【シナリオ】琥珀の言霊(ことだま)――落日の令嬢と鉄黒の万年筆――

第1話

◯第一場:終戦直後の東京・瓦礫の野(夜)
◇空には冷たく冴え渡る銀色の満月。
◇見渡す限りの焦土。建物の残骸が墓標のように突き出している。
◇ボロを纏った一人の少女、**笠森日奈子(18)**が、力なく歩いている。
◇日奈子の指先が、月の光に透け、背後の景色が透けて見えている。
日奈子「(消えてしまう……。私という物語は、誰にも読まれないまま、灰になるのね……)」
◇日奈子、膝から崩れ落ちる。意識が遠のく視界に、一足の磨き抜かれた黒い革靴が現れる。
◇黒い外套を翻し、鉄黒の万年筆を手にした男、**九条蓮(25)**が日奈子を見下ろしている。
蓮「……実に見事な『欠落』だ。これほどまでに美しい絶望の色は、この街のどこを探しても見当たらない」
日奈子「……だれ、か……たすけ……」
蓮「助ける? いいえ、僕は君を『記述』しに来た。死を待つだけの白紙に、僕のインクで命を書き加えてやる」
◯第二場:九条の洋館・書庫(深夜)
◇室内は琥珀色のランプの灯火に満たされている。壁一面を埋め尽くす古い書物。
◇中央の大きな机に、日奈子が横たえられている。
◇蓮、日奈子の右手を無造作に掴み、引き寄せる。
日奈子「……っ。な、にを……」
蓮「黙っていなさい。君の魂が霧散する前に、僕の『管理下』に置く必要がある」
◇蓮、鉄黒の万年筆のキャップを外し、自らの左手指先を僅かに切る。
◇ペン先が蓮の血を吸い、ドロリとした濃密な琥珀色のインクへと変わる。
◇蓮、日奈子の掌に、鋭い筆致で文字を刻み始める。
日奈子「あ、あああぁっ! 熱い、熱いですわ……!」
◇掌から琥珀色の光が溢れ、日奈子の身体を内側から満たしていく。
◇日奈子の透けていた身体が、急速に実体を伴い、確かな体温を取り戻す。
蓮「完了だ。……見なさい。君を繋ぎ止める『錨』の名前を」
◇日奈子の掌には、燃えるような琥珀色で『日奈子』という文字が刻まれている。
日奈子「……わたしの、なまえ……」
蓮「そうだ。君は今、僕の記述によって、この現実(せかい)に固定された。これからは僕のインクがなければ、君は一秒たりとも存在できない」
◇蓮、身を屈め、震える日奈子の耳元で冷酷に囁く。
蓮「今日から君は、僕の檻の住人だ。勝手な消滅は許さない。……分かったな、僕の『日奈子』」
日奈子「(……この人は、救い主かしら。それとも、恐ろしい死神……?)」
◇日奈子、掌の文字を握りしめる。
◇蓮、満足げに万年筆を懐にしまい、窓の外の月を見上げる。
◯第三場:洋館の窓・外観(同時刻)
◇静まり返った洋館。
◇窓から漏れる琥珀色の光だけが、死んだ街の中で唯一の「生」を主張している。