Nook-彼と僕のゆるやかな日々の話-

「わりーな、明日は一緒に食おうな!」
後輩に呼ばれ、お弁当を持ってバタバタと教室を出ていく山ちゃんと、軽く手を振りあった。
いつもは山ちゃんと2人で食べる昼休み、、今日はぼっち。こういうとき、どうしようかと思う。存在感も薄いから、1人で食べてても目立たないだろう。でも、自意識が邪魔をする。もし、”あの人、ひとりで食べてる”なんて聞こえてきたら──。そう思うだけで心がキュッとするし、その瞬間食べるのをやめてしまう気しかしない。
そうなるくらいならと、どこか人気の少ないとこで、さっさと食べて戻ってこようと僕は弁当袋を持って教室を後にした。
けど今日は、味見したら唐揚げが美味しくできたから、山ちゃんに食べてほしかった。感想も聞きたかったな。
ふっ、と軽く息を吐き、階段前で立ち止まっていると、肩を指でトントンされた。
振り返って、僕は驚きのあまり停止した。
「光君、一緒にご飯食べよ?」
「……」
びっくりしすぎて、開いた口と目が閉じれない。ましてや声も出ない。
なぜでしょう。存在すら知られてない僕の前に、どうして藤森君は立っているのでしょうか。
「藤森ー、食堂行くぞーい!」
藤森君と仲がよい一軍男子達が廊下から呼ぶ声に驚いて、思わず肩が跳ねた。そうするとその肩に、まるで大丈夫とでも言うように、藤森君がそっと手を乗せた。
「俺今日、別で食うわー」
「あー?ひとりで食えんの?」
「うっせー」
藤森君の影にいた僕に、一軍君の中で藤森君の次に目立つ金髪の桃山君にちらりと目を向けられた。一瞬緊張して、息を止めてしまう。
「はいはーい、どうぞご勝手にー」
それだけ言うと、桃山君達は行ってしまった。
「……ったく」
荒く息を吐いた藤森君を目だけで見上げると、藤森君は僕の肩に乗せたままの手を気まずそうに外してから
「行こ」
そのまま階段を下りて行ってしまった。
僕は返事するタイミングすらなかった。
「……え?なんで?」
頭が混乱して落ち着かない。でも振り返ってもくれないから、付いていくしかないと、僕は急ぎ足で追いかけた。
小さな白いビニール袋を手に持つ藤森君の後ろを、他の生徒を避けながら歩く。すると、藤森君は迷いもなく旧校舎に入って行った。立ち入り禁止にはなっていないものの、もう使われていない校舎に入るのに、僕は一旦立ち止まってしまった。
「光君、どした?」
僕が校舎に入らないことに気づいた藤森君が振り返った。
「え、その……」
「大丈夫、別に危なくもなんともないから」
藤森君は薄暗い校舎の中を進んで行ってしまう。置いていかれないように後を追うと、藤森君は二階奥の空き教室の扉を開いた。
「ここ、誰も来ないから静かでいんだよ」
藤森君がカーテンと窓を開ける姿を、僕は教室の外から眺めていた。藤森君の黒髪が、心地よい秋の風になびく。
静かで、穏やかな風が、僕に少しだけ落ち着きを与えてくれる。
「こっち。座れば?」
「うん……」
言われるがまま席に座ると、当たり前のように机をくっつけ、向かいに藤森君が座った。
何気なく、藤森君はビニール袋からホットドッグを取り出し、ラップを取る。けれど、僕は緊張して動けない。
いつもはレジを挟んで、お弁当のやり取りだけ。でも机越しだと近いし、なに話したらいいのか全く分からない。
それに比べて藤森君は落ち着いている。まっすぐ彼の顔を見るのも初めてで、毛穴もない白い肌に、長く濃いまつ毛や、薄いピンクの唇、こちらを見るきれいな瞳に目が奪われる。
「光君さ、」
「はい」
藤森君は「あ~」と窓の外に目を向け、指で頬をかいてから僕を見た。
「俺のこと、知ってる?」
「えっと、藤森、斗亜君」
「せーかい。よかった、俺、全然知られてないかと思ってたから」
安心したように、藤森君は胸に手をあてた。
「そんな、僕の方こそ知られてないって思ってたから」
「全然!俺ずっと話しかけたかったもん」
にっこり笑って大口でパンをほおばる彼は、いつもお弁当を買いに来るときや教室にいるときのクールな雰囲気と違って、朗らかで、ふわふわしている感じがする。
「昨日、ありがとね。お弁当作ってくれて」
「それは、全然、大丈夫、で。あの、僕、金原光(かねはらみつ)といいます」
緊張して、ぎこちないながらも軽く会釈すると、くっと向かいから笑い声が聞こえた。
「知ってる。光君、面白いね」
藤森君は、口に大きな手を当てて笑っていた。
「てか、弁当食べなよ」
「あ、はい、いただきます」
僕も向かいで弁当箱を広げ、ブロッコリーを食べる。
「光君は俺が弁当買い行ってたの知ってた?あと、敬語じゃなくていいから」
「あ、は、うん。知ってたよ」
「ほんとに?俺全然気づかれてないと思ってたからさ。勇気出して話しかけてよかった」
ほっこりと笑う藤森君は、機嫌よさそう。
「いつから知ってた?」
「えっと、6月くらいには……」
押し黙った藤森君は、首を傾げた。なんか変なこと言っただろうかと、俺は気づけば藤森君の映し鏡のように同じ向きに首を傾げていた。
「それ、今年の?」
「え?そう、だね。今年の6月くらい」
「そう……」
藤森君はさっきまでのご機嫌さはどこいったのか、いきなりムスッとした。そのまま焼きそばパンに手を伸ばし、ラップをきれいに剥がしていくも、途中で破れてしまったようだ。眉をひそめながら、爪でラップをかいている。
なにかいけないことでも言ったのだろうか。
けど、それを聞くのも恐れ多すぎて、僕はうつむいて卵焼きを口に入れた。食べていれば、話さずにすむ。
「……弁当、売り切れる日もあるんだね」
永遠にだんまりが続くだろうかと心臓が嫌な音を立て始めていると、多少ぶすっとした話し方だが、藤森君の方から話を振ってもらえた。
ちらりと僕を見る藤森君に、ほっとする。
「昨日はおばさんの気まぐれで、タイ料理の日だったからお客さん多くて」
「へー。俺普通のやつしか食べたことねーわ。あ、でも中華とかオムライスはあったな」
「一番人気はカレーの日だよ。豚と牛と合掛けで、ピクルスとか色々入ってるから、早い日はお昼で売り切れてる」
「そーなったら俺、晩飯難民だわ」
藤森君はげっそりした顔をした。
くるくると表情が変わる藤森君に、思わず笑ってしまった。
もっとクールで、ツンとした冷たい人と思ってたのに、とても素直。
「藤森君、よくお弁当買いに来てくれるよね?」
「うち、おかんが夜勤あんだよね。だからそんとき買いに行ってる。昼もなんだかんだパン買ったり。前は駅んとこのスーパーとかコンビニで適当に買ってたけど、今はあの弁当屋が一番気に入ってる」
「そうなんだ……」
完。終わってしまった。話を続けようにも、何も思い浮かばなくて焦ってくる。
もともと話すのも得意じゃないし、ましてや藤森君のようなカーストの頂点にいる人と話すことなんてないし緊張してしまう。
もうこうなったら、どうして今日話しかけてくれたか聞くしかないかと慌てていると、藤森君が目を輝かせて僕のお弁当を見つめているのに気づいた。
「……食べる?」
「えっ!?いや、いいよ。光君のだから!」
ハッとした藤森君が顔の前で手を振る中、僕の目には、藤森君が少し照れているのが見えてしまった。
「いつも多めに作ってるから。山ちゃんにもよくあげるし」
なんだか藤森君がかわいくて、自然と笑えてきてしまった。
達也の分も作っていると、いつも作りすぎてしまう。普段は山ちゃんにあげるけど、今日僕はこの量を食べきれないだろう。
どれがいいかな、とお弁当の蓋に乗せようとしていると、遠慮がちに藤森君は口を開いた。
「……じゃあ、卵焼き」
照れたような、甘えるような藤森君にキュンときて、僕は弁当箱の蓋に卵焼き、ブロッコリー、唐揚げを2つ乗せてあげた。
「はい」
「いいの?こんなに」
藤森君の意外な一面に、僕の方がテンションが上がってしまった。
「うん、食べて食べて」
持っていた予備の割り箸を渡すと、藤森君は始めはもじもじしてたけど、大きな口に卵焼きを入れた。
その様子に、自分の作ったもの初めて食べてもらうからドキドキするのに、小さいときの達也みたいで、なんだかかわいくて口元が緩んでしまう。
じっと見つめていると、藤森君が目を輝かせて僕を見た。
「うーまー!卵焼き、ケチャップとチーズ入ってるし、トロッとしてる。光君、料理上手だな」
美味しそうに食べる藤森君が満面の笑みで、お世辞で言ってないことがわかる。
「そんな、僕なんてまだまだ」
「昨日の卵焼きも、カニカマ入っててうまかったし。食感が楽しかった」
昨日は即席だったから、余ってる材料と勢いで作った。それでも美味しいと言ってもらえて、すごくうれしい。
「こっちの唐揚げも、生姜が効いててうまい」
家族とおばさんと山ちゃん以外の人に、おいしいと言ってもらえるのなんて初めてで、おいしそうに食べてもらえるのも初めてだ。
「ありがとう。僕、自分で料理するのも好きで、それでおばさんのお弁当屋さんでバイトして、料理も教えてもらってるんだ」
僕は舞い上がってしまいそうだ。
「だから食べてもらえて、美味しいって言ってもらえるの、すごくうれしい」
「……うん」
山ちゃんは「うまい!」か「微妙」くらいで、家族やおばさんはなんでもおいしいと言ってくれる。
だから本当に正直に言ってもらえるのは、初めてかもしれない。
向かいで藤森君は手に顔を乗せて、柔らかな笑顔を僕に向けていた。
「あ、ご、ごめんなさい。つい一人語りみたいに……」
恥ずかしさでうつむいた顔に、血がのぼっていく。
「なんで?すっげーいいじゃん。料理の話してる光君、楽しそうで、俺まで楽しくなる」
視線を上げると、藤森君は「な?」と当然のように笑いかけてくれた。それがあまりに自然で、ストンと腹に落ちた。
裏表なくまっすぐ気持ちを伝えてくれて、自分の好きなことも認めてくれて、それがたまらなくうれしい。
「でもいーなー、山ちゃん。俺も毎日、光君の弁当食いたい」
だから、調子に乗ってしまったんだろう。
「よかったら、作ろうか?」
自然と言葉が出ていた。
「えっ!?いーよ悪いし。光君、大変じゃん」
「今でも2人分作ってるし、1人増えるのなんて変わらないよ。それに、感想言ってもらえると、僕も作り甲斐あるし。できたら僕も、そうしたい」
普段、こんな大それたこと言わない。体の奥から感情が沸き立つようだ。
向かいで藤森君は少し困った顔をして、悩んでいる。
でもさっき、美味しそうに食べる藤森君を見てしまったから、僕はもう藤森君に食べてもらいたくて仕方なくなってしまったんだ。
「……ほんとに、いーの?」
「もちろん!」
まだ戸惑っている藤森君に、僕は強く言った。
藤森君は、机に付いた手に顔を乗せたまま、考え込んでいる。
「わかった。でもやめたくなったら、遠慮なく言ってね?」
「うん、大丈夫!任せて」
未だかつてない自分の積極性、というか理想の試食相手に興奮気味な僕がそう言うと、「どこ任せたらいいの?」と藤森君はまた大きな手を口にあてて笑った。手のすき間から八重歯が見えて、その無邪気な様子につられて僕も笑った。