【続編♡】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい2


着替えを済ませると、マンティスが、俺と千冬にわざわざ詫びを入れに来てくれた。
千冬には伊達眼鏡を渡す。せめてもの変装用らしい。
「別に気にしてねぇよ」と言おうとしたのに、マンティスが妙に畏まった態度で、しかも斜め上の配慮をするから、俺たちは思わず笑ってしまった。
ふざけ合って、許し合う。こういうのはいつもお互い様ってことにしてやろう。


アニ研の教室を出たあと、山岳部の屋台で豚汁と肉巻きおにぎりを食べた俺たちは、午後のステージショーを観覧していた。


「剣道部、おもしれぇな」
「あ、あれ、マロ先輩じゃないですか?」
「あはは!ほんとだ!薙ぎ倒されるフリ、上手すぎんだろっ」


最初は真面目な演舞で凛とした空気を作っていたのに、BGMが変わった途端、音楽に合わせたチャンバラ劇のようなものが始まった。
セリフは一切無いものの、効果音と小道具を上手く使い、会場が笑いに包まれる。


「あー、でもやっぱ、所作がかっこいいよなあ…。特にあの主将とかさ、体つきがもう違うもんな。断トツで一番かっけぇ」
「………」
「なぁ?千冬もそう思わねぇ?」


千冬の返事が聞こえなくて、隣を見る。
綺麗な横顔は、なんだかつまらなそうに、ジトっとした目でステージを見ていた。


「…どうした?」
「……」


声をかけると、不機嫌そうな顔で俺を見る。

さっきまで楽しんでたのに…。
何を急に拗ねてんだ…?


「……千冬?」
「……この前僕には…、…かわいいって…」
「え?」


唇を尖らせ、聞かせる気もないくらいに、小さな声で何かをつぶやく。
千冬の言葉は、派手なBGMと、会場の笑い声で、当たり前にかき消されてしまう。


「…何でも無いです」


千冬の拗ね顔は治らないまま、一言だけ言ってまたステージの方を向いてしまう。
なんなんだよ?


剣道部のステージが終わると、次は軽音部だ。
最初に演奏するバンドが、ギターやベースを首から下げ、アンプの調整をしている。
メカニック感、やっぱいいな…。


「柚月、あんなちっせぇのに、ああいうゴツいベース弾くんだろ?かっけぇよなあ」
「………そうですね」
「俺はエレキのメカ感もカッコよくて好きだけどな。バンドマンって、やっぱ一度は憧れるよなぁ」
「……………ふぅん…」


なんだ。
千冬の不機嫌が治らねぇ。
ステージを見るジト目レベルはぐんぐん上がっていく。


「なぁ千冬、急にどうし………あれ?千冬…、あそこ見ろよ」
「…どこですか?」


ステージの下手側にいる集団を指し示す。
出演の順番待ちをする軽音部員達が、バンドごとに固まって控えている。
その端に、見知った二人組。


「柚月さんと、柑奈さん…と……、男の人?ですね。…でも、…揉めてる?」
「だよな。ちょっと行ってみようぜ?」


ベースを抱えておどおどしている柚月と、ギターを傍らに座り込んでいる男。そしてその男を睨みつけている男装姿の柑奈。
今から仲良く演奏するようには、とても見えない雰囲気だ。


「だぁーから…、だいじょーぶらってえ…」
「はぁ?そんな酔ってて無理に決まってんじゃん。バカなの?」
「か、柑ちゃん…っ、」
「うっせぇ…な、いーだろ、べつにーぃ」

「柑奈、柚月。大丈夫か?」
「伊織くん、千冬くん!」


二人の元に近づくと、アルコールの匂いが鼻を掠めた。
柑奈が呆れ顔で男から俺に視線を向ける。
その眼力に萎縮する。
男装中だからか、余計に怖ぇ…。


「バンドメンバーがなぜか本番前に酔い潰れてんの。信じらんない」
「つぶれてねぇわー……」
「…くっ、こんなの、運営にステージ乗るなって言われるに決まってんじゃん!」
「んー、ちょっと…ねむぅ……でばんきたら、おこして……」
「…クソッ」


柑奈が舌打ちして、柚月は唇をギュッと結んだ。
ステージでは他のバンドが演奏を終え、次のバンドに交代する。


「ユズ、二人だけで出るよ」
「……うん…」


怒りと悲しさを内混ぜにした表情で、柑奈が俯く柚月にそう伝えた時。
千冬が、酔って眠る男の前に静かにしゃがみ込んだ。


「すみません。ギター、お借りしてもいいですか」
「え……」
「千冬くん…?」


相手への敬意を払った、丁寧なお伺い。
酔っ払いは夢か現実かの判別がつかないような状態で、「うん…?」と、辛うじて肯定と取れるような反応をした。


「ありがとうございます。…柑奈さん、柚月さん。僕と一緒にステージに上がってもらえますか?」
「ほ、本気…?」
「メンバーの失態を、千冬くんに埋めてもらうわけには…」


目を見開く柚月と、眉間に皺を寄せバツの悪そうな顔をする柑奈。
千冬は男からギターを拝借すると、照れくさそうに小さく微笑んだ。


「僕、浮気性な恋人を、何としても独占したいんです」
「浮気…?」
「……」


戸惑う柚月と、それを聞いて、悪ノリするように口の端を上げる柑奈。
俺も柚月と同じく、この展開についていけていない。
エレキギターのストラップを首にかけた千冬の背中を、ただただ呆然と見ていると、一瞬だけ振り返った千冬が、俺を見て、甘く目を細めた。


「柑奈さん、出番まで何分ありますか?」


今手にしたばかりのボルドーのギターを構え、柔らかな弦をはじくと、ペグに手をかける。


「柚月さん、GかEの音ください」
「う、うん」
「うちの出番はあと15分くらい。曲目は知ってるよね?イントロは私の4カウントで」
「はい。アウトロは僕が合図していいですか」
「オッケー」


アンプなしでギターを鳴らしながら、俺を置き去りに、三人の打ち合わせが進む。
何の話なのか、俺にはさっぱり分からない。
ステージの音と観客の手拍子を遠くに聞いていると、実行委員のスタッフが俺の肩を叩いた。


「すみませんが、ご観覧はステージ前の観覧エリアでお願いします」
「え、…あ、はい……」


俺が視線だけ残したままその場を離れようとすると、打ち合わせに集中していた千冬が慌てて振り返り、俺の手を掴んだ。
いつも可愛らしいピンク髪の後輩は、栗色の瞳を意地悪く細め、ニッと笑った。


「伊織先輩。『断トツで1番カッコいい』のは誰なのか、後でもう一度教えてくださいね?」
「………え、」

「次の出演者さんは、こちらでスタンバイお願いします」
「はーい!」


スタッフの声に、千冬たちは慌ただしく立ち去る。
俺も先ほどのスタッフに再度注意され、観覧エリアに戻された。

え…?
千冬が歌うのか?
あいつエレキできんの?
てか、こんな大勢の前で歌うつもりか?

………大丈夫なのか、それ…?


頭の中でぐるぐると考えを巡らせていると、柑奈達がステージに登場した。
先ほどまで男装姿だった柑奈は、長い金髪をポニーテールにしている。
そして、柑奈と柚月の間にたったギターの男は、黒髪に、黒縁眼鏡姿。


「……ん?…誰?」


俺の独り言は、その後の派手なギター音に食われる。

空気を痺れさせるエレクトリックな音が、会場の注目を一点に集めた瞬間、柑奈のカウントで疾走感溢れるイントロが始まる。

みんなで観に行った、あの映画の主題歌だ。

流行りの曲だけあって、会場は一気に沸き立った。
ギターの黒髪眼鏡は、俺をすぐに見つけ、挑発するように目を細める。
…間違いなく、千冬だ。

俺と目が合うと、ギターを掻き鳴らす黒髪の美形は、形の良い眉をゆるりと上げた。
綺麗な口元から赤い舌がチラリと覗き、上唇の左半分だけを撫でる。
その所作に、一部の客から歓声が湧いた。


「あいつ……っ、」


ロック調の激しさと、ポップながらどこか不穏でファンタジックなメロディー。
千冬の甘く優しい声がマッチする、「フユ」の曲とは全く違う雰囲気だ。


歌い出しと共に、千冬が眼鏡の奥でニヤリと笑った。

初めて聴く、千冬の噛み付くような低い声。
それは歌が進むにつれ、激しさを増す。


「わ……、すっ、ご……」


呟きながら、ゴクンと唾を飲み込んだ。

こんなの…、こんな千冬…、知らない…。

興奮で顔が熱くなる。
動悸も、速くなっていく。


「このボーカル、歌上手すぎない!?」
「わかる!本家超えてるよね!?」
「眼鏡で見えにくいけど、顔めっちゃ整ってない?えぐっっ!」
「ギター弾く手ヤバいから見て!ガチでメロすぎる」


近くの女性客達の悲鳴にも近い興奮の声。
それを打ち消す、千冬の吠えるような歌声。

狂気が滲む愛の歌詞を、千冬は自分のもののように楽しんで歌っている。

激しく歌うだけじゃない。
声のザラつきを残したまま息を抜いたり、ふと色気のある声を混ぜたり。

サビに差し掛かると、千冬のがなり声に会場が今日一番の一体感と盛り上がりを見せた。
強い声には、怒気ではなく、色気と切なさが垣間見え、聴く人を虜にさせる。


「………かっこ、よすぎ…だろ…」


光る首元の汗。
怠そうに頭を振る仕草。
ギターから顔を上げる度に俺を捉える鋭い眼光。

全てが、心臓が痛くなるくらいカッコよかった。
千冬しか見えなくなった俺は、とうとう最後には、「もう俺の負けです」、「降参です」と脳が訴え、直視できず視線をステージ下に彷徨わせていた。


割れんばかりの拍手。
三人の即席バンドは大成功を収めた。


「え、ステージ飛び降りた!?」
「何何何ッ!?ヤバい!アツい!」


喝采の中、小さなどよめきが上がり、それは徐々話に近付いてくる。


「嘘!?こっち来るっ!」
「ひゃああ、ガチでビジュが良いッ」


ほとんど俯きながら拍手をしている俺の耳に、女性客たちの興奮の声が聞こえた。
その声に続き、周りが一段と煩くなる。

足元に、誰かの影が落ちた。


「伊織先輩」
「え……」


今、ここにいるはずのない千冬の声が、頭の上に聞こえる。
恐る恐る、クラクラするほど熱い顔を上げた。
目の前には、肩で息をする、黒髪眼鏡の、超絶美形。


「ハッ、顔真っ赤。…ね、来て?」
「……う、」


イタズラっぽく笑った千冬に、返事をするより先に手を引かれ、黄色い悲鳴が上がる人混みを駆け抜け、広場を抜け出した。