が。
智胤 : あんた体売ってた女でしょ? あそこもクソみたいな女だらけだろうし。政治ごっこ半端ないだろうし。でもさ、断言するよ。
汗に濡れた始緣の髪をかき分けながら、耳元に小さな声を寄せた。
智胤 : あんたがこれから知ることになるムーダン女どもの方が、はるかにクソな女どもだよ。あたしなんか大したことないくらいに。
手にしていた刃物を持ち上げ始緣に突きつけると、始緣が再び仰天して体を引こうとした。智胤が始緣の髪を再び鷲掴み、床に力なく叩きつけた。智胤が自分の掌を切った。赤い血が流れ出た。始緣の口を荒々しく塞いだ。智胤の手から滲む血が始緣の口の中へ流れ込んだ。
智胤 : あたしのこと殺したいでしょ? そうでしょ?
始緣が足掻いて智胤を退かせようとしたが、始緣の両手はもがくだけの無様に過ぎなかった。智胤の体を力いっぱい押し返していたが、智胤は意に介さなかった。始緣の口の中に智胤の血が沁み込んだとき、智胤が始緣の口を放した。口の周りに赤い血をつけた始緣の頬を力任せに張り飛ばした。
智胤 : あー、このシバル女が、マジでいい加減にジラルしなよ。ちょっとは。
智胤がポケットから灰色の粉を取り出し、自分の手に振りかけた。小さく焼ける音を立てて塞がった掌。
智胤 : 皮肉なもんだよね? 生きてる連中が、自分の状態を戻すのに自分たちが直接殺した死体の骨粉(ピョッカル)を使うなんて。? まあ、大きく見れば。あんたも変わんないか。あたしも。
比較的自由になった始緣が咳を吐き散らした。嘔吐を床にぶちまけても、飲み込まされた血はなかなか吐き出せなかった。
智胤 : あたしの呪いは、憎悪から始まるの。互いに争わせて離間させること。あんたは、毎回あたしを殺すよ。あんたみたいに芯のないシバル女には特によく効くんだよ。殺すべき相手と向き合うたびにあたしのツラが見えて、怒りが込み上げてくる。自然に人を殺せるようになるよ。滅多刺しだって厭わないんじゃない?
始緣 : あたしは、そんなの知ら—
智胤 : うん、そうだろうね。たかが売女のあんたに何が分かるよ。馬鹿なあんたにはできないだろうね。でもさ、あたしの呪いが勝手にやってくれるから。
疲弊しきった始緣をひっくり返すようにうつ伏せにした。始緣が急いで抜け出そうとすると、細い両手首を捻じり上げて背後で鷲掴んだ。ポケットからプラスチックの結束バンドを取り出した智胤が、始緣の両手首を軽く締め上げた後、足で始緣の体を蹴り転がすようにまた仰向けに戻した。
智胤 : そのためには、あたしを死ぬほど憎まないと。技術? そんなもんすでにてめえの頭ン中にぎっしり詰まってんだろ、あたしがわざわざ教えるかよ。あたしがやることは一つだけ。残りの時間であんたにあたしを憎ませること。
智胤が嘲るような笑みを湛えたまま、拳を固め、容赦なく始緣を殴り始めた。
유석(惟碩:ユイセキ)が電話を取った。本廳(ホンチョウ)から車で三十分ほどの本家に立ち寄った惟碩が、古い佇まいをそのまま残すある奥座敷で書を開き、その中身を検めていた。かかってきた電話を素っ気なく取った惟碩の耳元に、粹廷(スジョン)の声が流れ込んだ。
惟碩 : 何だ。
粹廷 : 今日、あの雑輩どもが襲撃したの、間違いない?
惟碩 : 端金に目がくらんだ連中だ、押しかけたろうよ。なぜ。
粹廷 : 何の痕跡もなかったんだけど。血も、死体も。
惟碩がしばし言葉を止めた。
惟碩 : 近辺にも?
粹廷 : どこにも。まるで。最初から来なかったみたいに。
惟碩 : トッケビか。
粹廷 : ここまで綺麗に片付ける方法はそれしかないけど、もしかして本当に来たのか怪しくて訊いたんだよ。
惟碩が開いていた書をしばし閉じた。机に座っていた体を、ふんぞり返るようにゆったりと起こした。
惟碩 : 面白いな。
粹廷 : あたしは面白くないよ。バレたら案内された道より先にヤバくなるのはあたしだから。それもあたしだけ。あたしだけ手ぶらで逝くことになるじゃない。ありがたくないよ。それは。
惟碩 : 遠くない場所にいるだろうな。少なくとも西北の辺りのどこかに。
粹廷 : 探してみようか。
惟碩が窓を開けた。窓戶紙(チャンホジ)の向こうに月が高く昇った姿を眺めながら、ポケットから煙草を取り出して咥え、背を窓辺に向けてもたれた。
惟碩 : とりあえず、今日やるべきことだけやって様子を見ていろ。ここでもう少し調べてから動いた方がよさそうだ。
粹廷 : 分かった。あんまり遅くならないでよ。
粹廷の皮肉めいた返事を最後に、惟碩が電話を切った。しばらくじっと立っていた惟碩が、指を後ろに弾き、長く燃え進んだ煙草を庭に置かれた灰皿へ、器用に寸分違わず放り込んだ。
Scene 19.
ぼろぼろに崩れていなければならない始緣(シヨン)の肉は、無傷のまま、白い肌のままだった。外に飛び散った黑水の跡が服にこびりついていたが、疲れ果てた体は、そんなものなど眼中にないほど消耗していた。捨てられた気分だった。垢じみた路地のゴミ箱の上に、死んだまま張り付いた虫の屍になった気分だった。そんな自分がふと可笑しかった。どうしてこのざまになったのか、知る術はなかった。ただそれが可笑しかった。痕跡を追って怒りでもぶつけるべきだったが、たった一日で死んでしまった自分は、どこにも訴えることすらできなかった。ふと浮かんだ場所があったが、今はなかった。ないものに怒ることもできなかった。理解していた。だからこそ一層、自分が情けなかった。唐突に笑い始めた始緣。智胤(ジユン)は意に介さなかった。始緣の状態をあまりにもよく理解していた。だから始緣は智胤の意に従うまいとした。拒もうとする始緣の意志もまた、智胤が認知している範疇の中のことだった。智胤が始緣に見せつけるように、手にしていた銃を居間の床に降ろした。始緣の荒い息と、自分が上げた悲鳴に疲れた気配を、力のない憎悪に託してかろうじて智胤に向けていたとき、智胤がゆっくりと歩を運んできた。憎悪をたっぷり湛えた始緣の目だったが、智胤の高圧的な嘲りには耐えたくなかった。体を後ろへ引こうとした。智胤が始緣の髪を掴み上げた。
智胤 : 頭に浮かんだのが、これで全部? 意外だね。
智胤の頬に赤い血が滲んでいた。始緣の足掻きが智胤に負わせた傷だったが、智胤の頬に残った傷より始緣にまとわりついた黑水の方がずっと多かった。裂けた傷は黑水で痕だけが残っていた。切れた唇も、青く染まっていたはずの痣も、始緣には残らなかった。だからといって、始緣が負った傷がなかったことになったわけではなかった。痛みはそのまま始緣の中に居座っていた。
Scene 20.
何もないがらんどうの家だった。家具も衣類を置く場所もない空き家で、소희(所姬:ソヒ)が黙々と電話を受けていた。
所姬 : ううん、あたしは大丈夫。もともと灯台下暗しだし。見分けもつきにくいし。住人のふりもしやすいし。ちょっと物騒ではあるけど。オンニは?
지영(知暎:ジヨン) : あたしはまあ、毎日部長の野郎がジラルしてくるし隣のチームはしつこいし。変わんないよ。妹の顔見たの久しぶりすぎて忘れそう。毎日母さんにだけ顔出して帰るし。
所姬 : 知ってるくせに。
知暎 : 何かあったらすぐ電話して。分かった?
所姬 : あの方のことちゃんと見ててよ。あたしのことは心配しないで。オンニほどじゃなくても、自分一人くらいは守れるから。
街灯の光が下から昇ってきていた。所姬は始緣と話をしたあの薄汚れたアパートの、少し高い階に身を置いていた。最も見つかりにくい場所だった。遠くから聞こえる幾つもの悲鳴と銃声に堪えるのは辛かった。だが、だからといって顔には出せなかった。最も辛いのは、最も辛い人間は、自分ではなく始緣だという事実を、所姬は誰よりもよく知っていた。淡々と知暎を気遣いながらも、耳では遠くから届いていた始緣の悲鳴を受け止めていた。知暎が何と言ったか、深くは留めておけなかった。しばし交わし合った互いの励ましを締めくくろうと、所姬が短い言葉を送った。
所姬 : オンニも体気をつけて。
知暎 : うん、何かあったら必ず電話して。あんたも気をつけなよ。
知暎との電話を終えた途端、始緣の悲鳴が再び遠くから連なった。所姬が電話機を下ろした後、灯の消えた居間に立ったまま、しばらく無言で窓の外を見つめていた。
Scene 21.
指を一本切り落とし、床に叩きつけた。黑水に変わった始緣(シヨン)の切られた指は、たちまち床から痕跡を消した。지윤(智胤:ジユン)が自ら切り落とした始緣の指を検めた。悲鳴を整える息と冷や汗にまみれた始緣が、憎悪と恐怖を抱えたまま、自分の元通りになった指を眺める智胤を睨みつけた。
智胤 : クソ不思議だな。
智胤が始緣の顎を掴み、目を見据えた。汗と黑水でぐちゃぐちゃになった始緣をじっと検めた。
智胤 : あたしさ、口が軽いんだよね? 言っていいことも悪いことも全部言っちゃうからさ。口は災いの元ってすっげえ言われてきたんだよ。
震える声でも、積もった憤りを伝えなければならなかった。始緣の目に宿った気概に、智胤が満足げな笑みを浮かべた。
智胤 : あんた、がっつり巻き込まれたんだよ。クソみたいな世界に。
始緣 : だから何だよ、このシバル女が。
智胤 : あんた体売ってた女でしょ? あそこもクソみたいな女だらけだろうし。政治ごっこ半端ないだろうし。でもさ、断言するよ。
汗に濡れた始緣の髪をかき分けながら、耳元に小さな声を寄せた。
智胤 : あんたがこれから知ることになるムーダン女どもの方が、はるかにクソな女どもだよ。あたしなんか大したことないくらいに。
手にしていた刃物を持ち上げ始緣に突きつけると、始緣が再び仰天して体を引こうとした。智胤が始緣の髪を再び鷲掴み、床に力なく叩きつけた。智胤が自分の掌を切った。赤い血が流れ出た。始緣の口を荒々しく塞いだ。智胤の手から滲む血が始緣の口の中へ流れ込んだ。
智胤 : あたしのこと殺したいでしょ? そうでしょ?
始緣が足掻いて智胤を退かせようとしたが、始緣の両手はもがくだけの無様に過ぎなかった。智胤の体を力いっぱい押し返していたが、智胤は意に介さなかった。始緣の口の中に智胤の血が沁み込んだとき、智胤が始緣の口を放した。口の周りに赤い血をつけた始緣の頬を力任せに張り飛ばした。
智胤 : あー、このシバル女が、マジでいい加減にジラルしなよ。ちょっとは。
智胤がポケットから灰色の粉を取り出し、自分の手に振りかけた。小さく焼ける音を立てて塞がった掌。
智胤 : 皮肉なもんだよね? 生きてる連中が、自分の状態を戻すのに自分たちが直接殺した死体の骨粉(ピョッカル)を使うなんて。? まあ、大きく見れば。あんたも変わんないか。あたしも。
比較的自由になった始緣が咳を吐き散らした。嘔吐を床にぶちまけても、飲み込まされた血はなかなか吐き出せなかった。
智胤 : あたしの呪いは、憎悪から始まるの。互いに争わせて離間させること。あんたは、毎回あたしを殺すよ。あんたみたいに芯のないシバル女には特によく効くんだよ。殺すべき相手と向き合うたびにあたしのツラが見えて、怒りが込み上げてくる。自然に人を殺せるようになるよ。滅多刺しだって厭わないんじゃない?
始緣 : あたしは、そんなの知ら—
智胤 : うん、そうだろうね。たかが売女のあんたに何が分かるよ。馬鹿なあんたにはできないだろうね。でもさ、あたしの呪いが勝手にやってくれるから。
疲弊しきった始緣をひっくり返すようにうつ伏せにした。始緣が急いで抜け出そうとすると、細い両手首を捻じり上げて背後で鷲掴んだ。ポケットからプラスチックの結束バンドを取り出した智胤が、始緣の両手首を軽く締め上げた後、足で始緣の体を蹴り転がすようにまた仰向けに戻した。
智胤 : そのためには、あたしを死ぬほど憎まないと。技術? そんなもんすでにてめえの頭ン中にぎっしり詰まってんだろ、あたしがわざわざ教えるかよ。あたしがやることは一つだけ。残りの時間であんたにあたしを憎ませること。
智胤が嘲るような笑みを湛えたまま、拳を固め、容赦なく始緣を殴り始めた。
