「どうぞ、プリンとクッキー…です」
「え?伊織、なんやねんこれ?」
「話って、これぇ?」
「いただこう」
月曜日。時刻はちょうどお昼時。
俺は晴れて恋人同士になった千冬と共に、カゲヤン達を一ノ宮キャンパスの学食に呼んでいた。
昨日千冬とデパートで買ってきた、ちょっといいデザートをカゲヤン達に配る。
「いや、これは…ささやかなお礼…っつうか…」
「僕たち、恋人同士になりました。先輩達のおかげです。本当にありがとうございます」
「ちょ、千冬…!」
歯切れの悪い俺に代わって、千冬が三人に報告を完了させる。
こいつ、恥ずかしくないのか…!?
俺はなんか小っ恥ずかしいんだけど?
赤い顔で千冬の服の端を引っ張ると、千冬が眉を下げ、優しく微笑む。
「恥ずかしいんですか?ふふ。僕は、幸せですよ」
「っ…」
そして俺の手にそっと触れた。
栗色の瞳が、甘く俺を見つめる。
「………ボク達、見せつけられてるぅ?」
「られてるな」
「あー、スイーツ食う前から甘ったるいんやけど」
ブチブチ言いながらもプリンの蓋を開けて早速食べ始める三人。
俺と千冬も、自分たち用に買った分を開けて食べ始める。
「まあ良かったな。これで俺達も一安心や」
「だねぇ。お幸せにね」
「末長く爆発しろ」
「爆発?」
マンティスの謎発言に突っかかっているとキリがないから、気にはなるけどスルーする。
三人の朗らかな表情を見る限り、祝福されてるのはちゃんと伝わる。
隣をチラリと見ると、スプーンを口に運んだ千冬と目が合い、ちょっと照れて、緩む頬が熱を持つ。
そのまま目だけで三人を見上げて口を開いた。
「…ありがとな、三人とも。…その、これからも、よろしくな…?何か、俺が協力できることがあったら、言ってくれな」
「何~?改まってぇ?」
「伊織、顔が緩み過ぎ…」
「あっ!ハイハイ!あるある!」
マンティスが何か言いかけながら、千冬の方を一瞬見て、素早く顔を逸らす。
その横で、カゲヤンがスプーンを咥えたまま元気に手を上げた。
「学祭来てやぁ!部活で販売やんねん。買うてや!」
「へぇ?カゲヤンって部活なんだっけ?」
「うぉぉいッ!山岳部やで!?『岳斗(がくと)』の『岳』は、『山岳』の『岳』やろ」
「岳斗?」
「俺の名前やろが!影山岳斗ォ!ったく、お前らなァ…」
カゲヤンの渾身のツッコミにみんなで笑う。
カゲヤンの言う学祭とは、来月にある大学祭のことだ。
俺は部活もサークルもやってねぇし、関係ないから行くつもりなかったけど、頼まれたからには行くしかねぇよな。
「わかった、行くわ」
「僕も行きます」
「それならアニ研にも来るといい」
「あー、マンティスはアニメ研究会だっけ?」
「そうだ。アニ研にも金を落としていってくれ」
「やらしぃな~、その言い方」
「なら、ボクも剣道部のステージ披露あるから観にきてよぉ」
「おう、多分行くわ」
「ちょっとぉ、多分って何?さっきまでのしおらしさはどうしたのぉ?」
「ははっ、…あ、」
マロをからかって笑っていると、スプーンのプリンを誤って服に落としてしまった。
慌てて近くのペーパータオルで拭き取ろうとすると、余計汚れが広がってしまう。
あー…。
「悪ぃ、千冬。これ、千冬の服なのに」
「「「ブッ」」」
「大丈夫ですよ。今から僕の家戻って着替えますか?」
「「「ブフッ…」」」
「いや、そこまで時間ねぇし、上着羽織れば見えねぇからいいわ。洗濯して返すな」
「そのままでも良いですよ?とりあえず、濡れタオルで拭きましょう。お手洗い行きましょうか」
「おう、分かった」
「先輩たち、少し伊織先輩を借りますね」
「「………どうぞ」」
「見せつけられてるわぁ…」
カゲヤンが何かボヤくが、俺は、千冬に手を引かれて席を立つ。
近くのトイレまで行くも、千冬はそこを通り過ぎて、階段を登っていった。
「トイレ行くんじゃねぇの?」
「ここは混んでますから、2階上の空いてるところへ行きましょうか」
「ああ、確かにな」
食堂から離れるにつれて、人の声も気配も消えていく。
千冬の言う通り、2階上のフロアは人気がなく、トイレも誰1人いなかった。
静かなトイレは、少し寒々しい印象を受ける。ていうか、実際ちょっと空気が冷たい。
…千冬に手を繋がれてる俺は、あったけぇけど…。
「伊織先輩、こっち向いてください」
「ん」
千冬は洗面所でハンカチを濡らすと、俺の服の裾に触れる。
長いまつ毛を伏せたまま、静かに尋ねる。
「服の中に、手、入れても良いですか…?」
「おう…、えっ!?」
よく考えないまま返事をした瞬間、千冬が更に一歩近づき、服の裾に手をかけた。
「何っ…、」
「すぐ、終わらせますから」
動揺する俺を置いて、千冬の手が、服の裏側をスルスルと登った。
千冬の肘に引っかかった裾がたくし上げられていき、ひんやりした空気が服の中に入り込む。
身体がビクッと跳ねた。
「っ、」
「…寒いですか?」
「…大丈夫、」
千冬の手が汚れ部分まで到達すると、内側から服を押さえながらハンカチで丁寧に拭き取ってくれる。
目の前には、柔らかいピンクの髪と、俯く千冬の整った顔。
「……お前、ほんとに世話好きだよな…」
汚れた服を拭いてもらうなんて、ガキっぽいか?と、少し冷静になった頭が考え始める。
微妙な恥ずかしさを千冬の世話好きのせいにしようと呟くと、視線を上げた千冬と目が合った。
ち、近ぇ…。
「…伊織先輩、」
「な、なんだよ?」
「………僕以外に、可愛い顔…見せないでほしいです」
「……は?」
静かに零された言葉にびっくりする。
カワイイカオ?
何の話だ。
ゆっくりと距離を詰める千冬に後退りすると、背中に冷たい壁が当たる。
千冬はさらに距離を縮め、唇が触れるギリギリのところでやっと止まった。
長いまつ毛の下で、甘い栗色の瞳が切なげに俺を見る。
「僕だけのものに、したいんです……」
「っ、」
「そんなこと言ったら、僕のこと、嫌いになっちゃいますか…?」
服の内側に入れられた手を首元から出し、俺の顎に添える。
服が引っ張られて、身体ごと千冬に引き寄せられるような感覚になった。
──ちゅ
そして、優しい口付け。
柔らかい唇の感触に、頬がじんわり熱くなる。
「ち…ふ、ゆ…、誰か、来るかも……」
「…少しだけ、ですから…」
再び唇が合わされ、俺の抗議ごと飲み込まれてしまう。
「……僕の、伊織先輩、です…」
「…っ、」
唇が離れ、千冬を見上げると、うっとりした瞳と目が合った。
服の中にあった手を引き抜き、服の裾を整えると、しなやかな指先が優しく頬を撫でた。
「伊織先輩…」
千冬の腕が、背中に回る。
「次に会えるのは、水曜のバイトですよ…」
「そうだな」
「……寂しいです」
掠れた声が呟く。
「水曜なんて、明後日だろ」
「………」
俺の言葉に、千冬が俺の首元に擦り寄った。
肌にあたる髪が、くすぐったい。
腕の力が強まって、千冬の体温が俺の体を侵食していく。
「千冬、……今日、寝る前に電話する」
「!、本当ですか?」
「おう」
「ふふ、嬉しいです」
ようやく身体が解放され、目の前には、照れたように微笑むかわいい後輩がいた。
「ほら、そろそろ戻らねぇと、アイツらに置いてかれる。戻ろうぜ」
「はぁ…、はい。分かりました」
千冬に手を繋がれ、トイレを出る。
きゅっ、と握られた手に、幸せを感じた。


