重苦しい沈黙が流れる。
「あ、あの、私そろそろ戻らないと……!」
瀬奈が慌てたように立ち上がる。
「ありがとう、いろいろ教えてくれて」
侍女の中でも咲久耶に同情して気遣ってくれるのは瀬奈だけだ。
侍女頭の須美が敵対心を露わにしているので、咲久耶に優しくしているのがバレると立場が危ういに違いない。
(ありがたいわ……)
食事も瀬奈の差し入れがなければ、栄養失調で倒れてしまっていただろう。
瀬奈がそっと隠し持ってきてくれるおにぎりやふかした芋でなんとか踏ん張れているのだ。
(私、ずっとここで飼い殺しにされるの?)
(最悪の場合、邪魔者として殺されるかも)
暗殺者と見なされているのならばその可能性はあり得る。
咲久耶は立場上正室で他国の姫。
おおっぴらに殺すことはできないとなれば、事故や病死として亡き者にされてもおかしくない。
(それこそ毒を盛られるとか……)
自分が紅蓮の正室になって喜んでいる人は、おそらく飛天国にはいない。
つまり、周囲に誰も味方はいないということだ。
(どうしたらいいの……)
咲久耶はハッとした。
自分の味方は故郷にしかいない。
(お父様たちに相談……いえ、助けを求めたい!)
一国の皇子に嫁いだのだ。簡単に破談にはできないだろうが、この悲惨な状況を知ったらきっと父たちは助けてくれるに違いない。
(私はここから出られない。なら、手紙を書くしかない!)
(そういえば、ここに来てもう二週間くらいたつのに家族から一切手紙が届いていない)
あれほど自分を愛してくれた両親や兄弟姉妹たちが手紙を送ってくれないわけがない。
咲久耶は意を決して侍女たちが集まる女中部屋へと行った。
「あの……」
おそるおそる顔を出すと、一斉に視線が集まった。
「なんですか?」
侍女頭の須美がきつい目で見てくる。周囲の侍女たちも冷ややかな態度を隠さない。
(瀬奈はいないわ……)
咲久耶は思いきって口を開いた。
「あの、私に手紙が来てないかしら?」
「手紙?」
須美がフッと唇を歪めて笑った。
「来てないですねえ」
「そ、そう……」
とりつく島もない態度に、咲久耶はすごすごと引き下がるしかなかった。
廊下に出ると、聞こえよがしの声が聞こえてきた。
「はーあ、鬱陶しいったら!」
「あの人、どうするのかしら。完全に紅蓮様から無視されているけど!」
ぷっとふきだす声や、クスクス笑いが広がる。
「紅蓮様もお嫌よね。託宣のせいで、あんな田舎の小島の娘を正室なんて!」
「真璃枝様の方がふさわしいのに側室だなんて!」
重い足を引きずりながら咲久耶は部屋に戻った。
侍女たちのあの様子ではもし手紙が来ても、自分の元には届かないだろう。
無力感にうちひしがれた咲久耶は庭へ出た。
それくらいしか気分転換できない。
(じっとしていると気が滅入るし、それに体力も落ちていくわ)
ひもじい食事にどんどん痩せてしまっている。
(手紙も無理なら、私はどうしたら……)
ぐるぐる考えても何も浮かばない。
しょんぼりと部屋に戻った咲久耶は目を疑った。
「あ、ああっ……!!」
鏡台に置いた櫛や髪飾りがなくなっていた。
「お母様からの贈り物が!」
唯一といっていい故郷の家族の思い出の品が消え、咲久耶は膝から崩れ落ちた。
「う……っ、ううっ」
こらえきれず、咲久耶は突っ伏して泣き出した。
(もう無理。ここにいたくない。家に帰りたい!!)
強い思いがこみあげてくる。
(国同士の取り決めとかどうでもいい!!)
(ここから逃げださなきゃ!!)
咲久耶はぐっと顔を上げた。
(飛天国から出るには、東端の港までいく必要がある。そこからは船)
とにかく旅費がいる。
もちろん、持ってきたお金などもすべて消えていた。
(まずはお金を稼がないと!)
この状況でできることが一つだけあった。
だが、それには瀬奈の助けがいる。
(ごめんなさい、あなたに迷惑ばかりかけて。でも、他に頼れる人がいないの)
夕餉を持ってきてくれた瀬奈に、咲久耶は意を決して口を開いた。
「瀬奈、私が渡すものをお金に換えたりできる?」
「え?」
「私、お金がいるの。でも離れから出られない。だからあなたに託したいの」
瀬奈は驚いたように目を見開いている。
「あなたにとって大変なことを頼んでいるってわかっている。でも、私このままじゃもう……」
咲久耶は畳に手をつき、深々を頭を下げた。
「お願いします。お礼は何もできないけど……」
こんなことしか言えない自分が情けなくて仕方ない。
だが、他に手はなかった。
「顔を上げてください」
瀬奈の声に、咲久耶はようやく頭を上げた。
「私こそ、申し訳ありません。咲久耶様をお守りできなくて。本当にひどいことをしているってわかっています。でも、須美さんに逆らうということは、真璃枝様に敵対するということになって……」
「うん、わかってる」
瀬奈が自分の現状に胸を痛め、少しでもできることをとしてくれているのは伝わっている。
「私のせいで板挟みよね、ごめんなさい」
「あの、私にできることなら……」
瀬奈の言葉にホッとする。
「私、押し花を使った護符を作れるの。護符は売れるかしら。妖魔避けになるかも」
瀬奈の顔がぱっと輝いた。
「皆、妖魔に怯えているので護符はほしいと思います。飾りとしても可愛いし、きっと売れると思います。私の知り合いの雑貨店に卸しますよ」
「ほんと?」
好意的な言葉に、咲久耶はホッとした。
ようやく希望が出てきた。
「じゃあ、さっそく作ってみるわ!」
幸い、紙ならある。侍女たちは本に興味ないようで放置されている。
「あの、何かはぎれの布があるといいんだけど……」
問題は着物がないということだ。
「はぎれなら手に入ると思います! 食事の時にこっそりお持ちしますね」
「ありがとう!」
「それにしても護符なんて……咲久耶様は巫女姫なのですね?」
「たいした力ではないの。花に霊気を込められるくらいよ」
「すごいですよ!」
前向きな瀬奈の言葉に力をもらい、咲久耶はひさしぶりに高揚してきた。
「あ、あの、私そろそろ戻らないと……!」
瀬奈が慌てたように立ち上がる。
「ありがとう、いろいろ教えてくれて」
侍女の中でも咲久耶に同情して気遣ってくれるのは瀬奈だけだ。
侍女頭の須美が敵対心を露わにしているので、咲久耶に優しくしているのがバレると立場が危ういに違いない。
(ありがたいわ……)
食事も瀬奈の差し入れがなければ、栄養失調で倒れてしまっていただろう。
瀬奈がそっと隠し持ってきてくれるおにぎりやふかした芋でなんとか踏ん張れているのだ。
(私、ずっとここで飼い殺しにされるの?)
(最悪の場合、邪魔者として殺されるかも)
暗殺者と見なされているのならばその可能性はあり得る。
咲久耶は立場上正室で他国の姫。
おおっぴらに殺すことはできないとなれば、事故や病死として亡き者にされてもおかしくない。
(それこそ毒を盛られるとか……)
自分が紅蓮の正室になって喜んでいる人は、おそらく飛天国にはいない。
つまり、周囲に誰も味方はいないということだ。
(どうしたらいいの……)
咲久耶はハッとした。
自分の味方は故郷にしかいない。
(お父様たちに相談……いえ、助けを求めたい!)
一国の皇子に嫁いだのだ。簡単に破談にはできないだろうが、この悲惨な状況を知ったらきっと父たちは助けてくれるに違いない。
(私はここから出られない。なら、手紙を書くしかない!)
(そういえば、ここに来てもう二週間くらいたつのに家族から一切手紙が届いていない)
あれほど自分を愛してくれた両親や兄弟姉妹たちが手紙を送ってくれないわけがない。
咲久耶は意を決して侍女たちが集まる女中部屋へと行った。
「あの……」
おそるおそる顔を出すと、一斉に視線が集まった。
「なんですか?」
侍女頭の須美がきつい目で見てくる。周囲の侍女たちも冷ややかな態度を隠さない。
(瀬奈はいないわ……)
咲久耶は思いきって口を開いた。
「あの、私に手紙が来てないかしら?」
「手紙?」
須美がフッと唇を歪めて笑った。
「来てないですねえ」
「そ、そう……」
とりつく島もない態度に、咲久耶はすごすごと引き下がるしかなかった。
廊下に出ると、聞こえよがしの声が聞こえてきた。
「はーあ、鬱陶しいったら!」
「あの人、どうするのかしら。完全に紅蓮様から無視されているけど!」
ぷっとふきだす声や、クスクス笑いが広がる。
「紅蓮様もお嫌よね。託宣のせいで、あんな田舎の小島の娘を正室なんて!」
「真璃枝様の方がふさわしいのに側室だなんて!」
重い足を引きずりながら咲久耶は部屋に戻った。
侍女たちのあの様子ではもし手紙が来ても、自分の元には届かないだろう。
無力感にうちひしがれた咲久耶は庭へ出た。
それくらいしか気分転換できない。
(じっとしていると気が滅入るし、それに体力も落ちていくわ)
ひもじい食事にどんどん痩せてしまっている。
(手紙も無理なら、私はどうしたら……)
ぐるぐる考えても何も浮かばない。
しょんぼりと部屋に戻った咲久耶は目を疑った。
「あ、ああっ……!!」
鏡台に置いた櫛や髪飾りがなくなっていた。
「お母様からの贈り物が!」
唯一といっていい故郷の家族の思い出の品が消え、咲久耶は膝から崩れ落ちた。
「う……っ、ううっ」
こらえきれず、咲久耶は突っ伏して泣き出した。
(もう無理。ここにいたくない。家に帰りたい!!)
強い思いがこみあげてくる。
(国同士の取り決めとかどうでもいい!!)
(ここから逃げださなきゃ!!)
咲久耶はぐっと顔を上げた。
(飛天国から出るには、東端の港までいく必要がある。そこからは船)
とにかく旅費がいる。
もちろん、持ってきたお金などもすべて消えていた。
(まずはお金を稼がないと!)
この状況でできることが一つだけあった。
だが、それには瀬奈の助けがいる。
(ごめんなさい、あなたに迷惑ばかりかけて。でも、他に頼れる人がいないの)
夕餉を持ってきてくれた瀬奈に、咲久耶は意を決して口を開いた。
「瀬奈、私が渡すものをお金に換えたりできる?」
「え?」
「私、お金がいるの。でも離れから出られない。だからあなたに託したいの」
瀬奈は驚いたように目を見開いている。
「あなたにとって大変なことを頼んでいるってわかっている。でも、私このままじゃもう……」
咲久耶は畳に手をつき、深々を頭を下げた。
「お願いします。お礼は何もできないけど……」
こんなことしか言えない自分が情けなくて仕方ない。
だが、他に手はなかった。
「顔を上げてください」
瀬奈の声に、咲久耶はようやく頭を上げた。
「私こそ、申し訳ありません。咲久耶様をお守りできなくて。本当にひどいことをしているってわかっています。でも、須美さんに逆らうということは、真璃枝様に敵対するということになって……」
「うん、わかってる」
瀬奈が自分の現状に胸を痛め、少しでもできることをとしてくれているのは伝わっている。
「私のせいで板挟みよね、ごめんなさい」
「あの、私にできることなら……」
瀬奈の言葉にホッとする。
「私、押し花を使った護符を作れるの。護符は売れるかしら。妖魔避けになるかも」
瀬奈の顔がぱっと輝いた。
「皆、妖魔に怯えているので護符はほしいと思います。飾りとしても可愛いし、きっと売れると思います。私の知り合いの雑貨店に卸しますよ」
「ほんと?」
好意的な言葉に、咲久耶はホッとした。
ようやく希望が出てきた。
「じゃあ、さっそく作ってみるわ!」
幸い、紙ならある。侍女たちは本に興味ないようで放置されている。
「あの、何かはぎれの布があるといいんだけど……」
問題は着物がないということだ。
「はぎれなら手に入ると思います! 食事の時にこっそりお持ちしますね」
「ありがとう!」
「それにしても護符なんて……咲久耶様は巫女姫なのですね?」
「たいした力ではないの。花に霊気を込められるくらいよ」
「すごいですよ!」
前向きな瀬奈の言葉に力をもらい、咲久耶はひさしぶりに高揚してきた。



