東屋にはお茶のセットが用意されていた。
「ほら、飲んでみろ。美味いぞ」
お茶を勧められた咲久耶は、おずおずと茶器に口をつけた。
いい香りと旨みが広がる。
「わ、すごく香ばしいですね」
思わず声を上げてしまった咲久耶に、紅蓮が目を細める。
「そうだろう。これは輸出用に作った高級茶葉だ。その試作品だ」
「そ、そうなんですね」
こんなに美味しいお茶を飲んだのは初めてで、咲久耶は素直に驚いた。
「小さいが練り切りがある。食べろ」
差し出された小皿には、花を象った美しいお菓子が載っている。
空腹だった咲久耶はすぐさま頬張った。
行儀が悪いとわかっていても、久しぶりの甘味に抑制がきかない。
「美味しいです!」
口の中に広がる上品な甘味に咲久耶は感激した。
久しぶりに食べる甘いものに、目を閉じてうっとりしてしまう。
そんな咲久耶を紅蓮がじっと見つめた。
「おまえはどこの出身だ」
いきなりの質問に、咲久耶はびくっとした。
「え、えっと……」
必死で飛天国の地理を思い出す。どこが出身として適しているだろう。
(そういえば、瀬奈は豊田村出身だと言っていた……)
「豊田村です」
「遠方から来たのだな。寂しくはないか?」
その声音があまりに優しくて、驚くと同時に涙がこみ上げた。
「寂しい……です」
堰を切ったように涙がぽろぽろ落ちる。
紅蓮の前で取り繕わなければならないのに止まらなかった。
「私……家に帰りたい……」
しゃくり上げる咲久耶の前にハンカチが差し出された。
「使え」
顔を涙でぐしゃぐしゃにした咲久耶は遠慮なくハンカチを受け取った。
泣きじゃくる咲久耶を、紅蓮はただ黙って見守っている。
しばらくして、ようやく咲久耶は落ち着いてきた。
思い切り泣いたせいか、少しすっきりとしている。
「申し訳ございません、取り乱してしまって」
「心細いのはわかる。豊田村とここ王都では全然違うしな」
咲久耶はこくりとうなずいた。
「だが、おまえがわざわざ故郷を離れて俺の屋敷まで来たのには、目的があるのだろう?」
咲久耶はハッとした。
瀬奈が言っていた。
――私の家は八人家族で生活するのも手一杯なんです。でも、弟たちは学校に行かせたい。でないといつまでも貧しいから。だから、試験を受けて皇子の屋敷に来たんです。
皇子の屋敷に勤めるためにには文字の読み書きを含む基礎教養、行儀作法が必要らしい。
瀬奈も家族のためにはるばる王都に来たのだ。
(同じだ。私と……)
貧困にあえぐ国を救いたくて。少しでも力になりたくて。
そして新しい広い世界を見たくて。
「はい……家族と自分のために来ました」
「なら、目的を果たすまで耐えるしかない。つらくとも」
いたわるような紅蓮の眼差しと言葉に、咲久耶は密かに驚いていた。
(紅蓮様は私のことを新入りの侍女だと思っている。なのに、同じ目線に立って話してくださっている……)
婚儀の時の冷ややかな印象は既に消え去っていた。
優しく微笑む紅蓮から目を離せない。
(胸がドキドキする……)
「なんだ? どうかしたか?」
あまりに凝視しすぎたせいか、紅蓮がからかうように言ってくる。
不快に思っていないのは、微笑んでいることからわかる。
「いえあの、もっと怖い方だと思っていたので……」
またするっと本音が出てしまう。
「も、申し訳ございません」
「ははっ、そうか。怖いか」
紅蓮が体を揺らせ、心底楽しそうに笑っている。
「俺は妖術使いだからな。しかも剣士だ」
「剣士……」
「刀に火の力を纏わせるのが一番得意なんだ」
紅蓮が腰にぽんと手を当てる。帯には刀が差してあった。
咲久耶の視線に気づいた紅蓮が微笑む。
「屋敷には強力な結界が張られている。だから妖魔は入ってこない。心配するな」
「でも……刀を持ち歩かれるのですね」
疑問がつい口に出る。
「聡い娘だな」
面白そうに紅蓮が見つめてくるので、咲久耶はどぎまぎして目をそらせた。
「屋敷に妖魔は出ない。だが……危険がないわけではない」
含みのある言葉に、咲久耶は瀬奈の話を思い出した。
(そういえば、王位継承で揉めているとか言っていた……)
(じゃあ、紅蓮様が警戒するのは身内?)
自分の家にいるのに刀が手放せないなんてよっぽどだろう。
急に寒々としてきた。
(この人は自分の庭でくつろいでいる時も、常に暗殺の危険にさらされているの?)
紅蓮がテーブルに肘をつき、こちらを見てくる。
「つい長話をしてしまったな。もし侍女頭に叱られるようなら俺の名前を出せばいい。紅蓮のお茶をいれていたと」
「……っ」
あまりに細やかな気遣いに咲久耶は驚いた。
(紅蓮様がこんな優しい方だなんて思わなかった……)
摘んだ花を抱え、咲久耶はぺこりと頭を下げた。
「お茶をご馳走様でした」
紅蓮の優しい眼差しに背を押され、咲久耶は思いきって続けた。
「あの……楽しかったです」
「そうか、俺もだ」
テーブルに肘をついたまま、紅蓮はにこりと笑った。
どこか冷ややかに見えるほど整った顔立ちが、笑うと急に可愛く見えることに気づいた。
「俺は明日もここにいる。気が向いたら来るがいい。お茶菓子もたくさん用意しよう」
「は、はい!」
咲久耶は花を抱え離れに向かった。
胸がいっぱいでこらえきれず、咲久耶は駆け出した。
そうしないと、何かがこぼれ落ちそうだった。
「ほら、飲んでみろ。美味いぞ」
お茶を勧められた咲久耶は、おずおずと茶器に口をつけた。
いい香りと旨みが広がる。
「わ、すごく香ばしいですね」
思わず声を上げてしまった咲久耶に、紅蓮が目を細める。
「そうだろう。これは輸出用に作った高級茶葉だ。その試作品だ」
「そ、そうなんですね」
こんなに美味しいお茶を飲んだのは初めてで、咲久耶は素直に驚いた。
「小さいが練り切りがある。食べろ」
差し出された小皿には、花を象った美しいお菓子が載っている。
空腹だった咲久耶はすぐさま頬張った。
行儀が悪いとわかっていても、久しぶりの甘味に抑制がきかない。
「美味しいです!」
口の中に広がる上品な甘味に咲久耶は感激した。
久しぶりに食べる甘いものに、目を閉じてうっとりしてしまう。
そんな咲久耶を紅蓮がじっと見つめた。
「おまえはどこの出身だ」
いきなりの質問に、咲久耶はびくっとした。
「え、えっと……」
必死で飛天国の地理を思い出す。どこが出身として適しているだろう。
(そういえば、瀬奈は豊田村出身だと言っていた……)
「豊田村です」
「遠方から来たのだな。寂しくはないか?」
その声音があまりに優しくて、驚くと同時に涙がこみ上げた。
「寂しい……です」
堰を切ったように涙がぽろぽろ落ちる。
紅蓮の前で取り繕わなければならないのに止まらなかった。
「私……家に帰りたい……」
しゃくり上げる咲久耶の前にハンカチが差し出された。
「使え」
顔を涙でぐしゃぐしゃにした咲久耶は遠慮なくハンカチを受け取った。
泣きじゃくる咲久耶を、紅蓮はただ黙って見守っている。
しばらくして、ようやく咲久耶は落ち着いてきた。
思い切り泣いたせいか、少しすっきりとしている。
「申し訳ございません、取り乱してしまって」
「心細いのはわかる。豊田村とここ王都では全然違うしな」
咲久耶はこくりとうなずいた。
「だが、おまえがわざわざ故郷を離れて俺の屋敷まで来たのには、目的があるのだろう?」
咲久耶はハッとした。
瀬奈が言っていた。
――私の家は八人家族で生活するのも手一杯なんです。でも、弟たちは学校に行かせたい。でないといつまでも貧しいから。だから、試験を受けて皇子の屋敷に来たんです。
皇子の屋敷に勤めるためにには文字の読み書きを含む基礎教養、行儀作法が必要らしい。
瀬奈も家族のためにはるばる王都に来たのだ。
(同じだ。私と……)
貧困にあえぐ国を救いたくて。少しでも力になりたくて。
そして新しい広い世界を見たくて。
「はい……家族と自分のために来ました」
「なら、目的を果たすまで耐えるしかない。つらくとも」
いたわるような紅蓮の眼差しと言葉に、咲久耶は密かに驚いていた。
(紅蓮様は私のことを新入りの侍女だと思っている。なのに、同じ目線に立って話してくださっている……)
婚儀の時の冷ややかな印象は既に消え去っていた。
優しく微笑む紅蓮から目を離せない。
(胸がドキドキする……)
「なんだ? どうかしたか?」
あまりに凝視しすぎたせいか、紅蓮がからかうように言ってくる。
不快に思っていないのは、微笑んでいることからわかる。
「いえあの、もっと怖い方だと思っていたので……」
またするっと本音が出てしまう。
「も、申し訳ございません」
「ははっ、そうか。怖いか」
紅蓮が体を揺らせ、心底楽しそうに笑っている。
「俺は妖術使いだからな。しかも剣士だ」
「剣士……」
「刀に火の力を纏わせるのが一番得意なんだ」
紅蓮が腰にぽんと手を当てる。帯には刀が差してあった。
咲久耶の視線に気づいた紅蓮が微笑む。
「屋敷には強力な結界が張られている。だから妖魔は入ってこない。心配するな」
「でも……刀を持ち歩かれるのですね」
疑問がつい口に出る。
「聡い娘だな」
面白そうに紅蓮が見つめてくるので、咲久耶はどぎまぎして目をそらせた。
「屋敷に妖魔は出ない。だが……危険がないわけではない」
含みのある言葉に、咲久耶は瀬奈の話を思い出した。
(そういえば、王位継承で揉めているとか言っていた……)
(じゃあ、紅蓮様が警戒するのは身内?)
自分の家にいるのに刀が手放せないなんてよっぽどだろう。
急に寒々としてきた。
(この人は自分の庭でくつろいでいる時も、常に暗殺の危険にさらされているの?)
紅蓮がテーブルに肘をつき、こちらを見てくる。
「つい長話をしてしまったな。もし侍女頭に叱られるようなら俺の名前を出せばいい。紅蓮のお茶をいれていたと」
「……っ」
あまりに細やかな気遣いに咲久耶は驚いた。
(紅蓮様がこんな優しい方だなんて思わなかった……)
摘んだ花を抱え、咲久耶はぺこりと頭を下げた。
「お茶をご馳走様でした」
紅蓮の優しい眼差しに背を押され、咲久耶は思いきって続けた。
「あの……楽しかったです」
「そうか、俺もだ」
テーブルに肘をついたまま、紅蓮はにこりと笑った。
どこか冷ややかに見えるほど整った顔立ちが、笑うと急に可愛く見えることに気づいた。
「俺は明日もここにいる。気が向いたら来るがいい。お茶菓子もたくさん用意しよう」
「は、はい!」
咲久耶は花を抱え離れに向かった。
胸がいっぱいでこらえきれず、咲久耶は駆け出した。
そうしないと、何かがこぼれ落ちそうだった。



