「今日はありがとね」
「いえ、こちらこそ急にお邪魔して、その……」
玄関で靴を履き終え、藤森君を振り返るも僕はうつむいた顔を上げられなかった。
「ね、光君。光君のことになると、こんな必死で重くて我慢がきかない俺は嫌?」
「……嫌じゃないよ」
「よかった」
話し終わった後、すっきりした笑顔を見せた藤森君は残っていたお茶を一気に飲み干した。
僕も、何にも話してないのに、聞いていただけで喉がカラカラで、コップに手を伸ばした。
「……あ」
けど、緊張しすぎていたんだろう。手が震えてしまって、コップを倒してしまった。
「わー、ごめんなさい!」
慌てて鞄からティッシュを出そうとすると、大丈夫だからと藤森君が布巾で拭いてくれた。
自分の聞きたいことを聞いて、その上ご迷惑をおかけしてしまった。
「ね、光君」
「はい」
僕がソファから降りて正座したままでいると、なぜでしょう。藤森君もソファから降りて、隣にピタリと座った。
膝が当たるだけで、わけがわからず動揺しすぎて叫びだしたくなるほどだった。
「俺のこと、意識してるでしょ?顔も耳も真っ赤だよ」
「ひぃっ」
耳元でそう言う藤森君に耳たぶを引っ張られ、自分でも信じられないような高い声が出た。
「……光君」
恥ずかしすぎて、僕は両手で顔を覆ったままローテーブルに突っ伏した。
「しばらく、お時間ください」
「え、やだ。俺のこと意識してる光君、見たい」
「無理……」
「顔上げてくれないと首に噛みつくけど、い──っ痛!」
本当に今すぐするんじゃないかってくらいの、後頭部から聞こえた藤森君の声に僕は勢いよく頭を上げると、藤森君に頭突きしてしまっていた。
「あ、ご、ごめん」
顔を上げると、藤森君が鼻を抑えていた。申し訳ない。
「だ、大丈夫?」
鼻血でも出ていたらどうしようかと藤森君に手を伸ばすと、しっかりとその手を握られてしまった。
「光君、顔上げたね?」
思った通りと言わんばかりの藤森君に、どうして僕はいつも引っかかってしまうんだろう。
思わず顔を背けるも、手を握られているだけで心臓が破裂しそうになる。
「大丈夫。安心して」
そうして藤森君がすぐに手を離すから、僕は拍子抜けしてしまった。
「えっと」
「大丈夫、なんもしないから。光君、聞きたいこと聞けた?」
藤森君は穏やかに、でもいつもより静かにそう聞いてきた。
「……うん」
「そっか。じゃあそろそ送ってくよ」
そうして立ち上がった藤森君に続いて、僕は玄関で靴を履いた。
「ほんとに送らないでいいの?道わかる?」
「大丈夫」
むしろ今は藤森君に送られる方が危ない。
「じゃ、これ」
そうして渡されたのは、いつものノートだった。
「また明日ね、光君」
「……また明日」
さっぱりと手を振った藤森君に見送られ、僕は少し重い足取りで来た道を戻った。
なんでかわからない。でも、いつもみたいに駄々こねて、絶対に家まで送るって言われると思ってた。言ってくれることを期待してる自分がいた。
恥ずかしさ?傲慢さ?そんなものが自分の中で渦巻いて、それを吐きだしたくて、叫びたくて仕方なかった。
いつも間にこんなこと、思うようになってたんだろう。
僕しか知らない、かわいい藤森君に甘えられるとうれしくなる。
藤森君が美味しそうに食べてくれるとうれしくなる。
たまに意地悪されるとどうしたらいいかわからなくて、でもそんな彼にドキドキしてしまう。
藤森君の見た目がかっこいいから、そう思うだけ?
それもあるかもしれない。
でも見た目だけじゃなくて、いつも僕にまっすぐ向き合ってくれる藤森君だから。
本当は面倒くさがりだって言ってた。そんな藤森君がまっすぐに僕に気持ちを向けてくれていたこと、なんとなく感じてた。
お弁当を買いに来てた時の少しの会話、一緒に食べるようと誘ってくれた時の緊張感、僕の作ったものを食べるときのうれしそうな顔、言外に僕のことを好きだというあの目──僕だって、同じくらい藤森君のことを知りたいって、知ろうとしてたって、今になって気づく。
「明日から、どうしよう……」
腹の奥からため息が出る。
もう僕は、藤森君がいない日常なんて考えられない。藤森君がいない日常は、あまりに寂しい。
藤森君に甘えられたい。もっとおいしいもの、たくさん食べさせたい。
「もう、僕から言った方が早いのかな」
こうしてぐちゃぐちゃ考えているのは、性格的に向かない。
思い悩みながら、藤森君から受け取ったノートを開いて、僕は足を止めた。
”光君、大好きだよ”
一昨日おばさんのとこで買ったお弁当のヘレ肉のチーズ焼きが美味しかったというのと、昨日のお昼のゴーヤチャンプルーを初めて食べてゴーヤの苦さと卵の甘さが美味しかったという感想の、めくった次のページにそう書いてあった。
「……これ、気づかなかったら、どうするつもりだったの」
好きだって一言も言わないのに、それ以外の言葉と態度で想いを伝えてくる藤森君。
一番大事なことを、真正面に伝えてこない藤森君。
ノートを閉じた僕は、走って家まで帰った。
「ただいまー、腹減ったぁ。兄ちゃん、今日のごはん──」
「ごめん達也!兄ちゃん、今から出かけるから適当に作り置き食べといて!」
達也が帰ってくる前に出たかったけど、思ったより時間がかかってしまった。
達也と入れ違いに、リビングから玄関へと走った。
「今からってどこ行くん⁉兄ちゃん!」
達也に呼び止められたけど、振り返らず家を出た。
帰ってから、ちゃんと話すから、人生の緊急事態中だから待っててほしい。
チャイムして、玄関に出て来た藤森君は驚いた顔をしていた。
「光君、どしたの?」
藤森君は部屋着に着替えていた。紺色の一回りサイズの大きなスウェット姿で、いつも通り体系の良さがわかる。
「ごめ、ちょっと、話したいことが……」
急いできたものだから、息がまだ整わない。
膝に手を置いて、僕はスーハ―と大きく深呼吸した。
「入って、ソファで休んで」
藤森君に引き入れられ、本日2回目のお邪魔します。
「あの、今日、ご家族は」
まだ息が整わないから、切れ切れにしか言えない。
「今日は夜勤と出張。俺一人だから、気にしないで」
「そう。あの、これ」
そうしてリビングに入ってすぐ、ソファに座る前に藤森君に持っていた紙袋を渡した。
「なにこれ?」
受け取った藤森君はきょとんとして紙袋の中を見た。
「お弁当。でも即席だから」
藤森君の家から急いで帰って、冷蔵庫にあるもので作った。
「うれしいけど、でもなんで」
「いいから、早く出して、開けて」
そう言うと、藤森君は驚いたように僕を見た。
「光君、なんか怒ってる?」
「いいから」
「はい」
珍しく高圧的な僕に、ローテーブル前に座った藤森君は急いで紙袋からお弁当を取り出し、蓋を開けた。
蓋を持ったまま、藤森君は固まってしまった。
お弁当の中身は、オムライス。薄く焼いた卵の上に、ケチャップで書いた大きなハート。
付け合わせもハート形の茹でニンジン、ハート形のかまぼこ。
時間がなくて、これしかできなかった。
「…………………光君、これ」
「返事だから」
ソファに座った僕は、藤森君が脇に置いてた紙袋からノートを取り出し、「ん」と渡した。
藤森君はぼーっとしたまま、ノートを開いた。
「光君」
「はい」
「光君」
「うん」
藤森君が見ているのは、”光君、大好きだよ”の隣のページ。
”そういうことは、ちゃんと言ってほしい”
さっき帰ってからすぐ書いた。
だって、どうして好きかも伝えてくれたのに、肝心なことを言われてない。
書いて伝えてくれてもいいけど、やっぱりちゃんと聞きたいって思うのは、僕のわがままだろうか。
蓋をテーブルに置いた藤森君は、僕の方へ体ごと向けた。
けど、僕を見ないでうつむいたまま。
「ごめん、光君。ちゃんと伝えるの、怖くなってノートに書いた。言葉にしないままでいたら、少しでも長く光君のそばにいられるかもしれないって逃げた。光君が困るからって言って、先延ばしにした。振られるつもりなんてない。でも、受け入れてもらえるかなって思うと自信なくて」
「そうじゃないかなって思った」
「ごめんね」
藤森君はすっかりしょげてしまい、垂れ下がった耳が見えるようだった。
「それはいいよ。僕も藤森君の前だと慌てたり焦ったりで、情緒不安定気味だったというか」
「それはそれでかわいいんだけどね」
明後日の方向を向いて笑みを浮かべる藤森君。
そんな彼の顔を両手でつかんで、僕の方を向かせた。
「藤森君、僕と付き合いたいんだよね?」
「……はい、心の底から付き合いたいです」
珍しく形勢逆転かもしれない。
真っ赤な顔して目を潤ませた藤森君が、僕を見上げる。
「じゃあ、ちゃんと言えるよね?自信ないって言うなら、さっき僕は自分の気持ちをお弁当に入れたから」
藤森君はぽかんと口を開いてから、ふふっと笑った。
「光君って、ぼんやりしてるように見えるけど、本当は全然違うよね?」
その言葉で、思い出した。
「そういう僕は、イメージと違って残念?」
藤森君が覚えているかはわからないけど。
藤森君は両手を僕の手の上に重ねた。
「ううん、めっちゃいい。めっちゃ好き」
うれしそうに微笑む藤森君に、僕も自然と頬がゆるむ。
「光君、ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください」
かわいくて、時々意地悪で、本当は少し子どもっぽい藤森君。
「はい」
そんな藤森君が、僕も大好きです。
「あー、食べんのもったいねぇ」
さっきから一体何枚撮ってるんだろう。
僕の肩に回した手と反対の手で、ずっと写真を撮り続けてる、
「藤森君、乾くと美味しくないから早く食べなよ」
「ヤダ!光君が俺のこと好きって、言葉じゃなくて物体であるんだよ?そんなのもったいなくて食べれない」
僕の額にぐりぐりと額をすりつけてくる藤森君は、さっきからこんな調子だ。
「あと、僕そろそろ帰らないと」
せめてバイトから帰るまでの時間までに帰りたい。そうしないとうるさい気がする、達也が。
「光君、今日泊まっていきな?部屋なら空いてるから」
ね?と藤森君は今まで見たことないような爽やか100%の笑顔を見せた。
「いや、明日学校もあるから」
「明日朝一で帰る?」
「お弁当作りもあるし」
「でも離れたくない」
そうしてスマホを置いた藤森君は両手で僕を包み、なんなら足まで回して全身で”離さないぞ”と言っている。
困る、でも甘えられて悪くない。なんならうれしい。
「藤森君、また明日。ね?」
そうして両手で藤森君の顔を包むと、不満げな顔で「わかった……」と言われた。
かわいすぎて思わず、頭を撫でた。
「ね、さっきは夕方だったからいいけど、今度は送っていい?」
玄関で靴を履いていると、藤森君がしゃがんだ僕の隣に顔を寄せた。
「大丈夫。それよりちゃんとお弁当食べて?」
「お弁当もだけど、光君食べたい」
「へ?」
「光君、かわいくて食べたくなる」
「えっとー、僕は食べ物じゃないから」
「……じゃあせめてもうちょっと一緒にいたいんだけど」
拗ねたように言う藤森君に心臓を撃ち抜かれ、思わず壁にもたれかかった。
「どしたの?」
「なんでもないよ。でも今日はほんとに、大丈夫だから」
これ以上一緒にいると、僕がもたない。これでも緊張してるんだから。
「……わかった。じゃあ光君」
ふ、と顔に影が落ちて来たと思ったら、唇に柔らかいものが触れた。
顔を離した藤森君は、
「また明日ね」
さっきの爽やか笑顔を吹き飛ばすくらい、愛らしさ満点だった。
「また、あした……」
藤森君の家を出て、10分ほど歩いて、思い返すのはさっきのこと。
「え、僕、キスしたよね……」
急すぎて信じられない。
でも感触を覚えてるし、なによりさっきから顔が火照って仕方がない。
「帰るまでに冷まさないと」
そこからは手で顔を扇ぎながら帰った。
「た、ただいまー……」
バイトで帰る時間より、少しだけ遅くなってしまった。
「おかえり」
リビングで出迎えてくれた達也は、漫画をじっと読んでいる。
「ただいまー。達也、ご飯食べた?」
「うん」
「そっか……」
一方的に気まずい。兄弟には、恋人ができたことを告げるべきか。いや、それよりも今日はたまたま急用でと言っておくか。
「俺もう部屋戻るから」
「あ、うん……」
帰ったらなんで慌てて出かけたのか、しつこいくらいに聞かれると思ってた。
けど、その日以降も達也が聞いてくることはなかった。
「光君、お昼食べよ」
「うん」
昼休み、いつもと変わらず藤森君は旧校舎の入り口で僕を待っててくれる。
藤森君と付き合って、3週間が過ぎた。以前と変わらず、お昼に一緒にお弁当を食べ、僕のバイトの日のおばさんのお弁当屋に来る藤森君。テスト期間中は一緒に勉強して、わからないところは教え合ったりした。変わったことと言えば、それくらい。テスト勉強一緒にしただけ。
付き合う前と変わらない。一緒に帰ることもない。キスも、あの時一度だけ。
「今日、光君の好きなそうな総菜買って来た。なんだと思う?」
「麻婆春雨とか?」
けれどそのせいで、藤森君の唇に目が行ってしまう。
「おしい。麻婆豆腐とエビチリでした。辛いのばっかにしたけど、よかった?」
「…………」
「光君?どした?」
「ううん、なんでもないよ!」
あまりに見すぎていて返事が遅れてしまった。藤森君に気づかれてしまい、恥ずかしさで体の奥から熱くなりそうになった。
自然に、自然に。そう思えば思うほど、自然ってなんだったっけってぎこちなくなりそうだ。自分でも、肩に力が入ってるのがわかる。
「光君、俺──」
立ち止まった藤森君が、僕の頬に手をあてた。
「兄ちゃん!」
旧校舎に入ったところで聞こえてきた大声に振り向くと、息を切らせた達也が立っていた。
「いえ、こちらこそ急にお邪魔して、その……」
玄関で靴を履き終え、藤森君を振り返るも僕はうつむいた顔を上げられなかった。
「ね、光君。光君のことになると、こんな必死で重くて我慢がきかない俺は嫌?」
「……嫌じゃないよ」
「よかった」
話し終わった後、すっきりした笑顔を見せた藤森君は残っていたお茶を一気に飲み干した。
僕も、何にも話してないのに、聞いていただけで喉がカラカラで、コップに手を伸ばした。
「……あ」
けど、緊張しすぎていたんだろう。手が震えてしまって、コップを倒してしまった。
「わー、ごめんなさい!」
慌てて鞄からティッシュを出そうとすると、大丈夫だからと藤森君が布巾で拭いてくれた。
自分の聞きたいことを聞いて、その上ご迷惑をおかけしてしまった。
「ね、光君」
「はい」
僕がソファから降りて正座したままでいると、なぜでしょう。藤森君もソファから降りて、隣にピタリと座った。
膝が当たるだけで、わけがわからず動揺しすぎて叫びだしたくなるほどだった。
「俺のこと、意識してるでしょ?顔も耳も真っ赤だよ」
「ひぃっ」
耳元でそう言う藤森君に耳たぶを引っ張られ、自分でも信じられないような高い声が出た。
「……光君」
恥ずかしすぎて、僕は両手で顔を覆ったままローテーブルに突っ伏した。
「しばらく、お時間ください」
「え、やだ。俺のこと意識してる光君、見たい」
「無理……」
「顔上げてくれないと首に噛みつくけど、い──っ痛!」
本当に今すぐするんじゃないかってくらいの、後頭部から聞こえた藤森君の声に僕は勢いよく頭を上げると、藤森君に頭突きしてしまっていた。
「あ、ご、ごめん」
顔を上げると、藤森君が鼻を抑えていた。申し訳ない。
「だ、大丈夫?」
鼻血でも出ていたらどうしようかと藤森君に手を伸ばすと、しっかりとその手を握られてしまった。
「光君、顔上げたね?」
思った通りと言わんばかりの藤森君に、どうして僕はいつも引っかかってしまうんだろう。
思わず顔を背けるも、手を握られているだけで心臓が破裂しそうになる。
「大丈夫。安心して」
そうして藤森君がすぐに手を離すから、僕は拍子抜けしてしまった。
「えっと」
「大丈夫、なんもしないから。光君、聞きたいこと聞けた?」
藤森君は穏やかに、でもいつもより静かにそう聞いてきた。
「……うん」
「そっか。じゃあそろそ送ってくよ」
そうして立ち上がった藤森君に続いて、僕は玄関で靴を履いた。
「ほんとに送らないでいいの?道わかる?」
「大丈夫」
むしろ今は藤森君に送られる方が危ない。
「じゃ、これ」
そうして渡されたのは、いつものノートだった。
「また明日ね、光君」
「……また明日」
さっぱりと手を振った藤森君に見送られ、僕は少し重い足取りで来た道を戻った。
なんでかわからない。でも、いつもみたいに駄々こねて、絶対に家まで送るって言われると思ってた。言ってくれることを期待してる自分がいた。
恥ずかしさ?傲慢さ?そんなものが自分の中で渦巻いて、それを吐きだしたくて、叫びたくて仕方なかった。
いつも間にこんなこと、思うようになってたんだろう。
僕しか知らない、かわいい藤森君に甘えられるとうれしくなる。
藤森君が美味しそうに食べてくれるとうれしくなる。
たまに意地悪されるとどうしたらいいかわからなくて、でもそんな彼にドキドキしてしまう。
藤森君の見た目がかっこいいから、そう思うだけ?
それもあるかもしれない。
でも見た目だけじゃなくて、いつも僕にまっすぐ向き合ってくれる藤森君だから。
本当は面倒くさがりだって言ってた。そんな藤森君がまっすぐに僕に気持ちを向けてくれていたこと、なんとなく感じてた。
お弁当を買いに来てた時の少しの会話、一緒に食べるようと誘ってくれた時の緊張感、僕の作ったものを食べるときのうれしそうな顔、言外に僕のことを好きだというあの目──僕だって、同じくらい藤森君のことを知りたいって、知ろうとしてたって、今になって気づく。
「明日から、どうしよう……」
腹の奥からため息が出る。
もう僕は、藤森君がいない日常なんて考えられない。藤森君がいない日常は、あまりに寂しい。
藤森君に甘えられたい。もっとおいしいもの、たくさん食べさせたい。
「もう、僕から言った方が早いのかな」
こうしてぐちゃぐちゃ考えているのは、性格的に向かない。
思い悩みながら、藤森君から受け取ったノートを開いて、僕は足を止めた。
”光君、大好きだよ”
一昨日おばさんのとこで買ったお弁当のヘレ肉のチーズ焼きが美味しかったというのと、昨日のお昼のゴーヤチャンプルーを初めて食べてゴーヤの苦さと卵の甘さが美味しかったという感想の、めくった次のページにそう書いてあった。
「……これ、気づかなかったら、どうするつもりだったの」
好きだって一言も言わないのに、それ以外の言葉と態度で想いを伝えてくる藤森君。
一番大事なことを、真正面に伝えてこない藤森君。
ノートを閉じた僕は、走って家まで帰った。
「ただいまー、腹減ったぁ。兄ちゃん、今日のごはん──」
「ごめん達也!兄ちゃん、今から出かけるから適当に作り置き食べといて!」
達也が帰ってくる前に出たかったけど、思ったより時間がかかってしまった。
達也と入れ違いに、リビングから玄関へと走った。
「今からってどこ行くん⁉兄ちゃん!」
達也に呼び止められたけど、振り返らず家を出た。
帰ってから、ちゃんと話すから、人生の緊急事態中だから待っててほしい。
チャイムして、玄関に出て来た藤森君は驚いた顔をしていた。
「光君、どしたの?」
藤森君は部屋着に着替えていた。紺色の一回りサイズの大きなスウェット姿で、いつも通り体系の良さがわかる。
「ごめ、ちょっと、話したいことが……」
急いできたものだから、息がまだ整わない。
膝に手を置いて、僕はスーハ―と大きく深呼吸した。
「入って、ソファで休んで」
藤森君に引き入れられ、本日2回目のお邪魔します。
「あの、今日、ご家族は」
まだ息が整わないから、切れ切れにしか言えない。
「今日は夜勤と出張。俺一人だから、気にしないで」
「そう。あの、これ」
そうしてリビングに入ってすぐ、ソファに座る前に藤森君に持っていた紙袋を渡した。
「なにこれ?」
受け取った藤森君はきょとんとして紙袋の中を見た。
「お弁当。でも即席だから」
藤森君の家から急いで帰って、冷蔵庫にあるもので作った。
「うれしいけど、でもなんで」
「いいから、早く出して、開けて」
そう言うと、藤森君は驚いたように僕を見た。
「光君、なんか怒ってる?」
「いいから」
「はい」
珍しく高圧的な僕に、ローテーブル前に座った藤森君は急いで紙袋からお弁当を取り出し、蓋を開けた。
蓋を持ったまま、藤森君は固まってしまった。
お弁当の中身は、オムライス。薄く焼いた卵の上に、ケチャップで書いた大きなハート。
付け合わせもハート形の茹でニンジン、ハート形のかまぼこ。
時間がなくて、これしかできなかった。
「…………………光君、これ」
「返事だから」
ソファに座った僕は、藤森君が脇に置いてた紙袋からノートを取り出し、「ん」と渡した。
藤森君はぼーっとしたまま、ノートを開いた。
「光君」
「はい」
「光君」
「うん」
藤森君が見ているのは、”光君、大好きだよ”の隣のページ。
”そういうことは、ちゃんと言ってほしい”
さっき帰ってからすぐ書いた。
だって、どうして好きかも伝えてくれたのに、肝心なことを言われてない。
書いて伝えてくれてもいいけど、やっぱりちゃんと聞きたいって思うのは、僕のわがままだろうか。
蓋をテーブルに置いた藤森君は、僕の方へ体ごと向けた。
けど、僕を見ないでうつむいたまま。
「ごめん、光君。ちゃんと伝えるの、怖くなってノートに書いた。言葉にしないままでいたら、少しでも長く光君のそばにいられるかもしれないって逃げた。光君が困るからって言って、先延ばしにした。振られるつもりなんてない。でも、受け入れてもらえるかなって思うと自信なくて」
「そうじゃないかなって思った」
「ごめんね」
藤森君はすっかりしょげてしまい、垂れ下がった耳が見えるようだった。
「それはいいよ。僕も藤森君の前だと慌てたり焦ったりで、情緒不安定気味だったというか」
「それはそれでかわいいんだけどね」
明後日の方向を向いて笑みを浮かべる藤森君。
そんな彼の顔を両手でつかんで、僕の方を向かせた。
「藤森君、僕と付き合いたいんだよね?」
「……はい、心の底から付き合いたいです」
珍しく形勢逆転かもしれない。
真っ赤な顔して目を潤ませた藤森君が、僕を見上げる。
「じゃあ、ちゃんと言えるよね?自信ないって言うなら、さっき僕は自分の気持ちをお弁当に入れたから」
藤森君はぽかんと口を開いてから、ふふっと笑った。
「光君って、ぼんやりしてるように見えるけど、本当は全然違うよね?」
その言葉で、思い出した。
「そういう僕は、イメージと違って残念?」
藤森君が覚えているかはわからないけど。
藤森君は両手を僕の手の上に重ねた。
「ううん、めっちゃいい。めっちゃ好き」
うれしそうに微笑む藤森君に、僕も自然と頬がゆるむ。
「光君、ずっと前から好きでした。俺と付き合ってください」
かわいくて、時々意地悪で、本当は少し子どもっぽい藤森君。
「はい」
そんな藤森君が、僕も大好きです。
「あー、食べんのもったいねぇ」
さっきから一体何枚撮ってるんだろう。
僕の肩に回した手と反対の手で、ずっと写真を撮り続けてる、
「藤森君、乾くと美味しくないから早く食べなよ」
「ヤダ!光君が俺のこと好きって、言葉じゃなくて物体であるんだよ?そんなのもったいなくて食べれない」
僕の額にぐりぐりと額をすりつけてくる藤森君は、さっきからこんな調子だ。
「あと、僕そろそろ帰らないと」
せめてバイトから帰るまでの時間までに帰りたい。そうしないとうるさい気がする、達也が。
「光君、今日泊まっていきな?部屋なら空いてるから」
ね?と藤森君は今まで見たことないような爽やか100%の笑顔を見せた。
「いや、明日学校もあるから」
「明日朝一で帰る?」
「お弁当作りもあるし」
「でも離れたくない」
そうしてスマホを置いた藤森君は両手で僕を包み、なんなら足まで回して全身で”離さないぞ”と言っている。
困る、でも甘えられて悪くない。なんならうれしい。
「藤森君、また明日。ね?」
そうして両手で藤森君の顔を包むと、不満げな顔で「わかった……」と言われた。
かわいすぎて思わず、頭を撫でた。
「ね、さっきは夕方だったからいいけど、今度は送っていい?」
玄関で靴を履いていると、藤森君がしゃがんだ僕の隣に顔を寄せた。
「大丈夫。それよりちゃんとお弁当食べて?」
「お弁当もだけど、光君食べたい」
「へ?」
「光君、かわいくて食べたくなる」
「えっとー、僕は食べ物じゃないから」
「……じゃあせめてもうちょっと一緒にいたいんだけど」
拗ねたように言う藤森君に心臓を撃ち抜かれ、思わず壁にもたれかかった。
「どしたの?」
「なんでもないよ。でも今日はほんとに、大丈夫だから」
これ以上一緒にいると、僕がもたない。これでも緊張してるんだから。
「……わかった。じゃあ光君」
ふ、と顔に影が落ちて来たと思ったら、唇に柔らかいものが触れた。
顔を離した藤森君は、
「また明日ね」
さっきの爽やか笑顔を吹き飛ばすくらい、愛らしさ満点だった。
「また、あした……」
藤森君の家を出て、10分ほど歩いて、思い返すのはさっきのこと。
「え、僕、キスしたよね……」
急すぎて信じられない。
でも感触を覚えてるし、なによりさっきから顔が火照って仕方がない。
「帰るまでに冷まさないと」
そこからは手で顔を扇ぎながら帰った。
「た、ただいまー……」
バイトで帰る時間より、少しだけ遅くなってしまった。
「おかえり」
リビングで出迎えてくれた達也は、漫画をじっと読んでいる。
「ただいまー。達也、ご飯食べた?」
「うん」
「そっか……」
一方的に気まずい。兄弟には、恋人ができたことを告げるべきか。いや、それよりも今日はたまたま急用でと言っておくか。
「俺もう部屋戻るから」
「あ、うん……」
帰ったらなんで慌てて出かけたのか、しつこいくらいに聞かれると思ってた。
けど、その日以降も達也が聞いてくることはなかった。
「光君、お昼食べよ」
「うん」
昼休み、いつもと変わらず藤森君は旧校舎の入り口で僕を待っててくれる。
藤森君と付き合って、3週間が過ぎた。以前と変わらず、お昼に一緒にお弁当を食べ、僕のバイトの日のおばさんのお弁当屋に来る藤森君。テスト期間中は一緒に勉強して、わからないところは教え合ったりした。変わったことと言えば、それくらい。テスト勉強一緒にしただけ。
付き合う前と変わらない。一緒に帰ることもない。キスも、あの時一度だけ。
「今日、光君の好きなそうな総菜買って来た。なんだと思う?」
「麻婆春雨とか?」
けれどそのせいで、藤森君の唇に目が行ってしまう。
「おしい。麻婆豆腐とエビチリでした。辛いのばっかにしたけど、よかった?」
「…………」
「光君?どした?」
「ううん、なんでもないよ!」
あまりに見すぎていて返事が遅れてしまった。藤森君に気づかれてしまい、恥ずかしさで体の奥から熱くなりそうになった。
自然に、自然に。そう思えば思うほど、自然ってなんだったっけってぎこちなくなりそうだ。自分でも、肩に力が入ってるのがわかる。
「光君、俺──」
立ち止まった藤森君が、僕の頬に手をあてた。
「兄ちゃん!」
旧校舎に入ったところで聞こえてきた大声に振り向くと、息を切らせた達也が立っていた。



