【短編】一度も話したことないイケメンのクラスメイトと二人組になったらめちゃくちゃ執着されてた




「はい、じゃあ二人組作って」

 体育の授業が始まるなり先生はそう言う。それがある種の生徒にとって地獄の宣告であると知らずに。

 俺──綿辺(わたなべ)夏稀(なつき)にとってもそれは残酷な一言であるはずだった。二人組を作れない。それは、すなわちクラスに『一番の友達』がいないという証明になるのだから。

 俺は人付き合いが苦手なことを自覚している。だから当然、こういうときに組む相手なんていない。
 いなかった。そう、高校に上がるまでは。

 高校になって入ったゲーム同好会。そこで俺は同じく人付き合いが苦手なたっくんと知り合い、『二人組を作らされそうになったときは協力しよう』という協定を結んだのだ。
 そしてたっくんとは去年も今年も同じクラス。もう俺にとって二人組は怖くもなんともない──はずだった。

 俺は忘れていた。たっくんも人間。
 風邪で学校を休む日くらいあるということに。

 ──ですよねー……

 たっくんがいないなら体育なんて見学すればよかった。と思ったのもあとの祭りで、グラウンドに集合した俺たちに体育教師の矢崎が「はい、じゃあ二人組作って」と言う。なんの感情も込めずに。

 ──もっとドラマチックに言えよ……! こっちはぼっちのレッテル貼られるかどうかのぎりぎりのとこでやってんだよ!

 俺はクラスメイトたちの顔をさっと見回すが、顔ぶれは去年とあまり変わっていない。ということは人間関係も持ちこされているので、もうみんな気の合う相手を見つけている。
 そして俺はたっくんがいることに安心してほかに友達を作ろうとしていなかった。

 あ、詰んだ。

 みるみるうちに二人組が作られていくのを見て俺はそう思った。このままじゃ矢崎と組まされる。『友達がいなくて先生と組まされた恥ずかしいやつ』という烙印を──

「あ、綿辺くん」

 ──押される、と思ったとき。
 だれかが後ろから俺の肩をぽんと叩いた。

「まだ相手決まってないの? なら、俺と二人組にならない?」

 振りかえる。と、そこには眩しいイケメンがいた。

 緒川(おがわ)聖夜(きよや)
 今年の春に転校してきた、アイドルみたいな顔と長身の男。

「え?……いいの?」

 うちの学校にすげーイケメンがきた、ということで男子も女子もみんな盛りあがった。休み時間にはちがう学年の生徒まで教室に来る始末。
 しかも文武両道で成績もトップクラス、といまどき漫画でもいないような完璧超人だ。

 さらに性格もいいのであっという間にみんなと仲良くなった。二人組であまるようなやつじゃ絶対ないんだけど……。

 ……あ、そっか。俺がひとりになるのを心配して声をかけてきてくれたのか。
 イケメンって心までイケメンなんだな……。

「よろしく、綿辺くん」

 緒川は俺の目を見てにっこり笑う。
 その笑顔が自分だけに向けられていることに気づいて、女子が体育館のほうにいてよかった、と俺は胸をなでおろしたのだった。




「緒川って部活もう入った?」
「ううん、まだ。前の学校になかった部活もあってなかなか決められないんだよね。綿辺くん……夏稀って呼んでいい?」
「あ、うん」
「夏稀はどこの部活に入ってるの?」

 柔軟運動をしながら俺たちは他愛ない会話をする。
 雑談は苦手だけど不思議と緒川相手だとすらすら言葉がでてきた。「ゲーム同好会」と答えると「ゲーム?」と俺の背を押しながら緒川が尋ねてくる。

「eスポーツってわかる? ゲームの大会なんだけど。あれを目指したり……あと、レトロゲーの紹介記事書いたり……」
「俺、FPSならよくやるよ」
「え、マジで? 『アイアン&ドロー』は?」
「やってる」
「マジで!? 俺も、え、ちょ、対戦とかできる!?」

 いま一番熱いオンラインゲームを緒川がプレイしていると知ってテンションが上がる俺を矢崎が「静かに!」と注意してくる。
 すみません、と謝ってから俺は緒川の顔を見上げた。

「な、あとでLINE交換しよ。いいよな?」
「もちろん」

 太陽の光を浴びながら緒川はにこっと笑う。
 その笑顔の裏になにが隠されていたか。このときの俺は、考えもしていなかった。





「聖夜って立ちまわり上手いよなー……百発百中だし」
「そんなことないよ」

 あれから一週間。
 けっきょく、緒川──聖夜はゲーム同好会に入会した。

 いろんな部活(特に体育会系)から熱烈な勧誘があったみたいだけど、聖夜はそれを『友達と一緒のところに入ります』と断ったそうだ。
 なのでその友達である俺は一部のひとたちから恨まれているらしい……というのはたっくんから聞いた話だ。そんなこと言われても。

 ゲーム同好会は簡素ながら部室を与えられている。いまは昼休みで正式な活動時間ではないのでほかにだれもいない。
 俺は聖夜と壁際にあるソファにならんで座り、スマホで彼が『アイアン&ドロー』をプレイするのを見ていた。

 聖夜はとにかく筋がいい。まだやらせてないけどFPS以外もきっと上手いだろう。
 有望な会員をひっぱってきたことで同好会内(二年が俺とたっくんのふたり、三年がひとり、一年がひとり。全員男)での俺の株も一緒に上がっていた。

 聖夜と友達になっていいことづくめだ。そう思っていたとき、

「あ、やっぱりここに……」

 がちゃっと部室のドアが開いてたっくんが入ってくる。
 俺を見て笑顔になったかと思うと、その隣にいる聖夜に気づいて微妙な顔を浮かべた。

「……緒川も一緒か」
「ダメだったかな?」
「そんなことはない……けど」

 たっくんはなんとも言えない表情で向かいのソファの端っこに座る。
 そして鞄からごそごそスマホを取りだすと、「あ、充電ねえや」とつぶやいた。

「ナツ、こっち来て」
「え?」
「スマホ使えねえもん。ナツがゲームやってるとこ見せて」
「しょうがねえなあ……」

 明るく染めた髪にピアス、といういかにも陽キャっぽい見た目とは裏腹にたっくんは極度の人見知りだ。だから俺なんかと気が合うんだけど。
 たっくんからの頼みに、俺は鞄から自分のスマホを取りだしてソファから立ちあがって──

 ──その手を、聖夜につかまれた。


「どこ行くの?」
 

 聖夜が優しく問いかけてくる。
 なんでもない問い。のはずなのに、なんでか俺は口ごもった。

「え、と」
「おまえには関係ねえだろ」

 聖夜じゃなくて壁のほうを見てたっくんが言う。「転校してきたばっかのくせに。ナツの友達面してんじゃねえよ」

「俺たち、もう友達だよ?」
「ろくに話したこともなかっただろ」

 ──あ、喧嘩になる。
 そう思ってあわてて仲裁しようとしたとき、聖夜が俺の手をつよく引いた。

「うわっ──」

 バランスを崩してソファに座る俺の肩を聖夜が抱く。
 そして、俺のほうに体を寄せると彼は微笑みを浮かべて言った。

「俺が先に夏稀と話してたんだけど。どういう権利があって、きみは夏稀を俺から取っていこうとするのかな?」

 それは──優しいけれど、なんだか凄みのある微笑だった。

 たっくんはぎくっとしたように固まる。
「なんだよ……」とつぶやくと、いたたまれなくなったようにスマホを鞄に突っこんで部室から出ていった。

「たっく──」

 ばたん、と乱暴にドアが閉まる。

 俺はそれを見送ることしかできなかった。いや、正確に言えば。

 肩に置かれた聖夜の手が──追いかけるな、と言っているみたいで。
 たっくんを呼びとめることができなかった。

「……あ、殺されちゃった」

 スマホの画面に目を落として聖夜がつぶやく。
 その普段通りの穏やかな声が、なぜだかちょっとだけ怖かった。





 その日を境に俺とたっくんの『協定』は壊れた。
 体育の時間になっても俺たちは目も合わせない。たっくんはべつの友達と二人組を作り、俺は聖夜と組む。
 それが俺たちの新しい日常になった。
 
「たっくん――」

 変わったのはそれだけじゃなかった。たっくんは俺を避けるようになった。
 同好会には来るけど回数は減ったし、部室に俺と聖夜しかいないと理由をつけて帰ってしまう。昼飯を一緒に食べることも休みに遊ぶこともあれ以来なくなってしまった。

『俺がなにかしたならごめん』
『ちゃんと話したい』

 何度もLINEで送ろうとしては消す。
 俺の友達は――聖夜を除くと――たっくんくらいだ。喧嘩なんてしたことなかったから、こういうときどうすればいいかわからなかった。

『大丈夫、時間が解決してくれるよ』――聖夜に相談したらそう言ってくれたけど。

 自然と、家で家族に話すことはたっくんのことから聖夜のことばかりになる。
 俺に新しい友達ができたことに母親は無邪気に喜んでいて、たっくんの話を俺がしなくなったことに違和感は覚えなかったようだった。

「聖夜ってやっぱりクリスマス生まれなの?」

 昼休み、部室でパンを食べながら聞くと聖夜は「そう」と笑う。向かいのソファで。

「だからクリスマスプレゼントと誕生日プレゼントは一緒なんだよ。ケーキもそう。すこし損だよね」
「あー、そっかぁ」

 誕生日がクリスマスなんて、女子だったらロマンチックでいいなんて言いそうだけど。そういう問題があったか。

「あ、じゃあ俺は聖夜の誕生日とクリスマス別々に祝ってやるよ。プレゼントも二個だし、ケーキも二個な!」
「……いいの?」
「当然!」

 ありがとう、とはにかみながら聖夜は笑う。俺が女子だったら即落ちてそうな笑顔だ。

 ……そういえば、意外なことに聖夜が入会してもゲーム同好会のメンバーは増えなかった。ファンの女子とかいっぱい入りたがってもおかしくないのに。

 まあ、おかげで昼休みは聖夜とふたりきりで過ごせてるんだけど。
 だれかが『あの同好会はやめとけ』って噂を流してる――とか、そんなんじゃありませんように。

「夏稀は七月だよね。誕生日プレゼント、なにがほしい?」
「んー……ゲーム用の指サック欲しいかなぁ」
「もっと高いものでもいいよ?」
「え、そんな悪いし」
「そうかな」聖夜はきれいな目を細める。「俺は、夏稀に特別なもの贈りたいけど」

 ……あれ。
 そういや俺、聖夜に誕生日教えたっけ?

「XのIDに入ってるだろ」俺の心を読んだように聖夜が言う。「0712って、あれがそうだよね?」

「ああ。そっ……か」

 説明を聞いて一度は納得した。たしかに、ゲーム関連のアカウントをフォローするために作ったSNSのアカウントIDには俺の誕生日を入れてある。

 なんだ、それでか、と思ったけど。それはそれでおかしかった。

 俺――聖夜にXのアカウント教えてない。

 情報収集用のアカウントで俺からはなにも発信してないから、教える必要なんてないと思っていた。なのに。
 なんで、聖夜はあのアカウントを知ってるんだ?

「……そういえばこの前、夏稀のおかあさんと会ったよ」

 ふたりきりの部室。からになったパンの袋を几帳面にたたみながら聖夜が言う。

「スーパーのセルフレジで困ってたから操作を教えてあげたんだ。そしたら俺の制服見て、息子と同じ学校の子ね、って。名前も聞かれたから教えてあげたんだ―――夏稀、家では俺のことばかり話してるんだ?」

 照れるな、と聖夜は笑う。
 完璧な。見とれそうな。聖人のような、笑みで。

「今度、家に遊びにおいでって誘われちゃった」

 足下に置いた俺の鞄からLINEの着信音が聞こえてくる。ファスナーは開けっぱなしで、スマホの画面がちらりと見えた。

 たっくんからのメッセージ通知。内容は、

「俺がアップルパイ好きって言ったら今度作ってくれるって。いいな、料理上手で」
『ナツ。緒川だけど、あいつなにかおかしい』
「あ。荷物が重そうだったから、家まで運ぶの手伝ってあげたんだよ」
『おまえのことばかり嗅ぎまわってる』
「おかあさん、俺のことすっかり気に入っちゃったみたいでさ。絶対遊びにきてねって何回も言われちゃったよ」
『おまえに近づくなって、俺だけじゃない、いろんなやつらに言いまくってて』

「で、いつにしようか?」


 ……俺はなにも言えずに。
 通知がきて明るくなったスマホの画面が暗くなるまで、ずっと、最後に送られてきた三文字を見つめていた。


『逃げろ』