冷遇された花巫女姫は、火の皇子に溺愛される

 瀬奈(せな)夕餉(ゆうげ)を届けに来てくれても、咲久耶(さくや)は起き上がることができず横になっていた。

 真璃枝(まりえ)から受けた仕打ち、そして残された言葉に打ちのめされていた。
 瀬奈がおそるおそる声をかけてくる。

「咲久耶様……」
「私、厄介者なのね」

 咲久耶はゆっくり体を起こした。
 倦怠感に包まれ、頭が重い。

「真璃枝様が正室になるべきだったの?」
「そんなことは……!」

 咲久耶にじっと見つめられ、瀬奈はうつむいた。

「真璃枝様のご実家は飛天(ひてん)国で一、二を争う有力な貴族なんです。紅蓮(ぐれん)様と同い年の二十歳で、幼い頃からずっと正室になるだろうと噂されていて……」

「そこに私が出しゃばったわけね」

 敵視されるわけだ。侍女に指示して服を取り上げるほど。

須美(すみ)と真璃枝様は何か関係が?」
「須美様はもともと高原(たかはら)家の侍女だったんです」

 すべて合点がいった。
 だから侍女からの嫌がらせが苛烈なのだ。

 須美からすると、大事なお嬢様から縁談をかすめとった余所者に見えるのだろう。

(いえ、まさにそうだわ……)

 涙がこぼれ落ちる。

「紅蓮様は真璃枝様を正室にしたかったのに、私が託宣で選ばれたから嫌々……」
「それは違います!」

 瀬奈が声を上げる。

「紅蓮様は真璃枝様との縁談に乗り気ではありませんでした。だから、正室の話が出ずに託宣が行われたのです」
「じゃあ、どうして紅蓮様は私を無視するの?」

 瀬奈がぐっと詰まる。
 視線をそらす瀬奈の逡巡を咲久耶は見逃さなかった。

「お願い! 何か知っているなら教えて!」

 必死ですがりつくと、少しためらったのち瀬奈が口を開いた。

「紅蓮様は警戒しておいでなんだと思います」
「何を?」
「暗殺です」

 思わぬ言葉に咲久耶は呆気にとられた。

「私が刺客(しかく)とでも?」
「そういう噂があるんです」

 瀬奈が言いづらそうに口を開く。

「そ、そんな! 私がどうして紅蓮様を殺すというの?」

 咲久耶は愕然とした。
 縁談が来るまで遠い存在で会ったこともなかったというのに。

「王位継承権争いです。現在、第一皇子の紅蓮様が継がれることになっていますが、第二皇子が対抗しておりまして」
「第二皇子……」

泰地(たいち)様と言いまして紅蓮様と同い年の方なんですが、母君が側室の方でとても権力欲が強いといいますか……」

 王の側室を悪く言いづらいらしく、瀬奈が言い淀む。

「以前、正室候補の方がいたのですが、紅蓮様に毒を盛ったとか……」
「ええ!?」

「私も噂で聞いただけなのですが、それ以来紅蓮様は縁談を忌避されるようになったらしいです」
「私はそんなことしないわ!」

 瀬奈が気の毒そうに咲久耶を見つめてくる。

「陰陽寮の……この国最高の呪術機関の託宣は外れることはないと言われていて、特に王族の正室ともなると素晴らしい人が選ばれるだろうと思われていて」

 瀬奈が言わんとすることが伝わってきた。

「私が選ばれたのは不自然ということ?」
「おそれながら……これまで密な国交があったわけでもなく、大きな利益が見込めるわけでもない小国の方が選ばれるとは誰も思っていなくて」

 瀬奈が言葉を切った。

「失礼なことを申し上げてすみません」
「いいのよ、続けて」

 ようやく紅蓮が自分を無視する理由や自分が置かれている立場が見えてきた。

真波(まなみ)国の姫が選ばれたのは不自然。ですから王の側室が暗殺のために手を回したのかと」
「じゃあ私は第二皇子派の差し向けた刺客だと思われているの?」

「本当に申し訳ないですが、捨て駒として最適ではないかと言われていて」
「そんな! とんでもない誤解だわ!」

 寝耳に水のことばかりだ。

(警戒を強めている紅蓮様に近づくため、託宣を歪めて何かあっても影響力の少ない遠方の貧しい国の姫を暗殺者として差し向ける、そういう計画と思われているのね)

 それほどまでに王位継承権争いが激しいということだろう。

(私、本当に飛天国のことを何も知らなかったのね)

 だが、ようやく現状を打破する光明が見えてきた。

「私誤解を解きたいわ!」
「それは難しいかと……」
「なぜ?」

「咲久耶様を離れから出すなと厳命されておりまして」
「弁明の機会も与えられないの!?」

 瀬奈は黙ってうつむいてしまう。

 紅蓮からすると、縁もゆかりもない刺客かもしれない姫に会うメリットがない。
 咲久耶は愕然とした。

「じゃあ、私はずっとこのまま……?」