【シナリオ】琥珀の言霊(ことだま)――落日の令嬢と鉄黒の万年筆――

第5話

◯第一場:九条の洋館・書庫(朝)
◇窓から差し込む朝陽が、舞い踊る埃を黄金色に染めている。
◇九条蓮(25)、前夜の加筆の代償で右腕を包帯で固め、机に突っ伏して眠っている。
◇笠森日奈子(18)、そっと蓮の傍らに立ち、彼が握りしめていた古い封筒——「父の遺書」を手に取る。
日奈子「(指先で封筒をなぞり)……お父様。貴方はどうして、この方を私の『綴り師』に選んだのですか……?」
◇日奈子、封筒の中から一枚の、煤けた紙切れを見つける。そこには蓮の鋭い文字とは違う、穏やかで高潔な父の筆跡。
父の声(M)「……蓮くん。日奈子を頼む。彼女を『書く』のではない。彼女と共に、新しい頁を『創り出して』ほしい。君は彼女の支配者ではなく、最初の……」
◇日奈子、その先を読もうとした瞬間、蓮が弾かれたように目を覚ます。
蓮「(日奈子の手から紙を奪い取り)……見るなと言ったはずだ! それは、僕と君を繋ぐ『契約書』に過ぎない!」
◯第二場:洋館の中庭(昼)
◇日奈子、蓮を振り切り、庭の枯れた椿の木の下へ走る。
◇蓮、右腕を庇いながら、険しい表情で追いかけてくる。
蓮「……日奈子さん! 戻りなさい。君の『不変』の文字は、まだ僕のインクが馴染んでいない。外気に触れれば、また……」
日奈子「(振り返り、叫ぶ)……インクなんて、もういりませんわ! 蓮さん、貴方は私を『お人形』として完成させたいだけではありませんか!?」
◇日奈子の叫びに、中庭の空気が凍りつく。
日奈子「お父様は書いたはずです……『共著者』になってほしい、と。……貴方は私を愛しているのではない。……自分の書いた物語が、現実を侵食していく快楽を愛しているだけですわ!」
◇蓮、衝撃を受けたように立ち尽くす。万年筆を握る左手が、微かに震える。
蓮「(絞り出すような声で)……快楽、だと……? 僕が、どれほどの血を流して君を……」
日奈子「……血を流すのが、愛ではありません! ……私と一緒に、笑ってくださらないのなら……この『不変』なんて、ただの呪いですわ!」
◯第三場:書庫・夕暮れ(夕刻)
◇室内は深い琥珀色の影に沈んでいる。
◇蓮、一人で机に向かっている。手元には、日奈子が投げ出した父の手紙。
◇蓮、万年筆を置き、包帯の巻かれた右腕を見つめる。
蓮「(モノローグ)……共著者。……僕が、誰かと物語を分かつなど……。……そんな不確かなことが、果たして許されるのか……?」
◇蓮、おもむろに立ち上がり、書庫の奥にある「禁忌の棚」から、一本のインク瓶を取り出す。
◇それは血の色ではなく、透き通った黄金色のインク。
蓮「……日奈子。君は、僕という独裁者を……変えようというのか」
◯第四場:洋館のテラス(夜)
◇月光の下、日奈子が一人で夜空を見上げている。
◇背後から、蓮が音もなく現れる。彼の右手には、もう包帯はない。
蓮「……日奈子さん」
日奈子「(振り向かず)……まだ、私を閉じ込める言葉をお探しですか?」
◇蓮、日奈子の隣に立ち、彼女の右手をそっと取る。
◇蓮、万年筆を逆手に持ち、自分の掌にペン先を向ける。
日奈子「……っ、蓮さん!? 何を……」
蓮「……記述の『権限』を、半分だけ、君に譲渡します。……僕が書き、君が歌う。……それが、君の望む『共著』の形なのでしょう?」
◇蓮、自らの掌に一文字、力強く刻む。
『連』。
◇日奈子の掌の文字と、蓮の掌の文字が、同時に眩い光を放ち、互いを結ぶ見えない「糸(旋律)」となって伸びる。
蓮「(苦笑して)……これで、君が消えそうになれば、僕が痛む。……僕が折れそうになれば、君が歌わなければならない。……最悪の契約ですよ、これは」
日奈子「(涙を浮かべ、蓮の手を握り返す)……いいえ。最高に、美しい物語の始まりですわ」
◯第五場:洋館の全景(深夜)
◇窓から漏れる光が、今までのような「支配の琥珀」ではなく、柔らかい「希望の黄金」へと変わっている。
◇遠くで、佐伯の監視の目が光っているが、今の二人には届かない。
日奈子(M)「(歌うように)……書庫の檻は、今、開かれた。……私たちは、二人で一振りのペンとなり、真っ白な明日を、綴り始める……」