1999年7月7日、水曜日。地球滅亡まであと25日。
一昨日から降り出した雨は連日続き、梅雨の再来を予感させた。七夕である今日も朝から雨が降りしきり、月も星も見えないような漆黒の夜空であった。
「僕、物心付いてから一度も七夕の日に晴れたことがないんだよね」
「それは君が雨男だからじゃないのか?」
「違うよ。僕じゃなくてこの国が雨が大好きなんだよ」
午後七時すぎ。漸く暗がり始めた曇天を見上げながら、僕はそう毒吐く。今日の夕食は押し入れに眠っていた最後のカップ麺である。いつもより有難みを噛み締めながら頬張った。
「カカシは二千年も生きてるんでしょ?だったら七夕の日に星を見れたことは結構あるんじゃない?」
「勿論あるよ。でも確率は低いかな。日本は六月中に梅雨が開けること自体珍しいから、必然的に七夕の日も曇天が多いんだよ」
カカシは柔らかな口調でそう話すと、酒が注がれたグラスを煽った。氷がぶつかるささやかな音が室内に響く。
「七夕の夜って、短冊に願い事を書いて笹の葉に吊るすんだけど、なんでか知ってる?」
「織姫と彦星が年に一度だけ逢瀬を許される、例の言い伝えでしょ」
「そう。でも年にたった一度しか会えないのに、曇天だと天の川も見えなくて可哀想でしょ?だから皆七夕の日は聖典を願ってるんだよ」
「私にとっては年に一度会うだけでも十分だけどね」
キッチンで新しい酒を調合しながらカカシはそう零す。香りからして度数の高そうな酒を飲み続けているにも関わらず、彼の陶器のような肌と飄々とした表情に変化はなかった。
「カカシにとってはね。でも普通の人間にとっては一年ってとてつもなく長い時間なんだよ。犬とか猫とか短命な生物にとってはもっともっと長くて辛いものだろうけど」
「そうだね。意味もなくこんなに長く生きていると、感覚が麻痺してくるんだよ」
「一日中ずっと家にいるのに、短く感じるの?」
無垢な瞳でそう訊くと、向かいに腰掛けたカカシは苦笑を漏らした。
「日によって違うけど、ほとんどは何もしていないから君の云う通りとてつもなく長く感じるよ。でも、そんな膨大な果てのない時間を、私は永遠に生きていかなければいけないんだ」
「ふうん。よく分かんないけど、正直そんな長い時を生きてきて死にたいって思ったことはないの?ヴァンパイアって日光と炎に弱いんでしょ?焼け死ぬっていう選択肢もあるわけじゃん」
「……うん。でも私は約束があるからね。死ぬわけにはいかないんだ」
カカシは雫が垂れるグラスを見つめながらそう云った。僕はその横顔を眺め、すぐに目を逸らし麺を啜った。愛しい人を懐古する眼差しを直視することができなかった。
「でも、今月中に人類は滅びるんだよ?」
「もしかして君、そんな妄言を信じてるのかい?」
馬鹿にしたような挑発の眼を向けられ、僕は口を尖らせ反論する。
「だってあのノストラダムス大先生が予言してたんだよ。フランス革命やヒトラー、鉤十字も予言していた偉大なるあの方が云ったんだ。きっと間違いないよ」
「でもそんなものいくらでも改ざんはできるし、何より二千年も生きていた私の存在自体が、人類滅亡説の不証明だろう。今までそんな頽廃的で愚鈍な予言はごまんとあったけど、的中した試しは一度もないんだし」
グラスを傾けながらカカシはそう断言する。僕はすねた表情で云った。
「いずれ分かるよ。あの予言は正しかったんだって」
