ざわめく人声の中、
「光君、なににする?」
藤森君とメニューを覗き込んでいる。
藤森君に流されるまま、商業施設の近くにあるファミレスにやって来た。
「俺かつ膳にしようかな」
藤森君はメニューの中でもボリューミーなものを選んだ。やっぱり、よく食べる。
「あ、ドリンクバーもつけようかな。光君、ゆっくり選んでいいからね。いろいろあるから、迷うよね」
そう言う藤森君は速攻決まっていた。
「あんまりこういうとこ来ないから、いろいろ目移りする」
「わかるわかる」
メニューを何度もめくり悩んでいると、頬杖をついた藤森君がじっとこちらを見ているのに気づいた。
「ごめんね、すぐ決めるからね」
慌ててそう言うと「そうじゃなくて」と、藤森君は一息おいてから言った。
「光君とデートできてうれしいの」
藤森君の言ったことが、すぐ頭に入らない。
「でー……?」
「デート」
藤森君はにやりとした。
「ち、ちがうよ。デートじゃなくて、晩ご飯食べに来てるだけで」
「うん、だからデート」
「…………っ⁉」
急激に、頭に血が上った。
なにか言い返そうと思うのに、開いた口からなにも言葉も出てこない。
「ほら光君、メニュー見てていいよ」
持ち上げたメニューを、藤森君は僕の前に開いた。
さえぎったのは藤森君なのに、ひどい。
藤森君のかつ膳と、僕のケララチキンカレーを一口交換した。
「俺、普通のカレーしか食べたことなかったから……複雑な味」
「甘いのに辛くて複雑だよね。でもこれでまた食べたくなっちゃうんだよね」
「なんかわかるかも」
食べてると、自然とモヤモヤした気持ちが晴れていく。もしかして、藤森君のことで悩んでいたから、話してみて落ち着いたところもあるのかも。
「そういえば、藤森君も買い物中だったの?」
どうしてあそこにいたんだろう。
「あぁ、俺あそこでバイトしてんの。つってもバックヤードで作業してるから表に出ることはあんまないんだけど」
「へー、そうなんだ」
知らなかった。
「前は、品出しとかもしてたんだけど、やたらと話しかけられること多くて変えてもらった」
「あぁ……」
嫌そうに藤森君はため息交じりに言った。
僕でも察しがつく。きっと「これどこにありますか?」なんて言われながら、藤森君目当てで話しかけられることが多かったんだろう。
「あぁいうの、すごい面倒。途中からマスクつけてやってたけど、見に来る奴とかもいて。連絡先渡されるし、断るのもバイト中だと泣かれでもしたら面倒だし、俺の作業止まると他の人に迷惑かかるし」
本当に嫌だったんだろう。今度は吐き捨てるように息を吐いた。
「ほんと、見た目だけで寄ってくるやつって意味が分からない。俺の何を知って好きって言ってんだよって。だから、俺のこと知って、光君が仲良くしてくれるの、すごいうれしい」
大変な思いをすることも多かったんだろうと、聞いている僕に本当の意味はわからないことも多いながらも心が痛んできていると、急に甘い声が響いた。
顔を上げると、ごちそうさまと手を合わせた藤森君が合わせた手越しに僕を見た。
「光君は、俺のこと、わかってくれてるでしょ?」
期待を寄せている目を向けられて、言ったわけじゃない。
「多分、そうだと、思う」
自信をもって、とはいかなくても、一見クールな藤森君が実は人懐っこくて甘えたで、素直で、感情をストレートに伝えてくれることを僕は知っている。
「うん。もっと俺のこと知って欲しいし、俺も光君のこと知りたいと思ってるよ」
スプーンを持ち上げていた僕は、口に運ぼうとした手が止まってしまった。
「藤森君」
「なに?」
「ほんと、そういうこと言われると、食べれなくなるから」
持ち上げたスプーンをお皿において、僕は両手で顔を隠した。
そういうこと言われるの、慣れてないんだから。
「あはは、ごめん!ゆっくり食べて」
藤森君の、口元を隠した手の隙間から八重歯が見えて、そんなに笑わなくてもいいじゃないかと、バクリとスプーンを口に入れた。
「おわびにジュース取ってくるから」
サングラスをかけた藤森君は、ドリンクバーに行ってしまった。その姿を、目で追ってしまう。けど考えてもしまう。
“俺も光君のこと知りたい”
藤森君から、間接的に伝えられた気持ちを考えると、いつも行きついてしまう。
なんで僕?
スプーンを持ったままボーっと見ていると、グラスにジュースを入れた藤森君が話しかけられた。多分、絶対、ナンパだろう。
今日の藤森君は僕から見てもかっこいい。黒のスウェットが大人びて見えるし、サングラスがさらに引き立てている。声をかけたくなるだろう、だって藤森君は魅力的だ。
「光君、ただいま。これどーぞ」
「ありがと」
受け取りながらも、見てしまう。藤森君に声をかけた子たちは諦めきれないように、藤森君をじっと見ている。
「どしたの?」
「……その、さっき話してた子、まだこっち見てて」
藤森君からは背中越しだから見えないだろう。
「あー、ごめん。気になる?適当にあしらったんだけど。こっち見んなって言ってくるわ」
「いいよいいよ!」
本当に立ち上がりそうな藤森君の腕をつかんだ。
「藤森君はここに座ってて。ね?」
「……はい」
そのまま大人しく座った藤森君に、安心した。だってまた話しに行かれたら、モヤモヤしてきそうだから。
食べ終わった後も、ジュースを飲みながら、まるで帰るのを惜しむように話していた。
「へー、弟君そんな強いんだ」
今は、達也が去年柔道の全国大会に出場した話。
「そうなんだ、家ではダラダラして僕に甘えてばっかりだけど、朝練も部活もサボらないで真面目に取り組んでるから。去年は同じ部活の、強い先輩にあたって負けたけど、今年は優勝してやる!って頑張ってる」
「光君も柔道してたの?」
「僕はしてないよ。運動系だとプールは習ってたけど」
「泳ぐの得意?」
「得意、とは言えないけど、好きかな」
「じゃあ来年一緒にプール行こうね」
「……藤森君」
「なに?」
「わざと約束するように持ってったでしょ?」
じぃっと藤森君を見ていると、ふふっと藤森君はおかしそうに笑った。
「ジュース取ってきまーす、光君のも持ってくるからね」
返事しなかったから、多分、合ってたんだろう。
「はい、光君」
戻って来た藤森君はまた違う人に声をかけられていたけど、今度はスルーしていた。
「あの、声かけられてたけど」
「いいの、あぁいうのは構う方が期待させてよくないから」
経験上、そうなんだろう。
だから、引っかかってしまった。
「あの、藤森君」
「なぁに、光君」
さっきまでの冷たさはどこに行ったのかと思うくらい、ゆるい雰囲気の藤森君。
とっても言いずらい。けど、言わないで傷つけたくない。受け取ったグラスを両手で回しながら、言葉を選んだ、
「その、僕まだ正式に言われたわけじゃないけど、その、僕が藤森君とこうして過ごしてるのは……いいの?」
僕はまだ、自分自身どういう答えを出すかわかっていない。だから、そんな状態で藤森君と一緒に過ごしていていいのか、不安になった。
「いいんだよ、光君」
僕のグラスを持つ手に、藤森君は手を重ねた。
「だって俺、自分でずるいってわかってるし。今は、本当に伝える前に考えて欲しくて、俺も準備期間欲しいなって思ったから、全部俺の都合。だから光君は俺と一緒にいて。わかった?」
「……わかった」
藤森君はぎゅっと、不安な僕の手を包んでくれた。
「あー、焦った」
前のめりになっていた藤森君は、背もたれにもたれかかった。
「光君、俺まだ振られる気ないから、正式に言うまでは振らないでね」
「わかりました」
藤森君は、大きく息を吐いた。向かいの僕は、藤森君が握る手に汗をかいてきていた。
これは本当にまだ何も言われてないってことになるのだろうか。けど焦らせてしまって申し訳ないなと思いながらも、あれ?と思った。
だって藤森君にお断りをするなんて、今まで頭に浮かんでなかったから。
「あ、もう9時だ。そろそろ帰ろっか。光君、帰り送るよ」
「ううん、大丈夫。自転車ですぐだから」
「えー」
なんで不満げな声を上げられたんだろう。
「もうちょっと一緒にいたい。だから、ダメ?」
藤森君は狙ったように、小首傾げて上目目線で見つめて来た。
「……勘弁してください」
かわいいを目の当たりにした僕は、消え入りそうな声でそう言うしかなかった。
「仕方ないなぁ、今度送らせてね」
「はい……」
火照った身体を潤そうと、半分以上残っていたりんごジュースを一気に飲んだ。
「じゃあ行こっか」
「はい」
先を歩く藤森君の後ろに続いた。とても隣を歩けない。
でも、あれ、そういえば
「藤森君、なんで僕がりんごジュース好きって知ってるの?」
藤森君と一緒の時に、飲んだことない。
「え?だって光君、いっつもリンゴジュース飲んでるじゃん」
そうして会計をする藤森君の後ろで、僕ははてなが止まらなかった。
いつ、見られてたんだろう。
僕の疑問は解消しないまま、大通りまで自転車をおして、話しながら帰っている。
「カレー美味しかった。また食べたいかも」
「俺も。今度行ったときはカレー食べたい」
少しずつ寒さを帯びる満天の星空の下、二人でゆっくりと歩く。
「光君、よかったらさ、テスト勉強一緒にしない?で、終わったらまたファミレス行ってご飯食べよ?」
軽やかに、でも少し不安げな藤森君。
「うん」
「っしゃ!」
僕の返事ひとつで、喜んでくれる藤森君。
「……かわいい」
うっかりつぶやいてしまい、藤森君の目を見開いた表情に急いで口を閉じた。
他の人には藤森君はかっこいい人かもしれない。でも僕にとっては違う。
「光君ってさ」
「うん」
「かわいい俺が好きだよね?」
「……えっ⁉」
思わず自転車を倒してしまうほどの衝撃だった。
「大丈夫?」
「あ、ごめん」
藤森君は片手で僕の自転車を持ち上げてくれた。
「なんか、かわいくしてるときの方が、にやけてるっていうか」
まさか藤森君ににやけていると思われていたとは、ショックが大きい。
それもあるけど
「わざとかわいくしてたの?」
「好きになってもらいたいから、なんでもするよ。当たり前でしょ?」
訂正。いっそのこと清々しい。
こんなこと言えるなんて、藤森君はやっぱり中身もかっこいい人だ。
「かわいいだけじゃなくて、ごめんね?」
僕の目線に合わせて屈んだ藤森君は、柔らかく、甘い目を向けて来た。
ずるい、藤森君は本当にずるい。
「光君、そんなかわいい顔されると、俺も我慢できないから」
さっきまでの雰囲気はどこに行ったのか、獲物を狙うような鋭い視線を向けられた。
「が、我慢って」
その視線に、捕らえられたように動けない。
「これでもいつも、我慢してるんだから」
一歩二歩、前を歩く藤森君が振り返った先に光る月。まるで藤森君だけを輝かせているようだ。
「俺、光君が思ってるより邪だよ」
「……ヨコシマ?」
「うん、邪」
「……?」
意味が分からない。いや、言葉の意味は分かるけど、それは僕に向けられる言葉なの?
思わす首を傾げると、藤森君も僕と同じ方向に天使のような笑みを浮かべながら首を傾げた。
「だって俺、光君とチューしたいもん」
「…………ちゅー?」
「チュー」
藤森君は、そう言って自分の唇を2回指で軽くタッチした。
そんな藤森君を前に頭が停止した僕は、藤森君を見上げるばかりで何も言えない。
「大丈夫、すぐしないから」
「……すぐしないということは、いつかするということでしょうか」
少し考えてから、藤森君は目を細めて言った。
「そうなったらいいなって、思ってるよ。光君が俺のこと好きになってくれて、いつか俺とキスしたいって思ってほしいな」
ぼんやりしている間に、大通りまで来てしまった。
「じゃーね、光君」
藤森君が清々しい笑みを浮かべ、僕とは反対方向にクロスバイクを漕いでいく後ろ姿をずっと見つめていた。けれど
「うわっ⁉」
見つめていたせいで手元がおろそかになり、また自転車を倒してしまった。
次の日、リビングで宿題をしようとしたが、全然手につかない。
“だって俺、光君とチューしたいもん”
謎めいている。わからなすぎて考えるのもやめたいのに、気になりすぎて考えずにはいられない。
「兄ちゃんどしたん。さっきからシャーペン転がし過ぎちゃう?」
風呂上がりに水を飲もうとした達也が向かいに座った。
「なぁ達也」
「なに?」
「僕とチューしたいって、どういうことやと思う?」
聞いた瞬間、達也の口から水が飛び出て、僕の顔にかかった。
「汚いなぁ。大丈夫?むせたん?」
テーブルに置いてあるティッシュを手に取って、僕は顔とテーブルを軽く拭いた。
「兄ちゃんが変なこと聞いて来るからや!」
達也は手の甲で顔に残った水を適当に拭くと、かろうじて聞こえるくらいに「えー、マジかぁ……」つぶやき両手で顔を覆った。
「どうしたん?」
「どうしたんもこうしたんもない。兄ちゃんそういう相手できたん?」
「そういう?」
「恋人ってこと」
「できてないよ」
まだそういう関係ではない。
「じゃあ誰に言われてん」
誰に、と言われると少し考えてしまう。僕と藤森君の今の関係は──
「友達、かな」
言葉に出すと、少しくすぐったい気もする。
「ふーん、へーん。友達にそんなこと言われたん?」
「そ……う」
向かいの達也は両手をテーブルについて、じとっとした目で瞬きもせずに僕を見つめる。
なぜだろう、尋問でも受けているような気になって来た。
「兄ちゃんはどうなん?そいつのこと好きなん?」
好き──考えていると、頭の中がお弁当を買いに来た藤森君、美味しそうに食べる藤森君、笑いかけてくれる藤森君でいっぱいで、叫びだしたいように心の中がやかましくなる。
「これからも、仲良くしていきたいと思ってるよ」
質問の答えとは少し違うかもしれないけれど、本当にそう思っている。でもまだ、確実なことを藤森君に言う前に、達也に話したくない。
「……ふーん」
信じられないくらい、達也に冷たい視線を向けられた。
なんでだろう、ちょっと質問しただけなのに。
「てか、僕の質問にも答えてよ」
キッとした目で僕をにらんだ達也は、そのまま残っていた水をがぶがぶと飲み干し、コップを音が立つくらい乱暴にテーブルに置いた。
「おしえへん!」
立ち上がった達也は、鼻息荒くリビングから出て行ってしまった。
「コップは自分でシンクに出してよー」
そんな僕の声をかき消すくらい大きな音で、達也は自室のドアを閉めた。
いったいどうしてそんな不機嫌になったんだろう。
「光君、なににする?」
藤森君とメニューを覗き込んでいる。
藤森君に流されるまま、商業施設の近くにあるファミレスにやって来た。
「俺かつ膳にしようかな」
藤森君はメニューの中でもボリューミーなものを選んだ。やっぱり、よく食べる。
「あ、ドリンクバーもつけようかな。光君、ゆっくり選んでいいからね。いろいろあるから、迷うよね」
そう言う藤森君は速攻決まっていた。
「あんまりこういうとこ来ないから、いろいろ目移りする」
「わかるわかる」
メニューを何度もめくり悩んでいると、頬杖をついた藤森君がじっとこちらを見ているのに気づいた。
「ごめんね、すぐ決めるからね」
慌ててそう言うと「そうじゃなくて」と、藤森君は一息おいてから言った。
「光君とデートできてうれしいの」
藤森君の言ったことが、すぐ頭に入らない。
「でー……?」
「デート」
藤森君はにやりとした。
「ち、ちがうよ。デートじゃなくて、晩ご飯食べに来てるだけで」
「うん、だからデート」
「…………っ⁉」
急激に、頭に血が上った。
なにか言い返そうと思うのに、開いた口からなにも言葉も出てこない。
「ほら光君、メニュー見てていいよ」
持ち上げたメニューを、藤森君は僕の前に開いた。
さえぎったのは藤森君なのに、ひどい。
藤森君のかつ膳と、僕のケララチキンカレーを一口交換した。
「俺、普通のカレーしか食べたことなかったから……複雑な味」
「甘いのに辛くて複雑だよね。でもこれでまた食べたくなっちゃうんだよね」
「なんかわかるかも」
食べてると、自然とモヤモヤした気持ちが晴れていく。もしかして、藤森君のことで悩んでいたから、話してみて落ち着いたところもあるのかも。
「そういえば、藤森君も買い物中だったの?」
どうしてあそこにいたんだろう。
「あぁ、俺あそこでバイトしてんの。つってもバックヤードで作業してるから表に出ることはあんまないんだけど」
「へー、そうなんだ」
知らなかった。
「前は、品出しとかもしてたんだけど、やたらと話しかけられること多くて変えてもらった」
「あぁ……」
嫌そうに藤森君はため息交じりに言った。
僕でも察しがつく。きっと「これどこにありますか?」なんて言われながら、藤森君目当てで話しかけられることが多かったんだろう。
「あぁいうの、すごい面倒。途中からマスクつけてやってたけど、見に来る奴とかもいて。連絡先渡されるし、断るのもバイト中だと泣かれでもしたら面倒だし、俺の作業止まると他の人に迷惑かかるし」
本当に嫌だったんだろう。今度は吐き捨てるように息を吐いた。
「ほんと、見た目だけで寄ってくるやつって意味が分からない。俺の何を知って好きって言ってんだよって。だから、俺のこと知って、光君が仲良くしてくれるの、すごいうれしい」
大変な思いをすることも多かったんだろうと、聞いている僕に本当の意味はわからないことも多いながらも心が痛んできていると、急に甘い声が響いた。
顔を上げると、ごちそうさまと手を合わせた藤森君が合わせた手越しに僕を見た。
「光君は、俺のこと、わかってくれてるでしょ?」
期待を寄せている目を向けられて、言ったわけじゃない。
「多分、そうだと、思う」
自信をもって、とはいかなくても、一見クールな藤森君が実は人懐っこくて甘えたで、素直で、感情をストレートに伝えてくれることを僕は知っている。
「うん。もっと俺のこと知って欲しいし、俺も光君のこと知りたいと思ってるよ」
スプーンを持ち上げていた僕は、口に運ぼうとした手が止まってしまった。
「藤森君」
「なに?」
「ほんと、そういうこと言われると、食べれなくなるから」
持ち上げたスプーンをお皿において、僕は両手で顔を隠した。
そういうこと言われるの、慣れてないんだから。
「あはは、ごめん!ゆっくり食べて」
藤森君の、口元を隠した手の隙間から八重歯が見えて、そんなに笑わなくてもいいじゃないかと、バクリとスプーンを口に入れた。
「おわびにジュース取ってくるから」
サングラスをかけた藤森君は、ドリンクバーに行ってしまった。その姿を、目で追ってしまう。けど考えてもしまう。
“俺も光君のこと知りたい”
藤森君から、間接的に伝えられた気持ちを考えると、いつも行きついてしまう。
なんで僕?
スプーンを持ったままボーっと見ていると、グラスにジュースを入れた藤森君が話しかけられた。多分、絶対、ナンパだろう。
今日の藤森君は僕から見てもかっこいい。黒のスウェットが大人びて見えるし、サングラスがさらに引き立てている。声をかけたくなるだろう、だって藤森君は魅力的だ。
「光君、ただいま。これどーぞ」
「ありがと」
受け取りながらも、見てしまう。藤森君に声をかけた子たちは諦めきれないように、藤森君をじっと見ている。
「どしたの?」
「……その、さっき話してた子、まだこっち見てて」
藤森君からは背中越しだから見えないだろう。
「あー、ごめん。気になる?適当にあしらったんだけど。こっち見んなって言ってくるわ」
「いいよいいよ!」
本当に立ち上がりそうな藤森君の腕をつかんだ。
「藤森君はここに座ってて。ね?」
「……はい」
そのまま大人しく座った藤森君に、安心した。だってまた話しに行かれたら、モヤモヤしてきそうだから。
食べ終わった後も、ジュースを飲みながら、まるで帰るのを惜しむように話していた。
「へー、弟君そんな強いんだ」
今は、達也が去年柔道の全国大会に出場した話。
「そうなんだ、家ではダラダラして僕に甘えてばっかりだけど、朝練も部活もサボらないで真面目に取り組んでるから。去年は同じ部活の、強い先輩にあたって負けたけど、今年は優勝してやる!って頑張ってる」
「光君も柔道してたの?」
「僕はしてないよ。運動系だとプールは習ってたけど」
「泳ぐの得意?」
「得意、とは言えないけど、好きかな」
「じゃあ来年一緒にプール行こうね」
「……藤森君」
「なに?」
「わざと約束するように持ってったでしょ?」
じぃっと藤森君を見ていると、ふふっと藤森君はおかしそうに笑った。
「ジュース取ってきまーす、光君のも持ってくるからね」
返事しなかったから、多分、合ってたんだろう。
「はい、光君」
戻って来た藤森君はまた違う人に声をかけられていたけど、今度はスルーしていた。
「あの、声かけられてたけど」
「いいの、あぁいうのは構う方が期待させてよくないから」
経験上、そうなんだろう。
だから、引っかかってしまった。
「あの、藤森君」
「なぁに、光君」
さっきまでの冷たさはどこに行ったのかと思うくらい、ゆるい雰囲気の藤森君。
とっても言いずらい。けど、言わないで傷つけたくない。受け取ったグラスを両手で回しながら、言葉を選んだ、
「その、僕まだ正式に言われたわけじゃないけど、その、僕が藤森君とこうして過ごしてるのは……いいの?」
僕はまだ、自分自身どういう答えを出すかわかっていない。だから、そんな状態で藤森君と一緒に過ごしていていいのか、不安になった。
「いいんだよ、光君」
僕のグラスを持つ手に、藤森君は手を重ねた。
「だって俺、自分でずるいってわかってるし。今は、本当に伝える前に考えて欲しくて、俺も準備期間欲しいなって思ったから、全部俺の都合。だから光君は俺と一緒にいて。わかった?」
「……わかった」
藤森君はぎゅっと、不安な僕の手を包んでくれた。
「あー、焦った」
前のめりになっていた藤森君は、背もたれにもたれかかった。
「光君、俺まだ振られる気ないから、正式に言うまでは振らないでね」
「わかりました」
藤森君は、大きく息を吐いた。向かいの僕は、藤森君が握る手に汗をかいてきていた。
これは本当にまだ何も言われてないってことになるのだろうか。けど焦らせてしまって申し訳ないなと思いながらも、あれ?と思った。
だって藤森君にお断りをするなんて、今まで頭に浮かんでなかったから。
「あ、もう9時だ。そろそろ帰ろっか。光君、帰り送るよ」
「ううん、大丈夫。自転車ですぐだから」
「えー」
なんで不満げな声を上げられたんだろう。
「もうちょっと一緒にいたい。だから、ダメ?」
藤森君は狙ったように、小首傾げて上目目線で見つめて来た。
「……勘弁してください」
かわいいを目の当たりにした僕は、消え入りそうな声でそう言うしかなかった。
「仕方ないなぁ、今度送らせてね」
「はい……」
火照った身体を潤そうと、半分以上残っていたりんごジュースを一気に飲んだ。
「じゃあ行こっか」
「はい」
先を歩く藤森君の後ろに続いた。とても隣を歩けない。
でも、あれ、そういえば
「藤森君、なんで僕がりんごジュース好きって知ってるの?」
藤森君と一緒の時に、飲んだことない。
「え?だって光君、いっつもリンゴジュース飲んでるじゃん」
そうして会計をする藤森君の後ろで、僕ははてなが止まらなかった。
いつ、見られてたんだろう。
僕の疑問は解消しないまま、大通りまで自転車をおして、話しながら帰っている。
「カレー美味しかった。また食べたいかも」
「俺も。今度行ったときはカレー食べたい」
少しずつ寒さを帯びる満天の星空の下、二人でゆっくりと歩く。
「光君、よかったらさ、テスト勉強一緒にしない?で、終わったらまたファミレス行ってご飯食べよ?」
軽やかに、でも少し不安げな藤森君。
「うん」
「っしゃ!」
僕の返事ひとつで、喜んでくれる藤森君。
「……かわいい」
うっかりつぶやいてしまい、藤森君の目を見開いた表情に急いで口を閉じた。
他の人には藤森君はかっこいい人かもしれない。でも僕にとっては違う。
「光君ってさ」
「うん」
「かわいい俺が好きだよね?」
「……えっ⁉」
思わず自転車を倒してしまうほどの衝撃だった。
「大丈夫?」
「あ、ごめん」
藤森君は片手で僕の自転車を持ち上げてくれた。
「なんか、かわいくしてるときの方が、にやけてるっていうか」
まさか藤森君ににやけていると思われていたとは、ショックが大きい。
それもあるけど
「わざとかわいくしてたの?」
「好きになってもらいたいから、なんでもするよ。当たり前でしょ?」
訂正。いっそのこと清々しい。
こんなこと言えるなんて、藤森君はやっぱり中身もかっこいい人だ。
「かわいいだけじゃなくて、ごめんね?」
僕の目線に合わせて屈んだ藤森君は、柔らかく、甘い目を向けて来た。
ずるい、藤森君は本当にずるい。
「光君、そんなかわいい顔されると、俺も我慢できないから」
さっきまでの雰囲気はどこに行ったのか、獲物を狙うような鋭い視線を向けられた。
「が、我慢って」
その視線に、捕らえられたように動けない。
「これでもいつも、我慢してるんだから」
一歩二歩、前を歩く藤森君が振り返った先に光る月。まるで藤森君だけを輝かせているようだ。
「俺、光君が思ってるより邪だよ」
「……ヨコシマ?」
「うん、邪」
「……?」
意味が分からない。いや、言葉の意味は分かるけど、それは僕に向けられる言葉なの?
思わす首を傾げると、藤森君も僕と同じ方向に天使のような笑みを浮かべながら首を傾げた。
「だって俺、光君とチューしたいもん」
「…………ちゅー?」
「チュー」
藤森君は、そう言って自分の唇を2回指で軽くタッチした。
そんな藤森君を前に頭が停止した僕は、藤森君を見上げるばかりで何も言えない。
「大丈夫、すぐしないから」
「……すぐしないということは、いつかするということでしょうか」
少し考えてから、藤森君は目を細めて言った。
「そうなったらいいなって、思ってるよ。光君が俺のこと好きになってくれて、いつか俺とキスしたいって思ってほしいな」
ぼんやりしている間に、大通りまで来てしまった。
「じゃーね、光君」
藤森君が清々しい笑みを浮かべ、僕とは反対方向にクロスバイクを漕いでいく後ろ姿をずっと見つめていた。けれど
「うわっ⁉」
見つめていたせいで手元がおろそかになり、また自転車を倒してしまった。
次の日、リビングで宿題をしようとしたが、全然手につかない。
“だって俺、光君とチューしたいもん”
謎めいている。わからなすぎて考えるのもやめたいのに、気になりすぎて考えずにはいられない。
「兄ちゃんどしたん。さっきからシャーペン転がし過ぎちゃう?」
風呂上がりに水を飲もうとした達也が向かいに座った。
「なぁ達也」
「なに?」
「僕とチューしたいって、どういうことやと思う?」
聞いた瞬間、達也の口から水が飛び出て、僕の顔にかかった。
「汚いなぁ。大丈夫?むせたん?」
テーブルに置いてあるティッシュを手に取って、僕は顔とテーブルを軽く拭いた。
「兄ちゃんが変なこと聞いて来るからや!」
達也は手の甲で顔に残った水を適当に拭くと、かろうじて聞こえるくらいに「えー、マジかぁ……」つぶやき両手で顔を覆った。
「どうしたん?」
「どうしたんもこうしたんもない。兄ちゃんそういう相手できたん?」
「そういう?」
「恋人ってこと」
「できてないよ」
まだそういう関係ではない。
「じゃあ誰に言われてん」
誰に、と言われると少し考えてしまう。僕と藤森君の今の関係は──
「友達、かな」
言葉に出すと、少しくすぐったい気もする。
「ふーん、へーん。友達にそんなこと言われたん?」
「そ……う」
向かいの達也は両手をテーブルについて、じとっとした目で瞬きもせずに僕を見つめる。
なぜだろう、尋問でも受けているような気になって来た。
「兄ちゃんはどうなん?そいつのこと好きなん?」
好き──考えていると、頭の中がお弁当を買いに来た藤森君、美味しそうに食べる藤森君、笑いかけてくれる藤森君でいっぱいで、叫びだしたいように心の中がやかましくなる。
「これからも、仲良くしていきたいと思ってるよ」
質問の答えとは少し違うかもしれないけれど、本当にそう思っている。でもまだ、確実なことを藤森君に言う前に、達也に話したくない。
「……ふーん」
信じられないくらい、達也に冷たい視線を向けられた。
なんでだろう、ちょっと質問しただけなのに。
「てか、僕の質問にも答えてよ」
キッとした目で僕をにらんだ達也は、そのまま残っていた水をがぶがぶと飲み干し、コップを音が立つくらい乱暴にテーブルに置いた。
「おしえへん!」
立ち上がった達也は、鼻息荒くリビングから出て行ってしまった。
「コップは自分でシンクに出してよー」
そんな僕の声をかき消すくらい大きな音で、達也は自室のドアを閉めた。
いったいどうしてそんな不機嫌になったんだろう。



