文化祭当日の教室は、朝からそわそわとした空気に包まれている。地元出身のクラスメイトたちは、「他校の恋人が来る」とか「中学時代の友人が来る」などと、いつも以上に浮き足立っていた。
そこへ、着替えを終えた女子たちが教室に戻って来た。華やかな浴衣姿に教室中が色めき立つ。とりわけ、淡いピンクの浴衣を纏った桜井さんの姿は、男子たちの視線を一身に集めている。
入れ替わるように、俺と朝比奈も浴衣に着替えて教室に戻った。
「朝比奈、カッコいいな」
「まあね」
さすがは朝比奈、褒められ慣れている奴は反応が違う。
「朝比奈くん、いい……!」
「え、待って、ヤバい」
ダイレクトな賞賛には「ありがとう」とさらりと流し、羨望の眼差しには余裕の笑顔を返す。こいつ、実は恋愛偏差値が相当高いんじゃないか。放課後はさっさと帰ってしまうから、私生活は謎だけど。
「てか、航平もすごく似合ってるじゃん。今にも『いらっしゃいませ』って出てきそう」
「どこからだよ」
「決まってんじゃん、老舗旅館」
その言葉に、周囲から「確かに!」と同意の声が上がる。こんな時、井上がいれば真っ先に変なあだ名を付けてくるだろう。だが、肝心の井上はバスケ部の出し物にかかりきりで、今ここにはいない。
「桜井さん、俺、家庭科室からジュース取ってくる」
「ふかみん、待って。私も行く」
思っても見なかった申し出に言葉が詰まる。
「あ、いや重いし、朝比奈と一緒に――」
「朝比奈くん、午後担当でしょう? 今のうちに回ってきた方がいいよ、だんだん混むだろうし。だから私が行くよ」
桜井さんはニコニコしながら隙のない正論を並べた。
「わかった。じゃ、午後がんばるってことで、あとよろしく!」
俺は縋るような視線を朝比奈に送ったつもりだったが、朝比奈は全く気づく様子もなく、ひらひらと手を振って爽やかに去っていった。
接客係の八人を前半・後半に分ける時、内心は桜井さんとペアになるのは避けたかった。なのに、どうしてこうなってしまうのか。
――あんまり清瀬に心配をかけたくないんだけどな……。
俺は午前担当だから、清瀬のいる中庭に行けるのはちょうど昼頃になる。一応、予定は清瀬にも伝えてある。
――清瀬、この浴衣どう思うかな……。
お盆に帰省したとき、浴衣を手にした俺の頭をよぎったのは清瀬だった。
『先輩の浴衣姿、また見たいです』
あの夜。
電話で小さいころに出会ったことを清瀬から聞いた。
アイツは「運命ですね」なんて言ってた。「大げさだよ」と笑い飛ばしたものの、こっそりサプライズにしようと決めた。
家族に一番評判が良かった浴衣を持って来て、見つからないようにクローゼットに隠していた。
いつもアイツにはドキドキさせられっぱなしだから、ささやかな俺からのお返し。清瀬がドキドキしてくれるかは分からないけれど。
「……ふかみん、ふかみん?」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
「ダンボール、重くないかな」
いつの間にか、桜井さんがペットボトルを段ボールに詰め終えていた。持ち上げてみると、それほどの重さではない。
「大丈夫。これぐらいなら。桜井さんはスイーツの方、持って行ける?」
「うん、大丈夫。……ふかみん……何か考えごと?」
「あ、いや……」
曖昧に返事をして微笑んで見せた。
「行こうか」
桜井さんとダンボールを抱えて歩き出した。もし今、この状況を見たらアイツは嫉妬するんだろうな。
そう思ったら、無意識に足取りが早まっていた。
*
お昼過ぎ、清瀬と約束している中庭へ向かう。
普段は「レモンティー伝説」で知られるあのベンチは、生徒会が運営するフォトスペースとして開放されている。
「お昼、航平と一緒に食べたい」
清瀬がPTAの焼きそばと唐揚げを買っておくと言っていたので、俺はクラスで売っていたクッキーを手に中庭へ急ぐ。
渡り廊下に足を踏み入れると爽やかな風が吹き抜けた。文化祭特有の賑やかな喧騒も、日差しも心地がいい。軽やかな足取りで購買の脇を通り抜けようとしたところで、俺の足は止まった。
「清瀬くん、一緒に!」
「次、私たちもいい?」
華やかな声へ視線を向けると、輪の中心で目立つ清瀬を見つけた。他校の制服を着た女子たちに囲まれ、にこやかな笑顔を向けている。完璧な「王子様」姿に、さっきまでの高揚感は消え、スッと背中が冷えていく。
――あんなに盛り上がっている中へ、入るなんてできない。
いつもにも増してキラキラ感半端ない清瀬が、遠い存在に思えた。俺は逃げるように回れ右で、来た道を戻り始める。トボトボと歩き出したその時、「航平!」と俺を呼ぶ声がした。顔を上げると、幼なじみの榎田が手を挙げ、ニカッと笑っていた。
「えっ、榎田じゃん!」
「久しぶり! 教室に行ったら中庭にいるって教えてもらってさ」
「そうだったんだ。ひとりで来たの?」
「いや、海斗と蓮も一緒。アイツらは体育館のバンド演奏が聴きたいって」
しばらくフリータイムだという榎田と並んで歩く。
榎田と会えてよかった。こいつのカラッとした雰囲気に、悶々としていた気持ちが少しずつ和らいでいく。
「どうした、どうした? なんか元気ないじゃん。こんなに浴衣似合ってるのに」
榎田が昔からの癖で、俺の肩にぐいっと腕を回して顔を近づけてきた。
「おい、絡むなよ。浴衣が崩れるだろ」
「いいじゃん。やっぱり航平は浴衣が似合うよな。その紺色、深見亭の若旦那って感じ。昔から思ってたけどさ、おまえのこういう格好、俺は好きだな」
榎田は肩に腕は回したまま、イタズラっぽく笑う。
「よせよ、褒めても何も出ないぞ」
「なんだよー、悩みがあるなら俺が聞くよ? こないだ恋愛相談乗ってもらったし。お陰で? なんかいい感じなんだよねー」
「え、マジ?」
「マジマジ。だから今度は俺に話してみなよ、楽になれー」
じゃれるように絡んでくる榎田の腕を解こうとした瞬間、背後から殺気だった声がした。
「……航平先輩」
確かめるまでもなく、清瀬がいた。
さっきまでの柔らかな笑みは跡形もなく消え、頬が引きつっている。
隣にいる榎田は絡ませている腕をそのままに、清瀬の威圧感にあほ面を晒している。
「先輩、待ってたんですよ」
鋭く尖った口調は明らかに怒っている。
「声かけようと思ったけど、忙しそうだったから戻ってきたんだよ。俺はコイツと教室に戻るから。清瀬も早く戻れよ」
「え、なんか怒ってますか?」
「怒ってないっ!」
思わず強い口調で言ってしまった。
清瀬はハッとしたように目を見開き、榎田はぽかーんとしている。
これじゃ俺、完全に拗ねた子供じゃねえか。
「ちょ、ちょっと航平どうしたんだよ! あ、俺、榎田。よろしく」
不穏な空気をなだめるように榎田が割って入った。我に返った清瀬が冷静に口を開く。
「初めまして、清瀬です。航平先輩には、寮でも学校でも、身の回りのお世話まで含めて大変良くしていただいています」
「へ、へえ……」
ぜんぜん冷静なんかじゃなかった。
清瀬の明らかな牽制に、榎田の横顔は完全に引きつっている。
――ごめん、榎田。変なことに巻き込んで。
気まずい沈黙が流れたとき、榎田のスマホが短く震えた。
「ごめん、航平。海斗たちが呼んでるから体育館行くわ。今度、またゆっくり話聞くから」
「体育館まで送るよ」
「俺も行きます」
清瀬が俺にぴったり寄り添う。幼なじみと恋人に挟まれ、妙な緊張感に冷や汗が流れる。
体育館前で榎田と別れた瞬間、ぱっと清瀬に手を掴まれた。
「戻れよ、俺はいいから」
「良くないです。それに、なんですかさっきの。いいから来てください」
清瀬は俺の返事も待たず、俺の手首を掴んで歩き出した。その手に引きずられるように、人だかりの間をぐいぐい抜ける。
立ち入り禁止の張り紙も通り越して、階段を上りガラッと引き戸を開けると、その部屋に押し込まれた。
「な、なんだよ、急に……」
無人だった生徒会室。清瀬は乱暴に戸を閉め、カチャリと音がした。手を引かれて、広くはない部屋の壁に追い詰められた。背中が壁に触れたと同時に顔の左側に手を突かれた。
「まったく何してるんですか」
「は? 何ってお前のほうこそ、いつからそんなに愛想良くなったんだよ」
「愛想? ああ、あれは中学の同級生たちで、そんなんじゃないです。それより――」
清瀬の大きな手のひらが頬に触れた。伝わってくる熱が、びりびりと甘い痺れに変わっていく。触られてもないのに腰から力が抜けていきそうで……もう一歩も動けない。
「あんな風に、無防備に触らせないでください」
「アイツはそんなんじゃねえよ」
「そんなんじゃなくても、イヤです。……だって」
「……なんだよ」
形のいい唇が綺麗な三日月を描く。頬を包む手のひらはそのままに、親指の腹で俺の頬をなぞるように、何度も、そっと繰り返し撫でる。
「浴衣、すげえ似合ってます。あのとき見た浴衣と同じ色……」
清瀬の顔が、鼻先が触れるほどに顔を寄せてくる。
「清瀬、……ここはダメだって」
「分かってますよ。……でも、航平が悪い」
「な、なんで俺が、」
「上書きさせて」
いまにも重なりそうな唇をかすめ、清瀬は首筋へ深くキスを落とした。
そこへ、着替えを終えた女子たちが教室に戻って来た。華やかな浴衣姿に教室中が色めき立つ。とりわけ、淡いピンクの浴衣を纏った桜井さんの姿は、男子たちの視線を一身に集めている。
入れ替わるように、俺と朝比奈も浴衣に着替えて教室に戻った。
「朝比奈、カッコいいな」
「まあね」
さすがは朝比奈、褒められ慣れている奴は反応が違う。
「朝比奈くん、いい……!」
「え、待って、ヤバい」
ダイレクトな賞賛には「ありがとう」とさらりと流し、羨望の眼差しには余裕の笑顔を返す。こいつ、実は恋愛偏差値が相当高いんじゃないか。放課後はさっさと帰ってしまうから、私生活は謎だけど。
「てか、航平もすごく似合ってるじゃん。今にも『いらっしゃいませ』って出てきそう」
「どこからだよ」
「決まってんじゃん、老舗旅館」
その言葉に、周囲から「確かに!」と同意の声が上がる。こんな時、井上がいれば真っ先に変なあだ名を付けてくるだろう。だが、肝心の井上はバスケ部の出し物にかかりきりで、今ここにはいない。
「桜井さん、俺、家庭科室からジュース取ってくる」
「ふかみん、待って。私も行く」
思っても見なかった申し出に言葉が詰まる。
「あ、いや重いし、朝比奈と一緒に――」
「朝比奈くん、午後担当でしょう? 今のうちに回ってきた方がいいよ、だんだん混むだろうし。だから私が行くよ」
桜井さんはニコニコしながら隙のない正論を並べた。
「わかった。じゃ、午後がんばるってことで、あとよろしく!」
俺は縋るような視線を朝比奈に送ったつもりだったが、朝比奈は全く気づく様子もなく、ひらひらと手を振って爽やかに去っていった。
接客係の八人を前半・後半に分ける時、内心は桜井さんとペアになるのは避けたかった。なのに、どうしてこうなってしまうのか。
――あんまり清瀬に心配をかけたくないんだけどな……。
俺は午前担当だから、清瀬のいる中庭に行けるのはちょうど昼頃になる。一応、予定は清瀬にも伝えてある。
――清瀬、この浴衣どう思うかな……。
お盆に帰省したとき、浴衣を手にした俺の頭をよぎったのは清瀬だった。
『先輩の浴衣姿、また見たいです』
あの夜。
電話で小さいころに出会ったことを清瀬から聞いた。
アイツは「運命ですね」なんて言ってた。「大げさだよ」と笑い飛ばしたものの、こっそりサプライズにしようと決めた。
家族に一番評判が良かった浴衣を持って来て、見つからないようにクローゼットに隠していた。
いつもアイツにはドキドキさせられっぱなしだから、ささやかな俺からのお返し。清瀬がドキドキしてくれるかは分からないけれど。
「……ふかみん、ふかみん?」
「あ、ごめん。なんだっけ?」
「ダンボール、重くないかな」
いつの間にか、桜井さんがペットボトルを段ボールに詰め終えていた。持ち上げてみると、それほどの重さではない。
「大丈夫。これぐらいなら。桜井さんはスイーツの方、持って行ける?」
「うん、大丈夫。……ふかみん……何か考えごと?」
「あ、いや……」
曖昧に返事をして微笑んで見せた。
「行こうか」
桜井さんとダンボールを抱えて歩き出した。もし今、この状況を見たらアイツは嫉妬するんだろうな。
そう思ったら、無意識に足取りが早まっていた。
*
お昼過ぎ、清瀬と約束している中庭へ向かう。
普段は「レモンティー伝説」で知られるあのベンチは、生徒会が運営するフォトスペースとして開放されている。
「お昼、航平と一緒に食べたい」
清瀬がPTAの焼きそばと唐揚げを買っておくと言っていたので、俺はクラスで売っていたクッキーを手に中庭へ急ぐ。
渡り廊下に足を踏み入れると爽やかな風が吹き抜けた。文化祭特有の賑やかな喧騒も、日差しも心地がいい。軽やかな足取りで購買の脇を通り抜けようとしたところで、俺の足は止まった。
「清瀬くん、一緒に!」
「次、私たちもいい?」
華やかな声へ視線を向けると、輪の中心で目立つ清瀬を見つけた。他校の制服を着た女子たちに囲まれ、にこやかな笑顔を向けている。完璧な「王子様」姿に、さっきまでの高揚感は消え、スッと背中が冷えていく。
――あんなに盛り上がっている中へ、入るなんてできない。
いつもにも増してキラキラ感半端ない清瀬が、遠い存在に思えた。俺は逃げるように回れ右で、来た道を戻り始める。トボトボと歩き出したその時、「航平!」と俺を呼ぶ声がした。顔を上げると、幼なじみの榎田が手を挙げ、ニカッと笑っていた。
「えっ、榎田じゃん!」
「久しぶり! 教室に行ったら中庭にいるって教えてもらってさ」
「そうだったんだ。ひとりで来たの?」
「いや、海斗と蓮も一緒。アイツらは体育館のバンド演奏が聴きたいって」
しばらくフリータイムだという榎田と並んで歩く。
榎田と会えてよかった。こいつのカラッとした雰囲気に、悶々としていた気持ちが少しずつ和らいでいく。
「どうした、どうした? なんか元気ないじゃん。こんなに浴衣似合ってるのに」
榎田が昔からの癖で、俺の肩にぐいっと腕を回して顔を近づけてきた。
「おい、絡むなよ。浴衣が崩れるだろ」
「いいじゃん。やっぱり航平は浴衣が似合うよな。その紺色、深見亭の若旦那って感じ。昔から思ってたけどさ、おまえのこういう格好、俺は好きだな」
榎田は肩に腕は回したまま、イタズラっぽく笑う。
「よせよ、褒めても何も出ないぞ」
「なんだよー、悩みがあるなら俺が聞くよ? こないだ恋愛相談乗ってもらったし。お陰で? なんかいい感じなんだよねー」
「え、マジ?」
「マジマジ。だから今度は俺に話してみなよ、楽になれー」
じゃれるように絡んでくる榎田の腕を解こうとした瞬間、背後から殺気だった声がした。
「……航平先輩」
確かめるまでもなく、清瀬がいた。
さっきまでの柔らかな笑みは跡形もなく消え、頬が引きつっている。
隣にいる榎田は絡ませている腕をそのままに、清瀬の威圧感にあほ面を晒している。
「先輩、待ってたんですよ」
鋭く尖った口調は明らかに怒っている。
「声かけようと思ったけど、忙しそうだったから戻ってきたんだよ。俺はコイツと教室に戻るから。清瀬も早く戻れよ」
「え、なんか怒ってますか?」
「怒ってないっ!」
思わず強い口調で言ってしまった。
清瀬はハッとしたように目を見開き、榎田はぽかーんとしている。
これじゃ俺、完全に拗ねた子供じゃねえか。
「ちょ、ちょっと航平どうしたんだよ! あ、俺、榎田。よろしく」
不穏な空気をなだめるように榎田が割って入った。我に返った清瀬が冷静に口を開く。
「初めまして、清瀬です。航平先輩には、寮でも学校でも、身の回りのお世話まで含めて大変良くしていただいています」
「へ、へえ……」
ぜんぜん冷静なんかじゃなかった。
清瀬の明らかな牽制に、榎田の横顔は完全に引きつっている。
――ごめん、榎田。変なことに巻き込んで。
気まずい沈黙が流れたとき、榎田のスマホが短く震えた。
「ごめん、航平。海斗たちが呼んでるから体育館行くわ。今度、またゆっくり話聞くから」
「体育館まで送るよ」
「俺も行きます」
清瀬が俺にぴったり寄り添う。幼なじみと恋人に挟まれ、妙な緊張感に冷や汗が流れる。
体育館前で榎田と別れた瞬間、ぱっと清瀬に手を掴まれた。
「戻れよ、俺はいいから」
「良くないです。それに、なんですかさっきの。いいから来てください」
清瀬は俺の返事も待たず、俺の手首を掴んで歩き出した。その手に引きずられるように、人だかりの間をぐいぐい抜ける。
立ち入り禁止の張り紙も通り越して、階段を上りガラッと引き戸を開けると、その部屋に押し込まれた。
「な、なんだよ、急に……」
無人だった生徒会室。清瀬は乱暴に戸を閉め、カチャリと音がした。手を引かれて、広くはない部屋の壁に追い詰められた。背中が壁に触れたと同時に顔の左側に手を突かれた。
「まったく何してるんですか」
「は? 何ってお前のほうこそ、いつからそんなに愛想良くなったんだよ」
「愛想? ああ、あれは中学の同級生たちで、そんなんじゃないです。それより――」
清瀬の大きな手のひらが頬に触れた。伝わってくる熱が、びりびりと甘い痺れに変わっていく。触られてもないのに腰から力が抜けていきそうで……もう一歩も動けない。
「あんな風に、無防備に触らせないでください」
「アイツはそんなんじゃねえよ」
「そんなんじゃなくても、イヤです。……だって」
「……なんだよ」
形のいい唇が綺麗な三日月を描く。頬を包む手のひらはそのままに、親指の腹で俺の頬をなぞるように、何度も、そっと繰り返し撫でる。
「浴衣、すげえ似合ってます。あのとき見た浴衣と同じ色……」
清瀬の顔が、鼻先が触れるほどに顔を寄せてくる。
「清瀬、……ここはダメだって」
「分かってますよ。……でも、航平が悪い」
「な、なんで俺が、」
「上書きさせて」
いまにも重なりそうな唇をかすめ、清瀬は首筋へ深くキスを落とした。



