カフェを出た後、最初に発言したのは柑奈だった。
隣にいたマンティスの背中を叩き、声をかける。
「倫くん、私とガンプラ見に行こう!」
「え」
戸惑いながら柑奈に強制連行されるマンティスの後ろで、柚月がカゲヤンに尋ねた。
「か、影山くんはっ、行きたいお店、ある…?」
「せやなぁ…。あ、山用の厚手ソックス、新調しとかんとあかんわ。なぁ、伊織とマロは──」
「伊織先輩、僕の買い物に付き合ってくれませんか?」
「おう」
「晩ご飯の時間には、またこの近くに集合しようか?それまで、ぼくとなるちゃんは、雑貨屋行ってくるねぇ〜」
カゲヤンの呼びかけは無視して、柚月だけを残し、それぞれ散っていく。
ちょっとわざとらしすぎねぇか?
…まぁいいか。
俺は千冬に手を取られ、隣に並ぶようにしてついて行った。
「千冬、何買いにいくんだ?」
「そうですね…。折角なので、楽器店に行ってもいいですか?」
「おー、なんか欲しいのか?」
楽器店なんて、俺は入ったこともねぇ。
千冬にはいつもメシをご馳走してもらっているし、いつもの礼に、俺が買ってやりてぇな。
なんだろう?弦とか買うのかな。
ギターの弦は、張り替えるって聞いたことあるし。
そのくらいなら、俺でも買ってやれそう…
「ギターを、ちょっと見たくて」
「………おう」
本体か。
……高そうだな………。
モール内の楽器店は、入ってみると中は意外に広かった。
客も少なく、落ち着いた雰囲気。壁にずらっと吊るされたギターは、色や形が微妙に違う…くらいしか、俺には分からない。
鑑賞の仕方が分からない美術館にでも来たような気分になる。
隣で嬉しそうにそれらを眺める千冬にそっと声をかける。
「……千冬、新しいギターが欲しいのか?」
「え?ああ、いいえ。まだ今のギターを手放す気はないです。でも、見るだけでも楽しいので」
「そ、そうか…」
ホッと胸を撫で下ろす。
そういえば、来月にはクリスマスだ。
千冬の欲しいもの、聞き出さねぇとな。
俺が買えそうな範囲で。
「何かお探しですか?」
「あ、見てるだけなんですが…」
店員が千冬に声をかけ、千冬と店員のギター談義が始まる。
俺は聞いていてもよく分からねぇから、手持ち無沙汰気味に辺りをみまわした。
壁にかけられたベージュやブラウンのアコースティックギターの先には、カラフルなエレキギターが並んでいる。
アコースティックギターもかっこいいけど、エレキギターのメカニックっぽいデザインや周辺機器に、俺は少し心ときめく。
仮にも工学部男子だぞ?
嫌いなわけないだろ。
「伊織先輩、少し試奏したいんですが、良いですか?」
「おう」
千冬の声に振り返る。
どうやら店員と話が弾んだ結果、試し弾きしてみることにしたらしい。
店員は数あるギターの中から一つを取って、チューニングを始めている。
店の中程にある小さな椅子に千冬が腰掛けると、店員がギターを手渡した。
「ありがとうございます」
千冬が感触を確かめるように、丁寧に弦を弾く。
柔らかい音が、包み込むように響いた。
「わあ、良い音ですね」
「はい!こちら若い方にも大変人気でして……あ、すみません、少し失礼します。何かあったらお呼びください」
対応してくれていた店員が他の客に呼ばれて俺たちから離れていく。
千冬は綺麗に口角を上げ会釈をしてから、俺にかわいらしく微笑んだ。
「このギター、僕が今のギターを買う時に最後まで迷った子なんです」
「そうなんだな…。……、子?」
千冬の言葉に少し引っかかるが、千冬は気にせずギターの音を楽しみ始めた。
優しく柔らかい音が、千冬の指からこぼれていく。
ギターの音の違いなんて分からねぇけど、アコギの音は、千冬の歌声とすごく合ってるよな。
…心地いい、音色…。
千冬が俺の目を見て、微笑み合う。
すると、千冬は明確な旋律を弾き始めた。
「あ、」
「ふふ、分かりました?」
知っている。これは、この前千冬が作ったばかりの曲だ。
初めて聴かせてもらったときや、動画での演奏とは少し違う、ちょっとしたアレンジが入っているように聴こえる。
胸に響く低音と、繊細に絡む高い音。
途中、弦を軽く指の腹で叩き、ドラムのような音も混じった。
「すげぇ!」
「ありがとうございます。でも、売り物ですから、このくらいで……あ、マンティス先輩」
「あ、本当だ。それと柑奈。………どうした、二人とも?」
千冬が演奏を止めたところで、立ち尽くす二人に気付く。
でも、なんだか様子がおかしい。
二人とも、驚いたような疑うような表情で千冬を見つめていた。
そして。
「「……フユ?」」
え…、
バレ、た……?
背中に冷や汗が伝った。
千冬の目が、僅かに見開かれる。
これ、マズい…んだよな?
千冬は匿名で活動してるわけだし…。
俺は、千冬を庇いたい一心で、咄嗟に千冬の前に出て口を開いた。
「ち、違ぇから!えっと、…人違い!フ、フ、フユなんて歌い手、…知らねぇし…?まったく、誰だよ、それ……、まったく…」
「「「………」」」
顔が熱くなり、語尾が弱まっていく。
誤魔化せてる…か…?
変な沈黙の後、柑奈が腹を抱え、声を殺して笑い始めた。
マンティスが視線を逸らしながら呟く。
「お前は…、本当に嘘が下手だな…。聞いてるこっちが恥ずかしい」
「えっ!?」
「ぷっ…、くくく…っ」
「ふふっ、い、伊織先輩…っ、はぁ…。僕のために、ありがとうございます」
立ち上がった千冬が、俺の髪を優しく耳にかけた。
温かい指先が耳を掠めて、微かに身体が震える。
「本当に、かわいい人ですね…。愛おしすぎます」
「…はぁ…?」
この上なく甘い、栗色の瞳が、愛でるように俺の瞳を覗き込んだ。
こんな状況なのに、千冬の優しい手や目に、どんどん身体の熱が上がっていく。
口からは反抗的な声が出るけど、実際顔は真っ赤だし、自分が居た堪れなすぎて視線はみるみる落ちていく。
…くそ恥ずかしい…。
千冬は俺の背中を撫でたあと、俯いた俺の横で、はっきり二人に告げた。
「そうです。僕は、『フユ』という名前で、歌の動画投稿をしてます」
「はぁ〜、そうだったんだあ!まさか本物に会えるなんて感激!てか倫くんもフユ知ってたんだ?」
「フユ氏はボカロPの頃から知っている」
「ガチで?倫くん…、私と趣味合うね…?」
「ふふ、お二人とも聴いてくださってるんですね。ありがとうございます。…なんだか、少し照れくさいです」
三人の会話を聞いてるうちに顔の火照りも少し落ち着き、俺は恨めしげにマンティスを見た。
「お前ら何しに来たんだよ?買い物ならさっさと買って帰れよ…」
「柑奈氏が土曜の学祭前にスティックの予備を買いたいらしい」
「スティック?」
「そ。ドラムのね。私ユズとバンドやってるって言ったじゃん?学祭のステージで、今日観た映画の主題歌演奏すんの!」
「へぇ!ボーカルは柚月さんなんですか?」
千冬が目を丸くして柑奈に尋ねる。
俺もちょっと予想外だ。
ロック調のあの激しい歌を、あの小動物みたいな柚月が歌うなんて。
「ううん、ユズはベース。ボーカルはギターやってる院の先輩。三人でやってるから」
「そうなのか」
「影山くん連れて、ステージ観にきてよ?多分、ユズが誘ってると思うけど」
柑奈がニシシと笑って、付け足す。
「ステージ終わったら、影山くんに告白するとか言ってたし…!」
「え!早くねぇか?」
「カゲヤンはチョロそうだから行けるだろ」
「…確かに、ノリとテンションで生きてるもんな、アイツは…」
ここにいないカゲヤンを好き勝手言って、四人で笑う。
程なくして、さっきの店員が戻り、俺たちの雑談は終了した。
ギターを返し、スティック選びを始めた柑奈とマンティスと別れ、俺たちは店を出た。
「千冬、…ごめんな?…俺のせいで、バレちゃって…」
「いいえ。伊織先輩のせいじゃないです。それに、先輩のお友達になら、知られたところで何の問題もないです」
「そうなのか…?」
「はい。…あ、でも…」
千冬が少しだけ身を屈め、俺を覗きこむ。
「新しい、『二人だけの秘密』が、欲しいな…?」
「秘密?」
「僕と伊織先輩だけが知っていること、です。伊織先輩の秘密を、僕に一つ、くれませんか?」
「えぇ?」
「ふふ、何でもいいですよ。好きなことでも、苦手なことでも。伊織先輩のことが、知りたいだけなので」
そんなもの急に言われても、思いつくわけねぇだろ。
秘密、ひみつ、ヒミツ……。
好きなこと…、苦手なこと…で、他の人が知らないこと………。
「うーん…。………苦手…、っていうほどじゃねぇけど…」
「はい」
「俺も最近気付いた事があって…」
なんだか照れくさくて、ヘラっと笑う。
千冬は眉をピクリと上げ、口元を緩めてから、続きを促すように首を傾げた。
「耳…、なんだけど」
「みみ?」
「おう。耳がさ、千冬に触られたりすると、すげぇ、くすぐってぇんだよな…。身体がぞわぞわするっていうか…」
「…………」
「へへ、しょうもねぇ話だけど。こんなんでいいか?…………千冬…?」
千冬の希望に合うような答えを言えたんだろうか。
反応のない千冬の方を見てみると、口元を隠したまま、顔を反対方向に向けていた。
俺から見えるのは、ピンクの柔らかそうな髪だけ。
は?
俺の話、そんなつまんなかったか?
「はぁ。そんな急に言われても思いつかねぇよ。また考えてくるから、とりあえず今日は許してくれ」
「…………はい…」
不服なのか、静かにそれだけ言って、やっと俺の方に顔を向けた。
少し顔が赤いけど、目は文句でも言いたげなジトっとした目で、俺の耳元を見ていた。
…無茶振りが過ぎるって。
やれやれとため息をつき、もう少し歩いていくと、見知った背中が見えた。
「マロたちと…カゲヤンたちだ。そういえば、晩メシはみんなで食うって言ってたな。もう時間か?」
「…そう、ですね。マロ先輩から連絡来てました」
「ヤべッ、マロに怒られる前に行こうぜ。ビリは奢らされるかもしれねぇし」
「ふふ、はい。急ぎましょうか」
急ぎ足でみんなの元へ向かい、カゲヤンに背後から膝カックンをお見舞いし、挨拶がわりとする。
うるさいリアクションをとるカゲヤンの横で、柚月が満足そうに笑っていた。
おお、柚月、上手く話せたみてぇだな?
全員が合流して、近くの飲食店に入る。
みんなで賑やかに晩メシを食べる間、俺は二人の様子をチラチラ確認した。
目を見て笑い合う二人の距離は、この数時間でぐっと縮まっているような気がして、口の端が上がる。
……上手く、いきそうじゃねぇか?
「千冬。学祭…、楽しみだな?」
「はい。そうですね」
柚月が告白するという大学祭まで、あと3日だ。
にこにこ微笑む恋人の横で、俺はその日を、なんだか無性に待ち遠しく感じた。



