「兄ちゃん!」
「達也、どうしたの?」
早足で僕のとこまで来た達也はじっと、いや、値踏みするように藤森君を上から下まで眺めた。
「達也、失礼やからじろじろ見んのやめ」
「光君の知り合い?」
「兄ちゃん、これなに?」
藤森君と達也の声がぴったりと被った。
「達也、人のことこれなんて言ったらあかんよ。藤森君、ごめんね。僕の弟の達也」
「へー……」
「どうも」
藤森君もびっくりしてるだろう。母さん似の僕と違って、父さん似の達也は藤森君より背が高く、ガタイも良い。
「なんか運動してんの?」
「柔道を」
「へー、だからいい体つきしてるんだ」
「あんた投げ飛ばすくらい、軽いもんです」
仏頂面で達也がそんなこと言うもんだから、僕は驚いてしまった。
「達也、なんてこと言うねん」
「だって兄ちゃん。前言ってたの、こいつのことやろ?チューがどうのって」
達也が藤森君を指すから、僕はその指を下ろそうとしたがびくともしない。
「光君、家で俺の話してくれたの?うれしー」
出した話からして、うれしがられるとこちらが恥ずかしい。
でも、今はそれどころではない。
「ごめんね藤森君。達也、本当はいい子なんだけど今日は反抗期みたいで」
「誰が反抗期やねん」
達也に腕を引っ張られ、バランスを崩した僕は達也にもたれかかった。
「もう兄ちゃんに近づかんといてください」
「え、無理」
藤森君が即答すると、明らかに達也は不満げな顔をした。
「達也、とりあえず離して」
「あかん」
「え、ちょ、達也!」
そのまま達也に腕を引っ張られたが、その手を振りほどいた。
「僕、今から藤森君と一緒にご飯食べるから!帰ったらまた話そ。達也も昼休み終わる前に弁当食べて」
「あかん!」
また掴まれそうになったから、急いで僕は藤森君の後ろに隠れた。
隠れた僕をかばうように、藤森君は僕の背中に手をまわした。
「弟君、今日のところは勘弁してもらっていい?」
「あかん!」
ゆるやかな藤森君にも達也は譲らない。
「達也、突然来られても僕も困る。帰ってから、ちゃんと話すから」
「でも兄ちゃ──」
「達也、ええ加減にせぇよ?」
普段より1トーン低めの声で達也に笑いかけると、全く納得のいかない様子だったけど達也は校舎へと戻っていった。
その後姿に、大きなため息が出た。
「光君、弟君に懐かれてるね」
「あ、ごめんね藤森君。達也がいろいろと」
「いいよ、俺もいいの見れたし」
藤森君が楽し気にしている理由がわからない。それがきっと、顔に出てたんだろう。
「光君、弟君とは関西弁でしゃべるんだね。普段とギャップあってかわいー」
藤森君は、機嫌よさそうに僕の鼻をつまんだ。
「え?それ?」
「うん、いいの見れた」
鼻歌でも歌いそうな藤森君の後ろに続きて、僕も教室に入った。
「親の転勤で関西にいた時期があって、達也はいつも関西弁。僕は達也としゃべるときだけ関西弁出る感じかな」
「それは意識して?」
「ううん、自然とそうなる」
「へー、バイリンガル?」
「使い方違う気がする」
一か国語しか話せやしない。
「高1だっけ?」
前に少しだけ、藤森君には達也の話をした。
「そう、でも達也の方がお兄ちゃんかと思ったってよく言われる」
「弟君、大きいもんね」
「図体だけはね」
メンタルは小学生で止まってると思う。
「弟君って、いつもあんな感じ?」
「あんな感じ?」
僕は口に運ぼうとしたエビチリをいったん置いた。
「俺の大好きなお兄ちゃんだから!を前面にした感じっつーか」
その通りだけど、肯定するのは気恥ずかしい。
「うん、まぁ、だいたいそう、かな」
向かいの席では、なるほど、と藤森君が深く頷いていた。
「よくわかった。あんな前面に気持ち出してる子が近くにいたら、光君が鈍くても仕方ないね」
「……僕、批判されてる?」
「ううん、違うよ。俺もちゃんと伝えていかないとなって思っただけ」
形のいい笑みを浮かべた藤森君は「だって」と唇を尖らせた。
「光君、俺のこと幼児と思ってるでしょ」
「そんなことないよ」
「あるでしょ?そうじゃなかったら、なんで今日の弁当こんなファンシーなの?」
今日のお弁当──くまさんのハンバーグ、シマエナガのおにぎり、あとは普通に卵焼きとブロッコリーとニンジンサラダにウインナー。
僕なりに愛情表現のつもりだったけど、方向性が違ったんだろう。
「かわいいのが好きかと思って」
動物じゃなくて、アニメのキャラの方がよかったんだろうか。
明日のメニューを考えていると、藤森君に言われた。
「あのね光君。俺はかわいいものが好きなんじゃなくて、光君が好きだからかわいくて好きだって思うんだよ。わかった?」
拗ねたままの藤森君からまっすぐボールを投げられ、僕はもうノックアウトだ。
「明日からは、普通のお弁当持ってきます……」
藤森君は、すぐ有言実行するから困る。
「達也、今日のなんなん?」
返って来たばかりの達也に聞くも、達也は仏頂面しているだけで何にも答えない。
「藤森君、僕のお弁当も準備してきてくれてるんやで」
「……兄ちゃんいつも、自分の弁当用意してるやん」
「僕の弁当は藤森君に渡して、藤森君の弁当を僕がもらって──」
「そんな進展してんの⁉」
耳痛くなるかと思うくらいの声量で叫んだ達也は、はぁーと深いため息をついて頭をかかえた。
「あいつはあかん。あんな遊んでそうな男、兄ちゃんにはあかん。もっと硬派で兄ちゃんを守ってくれそうな──」
「兄ちゃん、達也を人を見た目で判断する子に育てた覚えないで。藤森君、見た目は派手だけど優しいし、……いい子だよ」
かわいいと言いそうになって、思わずつっかえた。
「兄ちゃんが思ってるだけやろ?」
「おばさんもそう言うてるで」
「おばちゃんかぁ……」
達也はおばさんを恐れている。嫌いなものを残すたびに、「好き嫌いするなー!」と般若のごとくおばさんに怒られてきたから。
きっとおばさんなら味方してくれると思って、勝手に言ったことがまさかここまで効果があるとは。
リビングのダイニングチェアーの背もたれに思いっきりもたれて天井を仰いでいる達也の目は、どことなくボーっとして見える。
「なにが気に食わんの?」
「なんもかんも気に食わん。ここいらで有名な色男やし、ひどい振り方してんのやろ?そんな男あかん」
「そしたらどうしようもないやん」
「そうやねん、だから兄ちゃんがあいつと仲良くせぇへんかったらええねん」
「それは無理やわ。付きおうてるし。てかなんで昼、僕があそこいるってわかったん?」
「そりゃここ数日、教室出たとこから兄ちゃん付けてたもん」
「ストーカーやんか」
「ブラコンって言ってくれ」
大きなため息をついてから、達也はテーブルに顔を伏せた。
「いやや、兄ちゃんにはまだ早い」
「なにがよ?」
「絶対あいつ下心あるもん。兄ちゃんのこと食べる気や」
「食べるって……、怪物やないんやから──あ」
思わず声が出てしまった。
”光君、かわいくて食べたくなる”
あれは、そう言う意味だったのだろうか。
「え⁉なに⁉もう食べられたん⁉」
「食べられてない!兄ちゃんは健全なお付き合いしてるだけじゃ!」
「だからそれをやめぇて言ってんねん!」
結局、達也とは話し合いにもならず平行線だった。
腹立って藤森君とのノートにも”達也は頑固でこちらのいうことに聞く耳も持たない”と怒りのコメントを残したほどに。
「字面からも伝わってくるよ。普段、光君丁寧に書いてるのに、昨日は字が斜めってるし荒れてる。かわいい」
ノートを眺めながら、藤森君は小さく笑った。
「藤森君、僕のことならなんでもかわいいって言いそうだね」
「そうかな?最近、光君と付き合えて幸せ過ぎるから世界のすべてがかわいく見えてるかもしれない」
うっとりした目で見つめてくる藤森君の甘い言葉に僕はまだ慣れない。
「重症だね」
「ほんと、だから俺が正気に戻るために今日の帰りデートしない?」
想いもしない誘われ方で、口に入れたはずのちくわの磯部上げが白米の上に落ちた。
今日の僕のお弁当は藤森君の買ってきてくれた幕の内弁当、藤森君は僕の作った鳥そぼろ弁当だ。
向かいの席で大口あけて鳥そぼろを食べる藤森君を前に、僕は一旦お弁当もお箸も机に置いた。
「……でーと?」
疑ってるわけじゃないけど、この3週間なにもなかったから確認したくなる。
「デート。カフェ行くでも、ぶらぶらするでもいいし、家に来るでもいいよ。その方が人目に付かないと思うよ。どうする?」
確かに、藤森君と歩いていると視線を常に向けられることになるかもしれない。それはできれば避けたい。
ただ心配なのは、昨日達也に言われて、自意識過剰になっているのかもしれない。
「宿題一緒にして、少しおしゃべりしたら帰る感じでもいい?」
なにもしてこないよね、とは聞けない。
「全然それでいいよ。俺はいちゃいちゃしたいだけだから」
藤森君の回等に、思わず首を傾げた。
「……いちゃいちゃ?」
「いちゃいちゃ」
藤森君は僕に手を伸ばし、あごに手をかけ唇に指をあてた。
麗しい藤森君に熱の籠った鋭い視線を向けられて、僕は身動きができなくなる。
「あの、藤森君」
「なぁに、光く──」
「なに学校でいちゃついてんねん……」
「ひいっ!?」
急に聞こえた声に驚いて、足もとから跳ねた。
恐る恐る扉の方を向くと、数センチだけ開けた扉の向こうに達也が立っていた。
「た、達也いつから、ていうかそんなとこでなにしてるん⁉」
「兄ちゃんが心配で様子見に来たんや」
ずかずかと近づいてきた達也は藤森君を真上から見下ろした。
「こんにちは、達也君」
珍しい。藤森君は作り笑いをしている。なんとなく余裕が漂っている気がする。
そんな藤森君に返事することなく、無言で達也は藤森君を見下ろしている。
「俺はまだ、お前と兄ちゃんの交際を認めてないで!やから今日のデートもなしじゃ!」
「ちょ、達也!お前また勝手に──」
「達也君、明日ここで一緒に昼飯どう?」
「「……はぁ?」」
藤森君の提案が意味わからず、達也と重なるように僕も言ってしまった。
「で、なんなんこの集まりは」
仏頂面の達也がお弁当の蓋をあけながら正面に座る藤森君に聞いた。
「それになんで山ちゃんもおるん?つーか隣の人、誰?」
「俺、桃山って言います。よろしくね、達也君」
僕は達也の隣の席から、藤森君が買ってきてくれたビビン丼の卵を割りつつ、にこやかに挨拶してくれる桃山君と、その隣で早くもパンを食べている山ちゃんをちらりと見た。
「とりあえず俺のこと知ってもらう方がいいかと思って」
藤森君も達也とお揃いの、僕特製お子様弁当(唐揚げ、タコさんウィンナー、昨日の残りのマカロニサラダ、茄子とピーマン炒め、オムライス)を開き、スマホに1枚おさめた。
「俺と光君が真剣に付き合ってくれるって証言してくれるの、この二人しかいないし」
「ちょっ、藤森君⁉」
急な藤森君がそんなことを言うから、思わずストップをかけた。
だって山ちゃんには恋人ができたとは言ったが、相手が藤森君とは伝えてない。
「あの、山ちゃん、その──」
慌てて山ちゃんに説明しようとしたが、口元に付いたパンくずを払いつつも山ちゃんはこともなげに言った。
「あぁ、藤森と付き合ってんだろ?それは前から気づいてたって言うか、なぁ?」
山ちゃんは隣に座る桃山君とにやり笑い合った。
「当人らより、俺らの方がわかってたっていうか。藤森、いっつも金原のこと見てたし」
「そうそう。俺が光のとこ行くと、藤森、めっちゃ見てくるし」
な、と桃山君と山ちゃんは笑い合っている。
「わかりやすいよな、まぁ俺らしか気づいてないと思うけどあからさまだし。1年の時からずっとだもんな。藤森に何見てんのか聞いたら、”金原かわいい”ってずっと言ってるし」
「まぁ兄ちゃんがかわいいのは当たり前のことやからな」
なぜか達也は満足げにうなずいている。
「俺も。最初は俺のことすげーにらんでくるって思ってたけど、よくよく見てたら光見てるし」
「俺ら、一番最初に飯食ったときにこの話題で盛り上がっちゃって」
「いつ付き合うかと思ってたけど、結構時間かかったよな」
楽しそうに話す2人の隣で、藤森君は額に手を付いてうつむいている。
「今のほんま?ずっと兄ちゃんに片思いしてたん?」
黙ったまま、藤森君は深く頷いた。
こういう感じで証言されるとは思っていなかったんだろう。藤森君は完全に照れている。
「かわいい」
「光君も、もう勘弁して」
思わず僕がそう零すと、ちょっと散歩と藤森君は教室を出て行ってしまった。
前に藤森君から聞いた話と同じだから気にしなくていいのに。ただ、他の人からどう見られていたかわかって恥ずかしいのはわかる。
「ま、達也そういうことだから。心配せんでも藤森は光のこと大事にしてくれるっつーか、真剣に付き合ってるよ」
「そーそー。あいつ噂みたいに冷たい奴って思われがち、いや、そういうとこもあるけど、金原にだけは態度変わって優しいから」
山ちゃんと桃山君からそう言われても、達也は納得のいかない表情だ。
「達也、もう光と藤森のこと認めてやれば?」
「やだ」
達也はお弁当を勢いよく食べた。
「あいつが兄ちゃんのこと本当にわかってるか、確かめる」
達也が立ち上がると、タイミングよく藤森君が戻ってきた。
「藤森、兄ちゃんの好きなことは!?」
「料理」
不思議そうにしながらも、藤森君は答える。
「序の口すぎたな。得意な教科は?」
「数学」
「好きな飲み物は?」
「りんごジュース」
「最近作るのにハマってるのは!?」
「オムライス♡」
そこからも達也は藤森君に質問を繰り出し、藤森君はスラスラと答えていく。
「無駄だと思うけどなー」
お弁当を食べ終わり、面白そうに向かいでつぶやく桃山君にどういうことかと首を傾げた。
「金原知らないと思うけど、あいつ移動教室のときとか金原と山ちゃんの後ろ付いて歩いてたから、たいていの情報は仕入れてるよ」
「盗み聞きしてたってこと?」
僕の質問に桃山君はにこりと笑うだけだった。
「クソッ、兄ちゃんはなぁ!かわいい顔してめっちゃ気ぃ強いから覚悟しとけよ」
質問攻めでは埒が明かないと思ったんだろう。達也は攻撃方法を変えた。
「わかる!ちゃんと意見言ってくれるよな。パンよりご飯派とか、気持ちはちゃんと伝えてとか」
喧嘩腰の達也に変わらず藤森君は明るい口調だ。
「大人しそうに見えて、うっかりしてたら流しそうな感じでズバッと言ってくるし。そこもめっちゃギャップあってかわいんだよな」
さすがに弟相手にそこまで惚気られると僕が困る。
ビビンバを頬張りながら振り返ると、花が飛んでそうな笑顔の藤森君と目が合った。
「ギャップやん、これ以上惚れさせんでほしいわ」
楽しげに、藤森君は口元に手を当てて笑った。
そんな笑顔見せられたら、キュンとしてしまう。
「えせ関西弁やめろや。でも──」
すっ、と達也は藤森君に手を差し出した。
「藤森、お前は俺が思った以上に兄ちゃんフリークやったわ。正直、若干引いて寒気した」
「そうかな?」
藤森君は差し出された達也の手を握った。
「そんだけ兄ちゃんを調べ尽くしたんやったら、その根性に免じて付き合うことは認める。けど泣かすなんてもっての外やし、お前に気がある女が兄ちゃんに迷惑かけることあったから俺の本気の蹴り食らわすからな」
「達也君、認めてくれるってこと?」
「付き合うことはな。でも20歳過ぎるまで兄ちゃんに手は出すなよ。健全に付き合え」
あぁ、よかった。これで達也も落ち着く。
「それは──約束できへん」
友好的な雰囲気に桃山君と山ちゃんと良かったよかったと温かな目で見守っていたというのに。
急に真顔になった藤森君が、真顔の低いトーンでそう言った。
「やから、えせ関西弁やめぇて!てか、兄ちゃんに手ぇ出すつもりなんか!?チューしたい言うたり、兄ちゃん惑わすな!」
また燃え上がる達也に、
「光、藤森にチューしたいって言われたん?」
空気読まずに聞いてくる山ちゃんと、爆笑してる桃山君。
平穏なランチタイムの訪れまでは時間がかかるかもしれない。
「今日は達也がごめんね」
「全然。光君の話あんなにできて、俺楽しかった!」
藤森君は走りきったあとのような溌剌さだ。
でも僕は複雑な気分。
達也が質問したことの中には、僕が藤森君に話したこともある。けど、そうじゃないのもあった。
どれだけ僕のこと調べて──いや、最近になって山ちゃんに聞いたのもあったと言うから、もうこの件には触れないでおこう。
「これで光君の心配事もなくなって、心おきなく俺と付き合える?」
「まぁそう、かな」
お弁当用意する時も、出かける時も達也に気が引けることはなくなるだろう。
「よかった」
自然と藤森君は僕の手を取った。
昨日行けなかったから、今日ようやく藤森君の家でお家デート。
「光君、もう分かりきってると思うけど。俺、光君のこと大好きすぎて、めちゃくちゃ重いし、これからも光君に俺のこと好きになってもらおうと色々仕掛けると思うけど、よろしくね」
僕の手を引いて、玄関に入るなり抱き寄せてくれた藤森君。
「好きだよ、光君」
「藤森君──」
麗しく甘い声色で、熱の籠もった目で僕に顔を近づける藤森君。
「ストップ」
僕は唇がくっつく前に藤森君の顔の前に両手を出した。
「どしたの光君」
気にしない様子で僕の手を藤森君はどけようとする。
「色々って、なに?今までもなにか仕掛けてたの?」
ちょっと、聞き逃がせないワードが多かった。
「別に、そんな気にかけるほどのことじゃないよ。可愛い顔して光君に笑いかけたり、ちょっと色仕掛けしたりとか。光君の気を引きたくて、自然としちゃうんだよね」
「……」
誤魔化そうともせず、まぁいいでしょと言わんばかりの笑みを浮かべた藤森君。
「愛する光君に、俺はいつも全力だから」
そうして呆然としている僕の頭を撫でてから、するりと顔を近づけてきた藤森君を今度は僕も止めなかった。いや、正確に言うとまだ呆然としてたんだが。
「光君、大好きだよ」
そのまま首元に顔をこすりつけてくる藤森君。
「とりあえず上がってい?」
「どうぞ」
そうしてやっと靴を脱いで、お家に上がった。
「光君、なに飲む?」
「あー、お菓子作ってきたんだけど──」
「えっ!?光君お菓子も作れるの!?」
「いや、ほぼ始めて」
「えー、うれしい。光君ほんといい旦那になるよ、俺の♡」
紅茶あったかなぁ、と藤森君はキッチンに向かった。
お菓子作ってきただけで小躍りする藤森君。
僕のことが好きで、表情まで意識してる藤森君。
「僕も手伝うよ」
藤森君の隣で、僕はティーバッグを袋から取り出した。
なんだかんだ言っても、そういう藤森君を僕は好きなんだと思う。
きっとこれからも、お互いマイペースに付き合っていく。
これは僕がマイペースな藤森君に振り回される話。マイペースに僕が藤森君を好きになる話。
「達也、どうしたの?」
早足で僕のとこまで来た達也はじっと、いや、値踏みするように藤森君を上から下まで眺めた。
「達也、失礼やからじろじろ見んのやめ」
「光君の知り合い?」
「兄ちゃん、これなに?」
藤森君と達也の声がぴったりと被った。
「達也、人のことこれなんて言ったらあかんよ。藤森君、ごめんね。僕の弟の達也」
「へー……」
「どうも」
藤森君もびっくりしてるだろう。母さん似の僕と違って、父さん似の達也は藤森君より背が高く、ガタイも良い。
「なんか運動してんの?」
「柔道を」
「へー、だからいい体つきしてるんだ」
「あんた投げ飛ばすくらい、軽いもんです」
仏頂面で達也がそんなこと言うもんだから、僕は驚いてしまった。
「達也、なんてこと言うねん」
「だって兄ちゃん。前言ってたの、こいつのことやろ?チューがどうのって」
達也が藤森君を指すから、僕はその指を下ろそうとしたがびくともしない。
「光君、家で俺の話してくれたの?うれしー」
出した話からして、うれしがられるとこちらが恥ずかしい。
でも、今はそれどころではない。
「ごめんね藤森君。達也、本当はいい子なんだけど今日は反抗期みたいで」
「誰が反抗期やねん」
達也に腕を引っ張られ、バランスを崩した僕は達也にもたれかかった。
「もう兄ちゃんに近づかんといてください」
「え、無理」
藤森君が即答すると、明らかに達也は不満げな顔をした。
「達也、とりあえず離して」
「あかん」
「え、ちょ、達也!」
そのまま達也に腕を引っ張られたが、その手を振りほどいた。
「僕、今から藤森君と一緒にご飯食べるから!帰ったらまた話そ。達也も昼休み終わる前に弁当食べて」
「あかん!」
また掴まれそうになったから、急いで僕は藤森君の後ろに隠れた。
隠れた僕をかばうように、藤森君は僕の背中に手をまわした。
「弟君、今日のところは勘弁してもらっていい?」
「あかん!」
ゆるやかな藤森君にも達也は譲らない。
「達也、突然来られても僕も困る。帰ってから、ちゃんと話すから」
「でも兄ちゃ──」
「達也、ええ加減にせぇよ?」
普段より1トーン低めの声で達也に笑いかけると、全く納得のいかない様子だったけど達也は校舎へと戻っていった。
その後姿に、大きなため息が出た。
「光君、弟君に懐かれてるね」
「あ、ごめんね藤森君。達也がいろいろと」
「いいよ、俺もいいの見れたし」
藤森君が楽し気にしている理由がわからない。それがきっと、顔に出てたんだろう。
「光君、弟君とは関西弁でしゃべるんだね。普段とギャップあってかわいー」
藤森君は、機嫌よさそうに僕の鼻をつまんだ。
「え?それ?」
「うん、いいの見れた」
鼻歌でも歌いそうな藤森君の後ろに続きて、僕も教室に入った。
「親の転勤で関西にいた時期があって、達也はいつも関西弁。僕は達也としゃべるときだけ関西弁出る感じかな」
「それは意識して?」
「ううん、自然とそうなる」
「へー、バイリンガル?」
「使い方違う気がする」
一か国語しか話せやしない。
「高1だっけ?」
前に少しだけ、藤森君には達也の話をした。
「そう、でも達也の方がお兄ちゃんかと思ったってよく言われる」
「弟君、大きいもんね」
「図体だけはね」
メンタルは小学生で止まってると思う。
「弟君って、いつもあんな感じ?」
「あんな感じ?」
僕は口に運ぼうとしたエビチリをいったん置いた。
「俺の大好きなお兄ちゃんだから!を前面にした感じっつーか」
その通りだけど、肯定するのは気恥ずかしい。
「うん、まぁ、だいたいそう、かな」
向かいの席では、なるほど、と藤森君が深く頷いていた。
「よくわかった。あんな前面に気持ち出してる子が近くにいたら、光君が鈍くても仕方ないね」
「……僕、批判されてる?」
「ううん、違うよ。俺もちゃんと伝えていかないとなって思っただけ」
形のいい笑みを浮かべた藤森君は「だって」と唇を尖らせた。
「光君、俺のこと幼児と思ってるでしょ」
「そんなことないよ」
「あるでしょ?そうじゃなかったら、なんで今日の弁当こんなファンシーなの?」
今日のお弁当──くまさんのハンバーグ、シマエナガのおにぎり、あとは普通に卵焼きとブロッコリーとニンジンサラダにウインナー。
僕なりに愛情表現のつもりだったけど、方向性が違ったんだろう。
「かわいいのが好きかと思って」
動物じゃなくて、アニメのキャラの方がよかったんだろうか。
明日のメニューを考えていると、藤森君に言われた。
「あのね光君。俺はかわいいものが好きなんじゃなくて、光君が好きだからかわいくて好きだって思うんだよ。わかった?」
拗ねたままの藤森君からまっすぐボールを投げられ、僕はもうノックアウトだ。
「明日からは、普通のお弁当持ってきます……」
藤森君は、すぐ有言実行するから困る。
「達也、今日のなんなん?」
返って来たばかりの達也に聞くも、達也は仏頂面しているだけで何にも答えない。
「藤森君、僕のお弁当も準備してきてくれてるんやで」
「……兄ちゃんいつも、自分の弁当用意してるやん」
「僕の弁当は藤森君に渡して、藤森君の弁当を僕がもらって──」
「そんな進展してんの⁉」
耳痛くなるかと思うくらいの声量で叫んだ達也は、はぁーと深いため息をついて頭をかかえた。
「あいつはあかん。あんな遊んでそうな男、兄ちゃんにはあかん。もっと硬派で兄ちゃんを守ってくれそうな──」
「兄ちゃん、達也を人を見た目で判断する子に育てた覚えないで。藤森君、見た目は派手だけど優しいし、……いい子だよ」
かわいいと言いそうになって、思わずつっかえた。
「兄ちゃんが思ってるだけやろ?」
「おばさんもそう言うてるで」
「おばちゃんかぁ……」
達也はおばさんを恐れている。嫌いなものを残すたびに、「好き嫌いするなー!」と般若のごとくおばさんに怒られてきたから。
きっとおばさんなら味方してくれると思って、勝手に言ったことがまさかここまで効果があるとは。
リビングのダイニングチェアーの背もたれに思いっきりもたれて天井を仰いでいる達也の目は、どことなくボーっとして見える。
「なにが気に食わんの?」
「なんもかんも気に食わん。ここいらで有名な色男やし、ひどい振り方してんのやろ?そんな男あかん」
「そしたらどうしようもないやん」
「そうやねん、だから兄ちゃんがあいつと仲良くせぇへんかったらええねん」
「それは無理やわ。付きおうてるし。てかなんで昼、僕があそこいるってわかったん?」
「そりゃここ数日、教室出たとこから兄ちゃん付けてたもん」
「ストーカーやんか」
「ブラコンって言ってくれ」
大きなため息をついてから、達也はテーブルに顔を伏せた。
「いやや、兄ちゃんにはまだ早い」
「なにがよ?」
「絶対あいつ下心あるもん。兄ちゃんのこと食べる気や」
「食べるって……、怪物やないんやから──あ」
思わず声が出てしまった。
”光君、かわいくて食べたくなる”
あれは、そう言う意味だったのだろうか。
「え⁉なに⁉もう食べられたん⁉」
「食べられてない!兄ちゃんは健全なお付き合いしてるだけじゃ!」
「だからそれをやめぇて言ってんねん!」
結局、達也とは話し合いにもならず平行線だった。
腹立って藤森君とのノートにも”達也は頑固でこちらのいうことに聞く耳も持たない”と怒りのコメントを残したほどに。
「字面からも伝わってくるよ。普段、光君丁寧に書いてるのに、昨日は字が斜めってるし荒れてる。かわいい」
ノートを眺めながら、藤森君は小さく笑った。
「藤森君、僕のことならなんでもかわいいって言いそうだね」
「そうかな?最近、光君と付き合えて幸せ過ぎるから世界のすべてがかわいく見えてるかもしれない」
うっとりした目で見つめてくる藤森君の甘い言葉に僕はまだ慣れない。
「重症だね」
「ほんと、だから俺が正気に戻るために今日の帰りデートしない?」
想いもしない誘われ方で、口に入れたはずのちくわの磯部上げが白米の上に落ちた。
今日の僕のお弁当は藤森君の買ってきてくれた幕の内弁当、藤森君は僕の作った鳥そぼろ弁当だ。
向かいの席で大口あけて鳥そぼろを食べる藤森君を前に、僕は一旦お弁当もお箸も机に置いた。
「……でーと?」
疑ってるわけじゃないけど、この3週間なにもなかったから確認したくなる。
「デート。カフェ行くでも、ぶらぶらするでもいいし、家に来るでもいいよ。その方が人目に付かないと思うよ。どうする?」
確かに、藤森君と歩いていると視線を常に向けられることになるかもしれない。それはできれば避けたい。
ただ心配なのは、昨日達也に言われて、自意識過剰になっているのかもしれない。
「宿題一緒にして、少しおしゃべりしたら帰る感じでもいい?」
なにもしてこないよね、とは聞けない。
「全然それでいいよ。俺はいちゃいちゃしたいだけだから」
藤森君の回等に、思わず首を傾げた。
「……いちゃいちゃ?」
「いちゃいちゃ」
藤森君は僕に手を伸ばし、あごに手をかけ唇に指をあてた。
麗しい藤森君に熱の籠った鋭い視線を向けられて、僕は身動きができなくなる。
「あの、藤森君」
「なぁに、光く──」
「なに学校でいちゃついてんねん……」
「ひいっ!?」
急に聞こえた声に驚いて、足もとから跳ねた。
恐る恐る扉の方を向くと、数センチだけ開けた扉の向こうに達也が立っていた。
「た、達也いつから、ていうかそんなとこでなにしてるん⁉」
「兄ちゃんが心配で様子見に来たんや」
ずかずかと近づいてきた達也は藤森君を真上から見下ろした。
「こんにちは、達也君」
珍しい。藤森君は作り笑いをしている。なんとなく余裕が漂っている気がする。
そんな藤森君に返事することなく、無言で達也は藤森君を見下ろしている。
「俺はまだ、お前と兄ちゃんの交際を認めてないで!やから今日のデートもなしじゃ!」
「ちょ、達也!お前また勝手に──」
「達也君、明日ここで一緒に昼飯どう?」
「「……はぁ?」」
藤森君の提案が意味わからず、達也と重なるように僕も言ってしまった。
「で、なんなんこの集まりは」
仏頂面の達也がお弁当の蓋をあけながら正面に座る藤森君に聞いた。
「それになんで山ちゃんもおるん?つーか隣の人、誰?」
「俺、桃山って言います。よろしくね、達也君」
僕は達也の隣の席から、藤森君が買ってきてくれたビビン丼の卵を割りつつ、にこやかに挨拶してくれる桃山君と、その隣で早くもパンを食べている山ちゃんをちらりと見た。
「とりあえず俺のこと知ってもらう方がいいかと思って」
藤森君も達也とお揃いの、僕特製お子様弁当(唐揚げ、タコさんウィンナー、昨日の残りのマカロニサラダ、茄子とピーマン炒め、オムライス)を開き、スマホに1枚おさめた。
「俺と光君が真剣に付き合ってくれるって証言してくれるの、この二人しかいないし」
「ちょっ、藤森君⁉」
急な藤森君がそんなことを言うから、思わずストップをかけた。
だって山ちゃんには恋人ができたとは言ったが、相手が藤森君とは伝えてない。
「あの、山ちゃん、その──」
慌てて山ちゃんに説明しようとしたが、口元に付いたパンくずを払いつつも山ちゃんはこともなげに言った。
「あぁ、藤森と付き合ってんだろ?それは前から気づいてたって言うか、なぁ?」
山ちゃんは隣に座る桃山君とにやり笑い合った。
「当人らより、俺らの方がわかってたっていうか。藤森、いっつも金原のこと見てたし」
「そうそう。俺が光のとこ行くと、藤森、めっちゃ見てくるし」
な、と桃山君と山ちゃんは笑い合っている。
「わかりやすいよな、まぁ俺らしか気づいてないと思うけどあからさまだし。1年の時からずっとだもんな。藤森に何見てんのか聞いたら、”金原かわいい”ってずっと言ってるし」
「まぁ兄ちゃんがかわいいのは当たり前のことやからな」
なぜか達也は満足げにうなずいている。
「俺も。最初は俺のことすげーにらんでくるって思ってたけど、よくよく見てたら光見てるし」
「俺ら、一番最初に飯食ったときにこの話題で盛り上がっちゃって」
「いつ付き合うかと思ってたけど、結構時間かかったよな」
楽しそうに話す2人の隣で、藤森君は額に手を付いてうつむいている。
「今のほんま?ずっと兄ちゃんに片思いしてたん?」
黙ったまま、藤森君は深く頷いた。
こういう感じで証言されるとは思っていなかったんだろう。藤森君は完全に照れている。
「かわいい」
「光君も、もう勘弁して」
思わず僕がそう零すと、ちょっと散歩と藤森君は教室を出て行ってしまった。
前に藤森君から聞いた話と同じだから気にしなくていいのに。ただ、他の人からどう見られていたかわかって恥ずかしいのはわかる。
「ま、達也そういうことだから。心配せんでも藤森は光のこと大事にしてくれるっつーか、真剣に付き合ってるよ」
「そーそー。あいつ噂みたいに冷たい奴って思われがち、いや、そういうとこもあるけど、金原にだけは態度変わって優しいから」
山ちゃんと桃山君からそう言われても、達也は納得のいかない表情だ。
「達也、もう光と藤森のこと認めてやれば?」
「やだ」
達也はお弁当を勢いよく食べた。
「あいつが兄ちゃんのこと本当にわかってるか、確かめる」
達也が立ち上がると、タイミングよく藤森君が戻ってきた。
「藤森、兄ちゃんの好きなことは!?」
「料理」
不思議そうにしながらも、藤森君は答える。
「序の口すぎたな。得意な教科は?」
「数学」
「好きな飲み物は?」
「りんごジュース」
「最近作るのにハマってるのは!?」
「オムライス♡」
そこからも達也は藤森君に質問を繰り出し、藤森君はスラスラと答えていく。
「無駄だと思うけどなー」
お弁当を食べ終わり、面白そうに向かいでつぶやく桃山君にどういうことかと首を傾げた。
「金原知らないと思うけど、あいつ移動教室のときとか金原と山ちゃんの後ろ付いて歩いてたから、たいていの情報は仕入れてるよ」
「盗み聞きしてたってこと?」
僕の質問に桃山君はにこりと笑うだけだった。
「クソッ、兄ちゃんはなぁ!かわいい顔してめっちゃ気ぃ強いから覚悟しとけよ」
質問攻めでは埒が明かないと思ったんだろう。達也は攻撃方法を変えた。
「わかる!ちゃんと意見言ってくれるよな。パンよりご飯派とか、気持ちはちゃんと伝えてとか」
喧嘩腰の達也に変わらず藤森君は明るい口調だ。
「大人しそうに見えて、うっかりしてたら流しそうな感じでズバッと言ってくるし。そこもめっちゃギャップあってかわいんだよな」
さすがに弟相手にそこまで惚気られると僕が困る。
ビビンバを頬張りながら振り返ると、花が飛んでそうな笑顔の藤森君と目が合った。
「ギャップやん、これ以上惚れさせんでほしいわ」
楽しげに、藤森君は口元に手を当てて笑った。
そんな笑顔見せられたら、キュンとしてしまう。
「えせ関西弁やめろや。でも──」
すっ、と達也は藤森君に手を差し出した。
「藤森、お前は俺が思った以上に兄ちゃんフリークやったわ。正直、若干引いて寒気した」
「そうかな?」
藤森君は差し出された達也の手を握った。
「そんだけ兄ちゃんを調べ尽くしたんやったら、その根性に免じて付き合うことは認める。けど泣かすなんてもっての外やし、お前に気がある女が兄ちゃんに迷惑かけることあったから俺の本気の蹴り食らわすからな」
「達也君、認めてくれるってこと?」
「付き合うことはな。でも20歳過ぎるまで兄ちゃんに手は出すなよ。健全に付き合え」
あぁ、よかった。これで達也も落ち着く。
「それは──約束できへん」
友好的な雰囲気に桃山君と山ちゃんと良かったよかったと温かな目で見守っていたというのに。
急に真顔になった藤森君が、真顔の低いトーンでそう言った。
「やから、えせ関西弁やめぇて!てか、兄ちゃんに手ぇ出すつもりなんか!?チューしたい言うたり、兄ちゃん惑わすな!」
また燃え上がる達也に、
「光、藤森にチューしたいって言われたん?」
空気読まずに聞いてくる山ちゃんと、爆笑してる桃山君。
平穏なランチタイムの訪れまでは時間がかかるかもしれない。
「今日は達也がごめんね」
「全然。光君の話あんなにできて、俺楽しかった!」
藤森君は走りきったあとのような溌剌さだ。
でも僕は複雑な気分。
達也が質問したことの中には、僕が藤森君に話したこともある。けど、そうじゃないのもあった。
どれだけ僕のこと調べて──いや、最近になって山ちゃんに聞いたのもあったと言うから、もうこの件には触れないでおこう。
「これで光君の心配事もなくなって、心おきなく俺と付き合える?」
「まぁそう、かな」
お弁当用意する時も、出かける時も達也に気が引けることはなくなるだろう。
「よかった」
自然と藤森君は僕の手を取った。
昨日行けなかったから、今日ようやく藤森君の家でお家デート。
「光君、もう分かりきってると思うけど。俺、光君のこと大好きすぎて、めちゃくちゃ重いし、これからも光君に俺のこと好きになってもらおうと色々仕掛けると思うけど、よろしくね」
僕の手を引いて、玄関に入るなり抱き寄せてくれた藤森君。
「好きだよ、光君」
「藤森君──」
麗しく甘い声色で、熱の籠もった目で僕に顔を近づける藤森君。
「ストップ」
僕は唇がくっつく前に藤森君の顔の前に両手を出した。
「どしたの光君」
気にしない様子で僕の手を藤森君はどけようとする。
「色々って、なに?今までもなにか仕掛けてたの?」
ちょっと、聞き逃がせないワードが多かった。
「別に、そんな気にかけるほどのことじゃないよ。可愛い顔して光君に笑いかけたり、ちょっと色仕掛けしたりとか。光君の気を引きたくて、自然としちゃうんだよね」
「……」
誤魔化そうともせず、まぁいいでしょと言わんばかりの笑みを浮かべた藤森君。
「愛する光君に、俺はいつも全力だから」
そうして呆然としている僕の頭を撫でてから、するりと顔を近づけてきた藤森君を今度は僕も止めなかった。いや、正確に言うとまだ呆然としてたんだが。
「光君、大好きだよ」
そのまま首元に顔をこすりつけてくる藤森君。
「とりあえず上がってい?」
「どうぞ」
そうしてやっと靴を脱いで、お家に上がった。
「光君、なに飲む?」
「あー、お菓子作ってきたんだけど──」
「えっ!?光君お菓子も作れるの!?」
「いや、ほぼ始めて」
「えー、うれしい。光君ほんといい旦那になるよ、俺の♡」
紅茶あったかなぁ、と藤森君はキッチンに向かった。
お菓子作ってきただけで小躍りする藤森君。
僕のことが好きで、表情まで意識してる藤森君。
「僕も手伝うよ」
藤森君の隣で、僕はティーバッグを袋から取り出した。
なんだかんだ言っても、そういう藤森君を僕は好きなんだと思う。
きっとこれからも、お互いマイペースに付き合っていく。
これは僕がマイペースな藤森君に振り回される話。マイペースに僕が藤森君を好きになる話。



