第4話
◯第一場:九条の洋館・中庭(夜)
◇銀色の月光が、枯れた椿の枝を白く照らしている。
◇笠森日奈子(18)、闇市から戻った高揚感が消え、激しい眩暈(めまい)に襲われる。
◇日奈子の指先から、色が抜け落ちていく。掌の『日奈子』という文字が、薄く、煤(すす)けたように褪せていく。
日奈子「(……あぁ、また。身体が、夜の風に溶けていく……。あんなに力強く歌ったのに、私の命は、まだ蓮さんのインクに縋らなければ……保てないのね……)」
◇日奈子、庭の石畳に倒れ込む。その身体を、音もなく現れた**九条蓮(25)**が抱きしめる。
蓮「……馬鹿な人だ。あれほど歌うなと言ったのに。……君の魂は、あの一時の歓喜と引き換えに、存在の根源を使い果たしてしまった」
日奈子「……ごめんなさい、蓮さん。でも、私……あの時、確かに……生きて、いた……」
◇蓮、日奈子の青白い頬を指先でなぞる。その瞳には、狂気と紙一重の慈しみが宿っている。
◯第二場:九条の洋館・書斎(同時刻)
◇蓮、日奈子を抱き抱え、机の上の大きな羊皮紙の上に横たえる。
◇蓮、自らの右腕の袖を捲り上げる。そこには、過去に幾度も自らを傷つけた、無数の「執筆の跡(傷痕)」が刻まれている。
蓮「(……佐伯の論理(システム)が、街のあちこちに張り巡らされている。……今の生温い記述(インク)では、彼女を奪われてしまう……!)」
◇蓮、鉄黒の万年筆を逆手に持ち、自らの前腕を深く、深く引き裂く。
◇ドロリと溢れ出す、今までになく濃密で、どす黒いほどの琥珀色の血。
日奈子「……蓮、さん……! おやめになって、もうこれ以上は……貴方が、死んでしまいますわ!」
蓮「(荒い呼吸で)……死ぬ? ……いいえ、これは『完成』への過程です。……君という物語を、永遠に僕の書庫に、僕の胸に留めるための……!」
◇蓮、血に塗れたペン先を、日奈子の鎖骨のすぐ下、心臓に近い場所に突き立てる。
◯第三場:書斎・加筆の瞬間(深夜)
◇窓の外では、不気味な銀色の雲が月を覆い隠していく。
◇蓮、日奈子の肌に、一文字ずつ、魂を削り出すように文字を刻む。
『不・変』。
日奈子「(……熱い。……蓮さんの命が、私の血管を逆流してくる……! ……痛いのに、どうして……こんなに、満たされてしまうの……?)」
◇日奈子の絶叫が、琥珀色のランプを激しく揺らす。
◇蓮の額からは脂汗が流れ、彼の右腕はみるみるうちに白く、無機質な質感へと変質していく。
蓮「……刻みましたよ、日奈子。……これで君は、たとえ世界が滅び、論理によって否定されようとも……僕が『在る』と書く限り、消えることはない」
◇蓮、力を使い果たし、日奈子の胸元に顔を埋めるように倒れ込む。
◇日奈子の身体は、かつてないほど鮮やかな色彩と、確かな重みを取り戻している。
◯第四場:洋館の門前(深夜)
◇闇の中に停車する一台の銀色の車。
◇車内から、**佐伯(28)**が双眼鏡で洋館を見つめている。
◇彼の横には、機械的な唸り声を上げる初期型の『論理演算機(プロトタイプ)』。
佐伯「……九条め、無理な『加筆』を強行したか。……感情で上書きされた現実は、論理の刃を通しにくい。……だが、それも長くは持つまい」
◇佐伯、冷徹に眼鏡を直す。
佐伯「……計算を開始しろ。……あの洋館の周囲にある『情緒』という名のバグを、すべて抹消する準備を」
◯第五場:九条の洋館・書斎(夜明け前)
◇窓の外が、薄っすらと白み始める。
◇日奈子、眠る蓮の頭を、自らの胸に優しく抱き寄せる。
◇彼女の鎖骨の下には、黄金色に輝く『不変』の文字。
日奈子「(……蓮さん。貴方が私を繋ぎ止めてくれるなら。……私は、貴方のその壊れそうな魂を、私の歌で繋ぎ止めましょう)」
◇日奈子、声に出さず、微かなメロディを蓮の耳元で奏でる。
◇蓮の傷ついた右腕が、日奈子の旋律に呼応するように、微かに琥珀色の光を帯びて癒えていく。
◇二人の影が、朝靄の中で溶け合うように、静かに重なり合っている。
◯第一場:九条の洋館・中庭(夜)
◇銀色の月光が、枯れた椿の枝を白く照らしている。
◇笠森日奈子(18)、闇市から戻った高揚感が消え、激しい眩暈(めまい)に襲われる。
◇日奈子の指先から、色が抜け落ちていく。掌の『日奈子』という文字が、薄く、煤(すす)けたように褪せていく。
日奈子「(……あぁ、また。身体が、夜の風に溶けていく……。あんなに力強く歌ったのに、私の命は、まだ蓮さんのインクに縋らなければ……保てないのね……)」
◇日奈子、庭の石畳に倒れ込む。その身体を、音もなく現れた**九条蓮(25)**が抱きしめる。
蓮「……馬鹿な人だ。あれほど歌うなと言ったのに。……君の魂は、あの一時の歓喜と引き換えに、存在の根源を使い果たしてしまった」
日奈子「……ごめんなさい、蓮さん。でも、私……あの時、確かに……生きて、いた……」
◇蓮、日奈子の青白い頬を指先でなぞる。その瞳には、狂気と紙一重の慈しみが宿っている。
◯第二場:九条の洋館・書斎(同時刻)
◇蓮、日奈子を抱き抱え、机の上の大きな羊皮紙の上に横たえる。
◇蓮、自らの右腕の袖を捲り上げる。そこには、過去に幾度も自らを傷つけた、無数の「執筆の跡(傷痕)」が刻まれている。
蓮「(……佐伯の論理(システム)が、街のあちこちに張り巡らされている。……今の生温い記述(インク)では、彼女を奪われてしまう……!)」
◇蓮、鉄黒の万年筆を逆手に持ち、自らの前腕を深く、深く引き裂く。
◇ドロリと溢れ出す、今までになく濃密で、どす黒いほどの琥珀色の血。
日奈子「……蓮、さん……! おやめになって、もうこれ以上は……貴方が、死んでしまいますわ!」
蓮「(荒い呼吸で)……死ぬ? ……いいえ、これは『完成』への過程です。……君という物語を、永遠に僕の書庫に、僕の胸に留めるための……!」
◇蓮、血に塗れたペン先を、日奈子の鎖骨のすぐ下、心臓に近い場所に突き立てる。
◯第三場:書斎・加筆の瞬間(深夜)
◇窓の外では、不気味な銀色の雲が月を覆い隠していく。
◇蓮、日奈子の肌に、一文字ずつ、魂を削り出すように文字を刻む。
『不・変』。
日奈子「(……熱い。……蓮さんの命が、私の血管を逆流してくる……! ……痛いのに、どうして……こんなに、満たされてしまうの……?)」
◇日奈子の絶叫が、琥珀色のランプを激しく揺らす。
◇蓮の額からは脂汗が流れ、彼の右腕はみるみるうちに白く、無機質な質感へと変質していく。
蓮「……刻みましたよ、日奈子。……これで君は、たとえ世界が滅び、論理によって否定されようとも……僕が『在る』と書く限り、消えることはない」
◇蓮、力を使い果たし、日奈子の胸元に顔を埋めるように倒れ込む。
◇日奈子の身体は、かつてないほど鮮やかな色彩と、確かな重みを取り戻している。
◯第四場:洋館の門前(深夜)
◇闇の中に停車する一台の銀色の車。
◇車内から、**佐伯(28)**が双眼鏡で洋館を見つめている。
◇彼の横には、機械的な唸り声を上げる初期型の『論理演算機(プロトタイプ)』。
佐伯「……九条め、無理な『加筆』を強行したか。……感情で上書きされた現実は、論理の刃を通しにくい。……だが、それも長くは持つまい」
◇佐伯、冷徹に眼鏡を直す。
佐伯「……計算を開始しろ。……あの洋館の周囲にある『情緒』という名のバグを、すべて抹消する準備を」
◯第五場:九条の洋館・書斎(夜明け前)
◇窓の外が、薄っすらと白み始める。
◇日奈子、眠る蓮の頭を、自らの胸に優しく抱き寄せる。
◇彼女の鎖骨の下には、黄金色に輝く『不変』の文字。
日奈子「(……蓮さん。貴方が私を繋ぎ止めてくれるなら。……私は、貴方のその壊れそうな魂を、私の歌で繋ぎ止めましょう)」
◇日奈子、声に出さず、微かなメロディを蓮の耳元で奏でる。
◇蓮の傷ついた右腕が、日奈子の旋律に呼応するように、微かに琥珀色の光を帯びて癒えていく。
◇二人の影が、朝靄の中で溶け合うように、静かに重なり合っている。



