【シナリオ】琥珀の言霊(ことだま)――落日の令嬢と鉄黒の万年筆――

第2話

◯第一場:九条の洋館・書斎(夕刻)
◇窓から差し込む斜光が、室内の琥珀色を濃く染め上げている。
◇大きな机に向かい、一心不乱にペンを走らせる九条蓮(25)。
◇その傍らで、慣れない手つきで書物の埃を払っている笠森日奈子(18)。
◇日奈子、ふと自分の掌を見つめる。刻まれた『日奈子』の文字が、熱を帯びて微かに明滅している。
日奈子「(……熱い。蓮さんが文字を書くたびに、私の肌の内側で、誰かが叫んでいるみたい……)」
蓮「……日奈子さん。そこにある『ドストエフスキー』の初版本をこちらへ。君の退屈を紛らわせるには、少し重すぎるかもしれませんがね」
◇蓮、顔を上げずに指示を出す。日奈子、本を手に取り、蓮の机へと近づく。
日奈子「……蓮さん。私、いつまでここにいればよろしいのかしら。外の世界は、もう……」
蓮「(ペンを止め、鋭い視線を向ける)外? ……あのような無価値な灰の山に、何を期待しているのですか。君はここで、僕の言葉を吸って生きていればいい。それこそが、君という物語の『正解』だ」
◇蓮、日奈子の手首を強く掴み、自分の方へ引き寄せる。
日奈子「っ……痛いですわ、蓮さん」
蓮「……消えさせない。君を、あんな薄汚い現実(せかい)に一文字たりとも渡してなるものか」
◯第二場:洋館の重厚な玄関門(同時刻)
◇銀色の高級乗用車が、静かに門前に停車する。
◇車から降り立つのは、軍服に身を包み、銀縁の眼鏡を光らせた男、佐伯(28)。
◇佐伯、懐中時計を取り出し、無機質な動作で時間を確認する。
佐伯「……九条。相変わらず、カビ臭い幻想の中に引きこもっているようだな」
◇佐伯、冷徹な足音を響かせ、門をくぐる。
◯第三場:九条の洋館・応接間(夜)
◇蓮と佐伯が、暖炉を挟んで対峙している。日奈子は壁際で、不安げにその様子を伺っている。
◇佐伯、日奈子を値踏みするように一瞥する。
佐伯「それが、例の『笠森の生き残り』か。……ひどいものだな、九条。君の言霊で無理やり繋ぎ止めているせいか、魂の周波数が不安定だ」
蓮「……貴様に何がわかる、佐伯。論理の数字に変換できぬものを、貴様はすべて『ゴミ』と呼ぶ男だろう」
佐伯「(冷笑し、書類をテーブルに置く)そのゴミを掃除し、効率的な世界を再構築するのが私の仕事だ。……九条。その娘は、旧時代の不要な『神秘』だ。いずれ我々の組織が回収し、適切に処理——つまり、消去する」
日奈子「(……消去? 私を、消す……?)」
◇日奈子の指先が、恐怖で再び白く透け始める。
蓮「(万年筆を抜き、佐伯に向ける)……帰れ。これ以上、僕の執筆を邪魔するなら、貴様の心臓の鼓動を『停止』と書き換えてやってもいいんだぞ」
佐伯「……ふん。感情的な物書きに何ができる。……せいぜい、その脆い幻想を書き連ねているがいい。次に会う時は、君のインクごとすべて計算(デリート)してやる」
◇佐伯、翻って部屋を去る。冷たい風が吹き込み、琥珀色のランプが激しく揺れる。
◯第四場:書斎・ソファ(深夜)
◇佐伯の言葉に怯え、身体が透けかかっている日奈子。ソファで震えている。
◇蓮、日奈子の隣に座り、彼女を壊れ物を扱うように抱きしめる。
蓮「……日奈子さん。怖がらなくていい。あのような機械の男に、君の一行たりとも触れさせはしない」
日奈子「……でも、私……また、身体が……」
◇蓮、自らの右腕を万年筆で深く切り裂く。溢れ出す濃密な琥珀色のインク(血)。
◇蓮、その指を日奈子の首元、鎖骨のあたりに押し当てる。
蓮「書き込みます。君という存在を、誰にも消せないほど深く、激しく。……あぁ、日奈子。君を、僕のインクだけで塗り潰してしまいたい……!」
◇蓮、日奈子の肌に『不変』の文字を刻みつける。
◇日奈子、蓮の胸に縋り付き、熱いインクの痛みに声を漏らす。
日奈子「……蓮、さん……っ」
◇二人の影が、壁一面の本棚に大きく、重なり合うように投影される。
◇琥珀色の光が、夜の静寂の中で一層激しく明滅する。