Nook-彼と僕のゆるやかな日々の話-

藤森君と話すようになって、わかったこと。
教室で見てた時はクールでそつなくて、他人への関心が薄く、桃山君をはじめ一部の決まったメンバーとしか話もしないし、いつもダルそうにしてる。それなのに、涼やかな目元、薄く形のいい唇、美しいあごのライン、長い手足──彼はどうしようもなく人目を惹くから、誰もが彼に近づこうとしているように見えた。けど、彼は寄せ付けようとはしなかった。
それなのに──
「これ、違うの?」
レジ横に置かれたメニュー表を見て、丸くした目を向けてくる藤森君から、小さい子のあどけなさが感じられる。かわいい。思わず頬が緩む。
藤森君の質問は、他のお客さんからも聞かれたことだ。
「中身がね、違うんだ。教えようか?」
「んー……、俺アレルギーないし、食べた時の楽しみにする!んじゃあ、海苔弁の青ください」
「はい、少々お待ちください」
おばさんの気まぐれで、今日は海苔弁『青』と『赤』しかない。僕が聞いたのは、青はメインが海鮮系でタコのラタトゥイユ、白身魚のムニエル。赤は肉系で角煮、油淋鶏が入っている。
「ありがとうございます」
お弁当を受け取った藤森君はレジの前に立ったまま、じっと動かない。
どうしたのかと首をかしげると、「あのさぁ」と口を開いた。
「今日バイト、何時まで?」
ロンTの袖で口元を抑えながら、小さな声でそう言った。スタイルがいいからロンTでも大人っぽく見えるのに、ソワソワと僕の返事を待つ姿は、幼く思える。
「えっと、19時まで。だけどお弁当が早く売切れたらそれより早く終わる感じ」
「今日は?」
今日は残念ながら雨だからか、ゆっくり目だ。
「今日は19時までかな」
「そっか。じゃ、また明日」
ひらひらと手を振って店を出た藤森君は傘をさし、ウィンドウ越しにもう一度手を振ってくれた。僕もひらひらと手を振り返した。
何か用があったんだろうか。後からそう思った。

学校では変わらない。教室で話すこともない。
「光様、そろそろノート貸してくれ全教科!」
「山ちゃん、毎回言うけど、ちゃんと授業受けなよ」
「いやぁ、気づいたら寝てんだよなぁ。朝練の成果が出てるんだろう」
僕は山ちゃんと過ごし、
「俺ら、自販機行くけど藤森は?」
「行かない」
藤森君は桃山君と過ごしている。
山ちゃんは僕の机にもたれながら、「こんなん授業でやったっけ?」とノートをめくっている。
「やばい。全然記憶ない」
「がんばって」
山ちゃんはノートの上に頭を落とした。
「光様、こちらお借りしていいでしょうか。赤点取ると、出場させてもらえないんだよー」
「数学はいいけど、現国は午後の授業終わってからにして」
きっと授業中にノートを写すんだろう。そしてノートを写していた時の授業のノートをまた見せてくれって言うんだろう。
「ありがとう光様―‼」
「ちょっと、ストップストップ」
山ちゃんは僕の頭を雑に撫でた。山ちゃんは小学生の弟がいるから、つい癖でしてしまうんだろう。
「山岡―、お前も自販機行かね?」
そうしていると、急に教室の外から桃山君の声が響いた。
「おー、行く行く。光にもジュース買ってくるよ」
「え、いいよ」
「ノートの礼だから」
行ってくるわ、と二回僕の頭に手を乗せた山ちゃんは、桃山君達と行ってしまった。
意外な組み合わせだなと思いつつ、次の授業で使うプリントを取り出そうと鞄に手をかけると、ふと影がかかった。
顔を上げると、藤森君が僕の席の横に立っていた。少し眉を寄せて、不機嫌そうに。
「どうしたの?」
何か用事だろうか。今までこんなこと、なかった。
「……光君さ」
それ以上、なにも言わない。けれど、顔が言っている。
藤森君はクラスメイトに背を向け、一番窓側の席の僕の方を向いている。だから、今見てるのは僕だけだ。こんなに拗ねている藤森君を。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
そのまま体をくるりと反転した藤森君は、教室から出て行ってしまった。
いったい、なんだったんだろう。
「光、ただいまー。ほれりんごジュース」
入れ違いに桃山君達とわかれた山ちゃんが戻って来た。
「ありがと。いつの間に仲良くなってたの?」
桃山君と接点があったなんて、驚きだ。
「あぁ、お前らが一緒に飯食うようになってから、俺も桃山たちと飯食っててさ」
「へぇー」
意外だ。
「俺もついに一軍男子に」
「よかったねー」
「おい光、ツッコミどうした。関西魂が抜けてるぞ。俺が一軍男子になれるわけないだろ」
逆に僕の肩に山ちゃんがチョップしてきた。
「一時期住んでただけで生粋の関西人じゃないからね」
僕はその手を、そっと下ろした。
「でもすげーぞ。こないだ食堂で食ってたら、ちらちら見られてさ。あれ、藤森もいたらもっと見られるんなら、俺だったら緊張して飯食えねぇわ」
「……そんなに?」
「おう」
興奮気味に話す山ちゃんを前に、僕は心がざわざわした。
やっぱり、疑問に思ってしまう。
藤森君は、一緒に弁当を食べてくれて、僕とも仲良くしてくれている。たまに大型犬に懐かれている感じさえする。
でもふとした瞬間、藤森君からの視線に戸惑う。そこには山ちゃんと話してるときにはない、友情とは違う視線、声色、雰囲気、感情がある気がして──
「んんー」
頭をかかえ唸る僕に、「そんなにうらやましかったのか?」と、頭をぐしゃぐしゃと撫でられた。

「ね、さっき教室の、なにか用だった?」
「……なんでもない」
藤森君は、そっぽ向いてしまった。どうしてご機嫌斜めなんだろう。
今日はゆで卵、ニンジンとかぼちゃのサラダ、ウィンナーとブロッコリーとお豆のコンソメ風、生姜を効かせた鶏もも肉を焼いたのに、白ごはん。
ボリューム満点で、藤森君はさっきまで喜んで食べていた。猫みたいに機嫌が変わりやすいんだろうか。
対して、僕は藤森君の買ってくれた中華弁当。肉団子、餃子、シュウマイ、麻婆豆腐、白米。ボリューミーすぎて、藤森君にもおすそ分けしている。
「なんでもないならいいよ。でも、あいまいにされると僕も気になる」
そう言うと、不機嫌全開の藤森君は、ふっと頬を緩めた。
「光君って、見た目ふわふわしてかわいいけど、結構サバサバしてるよね。最近気を使わないで話してくれるようになって、うれしい」
箸を持つ手の甲を口元に当てながら、藤森君は笑った。
親戚だけじゃなく、藤森君からも言われてしまうとは。よっぽど僕の見た目は幼いようだ。
「それは、褒められてる?けなされてる?」
もしくはイヤミか。
さっき変なこと考えたから、少し苛立ってしまう。
「めっちゃ褒めてる。ギャップあっていいなって」
それは陽気に微笑む藤森君にこそ言えることじゃないだろうか。
「せっかく不機嫌にしてたのに、笑っちゃったよ」
「わざとしてたの?」
「うん、光君にかまってもらいたくて」
頬杖をついた藤森君は、目を緩ませて僕を見つめる。
「藤森君って、兄弟いる?」
そんな風に見つめられると、困る。
前はそんな風に見られても、なんとも思わなかった。けど、最近、少し心の奥がざわめく。
「ううん、ひとりっ子。なんで?」
「甘えるのに慣れてるのかと思って」
「光君にだから、甘えたいんだよ」
僕に顔を近づけた藤森君の、こういうとこ、ずるいと思う。藤森君が覗き込むように僕を見るから、顔を背けることさえできない。
「僕も、藤森君のクールに見えるのに、本当は人懐っこくて甘えたなところかわいいと思うよ」
わかってやっているのは、なんだかもてあそばれている気がして、少し苛立ちを込めた目をして褒め返してしまった。
「…………光君、ずるいよそれは」
目の前の藤森君は顔を赤くして、箸を持つ手の甲で口元を抑えた。
そういうところが見た目じゃなくて、本当にかわいいと思う。
苛立ちもどこに行ったのか、僕は顔を緩ませながら肉団子を口に入れた。
「光君、顔に出過ぎだから」
「肉団子がおいしいからだよ」
その疑う様子にさえ、顔がほころんでしまう。
こんな藤森君、みんな知らないんだろうな。
「藤森君は──」
みんなの前でも、今みたいな姿見せたらいいのに。
そう言おうとしたのに、口から出す前につかえてしまった。
「なに?光君」
だってそうなれば、僕と過ごす時間が減るかもしれない。
「今日のおかず、どれが好き?」
わざと、違うことを聞いた。
「ん~、迷うけど肉かな。パンに挟んでもうまそう」
そうして鶏もも肉を頬張る彼を、ゆったりと、でもどこか寂しい気持ちで見つめていた。
 藤森君とお弁当を食べることは、僕の中でもう『日常』になっている。僕はお弁当を作って、彼は普通に幕の内弁当や中華弁当を買ってくるときもあれば、総菜をいろいろ買ってくることもある。食後のおやつでナッツやドーナツ、メロンパンを買ってくることもあった。多分、藤森君はパンが好きなんだろう。
毎日、喜んでくれる彼を見ていると、もっとおいしいものを作りたくなる。
「え、パンやん!今までパンなんてあった?」
覗き込んだ達也が卵の切れ端をパクリと食べた。
「はじめてかな?いいかと思って」
たまには趣向を変えてみた。ハムきゅうり、厚焼き玉子、カツのサンドイッチ。野菜がないから、代わりにフルーツサラダ。
「ボリュームあるでしょ?」
これなら達也もお腹いっぱいになるはずだ。
「兄ちゃん、最近作るもん変わって来たよな。サンドイッチ作るなんて、絶対に変や」
「そ、そう?」
ぎくりとしたのを隠すように、僕はサンドイッチを容器に入れた。
「はい、達也の持ってって」
受け取った達也はじとりと疑う目で見下ろしてきたが、気づかないふりをして僕は学校に行く準備するからとキッチンを出た。
 藤森君に食べてもらう前は、もっとがっつり系の茶色いお弁当だった。言われてみれば最近、藤森君寄りのメニューになっている気がする。
「光君」
「うん」
お弁当を開いた藤森君は、目を輝かせた。
「サンドイッチだ!」
だってしょうがない。新しいレシピ、初めて食べてもらうものを持ってくるだけで、こんなに喜んでくれるんだから。
「はい、これ」
「ありがとう」
持ってきたウェットティッシュを渡すと、手を拭く藤森君の周りに小さな花々が飛んでるんじゃないかってくらい陽気な雰囲気が漂っている。
「…………かわいい」
こっそりと、心の中で思ったはずだった。
「それって、俺のこと?」
ウェットティッシュを手に持ったまま、藤森君は目を丸くしている。
そう言われるまで、口に出ていたのに気づいてなかった。
足先から頭に向かって、全身が熱くなる。
「ご、ごめん、つい……。あ、窓開けるね」
あまりに熱くて、急いで窓を開けると風が吹いてカーテンに顔をはたかれた。
「だいじょぶ?」
「うん、大丈夫……」
自分の慌て具合に、小さく落ち込む。
「光君」
「はい」
まださっきの熱も冷めてないのに、なにを言われるのかと、さらに熱を帯びる。
「うれしい、あんがと」
ゆったりと笑みを浮かべた藤持君はそのままサンドイッチを口に入れ、「きゅうり水気抜いてあるし、マヨまろやかで美味しい」と普段通り。
こういうところは、ありがたい。
「光君、テスト勉強はじめてる?」
「ううん、まだ」
カーテンから入る穏やかな陽の光と、柔らかな風、穏やかに話す藤森君。
少し、落ち着いてきた。
「俺も。今週末から始めようかなぁって」
「僕も。今週末なら、山ちゃんからノートも返って来てるだろうし」
そうであって欲しい。から、あとでちゃんと言っておこう。
そう思っていると、藤森君がサンドイッチを持ち上げ、口に入れる寸前で止めた。
「光君てさ、山ちゃんと仲いいよね」
じっと藤森君は僕を見た。さっきまでの柔らかな雰囲気が薄れている気がする。
「そう、だね。小学校の時からの仲だし、一番気を使わず話せるかな」
パクリと茄子を口に入れて藤森君を見ると、明らかにムスッとしていた。
「……え?」
今のどこに、不機嫌になる要素があったのだろうか。
「光君さ、」
「うん」
藤森君はなんだか話しづらそうだ。
「……もしかして、嫌いだった?サンドイッチ」
ひとり浮かれてしまってたんだ。パンも持ってくるから好きだと思い込んで、なんて僕は浅はかだったんだろう。
さっき下がり始めた体温が、また上がってくる。
だって、藤森君をわかった気になっていた。
「サンドイッチはすごくおいしいよ」
「じゃあ」
何だっていうんだ。
藤森君は首の後ろに手をまわし、少し左右に揺れてから、僕を見据えた。
「光君、山ちゃんに触らせ過ぎじゃない?」
「……へぁ?」
あまりに予想外で、変な声が出た。
「……」
「そんな黙られると、恥ずいんだけど」
不貞腐れているのか、照れているのかわからない藤森君に、胸の奥から大きく鼓動を打つ。
「その、山ちゃんにそんな、触られたりなんて」
「してるって。いっつも肩組んだり、頭撫でられてたり、隙あらば触られてる」
何とか出した言葉も、遮られた。
「そんなこと」
「あるって」
あったとしても、覚えてない。そんなこと、いちいち意識なんてしてない。
「藤森君は山ちゃんが僕に触るのが嫌なの?」
「……いやだ」
藤森君は背もたれに体を預け、ずり落ちていく。
「俺以外が光君に触るなんて、嫌だ」
拗ねたように、藤森君は上目目線を僕に向けた。
「それって、もしかして、嫉妬?」
考えるより先に、口から出ていた。
普段なら絶対、こんなこと聞かない。自分でもおかしくなってるってわかってる。
「……うん」
そんなこと言われるなんて思ってなくて、どうしたらいいかわからない。さっきから藤森君を意識した心臓がうるさくて、耳の後ろまで脈打ってる。
「光君が、俺だけのだったらいいのにって、思ってる」
「それは、……友達として、なの?」
気づかないふりをしていた。けど、もうそうすることはできないから。
藤森君は中腰になって、僕の頬に手を伸ばした。
「友達じゃないよ、友達以上になりたいって、思ってる」
その真っ直ぐな視線に撃ち抜かれて、息をするのも苦しい。
「でも、急に俺の気持ちを伝えたら光君、困るかもしれないから、まだ言わないでおく」
食べよ、と照れた様子の藤森君は、サンドイッチをパクリと食べた。
まだ言わないって、それは言ってるようなものじゃないの?

今日はいつもより静かで、お互いを意識したなんともいえない雰囲気の中、お弁当を食べ終わった。
「あのさ、光君」
教室を出たところで見上げると、そのまま藤森君は僕の肩に頭を乗せた。
「明日からも、一緒にお弁当食べてくれる?」
策士だ、絶対にわかってやってる。
僕が甘えられるのに弱いって、藤森君はわかってやってる。
「ね?ダメ?」
首元に藤森君の息がかかって、腰にゆるく回された藤森君の腕から抜けられなくて、僕は身をよじるも動けない。
「ダメじゃない、から……。明日からも、一緒に食べるから、だから、そろそろ離して……」
消え入りそうな声で言うのも精一杯だった。
「ほんと、うれしー」
にぱっと笑った藤森君は、さっと僕から離れて出入り口へと向かった。
「あ、そうだ」
なのに、思い出したように戻ってきた藤森君が僕の頭を撫でた。
「え、な、え?」
動揺しすぎて言葉も出ない。
「山ちゃんに触られたら、俺、これから上書きするから」
わかった?と両手で僕の顔を持ち上げた藤森君は、愛らしい笑みを浮かべた。
「光君、俺のこと意識してね?」
「……ひゃい」
顔を動かせないから、じっと見つめてくる藤森君から視線を動かせない。
藤森君の手が冷たいと感じるほど、こんなに意識してるのに、これ以上意識させられたら僕はどうなっちゃうんだろうか。