【続編♡】かわいい美形の後輩が、俺にだけメロい2


密かに心待ちにしていた大学祭の当日。
俺と千冬は、友人達との約束を果たすべく、一ノ宮キャンパスに来ていた。
高校の文化祭と違って、完全一般公開である大学の学祭は、老若男女、たくさんの人で賑わっていた。


「初めて来たけど、結構人来るんだな」
「そうですね。特にステージが…あ、これからミスコンやるらしいですよ?」
「あー、それでか?」


キャンパス内には、主に学部ごとに分かれた教室棟が建っているが、それらのほぼ中心に、広場が設けられている。
いつもは通り過ぎるだけの場所だけど、今日は特設ステージが設置され、多くの人が足を止め、楽しそうにステージを見ていた。


「高校生が多い感じすんな」
「僕も去年、見学に来ましたよ。受験勉強のモチベーションのために」
「去年…、そっか。千冬、去年はまだ高校生だったのか」
「ふふ、そうですよ?」


おかしそうに笑う千冬に癒され、俺もつられて笑う。
お互いの受験シーズンの思い出話なんかをしながら、ステージから一番近い教室棟に入った。

今日の予定は、カゲヤンの山岳部、マンティスのアニ研、マロの剣道部ステージ、それから柚月と柑奈のバンド演奏を見ることだ。

最初に訪れたのは、マンティスのいるアニ研の教室。
教室の窓からステージが見えるほど近くて、窓を閉めていても外の歓声やアナウンスが聞こえていた。


「伊織。やっと来たか」
「ああ、俺が寝坊して遅くなっ………、え、誰?」
「ふふ。マンティス先輩、こんにちは」


開けっぱなしの教室に入ると、そこに、俺の知るマンティスの姿はなかった。
マンティスの髪は、いつもの黒ではなく、赤と白のツートーン。
服装も、青いつなぎのような格好だ。
髪はもちろんウィッグだろうが、派手な見た目に一瞬、人違いかと思ってしまった。


「伊織知らないのか?この衣装は『俺のヒーロー学園』に出てくる主人公のクラスメイトで──」
「ああ、分かった、分かった。確かにマンティスだわ」


マンティスの口からアニメのタイトルが出始めると危険だ。しばらく話が止まらない。
俺は強引に話を中断させ、教室の中を見回した。
時刻はお昼前。
この教室には、マンティスのように派手な衣装に身を包んだ人が何人もいる。
そしてオタクモードの時のマンティスのように、早口で熱弁するような声もちらほら…。


「アニ研は何やってんだ?なんか買えとか言ってたけど」
「ああ。会誌の販売と、コスプレ体験だ」
「会誌って、これか?」


教室の前方に並べられた机から、一冊の冊子を手に取る。
机には他にも何種類かの冊子が並べられており、それぞれの値段が書かれた紙が机から垂れ下がっていた。


「それは俺が作ったアニメレビュー冊子だ。60ページにわたる詳細レビューが、たったの500円だぞ」
「うわぁ……すげぇけど……、ガチで要らねぇ………」


これは多分買っても読まねぇ。
パラパラ見ても、知らないタイトルしか並んでねぇし…。


「それなら、コスプレ体験はどうだ?あそこで着替えて、写真を撮れる。チェキを撮るなら、一枚300円だ」
「へぇ、面白いですね」
「おー…」


教室後方はコスプレ体験コーナーのようで、様々な衣装やウィッグと、パーテーションで区切られた着替えスペース、撮影スポットらしきパネルも設置されていた。

教室内にいる客達が、先程から俺たちの方をチラチラ見ては、声を潜め、何か話している。
俺は隣にいるピンク髪の美形を見た。

十中八九、千冬のことだろう。
二次元より綺麗だもんな…。


「千冬氏がコスプレしたら、宣伝効果はバツグンだ。是非体験していってくれ」
「あはは、ありがとうございます。でも、僕は見るだけでいいです。マンティス先輩の作った冊子を買わせてもらいますね」
「そうか。……あ。千冬氏、少しだけ伊織を借りる」
「え?あ、はい…」


ニヤついたマンティスが、俺の背中を押す。
横にいた女子部員二人をマンティスが呼び、衣装コーナーで俺はスムーズ引き渡しされた。


「え、何?何だよ?」
「伊織。お前には貸しがあったはずだ」
「は?」
「かわいい服を着ろ。そうしたら千冬氏が1000枚くらいチェキを買うだろう」
「はぁっ!?ヤだよ、何で俺が…、ちょっ、」
「それに俺は、あのフユ氏がどんなリアクションをするのか、非常に興味がある」


マンティスは一人でうんうんと頷き、女子部員と相談して衣装を選別する。
…なんか…、もれなくヒラヒラしたのばっかに見えるんだが…?


「腹を括れ伊織。漢だろ」
「坂巻先輩のお友達なんですねっ、彼氏さんすっごい美形ですね…!」
「女装イベ、私達が絶対成功させます!」
「じょ、じょそういべ…??」


ここに俺の味方はいない。
なにより、全員が、俺をギラギラした目で見ている。
なんだ…この圧……。


アニ研部員の圧に負けた俺は、仕方なく、着替えスペースに入って、渡された服に着替えた。
くそっ…。



「はぁ…。着替え、終わったぞ……」
「っ!?い、伊織先輩っ…!?」


パーテーションの奥から、千冬たちの前に姿を現す。
俺の頭には黒の猫耳。
動くたびに尻尾と首に付いた鈴が可愛らしく鳴り、メイド服の短いスカートの裾がふわりと揺れた。
脚もスースーするし、謎に胸元と肩が出る設計になっているから、首周りも肩もスースーだ。
変態すぎるだろ、こんな服。

恥ずかしくて、特に千冬とは、目が合わせられない…。


「元ネタ知らねぇけど、…これで合ってんのか?」
「素材の味を上手く活かしたコスプレだ。いいと思う」
「食いもんかよ」
「……、…、」


マンティスは親指を立て俺にグッドサインを送る。千冬は…、こっちを見たまま固まっているようだ。
穴が開きそうなほど視線を感じるけど、一言も言葉を発しない。

改めて自分の格好を見下ろす。

……穴があったら入りてぇ。

マンティスはコスプレとか抵抗ねぇのかもしれないけど、男がこんな格好してたら、千冬みたいな反応の方が普通だよな。

千冬のリアルな反応に、必死に押さえていた俺の羞恥心がむくむくと膨らんできた。
自分の手が、意識せずともスカートの裾を引っ張り下げる。
顔はみるみる赤くなっていくし、視線は落ちていく。更には、恋人の反応を視界の端に感じることすら耐えられず、とうとう顔を逸らした。

それでも、なけなしのプライドは、俺の口に文句を言わせる。


「…あんま、見んなよ……。…恥ずかしい…から……」
「〜〜っ…」


向こうでさっきの女子部員が机をバシバシ叩く謎の音が聞こえた気がした。

俺は、やはり何も言わない千冬を、目だけでそっと見上げようとして、すぐやめた。
妙な不安から、口元にも力が入って、ムッと小さく唇が窄まる。

…もし、こんな格好をしたせいで、千冬に嫌われたら……。

すげぇ、イヤ、だな…。


吐き出しようのない不安と羞恥心が、俺の目にうっすら水分を溜めた。

早く、着替えよう。
マンティスの馬鹿野郎。


「…ごめ、ん……。…こんな、変な、格好……、すぐ、着替えるから…、わ、忘れて…」
「…っへ、変じゃ、ないです」


一歩、一歩、と俺に近付いてきた千冬が俺の目の前で立ち止まる。
ごくん、と喉が鳴る音。
千冬は一呼吸置いてから、恭しく俺の右手を持ち上げた。
上体ごと少し傾け、俺を覗き込もうとしてくる。


「その服。メイドさん、ですか?」
「……そう、みてぇだな…」
「耳と、尻尾も付いてる。黒猫さんなんですね?」
「……知らねぇ…けど…」


諭すような声に、誘われるように視線を上げていくと、蕩けるような甘い栗色が俺を捕まえた。
千冬が甘く微笑むと、鼻根にかかるピンクの髪が、美しい目元に流れ落ちる。


「やっと、僕を見てくれましたね。僕のかわいい恋人さん」
「…っ、お前…、…」


この格好もさることながら、目の前の端正な顔の年下が、恥ずかしい。

千冬は自分の着ていた上着を俺にかけると、再び俺の手を取り、両手で包み込むようにして口元まで持ち上げた。
抱きしめられてないのに、千冬の体温と匂いに包まれて、不安や緊張が溶かされる。


「こんなかわいいメイドさん…、今すぐ連れて帰りたいです……」
「……、」
「ずっと、僕が養いますよ?」


桜色の唇に、俺の手を包んだ自分の手を押し当てた。

いつの間にか鎮まっていた教室内に、きゃぁ…、という小さな悲鳴のさざ波が立つ。
もっとも、今の俺には周りに意識を向ける余裕なんてない。

千冬が、甘くて、優しくて、綺麗過ぎて…。

細められた栗色の瞳は、銀杏並木に落ちる木漏れ日のように、キラキラと黄金色に輝いて、思わず見惚れてしまう。


「…お前、…恥ずかしい、から……」
「ふふ。ごめんなさい」


折角俺をフォローしようと優しい言葉をくれたのに、こんな言葉しか返せなくて、ごめん。
身体を少し動かすと、尻尾の鈴が、俺の気持ちに呼応するようにリン…、とゆっくり音を転がした。


「あー…、ゴホン。二人の世界になってるところ、すまない。そろそろギャラリーのキャパが限界だ」
「え?」
「ん?」


マンティスの気まずそうな咳払いで、初めて周りの状況を認識した。
教室内の人は増えていて、俺たちを見守るようにこちらに注目している。
観客は、主に女性。
すぐに千冬が俺を守るように肩を抱き寄せ、顔が見えないよう、頭をそっと胸元に押し付けた。
俺の視界は千冬で閉ざされてしまうけど、黄色い歓声は聞こえる。


「こんなところで、お騒がせしてすみませんでした。…でも、見せ物ではないので」


千冬の丁寧な声が、最後は刺すように鋭く響いた。
胸元に押し付けられている頭には、千冬の言葉が、こもった音で、しかし振動を伴ってダイレクトに伝わる。

こんな状況なのに、鼓動は速くなるし、鳩尾のあたりがぎゅっとした。


「先輩、着替えましょうか」
「……うん…」


千冬にくっついたまま、パーテーションの奥に連れて行かれ、やっと身体を離される。
教室内は徐々に話し声が増え、先ほどの沈黙は消え、賑やかな雰囲気に戻っていった。
どこからか、「さっきのピンク髪の人とチェキを撮りたい」という声も聞こえる。


「伊織先輩、大丈夫ですか?」
「…おう…、俺は、大丈夫だけど…。千冬こそ大丈夫かよ?」
「え?」
「多分、出たら、さっきの客達に囲まれるぞ」
「ふふ、大丈夫ですよ。伊織先輩が着替え終わるまで、パーテーションの外で待ってますね」


千冬の温かい手が俺の髪を優しく撫で、出て行く。
千冬は「大丈夫」と言ったけど、案の定、すぐに女性客に話しかけられていた。
薄い仕切り一枚を隔てただけの場所。
会話の内容は筒抜けだ。


「…すみません。僕はここの部員さんではないので…」
「…はい、恋人です。…インスタ?…教えられないです…」


千冬の見た目がいいが故の、普通の会話だ。
千冬に丁重に断られ、女性客は退散していく。

なのに。

俺の胸には、なんだかモヤモヤしたものが残った。


自分の身を抱きしめるようにして、肩にかかった千冬の上着を、ぎゅっと握る。
首にかかった鈴が、チリン…、と躊躇うように鳴った。


…胸の奥。モヤモヤ。


その正体が、俺にはまだ分からねぇ。