Nook-彼と僕のゆるやかな日々の話-

「しまった……」
黒焦げになったウィンナーを前に、僕は深いため息をついた。
昨日も、一昨日も、その前の日も失敗した。
朝食のパンケーキを焦がし、卵焼きを焦がし、煮物も焦げた。キャベツをレンジにかけたまま忘れたり、うっかり包丁で爪も切ってしまった。
「あー……」
脱力してキッチンの床に座り込んだ。
「兄ちゃん、どっか悪いん?」
焦げた匂いに、達也がキッチンまで様子を見に来た。
「……大丈夫。心配してくれてありがとー」
原因は、はっきりしている。
「ごめん、今日、僕も一部藤森君方式です」
あまりに失敗が多いから普段はしない、冷凍食品を頼った。
メインの豚こま炒めと豆ごはん、甘めの卵焼き。作ったのはこれだけ。あとの小松菜の煮びたし、ひじきは昨日帰り、急遽スーパーで買った冷凍食品。
「もしかして、体調悪い?ごめんね、俺気づけなくて」
「ううん、体調は、全然いいんだけど……」
藤森君の向かいの席で、思わず僕は突っ伏した。
どうして、なんでこうなっているのか。
今、藤森君に『待て』されているから。
告白されてもいないから、返事することもできない。
もしかして生殺しというのは、こういうことを言うのだろうか。ただただ好意を、態度と言葉の両方で示され、通常運転できる僕ではない。今ですら、いつ事故るかわからない(すでに未遂状態に近い)。
“今は、本当に伝える前に考えて欲しくて、俺も準備期間欲しいなって思ったから、全部俺の都合”
準備期間は、僕のための準備期間?それとも藤森君のため?
先に教室に向かう藤森君の背中を見ながら、僕はひとり頭をかかえてしゃがみ込んだ。
「もー、わかんないよ……」
僕を好きな藤森君。でもまだ言えないという。言われた時、僕はすぐ藤森君に返事できるように用意しとかないと行けないってこと?
いつもは見惚れてしまう後ろ姿に、なんだかイライラしてくる。
「なんで僕ばっかり」
一周まわって、腹が立ってきた。
がこん、と自販機から出て来た紙パックのリンゴジュースに、思い切りストローを刺し、行儀悪いけどジューっと音を立てながら飲む。これくらいのストレス発散は許してほしい。
藤森君を優しく麗しい王子様のように思っていたけれど、よく考えたら自分勝手だ。自分勝手に、僕の心をもてあそんでいる。お弁当食べるときはこの世の旨い物全部詰まってるみたいに食べるし、なにがどう美味しいか言ってくれるし、甘えるような声を出したり、嬉しそうに微笑んだり、今にも溶けそうな目で見てくる。
いったいどういうつもりなのか。四六時中、藤森君のことばかり考えてしまう。
「──っもしかしてそういう作戦⁉」
「なに言ってんの、金原」
振り返ると、袖をまくり上げた桃山君が経っていた。
「体育館でバスケしててさ。もうあっちーわ。金原は藤森とのメシ帰り?」
ちょっとごめんと、桃山君は自販機でコーラを押した。
「桃山君、知ってるんだね」
「おー。あいつマジで飯食ってんの?」
プシュッと音を立て開いたコーラを桃山君は勢いよく飲んでいく。
「一緒に食べてるよ」
「へー、あいつがねぇ」
信じられねぇと、遠くを眺めながら桃山君はコーラを一口、二口と飲む。
「僕と一緒に食べてるの、変?」
さすがにそうまで言われるのは、少しショックだ。
「あー、そっちじゃねぇ。あいつが飯食ってんのが」
桃山君は顔の前で手を横に振ってから、袖を手首まで下ろした。まだ冬ではないけれど温かいとは言えない。
「ごはん、みんな食べるでしょ?」
「食べねーんだよ、あいつは。面倒って言って」
「……え?」

シャーペンの頭を押し続け、芯が伸びていくのをぼーっと見ている。
「なに光。機嫌悪いな」
僕の席まで来た山ちゃんが珍しく柔らかい手つきで僕の頭を撫でつける。
「ちゃんとストレス発散しろよー。ため込んで急に爆発すると達也がビビるだろ?」
ほーら光、穏やかになれー、と山ちゃんはからかってるのか落ち着かせようとしているのかわからない。
でも頭の中では、さっきの桃山君の話がゆらゆらとたゆたっている。
「食べないって、どういうこと?」
「そのままだよ。家でメシ出されたりとか、給食とかかな。そういうんなら食べる。けど、学食とか、自分でメシ準備とか、食べんのなにするか選ぶのは面倒。だから、食べんの選ぶ面倒より食べない方を選ぶんだよ、あいつは」
食に興味ない人がいるのも知っている。
僕はそうじゃないっていうのもわかってる。
「中学までは給食があったからよかったけどさ。ひとりだとあいつ基本、食わんから。食べさすために学食一緒に行って、代わりに俺が選んで食わせてたの。普通に三食抜いてたりすんだぜ。ひとりだと、確実に食べなかった」
信じられない、とまでは言わない。でも僕の前では、いつも藤森君はたくさん食べていた。それはもうおいしそうに──
「もしかして食事抜いてる分、僕のお弁当食べてたの⁉」
大目には作っていたけど、もう一食分補えるほどの量ではない。もっといっぱい食べさせないといけなかったんだろうか⁉
「それはわからんけど。ちゃんと食べてんならいいわ」
そろそろ教室戻ろうぜ、と桃山君は先に階段を上っていく。
「あいつ食うの面倒くさがるくせに、腹減るとめっちゃ機嫌悪くなんだと。だから最近、そういうのないから無駄な争いも少なくなって俺は安心って言うか」
「争いって」
「最近は穏やかなもんだよ。女取ったっていいがかり付けてくる奴も鼻で笑うだけだし、告ってしがみついてきた奴にも腕振り払うくらいだし。メシもちゃんと食うし、授業サボらないし」
それを穏やかというくらいなら、以前はどうしてたんだろうか。
「もう俺冷や冷やでさぁ。なるべく波風立てないように間に入ってた時は、ほんと、心臓何個あっても足りないってか」
深いため息をつき、やつれた顔をした桃山君。一見、派手で騒がしく過ごしているけど、その実いつも藤森君のそばで、藤森君と周囲の間を取り持っている、
「まぁ、俺も好きでやってたからいんだけど」
上の段から僕を見た桃山君は、人好きのいい笑顔を見せた。
「俺はメシ食いながら、話すの好きだからさ。うまいし、楽しいし、一石二鳥だろ?」
その考えは、僕もわかる。
「そうだね」
「だから面倒くさがりなあいつがちゃんと食って、しかも面倒だからなんもしないってのも投げ捨てて片想いしてるっていうんだから驚きだよ」
さらりと言った桃山君の言葉に、僕は階段の段差で思いっきり転んだ。
「だいじょーぶかよ?」
「……だいじょうぶ」
桃山君は僕が立ち上がるのに手をかしてくれた。
「桃山君」
「ん?」
「今の話、どういうつもりで僕に言ったの?」
藤森君の片想いの相手が僕だって知ってる?そんなこと聞けやしないから。
「俺も光君と仲良くしたいってこと!藤森から聞いてたけど、結構ズバズバ言うね、おもろ」
「そうですか……」
そのまま一段飛ばしで階段を上った桃山君は、僕より早く教室に戻っていった。
「おみつ、だいぶ落ち着いてきたな」
「……ね、山ちゃん」
「ぁんだよ」
山ちゃんは僕の額から後頭部へと髪を撫でつけていく。前髪が立ちそうだから、やめてほしい。
「心に引っかかることがあってさ。そのモヤモヤを解消するにはどうしたらいい?」
僕は後ろに立つ山ちゃんを見上げた。
「え~、そんなんわかんねぇよ。走って解消?」
「それじゃ解決しない」
だって相手がいることだから。
「え~、考え続ける?」
「もう考えすぎて吐きそう」
「じゃ、吐いたら?」
「え?」
「全部出しちゃえよ」
山ちゃんは口から吐き出す様に、口に当てた手を前に出した。
「………そっか」
でもそれは、目からうろこだった。
「ありがと、山ちゃん」
「おー……、ってどこ行くんだ光」
立ち上がった僕が向かうのは、一か所しかない。
「藤森君」
机で頬杖ついてスマホを触っていた藤森君は、ダルそうに目だけ僕に向けた。
「光君、どしたの?」
まさか学校で僕が藤森君に話しかけるとは思ってなかったんだろう。きょとんとした顔の藤森君はスマホを机に置き、肘つくのもやめて前のめりになった。まるでワンコが主人に懐く様に。
「今日、放課後空いてる?」
藤森君には、いつも注目が集まっている。一人になるタイミングを見計らっても難しい。今、僕が話しかけている間もクラスの至る所から視線が飛んでくる。
「なんで金原?仲いいの?」
「違うんじゃない?先生が呼んでるとか?」
こそこそとした声も聞こえてくる。
普段ならこんな目立つようなこと、避けたい。でもそれよりも大事なことがあるから。
「光君、木曜はバイトの日でしょ?」
何で知ってるんだろう。週に2回、バイトがあることしか伝えてない、けど毎週買いに来てたらわかるか。
「バイト、明日と変わってもらったから」
さっきおばさんに“人生の緊急事態だから”と連絡したら、オッケーもらえた。
「いいかな?」
そう聞くと、藤森君はコクコクとうなずいた。
「木曜日は光君の日だから、全然大丈夫。どっか行く?」
「ちょっと、話したいことがあるんだ」
僕の様子に、藤森君もなんとかく感じ取ったのかもしれない。しっぽを全振りしてる状態から、落ち着いた。
「わかった。じゃあ、放課後ね」
席に戻りながら、僕は心臓がどきどきしていた。
約束は取りつけた。なんか変なことも聞いた気がするけど、今日はっきりさせてやる──!
息まいてこぶしを握った僕には、「金原、藤森に告るんかな?」なんてひそひそ声は聞こえなかった。