「光君、帰ろ」
ホームルームが終わった瞬間、一番後ろの席から藤森君が僕を迎えに来た。
早い。僕なんてまだ机にかけた鞄さえ手に取ってなかったのに。
「ちょっと待ってくれる?」
「いいよ」
待ってと言いながらも急ぎつつも、手が止まりそうになる。
自分の中にある、悩み過ぎてよくわからなくなってきた感情を解決したい。けど、どう伝えたらいいのか迷う。
あと藤森君越しに痛いくらいの視線が集まってるのがプレッシャーだ。
「金原君、どっか行くの?」
「え?」
思わず顔を上げると、よく藤森君にちょっかいをかけている派手な女子たちだった。
普段、僕に話しかけることなんてないのに。
「ね、どこ行くの?あたしらもカラオケ行こうって話してて」
「よかったら一緒にどうかな?」
女子たちは僕の席を取り囲むように、そわそわしながら近づいてきた。
藤森君狙いで僕に話しかけに来たことくらいわかる。
「えっと……」
ただでさえ慣れてないことにイライラして、焦っているのに、これ以上いろいろ考えさせないで欲しい。
「は?無理」
先に返事したのは、藤森君だった。
「金原、俺が先約だから」
隣の席に腰かけてた藤森君は立ち上がって
「帰る準備できた?」
「あ、うん」
「じゃ、帰ろ」
話は終わったとばかりに藤森君は教室の出入り口に向かおうとした。
「ね、待って。人数多い方が楽しいし、金原もそう思うでしょ?」
行く手を遮るように前に出て来られ、僕は立ち止まってしまった。
「えっと」
そうかもしれないけど、僕は少数の方が落ち着きます。なんて返事する隙すらない。
「そうだよ。ね、藤森君」
そのうち一人が甘えるように、藤森君の袖を軽くつかんだ。
瞬間、眉をひそめた藤森君がその手を払った。
「しつこい」
瞬間、周りの声がしっかり聞こえるほど、静まり返った。
振り払われた手は、行き場をなくしてさまよっている。
さすがにクラスメイト相手に、やりすぎな気もする。
「あの、藤森君──」
「はいはい、ストップストップー!」
急ぎ足で走って来たのは、桃山君だった。
「藤森と金原は今日用事あるから、代わりに俺と山ちゃんが付き合うよ」
「え?俺もいいの?」
桃山君の後ろからひょこっと顔を出した山ちゃんは、ちょっと嬉しそうにしている。
「えー、でも」
「はいはい、カラオケ行くよ。俺とだと嫌?」
「そんなこと、ないけど。ね?」
話しながらも藤森君と僕の前に立った桃山君は、後ろに回した手で“早く行け”と手で合図してくれた。
桃山君に話しかけられ、女子たちもそわそわしている。
見上げた先の藤森君とうなずき合い、教室の後ろ出口に向かった。
「あと何人か誘うか。おーい、今からカラオケ行ける人―?」
山ちゃんが教室中に聞こえるように叫ぶと、あちこちから手が上がった。
「じゃあこっち集合して」
桃山君の周りに何人か集まっていく様子をちらりと見ていると、教室を出てすぐに手を握られた。
「光君」
あごに手をあてられて、藤森君の方を向かされてしまった。
「他のやつ、見ないで」
小さくそう言う藤森君に、自分しか目に入らないようにしたくせに、と文句言いたかった。
「さっきの桃山君、すごかったね」
校門を出て、とりあえず駅へと向かう。
沈黙がつらくて、でも本当に思っていることでもある。
「あいつ、いっつも間入ってくれるから助かる。俺、正直に言っちゃうから」
「自覚あるんだ?」
見上げた先の藤森君は、なんとも言えない、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「自覚あるけど、直そうとも思ってない」
「もう少し優しく言うだけでも、印象違うよ」
「俺、光君にしか優しくしたくない」
そんな不満げにされても困る。
僕もまっすぐ言う方だけど、少しだけ言い方を考えた。
「その、藤森君が本当は優しい人なのに、冷たい人だなって思われるのは僕も、悲しいと言うか……」
まっすぐ言うなら“無駄な争いや反感を買うのはやめてほしい”になる。
「……わかった」
ぼそりとした声に藤森君を見上げると、不満げな顔が少しだけにやけている。きっと、わかってくれただろう。
「それで、どうする?」
藤森君が、繋いだ手をゆっくりと振る。
靴を履くときに話された手は、校門を出てすぐに繋がれてしまった。周囲に誰もいないとはいえ、気まま過ぎないだろうか。
「あの、藤森君」
「なに?」
これに加えて、解決したいことがある。
「ちょっと、近いから……」
車道を歩く藤森君が距離を詰めてくるから、ずっと手を繋いでる方の腕もくっつくほどに近くに来るから、僕は鞄を胸の前に持って体を縮め、なんならたまに壁に肩が擦れそうになっている。
「ごめんね、光君に誘われて浮かれてるみたい」
藤森君は一歩分、距離を開けた。
浅くなっていた息を吐きだし、僕は鞄を肩にかけなおした。いや、まだしっかりと手が握られたままで、せめて一度離してほしい。手汗を拭きたい。
「で光君、話しってなに?」
立ち止まった藤森君は、少し緊張した面持ちで言った。
「もしかして、もう一緒にお弁当食べれないとか?」
額に拳を軽く当て、藤森君はなにかに耐えているようだった。
なんの話か伝えてなかったから、藤森君を不安にさせてしまったことに気づけなかった。
「違うよ、そういう話じゃなくて」
「じゃあなに?」
なにと言われると、なんと言ったものか。
口の中で何度か言葉を選びなおしても、これで合ってるのかわからない。
「その、藤森君のこと考えるために、藤森君がなんで僕が好きかを聞きたくて」
言うの恥ずかしすぎて、ぎゅっと鞄の持ち手を握りしめた。とても顔なんてあげられなくて、明後日の方向をむいたまま。
「そっか」
「うん」
静かに、風が木の葉を揺らす音と遠くで子どもが楽しそうに遊ぶ声だけが聞こえる。
「光君、俺のこと真剣に考えてくれてるんだね」
その声に顔を上げると、藤森君は照れくさそうに、でもうれしそうな笑みを浮かべていた。
「どーぞ」
「おじゃまします……」
ゆっくり話ができるように、ということで藤森君のお家にお邪魔することになった。
広いリビングには大きなL字型のソファと大型のテレビ、ダイニングテーブル。
「適当に座ってて」
とりあえずソファの端に小さく座ると、サイドテーブルに写真が立ててあるのに気づいた。
シルバーの写真盾には、小さい藤森君の写真が飾ってあった。しっかりとカメラをにらんでいるけれど、幼くてかわいい。
「光君、どうぞ」
「ありがとう」
「てか、もっとこっち座んなよ」
お茶をテーブルに置いた藤森君に引っ張られ、角っこに横並びで座った。足先があたりそうになる。
「それで、俺がどれくらい光君に惚れてるか聞いてもらう感じ?」
少しおかしそうに藤森君は笑う。
「それはちょっとちが……、でも、そうなのかな?」
「俺はそうだと思ったけど?」
「ちょっと待って、今聞きたいこととまとめるから」
「うん」
藤森君は本当にお茶を飲みながら、ゆったり待ってくれている。
でも僕の方がこの沈黙に耐え切れない。
「桃山君って、ずっと今日みたいな感じだったの?」
「いや、中学んときは俺と変わらなかったけど。適当にさばいてた。あいつの方が人当たり良い分面倒ごとも多かったから、懲りたんだろうな。今は距離感気をつけつつ周囲に敵も作らず、俺のフォローもしてる」
「誰とでも仲良いもんね、知らない間に山ちゃんとも仲良くなってたし」
「あいつ兄弟も多いから、もともと面倒見もいい」
「それはモテるね」
「そ、だからあいつ好きな子は長い片思いしてる子が多いらしい。俺みたいな外見目当てと違って」
「そうなんだ……」
とってもコメントしづらくて、黙り込んだ。
「てか光君、桃山の話でいいの?俺は全然、次回でもいいけど。その分、光君の頭ん中、俺でいっぱいにしてもらえんなら」
僕の顔を覗き込む藤森君は、いたずらっ子のように笑ってる。
「すぐ、そういうこと言う」
「だってほんとのことだもーん」
ソファの背もたれに頭を乗せた藤森君が、甘えた表情でじっと僕を見つめてくる。
このままだと藤森君のかわいさにやられて、本当に次回になってしまう。
僕は腹をくくって口にした。
「聞きたいこと、どうして藤森君が僕を好きかわからない。だから理由を教えてほしい」
聞いてどうにかなることかなんてわからない。でも、聞かないとずっと僕は悩んでしまう。
ソファにもたれかかっていた藤森君はゆっくりと座りなおして、斜め上に視線を向けながら考えているようだ。
「ん~、わかんない」
まさかの回答に思わず、「え?」と声が出た。
「わかんないっていうか、いつの間にか光君のこと目で追うようになってた。光君がご飯食べてるの、おいしそうだな、かわいいなって思ってたし、山ちゃんが光君の弁当のおかず食べさせてもらってたのうらやましくなってた。俺も、おいしい?って聞いてもらえるようになりたいなって思ってた。弁当買いに行ったときに、少しだけ話せるのが、光君が楽しそうに説明してくれんのがうれしくて、もっと話したいなって思ってた」
「……それ、いつから」
思い出すように、柔らかに話す藤森君。
「1年の終わりには、もう光君しか眼中になかったよ」
「…………………」
想定外の答えに、驚きすぎて呼吸するのを忘れていた。
「光君、おーい?息してる?」
目の前で藤森君が手のひらを軽く振って、我に返った。
「でも、1年ってクラスも別だったし」
「そうだね」
藤森君は穏やかで、それでも驚く僕を面白がってる気がする。
お茶を一口飲んだ藤森君は、ぼんやりと前を向いて話をつづけた。
「俺が光君を見つけたのは、バイトの時。そん時まだ品出ししてたから、表に出たら用もないのに話しかけてくる客が多くてすげぇイライラして。時給いいし家の近くだから行けてたけど、結構面倒になってきてた。もうやめようかなって思ってた時に、光君見つけた」
ふいに藤森君に見つめられ、動けなくなった。
「光君、いつも野菜とか肉とか手に取りながら楽しそうにしてて。俺にとっては食うもの買うのも何食うか考えるのも面倒でしかなかったから、だからかな。光君が買い出し来るたび気づくようになって、食うのって本当は楽しいことなんかなって考えるようになった」
藤森君は、そっと僕の手を握った。
「そっからしばらくして、バックヤードに移ったからバイト中に光君のこと、もう見なくなった。でも、1年の秋くらいかな?光君が別のクラスにいるのに気づいて、そっからは移動教室んときとか、廊下歩いてるときとか、気づいたら光君探してた。前は学校も面倒でサボってるときあったけど、光君に会いたくてサボらなくなった」
藤森君の手が熱い。
けど、藤森君にもバレているだろう。僕の手が熱くなってるのが。
「昼に飯食ってるときとか、うまそうに食べるなって思ってた。山ちゃんが光君からおかずもらってて、俺も食べたいって思った。俺、食べるの面倒で、たまに抜いたりしてたから、自分でも食べたいって思ったことに結構驚いた」
ゆるく笑う藤森君が、じっと僕を見る。
その目が真剣で、込められた想いの強さに、思わず目をそらしたくなるほどだ。
「でも全然話しかけるなんてできなくて、どうしよっかと思ってた。しばらくそんな感じだったけど、バイトもなくて飯食う気にもなれなくて、スーパー行ってからぶらぶら商店街歩いてたときに、弁当屋で光君がバイトしてて」
藤森君はゆっくり目を閉じて、一息吐いてからもう一度僕を見た。
「もう運命かと思った。買いに行ったらすごいうれしそうに弁当の説明してくれて、かわいいなって思った。家帰ってからも、今までひとりだと食べる気失せてたんだけど、光君のこと思い出してたら飯食うの楽しくなってた」
藤森君の手が僕の頬を包む。
「弁当屋に通うようになって、光君と週に2回話せてうれしかった。2年でクラス一緒になって俺のこと気づくかなって思ったら、光君全然気づかないんだもん」
「ご、ごめん」
これはもう、目をそらすしかない。
「あそこの弁当屋、ちょっと高いからバイトの時間増やしてさ。もちろん弁当もおいしかったけど、光君に会いに行ってた。光君の前でかっこよくいたいから、いつも弁当買いに行く前すごい服悩んで。少しでも俺のことかっこいいって思ってほしくて。そういうのも面倒じゃなくて、いつの間にか楽しくなってた。だけど、それじゃ足りなくて、もっと違う話もしたくて、客に対してじゃない光君の顔も見たくて。なんでも面倒くさがって、なにもしたくない俺が光君のことになるとこんなに居ても立っても居られないなんて、自分で自分が笑えて仕方なかった。なんとしてでも絶対に近づきたかった。だからあの日、わざと制服で買いに行った。光君に気づいてもらいたくて。俺がそばにいるってこと」
藤森君にゆっくりと引っ張られ、気づけば僕は藤森君の腕の中にいた。
「即席で弁当作ってくれた次の日に学校で話しかけたの、俺結構ドキドキしたんだからね。もう今しかチャンスないと思って」
そう言いながら軽く抱きしめてくる藤森君が、僕の首元に頭を乗せた。
「だから、光君と一緒にいられるようになって俺すごくうれしい。でも俺欲張りだから、もっと光君に近づきたいんだ」
顔を上げた藤森君は、鼻がくっつきそうなくらい近くに顔を寄せた。
「ね、光君。光君のことになると、こんな必死で重くて我慢がきかない俺は嫌?」
甘える藤森君に心臓が飛び出しそうなくらいドキドキさせられてる。
「……嫌じゃないよ」
藤森君は、ずるい。きっと俺を攻略する方法なんて、ずっと前からわかってるんだ。
「よかった」
そう言って顔を離した藤森君は、すっきりとした笑みを浮かべた。
ホームルームが終わった瞬間、一番後ろの席から藤森君が僕を迎えに来た。
早い。僕なんてまだ机にかけた鞄さえ手に取ってなかったのに。
「ちょっと待ってくれる?」
「いいよ」
待ってと言いながらも急ぎつつも、手が止まりそうになる。
自分の中にある、悩み過ぎてよくわからなくなってきた感情を解決したい。けど、どう伝えたらいいのか迷う。
あと藤森君越しに痛いくらいの視線が集まってるのがプレッシャーだ。
「金原君、どっか行くの?」
「え?」
思わず顔を上げると、よく藤森君にちょっかいをかけている派手な女子たちだった。
普段、僕に話しかけることなんてないのに。
「ね、どこ行くの?あたしらもカラオケ行こうって話してて」
「よかったら一緒にどうかな?」
女子たちは僕の席を取り囲むように、そわそわしながら近づいてきた。
藤森君狙いで僕に話しかけに来たことくらいわかる。
「えっと……」
ただでさえ慣れてないことにイライラして、焦っているのに、これ以上いろいろ考えさせないで欲しい。
「は?無理」
先に返事したのは、藤森君だった。
「金原、俺が先約だから」
隣の席に腰かけてた藤森君は立ち上がって
「帰る準備できた?」
「あ、うん」
「じゃ、帰ろ」
話は終わったとばかりに藤森君は教室の出入り口に向かおうとした。
「ね、待って。人数多い方が楽しいし、金原もそう思うでしょ?」
行く手を遮るように前に出て来られ、僕は立ち止まってしまった。
「えっと」
そうかもしれないけど、僕は少数の方が落ち着きます。なんて返事する隙すらない。
「そうだよ。ね、藤森君」
そのうち一人が甘えるように、藤森君の袖を軽くつかんだ。
瞬間、眉をひそめた藤森君がその手を払った。
「しつこい」
瞬間、周りの声がしっかり聞こえるほど、静まり返った。
振り払われた手は、行き場をなくしてさまよっている。
さすがにクラスメイト相手に、やりすぎな気もする。
「あの、藤森君──」
「はいはい、ストップストップー!」
急ぎ足で走って来たのは、桃山君だった。
「藤森と金原は今日用事あるから、代わりに俺と山ちゃんが付き合うよ」
「え?俺もいいの?」
桃山君の後ろからひょこっと顔を出した山ちゃんは、ちょっと嬉しそうにしている。
「えー、でも」
「はいはい、カラオケ行くよ。俺とだと嫌?」
「そんなこと、ないけど。ね?」
話しながらも藤森君と僕の前に立った桃山君は、後ろに回した手で“早く行け”と手で合図してくれた。
桃山君に話しかけられ、女子たちもそわそわしている。
見上げた先の藤森君とうなずき合い、教室の後ろ出口に向かった。
「あと何人か誘うか。おーい、今からカラオケ行ける人―?」
山ちゃんが教室中に聞こえるように叫ぶと、あちこちから手が上がった。
「じゃあこっち集合して」
桃山君の周りに何人か集まっていく様子をちらりと見ていると、教室を出てすぐに手を握られた。
「光君」
あごに手をあてられて、藤森君の方を向かされてしまった。
「他のやつ、見ないで」
小さくそう言う藤森君に、自分しか目に入らないようにしたくせに、と文句言いたかった。
「さっきの桃山君、すごかったね」
校門を出て、とりあえず駅へと向かう。
沈黙がつらくて、でも本当に思っていることでもある。
「あいつ、いっつも間入ってくれるから助かる。俺、正直に言っちゃうから」
「自覚あるんだ?」
見上げた先の藤森君は、なんとも言えない、苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「自覚あるけど、直そうとも思ってない」
「もう少し優しく言うだけでも、印象違うよ」
「俺、光君にしか優しくしたくない」
そんな不満げにされても困る。
僕もまっすぐ言う方だけど、少しだけ言い方を考えた。
「その、藤森君が本当は優しい人なのに、冷たい人だなって思われるのは僕も、悲しいと言うか……」
まっすぐ言うなら“無駄な争いや反感を買うのはやめてほしい”になる。
「……わかった」
ぼそりとした声に藤森君を見上げると、不満げな顔が少しだけにやけている。きっと、わかってくれただろう。
「それで、どうする?」
藤森君が、繋いだ手をゆっくりと振る。
靴を履くときに話された手は、校門を出てすぐに繋がれてしまった。周囲に誰もいないとはいえ、気まま過ぎないだろうか。
「あの、藤森君」
「なに?」
これに加えて、解決したいことがある。
「ちょっと、近いから……」
車道を歩く藤森君が距離を詰めてくるから、ずっと手を繋いでる方の腕もくっつくほどに近くに来るから、僕は鞄を胸の前に持って体を縮め、なんならたまに壁に肩が擦れそうになっている。
「ごめんね、光君に誘われて浮かれてるみたい」
藤森君は一歩分、距離を開けた。
浅くなっていた息を吐きだし、僕は鞄を肩にかけなおした。いや、まだしっかりと手が握られたままで、せめて一度離してほしい。手汗を拭きたい。
「で光君、話しってなに?」
立ち止まった藤森君は、少し緊張した面持ちで言った。
「もしかして、もう一緒にお弁当食べれないとか?」
額に拳を軽く当て、藤森君はなにかに耐えているようだった。
なんの話か伝えてなかったから、藤森君を不安にさせてしまったことに気づけなかった。
「違うよ、そういう話じゃなくて」
「じゃあなに?」
なにと言われると、なんと言ったものか。
口の中で何度か言葉を選びなおしても、これで合ってるのかわからない。
「その、藤森君のこと考えるために、藤森君がなんで僕が好きかを聞きたくて」
言うの恥ずかしすぎて、ぎゅっと鞄の持ち手を握りしめた。とても顔なんてあげられなくて、明後日の方向をむいたまま。
「そっか」
「うん」
静かに、風が木の葉を揺らす音と遠くで子どもが楽しそうに遊ぶ声だけが聞こえる。
「光君、俺のこと真剣に考えてくれてるんだね」
その声に顔を上げると、藤森君は照れくさそうに、でもうれしそうな笑みを浮かべていた。
「どーぞ」
「おじゃまします……」
ゆっくり話ができるように、ということで藤森君のお家にお邪魔することになった。
広いリビングには大きなL字型のソファと大型のテレビ、ダイニングテーブル。
「適当に座ってて」
とりあえずソファの端に小さく座ると、サイドテーブルに写真が立ててあるのに気づいた。
シルバーの写真盾には、小さい藤森君の写真が飾ってあった。しっかりとカメラをにらんでいるけれど、幼くてかわいい。
「光君、どうぞ」
「ありがとう」
「てか、もっとこっち座んなよ」
お茶をテーブルに置いた藤森君に引っ張られ、角っこに横並びで座った。足先があたりそうになる。
「それで、俺がどれくらい光君に惚れてるか聞いてもらう感じ?」
少しおかしそうに藤森君は笑う。
「それはちょっとちが……、でも、そうなのかな?」
「俺はそうだと思ったけど?」
「ちょっと待って、今聞きたいこととまとめるから」
「うん」
藤森君は本当にお茶を飲みながら、ゆったり待ってくれている。
でも僕の方がこの沈黙に耐え切れない。
「桃山君って、ずっと今日みたいな感じだったの?」
「いや、中学んときは俺と変わらなかったけど。適当にさばいてた。あいつの方が人当たり良い分面倒ごとも多かったから、懲りたんだろうな。今は距離感気をつけつつ周囲に敵も作らず、俺のフォローもしてる」
「誰とでも仲良いもんね、知らない間に山ちゃんとも仲良くなってたし」
「あいつ兄弟も多いから、もともと面倒見もいい」
「それはモテるね」
「そ、だからあいつ好きな子は長い片思いしてる子が多いらしい。俺みたいな外見目当てと違って」
「そうなんだ……」
とってもコメントしづらくて、黙り込んだ。
「てか光君、桃山の話でいいの?俺は全然、次回でもいいけど。その分、光君の頭ん中、俺でいっぱいにしてもらえんなら」
僕の顔を覗き込む藤森君は、いたずらっ子のように笑ってる。
「すぐ、そういうこと言う」
「だってほんとのことだもーん」
ソファの背もたれに頭を乗せた藤森君が、甘えた表情でじっと僕を見つめてくる。
このままだと藤森君のかわいさにやられて、本当に次回になってしまう。
僕は腹をくくって口にした。
「聞きたいこと、どうして藤森君が僕を好きかわからない。だから理由を教えてほしい」
聞いてどうにかなることかなんてわからない。でも、聞かないとずっと僕は悩んでしまう。
ソファにもたれかかっていた藤森君はゆっくりと座りなおして、斜め上に視線を向けながら考えているようだ。
「ん~、わかんない」
まさかの回答に思わず、「え?」と声が出た。
「わかんないっていうか、いつの間にか光君のこと目で追うようになってた。光君がご飯食べてるの、おいしそうだな、かわいいなって思ってたし、山ちゃんが光君の弁当のおかず食べさせてもらってたのうらやましくなってた。俺も、おいしい?って聞いてもらえるようになりたいなって思ってた。弁当買いに行ったときに、少しだけ話せるのが、光君が楽しそうに説明してくれんのがうれしくて、もっと話したいなって思ってた」
「……それ、いつから」
思い出すように、柔らかに話す藤森君。
「1年の終わりには、もう光君しか眼中になかったよ」
「…………………」
想定外の答えに、驚きすぎて呼吸するのを忘れていた。
「光君、おーい?息してる?」
目の前で藤森君が手のひらを軽く振って、我に返った。
「でも、1年ってクラスも別だったし」
「そうだね」
藤森君は穏やかで、それでも驚く僕を面白がってる気がする。
お茶を一口飲んだ藤森君は、ぼんやりと前を向いて話をつづけた。
「俺が光君を見つけたのは、バイトの時。そん時まだ品出ししてたから、表に出たら用もないのに話しかけてくる客が多くてすげぇイライラして。時給いいし家の近くだから行けてたけど、結構面倒になってきてた。もうやめようかなって思ってた時に、光君見つけた」
ふいに藤森君に見つめられ、動けなくなった。
「光君、いつも野菜とか肉とか手に取りながら楽しそうにしてて。俺にとっては食うもの買うのも何食うか考えるのも面倒でしかなかったから、だからかな。光君が買い出し来るたび気づくようになって、食うのって本当は楽しいことなんかなって考えるようになった」
藤森君は、そっと僕の手を握った。
「そっからしばらくして、バックヤードに移ったからバイト中に光君のこと、もう見なくなった。でも、1年の秋くらいかな?光君が別のクラスにいるのに気づいて、そっからは移動教室んときとか、廊下歩いてるときとか、気づいたら光君探してた。前は学校も面倒でサボってるときあったけど、光君に会いたくてサボらなくなった」
藤森君の手が熱い。
けど、藤森君にもバレているだろう。僕の手が熱くなってるのが。
「昼に飯食ってるときとか、うまそうに食べるなって思ってた。山ちゃんが光君からおかずもらってて、俺も食べたいって思った。俺、食べるの面倒で、たまに抜いたりしてたから、自分でも食べたいって思ったことに結構驚いた」
ゆるく笑う藤森君が、じっと僕を見る。
その目が真剣で、込められた想いの強さに、思わず目をそらしたくなるほどだ。
「でも全然話しかけるなんてできなくて、どうしよっかと思ってた。しばらくそんな感じだったけど、バイトもなくて飯食う気にもなれなくて、スーパー行ってからぶらぶら商店街歩いてたときに、弁当屋で光君がバイトしてて」
藤森君はゆっくり目を閉じて、一息吐いてからもう一度僕を見た。
「もう運命かと思った。買いに行ったらすごいうれしそうに弁当の説明してくれて、かわいいなって思った。家帰ってからも、今までひとりだと食べる気失せてたんだけど、光君のこと思い出してたら飯食うの楽しくなってた」
藤森君の手が僕の頬を包む。
「弁当屋に通うようになって、光君と週に2回話せてうれしかった。2年でクラス一緒になって俺のこと気づくかなって思ったら、光君全然気づかないんだもん」
「ご、ごめん」
これはもう、目をそらすしかない。
「あそこの弁当屋、ちょっと高いからバイトの時間増やしてさ。もちろん弁当もおいしかったけど、光君に会いに行ってた。光君の前でかっこよくいたいから、いつも弁当買いに行く前すごい服悩んで。少しでも俺のことかっこいいって思ってほしくて。そういうのも面倒じゃなくて、いつの間にか楽しくなってた。だけど、それじゃ足りなくて、もっと違う話もしたくて、客に対してじゃない光君の顔も見たくて。なんでも面倒くさがって、なにもしたくない俺が光君のことになるとこんなに居ても立っても居られないなんて、自分で自分が笑えて仕方なかった。なんとしてでも絶対に近づきたかった。だからあの日、わざと制服で買いに行った。光君に気づいてもらいたくて。俺がそばにいるってこと」
藤森君にゆっくりと引っ張られ、気づけば僕は藤森君の腕の中にいた。
「即席で弁当作ってくれた次の日に学校で話しかけたの、俺結構ドキドキしたんだからね。もう今しかチャンスないと思って」
そう言いながら軽く抱きしめてくる藤森君が、僕の首元に頭を乗せた。
「だから、光君と一緒にいられるようになって俺すごくうれしい。でも俺欲張りだから、もっと光君に近づきたいんだ」
顔を上げた藤森君は、鼻がくっつきそうなくらい近くに顔を寄せた。
「ね、光君。光君のことになると、こんな必死で重くて我慢がきかない俺は嫌?」
甘える藤森君に心臓が飛び出しそうなくらいドキドキさせられてる。
「……嫌じゃないよ」
藤森君は、ずるい。きっと俺を攻略する方法なんて、ずっと前からわかってるんだ。
「よかった」
そう言って顔を離した藤森君は、すっきりとした笑みを浮かべた。



